不二家 妹 小学2年生 −てんごくとじごく−




 事の発端は、なにげない一言からはじまった。



「私、キレイになりたいなあ」

 小学校までの登校路。友人に、私はなんとなくこぼした。

「……………ッ!!」


 友人のが、二・三歩あとずさる。
 なにか、この世のおそろしいものでもみたような顔をしている。


「なに」

「何を言いだすかと思えば!!」

 すごい形相で、は私の肩をつかんだ。

 このまま喰べられかねない勢いだ。

「なんなの………キレイになりたいって思っちゃダメなの?


私、由美子お姉ちゃんみたいにキレイになりたいなあ」



「ゆ……あ、由美子お姉さん? あぁ、うん、それならまあ」

 たしかにキレイだけど、そりゃまあ、と

「でも、、アナタ、それはゼータクだわ!」

「………なんで?」


















「………アタシは、ゼータクがキライ! アタシは、ゼータクを憎むわ!
ゼータクは人を鈍くする! ゼータクは人を不幸にするっっ!!」





 登校路の真ん中で一人舞台を演じている友人に、引き気味に声をかける。

、何言ってんだかよく分からないよ?」

「いーからアナタはもう一回、鏡をよーく見てみなさい!!」

 そう言って、どこからとりだしたのかはちいさな手鏡を私におしつけた。

 そこには、いつもどおりの、変わらない私の顔が映っていたのだった。















 とても勉強したいことを学ぶときには。
 その道を、先にすすんでいる人にきいてみるといい。
 できれば、最先端を行く人に。

 だれが言ったのか、わすれたけれど、真理だと思う。

 そんなわけで、私は私の人生で感じた『美人な女の人』の最先端、
 由美子お姉ちゃんに話を聞いてみることにした。



「由美子お姉ちゃん」

 居間にいる由美子お姉ちゃんに声をかける。

「キレイになるのって、どうしたらいいのかなあ?」



 見ると、由美子お姉ちゃんはなにか書き物をしている。
 大きな文字で、『不二由美子の 今月の占い』と書いてある。

 あっ、お邪魔だったかな? と思ったけれど、
 由美子お姉ちゃんはシャープペンを置いて、微笑み、こちらに向き直ってくれた。

 あごに指をのせ、少し悩んでいる。
 ああ、こんなしぐさもやっぱりキレイだなあ。


「そうね………やっぱり女は、内面から綺麗になるものだと、私は思うわ」

「ナイメン?」

 ちょっと肩すかしをくったようになって、私は聞きかえす。

 きれいな仕草のべんきょうや、ダイエットなんかではないんだ。






「もちろん、肌のお手入れやなんかも重要だけどね。

綺麗になりたい、その心がけは、とっても大事よ」


 私は、ちょっとしゃくぜんとしない。
 だって、みんな女の子は、キレイになりたいと思うものじゃない?

「肌のお手入れ、そういうのをすればキレイになれるの?」

「んー………そうね。でも、その前に、いろんな事を学ばなくっちゃ、いい女にはなれないわよ」


 由美子お姉ちゃんは、ちょっといじわるくそう言った。


「なんだかむずかしいね。すぐ、イイオンナにはなれないの?」

「焦らない、焦らない。ゆっくり時を待つのも、いい女になるために必要な事よ。

………でも、そうね。じゃあ、お化粧ってしたことある?」































 お化粧。最近は、小学校でもお化粧をしている女の子はいる。
 小学生向けの雑誌やなにかで、お化粧のしかたが特集されたりもしている。



「………ううん、ない。クラスのコは、ときどきしてるけど、
なんとなくそういうのってイヤで」





















「そっか。でも、イイオンナになるためには、お化粧も必要よ?」





「………お化粧、する」























 ファンデーションのにおい。

 口紅の鮮やかさ。

 マスカラの艶やかさ。

 やわらかいパフ。

 いろんなはじめてが、キラキラしている。

 由美子お姉ちゃんの指が、私のまぶたにそっと触れる。

 かるくなぞって、由美子お姉ちゃんは言った。



「うん、完成!」










「ただいま」

 周助兄ちゃんが帰ってきたみたいだ。

 由美子お姉ちゃんは、「おかえりなさい」とこたえて、私を手招きする。

 由美子お姉ちゃんの背中に、私はぴったりとくっつく。



「周助、びっくりするわよ」

 ひそひそっ、と私に耳打ちする。
 女の子だけの秘め事。

 もし、周助兄ちゃんが、私のこの姿を見たら、どう思うだろうか?
 キレイだと思う? 惚れ直しちゃう? 私のこと、ほめてくれる?


「なになに、二人して。ずるいな、ボクにも教えてよ。なにしてるの?」


「いいわよ。、ほら。」

 私はちょっと恥ずかしいけど、ほこらしげに、周助兄ちゃんの前に出た。






 周助兄ちゃんは、はじめ、微笑んでいた。いつものように。
 なにがあるのかと、楽しみにしていたのだろう。

 だけど、私のことを見て、スッとうすく目を開いた。





「………どうしたの?」

 由美子お姉ちゃんが心配して、周助兄ちゃんに訊く。





「あ、いや………化粧、したんだね」

「そうだけど………」

 由美子お姉ちゃんは困惑したように言う。







「あっ、!」











 私は、また自分の部屋に駆け出していた。


















「………ビックリしたんだよ、急に………」

「でも、あのコも………そんなに濃いメイクじゃ…」

「そういうんじゃ………」

「………らしくないわね…」

「…うん……どうかしてるよ」





 下の階から、話し声が聞こえる。
 私はうさぎのぬいぐるみを抱きながら、ほわほわと考え事をする。

 いいもん、べつに。
 周助兄ちゃんに褒められたかったんじゃないもん。
 たしかに、今日のお化粧は周助兄ちゃんから見たら上手くなかったのかもしれないけど…。

 周助兄ちゃんにどう言われようと、私はキレイになってやるぞ。
 そうやって、すっごく美人になったら、
 周助兄ちゃんなんか、鼻で笑ってやる! 見返してやるんだから!





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