続、からまわる。



     前回、アイツに気持ちを伝えようと息巻いてアイツのロードのコースに行ったものの…。
     一世一代の告白は、あらぬ方向へと幕之内に誤解をさせたまま終了となり
     オレは立ち直るまでにしばらくの時間を要した。


     そして同じ徹は二度と踏まないと心に誓い、オレは再び幕之内に気持ちを伝える事を決意した。
     江戸川沿いの土手の道を一歩一歩踏みしめながら、前回の失敗を思い起こす。


     悶々と考え込むオレをよそに、前来た時と変わらず夕日はまばゆく、ここを通り過ぎてゆく人達を照らし出している。
     変わったのは、木々に芽吹いた近づいてくる春の微かな足音。

     ――そう。
     今現在、あの告白(未遂)から既に一ヶ月もの時間が経っていた。









     オレは勢い良く頭を振ると、今度こそは、と敗因を元にシュミレートしてみる。
     シュミレーションは試合運びを決める為に、いつも欠かさずしている事だ。造作もない。
     …だがしかし、コレはどう考えても試合とは言えない。
     いや、ある意味一対一の試合ではあるが。


     自分の中ではタイミングはバッチリだと思っていたが、どうやらアイツの会話の途中でいきなり告白した事が前回の敗因のようだった。
     ……そう言えば、昔から父さんに『人の話は最後まで聞きなさい』とよく言われていた気が…。
     いや、今はそんな事はどうでもいい。

     今度はアイツの会話が途切れた時を狙うことにしてみる。
     よくよく考えると告白はしたが、『誰』が好きだと言う事を明確にしていなかった。
     これも誤解を招く一因となっているのだろう。
     オレとしては、会話をしている人物はお前しかいないのだから、
     告白の相手が『誰』か分かるだろうと思っていたのだが――、…どうやらその考えは甘かった。


     幕之内は真面目で素直な性格ゆえ(そこがまたアイツらしいと言えばらしいのだが)、
     俗にいう“天然”と呼ばれる部類に入っている所があり、また非常に鈍いタイプだと言う事を失念していた。
     そんな諸々の要因すべてが悪い方に重なり、オレは某アイドルグループのファンと言う事になってしまっている。

     「……とにかく、まずは誤解を解かねぇとな…」

     溜息を一つ吐くと、オレは夕陽を逆光にしてこちらに向かってくる、黒いツンツン頭のシルエットに思いを馳せた。








     「あれ!?宮田くん!!え、え、どうしたの……?」

     まさか一ヵ月でまたオレに会えるとは思っていなかった幕之内は、オレに会った途端、その黒くて丸い瞳を更に丸くした。
     不思議そうに瞳をしばたかせたと思ったら、照れたようにはにかみながらオレを見上げてきた。
     ……コイツのくるくる変わる表情はいつ見ても面白くて飽きないし、また、心底可愛いな、と思ってしまう。
     ああ、本当にオレは末期もいいところだ。


     そんな事を思っているとアイツに悟られたくなくて、オレは幕之内から目を逸らして口を開いた。

     「―――この前、お前に言った事なんだけどよ…」

     「え!!……ボクに用事だったの…!?」

     オレが話を切り出したことで、ようやく自分に会いに来た事がわかった幕之内の顔は嬉しさにか紅潮し、ますます驚いた表情を見せた。
     ……だから、そんな顔するんじゃねぇよ!










     「―――なぁんだ。じゃあ宮田くん、別に好きとかそういうんじゃないんだね」

     「ああ」

     いつもの平和そうな顔でオレの方を向いてニコニコしている幕之内を横目で見ながら、非常にそっけない物言いでオレは言葉を返した。
     前回と同じく、オレと幕之内は河川敷の斜面に腰を下ろし暮れてゆく茜色の中に居た。
     春に近付いて来たとは言え、さすがにこの時間になると日が暮れていく所為もあり若干の肌寒さが感じられた。
     だが、今のオレにはその肌寒ささえも心地良かった。
     どうにかこうにか幕之内の誤解が解く事ができ、オレは心底ホッとした。
     アイツに『宮田くんは大所帯アイドルのファン』と一ヶ月も思われていた事の方が、オレとしてはよっぽど薄ら寒い。

     「そっか〜…、そうだよね。うん」

     アイツは何事か考えているらしく、一人でウンウンと納得している。
     ともかく、これでやっと告白するのに何ら問題ない状態まで戻すことが出来た。
     後は――、今の自分の気持ちをアイツに伝えるのみ。
     ちらりと隣を見やると、幕之内は唇に指を当ててまだ何か考え込んでいる。
     緩やかな静寂が、闇色に変わりつつあるこの景色すべてを包んでいた。


     …ちょっと待て。……これはもしかしなくても、今がその時なんじゃねぇのか?


     そう考えてしまった途端、急に心臓の鼓動が早くなった。
     ドクドクと言う音が耳の中でうるさく響いている。

     気持ちを落ち着ける為に、オレは一度立ち上がるとパンツについた草を払った。
     乾いた口内を唾を飲み込む事で潤すと、オレは遂に腹を決めた。


     「幕之内」

     意を決して、想いを口にしようとアイツの顔を真っ直ぐに見下ろした。
     無意識に握り締めた掌が、うっすらと汗をかいている。
     オレが何を言い出すか全く分かっていない様子の幕之内は、ポワンとした表情で上目遣いでこちらを見上げている。

     「え…、何?宮田くん」


     「…お前が…、…好きだ」



     「―――!!!!!」





     ふ、と一瞬空気が揺らぎ、オレと幕之内の髪は柔らかくそよ吹く風にサワサワとなびいた。


     「……幕之内?」


     何を言われたのか理解出来なかったようで、呆けた顔をして固まってしまったアイツをもう一度呼ぶ。
     夢から醒めた様にまばたきをすると、幕之内の表情が見る見るうちに変わっていった。
     緩やかに赤味を帯びてゆく顔。細められる瞳。弧を描く口元。
     そして、オレが今まで見たコイツの表情の中でも一番いい笑顔で、
















     「…うん!!ボクも宮田くんが好き!大好きだよ!!嬉しいな…。ボク、学生時代に友達って呼べる人居なかったから…」


     「………は?」



     呆気に取られて二の句が告げないオレを余所に、キラキラと瞳を輝かせて爽やかにアイツはこう言ってのけた。


     そしてその後は、
     でも途中から梅沢くんが応援してくれるようになってね…(梅沢って誰だよ!オイ!!!!)とか、
     尊敬していて、憧れで、目標な人に、まさかそう思ってて貰えるなんて…とか。
     まるで夢みたいだなぁ…とか。
     止めるのも憚られるくらいの幕之内の独壇場であった。


     ……………どうやらコイツはオレの告白を、同性間の好意としての『好き』と受け取ったらしい。
     ここまで来ると、最早鈍いとか天然とかのレベルではないように思えてきた。
     軽い眩暈を感じながら、オレは力なくその場にしゃがみこんだ。
     そんなオレの落胆振りとは裏腹に、アイツは嬉しさを前面に出して話しかけてきた。



     「あ!夢じゃないかどうか宮田くん、ちょっとココ、つねって――――…イタイイタイイタイ!!!!!!!!」





     今回もオレの真意は全く伝わらず、オレはヤツの柔らかな頬を思いっきり両方から引っ張ってやった。





     NEXT→続続、からまわる。