----- こんな本に出会いました -----
         本との出会いを記しただけ。感想文になっていない読書メモ

 <書名など>
     「エケリニス」

     土井満寿美著
     発行所:アリーフ一葉舎  3,800円(税別)2000年5月発行(2017.11現在絶版)


 こういう見当もつかない本を渡してくれた人がいる。
 さてどうしたものか。
 タイトルからして不明。

 本書は長野市内の某「市民教養講座」(「ヴェネツィア共和国の近世:政治と経済の表と裏」)で、当日の講師徳橋先生(著者の土井先生のお弟子さんとのこと)から配布されたという。
 テキストではなく、受講者への贈呈書として、参考にご覧下さいということだったらしい。

 1.本書のタイトル「エケリニス」とは
 人名の最後に”-is”を付けるのは叙事詩の特徴であるる。とすると本書のタイトルは「エッツェリーノの歌」であろう。
 エッツェリーノはこの話の主人公である。
 “Ecerinis“というラテン語を、カタカナで書いたら「エケリニス」になったらしい。当時は「エチェリニス」に近い音で認識されていた。

(私の勝手な類推:「イリアス」とは「イリオスの歌」、「アエネーイス」とは「アエネーアースの歌」であるから、本書「エケリニス(エッツェリニス)」は「エッツェリーノの歌」。
そう言えば、ギリシャ悲劇では”-is”は付かず、「アガメムノン」、「アンティゴネー」と主人公の名前そのものだということに気がついた。)

2.「エッツェリーノ」とは誰か
 エッツェリーノ(三世)・ダ・ロマーノ(1194〜1259)が「エケリニス」の主人公である。エッツェリーノは、13世紀、神聖ローマ帝国皇帝のフリードリッヒ二世の代理人として北イタリアに行き、ピエンツァ、パドヴァ、ヴェローナなどの君主となる。伝説的暴君として恐怖政治を行う。ダンテは「神曲」において地獄に落としている。(神曲ではクレオパトラも地獄だ)
 エッツェリーノと作者ムッサートの生きた時代とは重ならない。

3.作者「ムッサート」はどんな人か
 アルベルティーノ・ムッサート(1261〜1329)はイタリア・パドヴァの政治家・文筆家であり、神曲で有名なダンテ(1265〜1321)と同世代。
 パドヴァで生まれ、若くして父を喪う。公証人、コムーネ(中世イタリアの自治都市)の議員、外交官、裁判官などになり、パドヴァの自治を守るための政治・外交で活躍。
 そして、悲劇「エケリニス」、史書「ハインリッヒ七世伝」が評価され、パドヴァで詩人の栄冠を受ける(1315年)。
 ジャコモ・ダ・カッカーラ僭主(血筋によらず武力で王になった者)の時に亡命(1318年)、その後、1325年のカッカーラ家に対する反乱事件に連座して追放された。1329年オキッジャ(ヴァネチア県南部のコムーネ)で亡くなる。

4.「エケリニス」の概要
 エッツェリーノとその弟アルベリーコは父親が悪魔である。その経緯も母親によって説明されている。

 エッツェリーノ「われわれは神々から生まれたのだ、かつてマルスが育てたロムルスとレムスも、これほどの血統は誇れなかった」
 ――中略―― 
使者「恐ろしいエッツェリーノは傲慢な皇帝の代理人となる。ああ、何と多くの破滅を、民衆を脅迫する者、残忍な者は約束することか!牢獄、火刑、十字架、拷問、死、追放、恐ろしい飢えを」。
 ――中略――
 最後は、エッツェリーノ、アルベリーコ兄弟の破滅、敗北で終わる。その刑罰の残忍さは「映画化が不可能」と書かれている。
 最後に、神の正義を誉めたたえて終わる。
 暴君エッツェリーノの破滅と自治都市ヴェローナの勝利を書くことによって、当時パドヴァの脅威となっていた「カングランデ」へのパヴィア市民への士気を高めるものと受け止められた。ムッサートは市民からの栄誉を受けた。

5.ヨーロッパ初の悲劇
 作者は悲劇と叙事詩の区別をしていなかったようだ。「エケリニス」は「セネカ(ローマ時代の悲劇作家)の悲劇」に範を取ったラテン語の作品であり、イタリア文学史上初の悲劇として名高い。ただ、ムッサートの「エケリニス」は14世紀初頭に忽然と現れ、16世紀の悲劇復興の流れとは無縁の孤立した地位であるという特殊性がある。

6.感想
 難解な本であった。
 そうかタイトルは「エッツェリーノの歌」という意味なのかと分かるまで苦労した。
 「エケリニス」という悲劇もしくは叙事詩そのものは読んでいて、その盛り上がりに引きつけられた。
 作品の結末は残忍そのもの。こういう残忍なことを書く奴の気が知れない。ただし、事実に近かったかも知れない。ギリシャ悲劇よりずっと怖かった。
 「エケリニス」のヒットを見て当時の作家が悲劇作家を目指さなかった理由は良く分からなかった。
 
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