----- こんな本に出会いました -----

<書名など>
 「信濃の一茶」 化政期の地方文化
    矢羽勝幸著,中公新書
    1994年9月第1刷発行,228ページ,718円+税   


         本との出会いを記しただけ。感想文になっていない読書メモ


 私でもこういう本に関心を持つことがある。ただし,内容ではなく,著者に。 
 矢羽先生とは,数年間,同僚だったことがある。
ずっと一茶の研究をされており,幾つかの発表をしておられた。二松学舎大学へ移られてから次々と著作を刊行。
 活躍の場を得られたことに,私も勝手に感動。なればこそこの本を手に取った。
 
 
 一茶は多くの俳句を残しただけでなく,日記や手記もたくさん残っており,200年も前の時代では珍しい例である。
 私のような信州人としては,この偉大な俳人が,正しく評価され,できれば納得いく人物であってほしいと思うが。
   江戸へ出た一茶が,どんな修行をした結果か,葛飾派のメンバーになり,トラブルを起こしたらしく,その後は夏目成美との交流が深くなっていく。そして7年にもわたる西国行脚の後,ほとんど門人,知己の家を泊まり歩くようになる。もちろん,接待してもらうわけである。
 柏原に帰ってくるに当たって,北信濃に俳句をする人が増えるなど,受け入れの素地ができていたことも注目に値する。
 そして,一茶は弟子の中に後継者を作るような指導をしなかったから,一茶の俳風は一茶が死ぬと終わってしまう。
 跡継ぎがいるかどうかは,その流儀が長続きするかどうかに関わってくるが,勝手に一茶流を真似してそれを越す人はいなかったのだろうか。
 北信濃には一茶のライバル「何丸」がいた。どうも二人は異質の人だったらしい。
 何丸に関する記述が面白い。何丸は,芭蕉七部集の注釈書「七部集大鏡」で有名になった。七部集としては初めての本格的な書物。ただし,こじつけの説が多いようで,今日の学界ではほとんど無視されている。江戸でのデビューは59歳と遅かった。知名度も一茶の比ではない。晩成をあせったか,俳諧宗匠の元締め二条家から「大宗匠」の称号を得たが,実質的には金で買ったらしい。そしてその権威を振り回した。
 何となく,信州人の一人として,後ろめたい。いま,長野市吉田は何丸の街として売り出しているのに。

 一方,一茶は50歳で江戸を捨てている。
 遺産争いでは,さぞ一族の恨みを買ったことであろう。

 本書は,北信濃の文化の考察でもあり,宗匠としての一茶,巡回・出版・文通,作句法などが詳述されている。
 当時は,俳人番付などと言うものも作られ,地方に住む俳人としては破格の人気だったらしい。
 矢羽先生の息の長い,地道な成果への入口といえる著書であろうと感じた。

  
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