メモ帖ー'10

 

 TOP     メモ帖'09  

 

2010/12/25 冬の海

 陸で吹雪くときは、海もまた荒れた貌を見せる。黒々とした雲の垂れ込
める冬の海は、絶えず寄せてくる波の動きとあいまって、どこか不穏な気
配を感じさせる。

 予感といえばいいのか、様々な貌を見せる自然に対し、人間は害なる時
か益なる時かを判断しようとしていたのではあるまいか。
 今では死語の感がある「カミナリ親父」の機嫌を伺うように。

 

2010/12/20 冬

 ようやく冬を実感する天気が続いた。先週から今週末にかけて平野部も
雪に覆われ、おなじみの白い世界が広がった。乾いた空気の朝に輝く雪景
色はやはりいい。自分の心情を不思議と思いながらも、無機質なその風景
にどこかで強く惹かれるものがある。

 最近、若者の就職難や就活の困難さを取り上げる報道が多い。そこから
生じてくると思える凄惨な事件、若者たちの目に映る現代の風景は、どれ
ほど荒涼としたものだろうかと想像してしまう。
 
 「田園まさに荒れなんとす」、そう歌った古き(南朝宋の時代)田園詩
人の時代には、帰るところがあった。既に田園荒れ尽した現代に帰れる場
所もない、というのは言いすぎだろうか。

 

2010/12/12 冬の入り口

 晩秋から初冬は、気づかぬうちに過ぎるようだ。特に落葉松の黄葉が終
わって冬枯れた木々の姿ばかりになると、季節感はおぼろげなものになる。

 霜柱が立ち、氷が張り、時に雪が舞う時期だから体感的には冬と言って
いい時期なのだが、雪の遅い当地では根雪になるまでのその期間が長いの
だ。

 

2010/12/05 シカが増えて人間が減る

 ここ数年シカが増えて、農作物への食害が深刻になっている。エゾシカ
は狩猟と駆除によってのみ間引きされ、その生息数が抑制されてきた。
 増えていることは一般の人でも分かる。林の影から飛び出すシカと衝突
する事故は多いし、群れ成して牧草を食べているシカを見かけることは日
常的だ。

 こうした中、対策について様々な議論が顕在化してきている。その一つ
に、狩猟と駆除を担うハンターたちの高齢化が指摘されているのだが、こ
の部分だけでエゾシカの対策が済むかのような議論は皮相的に過ぎる。


 ただ、このことは興味深い問題を含んでいる。高齢化、人口減少は地域
に様々な課題を突きつけていて、例えば限界集落というような現実さえ生
み出している。

 ここに登場するエゾシカの存在が面白い、と不謹慎ながら想像をめぐら
せる。縮小する人間社会に対して、自然はどのような姿を見せることにな
るのだろうか。
 単純に考えれば人間は優先種としての地位を失い、相対的には勢力範囲
を減じるのだろう。そしてその隙間に雑多な生物が闊歩し、やがて新たな
秩序を打ち立てる。

 一つの例として除雪の問題が参考になるかもしれない。大雪に見舞われ
る北海道では、莫大な費用と人手をかけて除雪しないと生活が成り立たな
い。
 特に生活に欠かせない市町村道は、年々対応が難しくなっている。自治
体の財政が厳しいことと、地域経済が縮小する中で、車両や運転手が確保
できない状況まで現れている。
 加えて、高齢化した生活者自身が家周りの除雪をする力さえ失ってきて
いる。今は、地域のボランティアが支えているものの、さらに高齢化が進
む筈の将来は一段と深刻な状況になるだろう。
  

 エゾシカの問題も共通する部分があると思うのだ。雪対策においても、
人間の側が今まで出来ていたことが、難しくなってきている。
 雪と獣、違うものとはいえ人間が向き合わざるを得ないことがらだ。そ
の力を低下させている中で、人間は現在の生活空間に踏みとどまれるのか、
社会的にも大きな課題だ。

 

2010/11/27 晩秋の日高山脈

 知らぬ間に山々が冠雪している。もちろん寒さを感じる日々が多くなり、
朝は霜柱や水たまりの氷を見ることもある季節だ。

 晴れると白い峰々が澄んだ空に浮かぶ。まだ、山頂部のみの冠雪だから
青空と青黒い山肌の間に点々と主要な峰が数えられる。

 南に位置する楽古岳はまだ真っ白とまではいかない。やはり南北に延び
る日高山脈、北から順序よくという感じだ。

 

2010/11/21 カラマツ黄葉

 赤く染まった木々が徐々に枯葉を落とし始める頃、今度は黄金色が輝き
始める。戦後の人工林の主役となったカラマツだ。山にも、そして耕地防
風林としてもあちこちに植えられたカラマツが、今では晩秋の風景に欠か
せない。

 

2010/11/14 里山の効用

 晩秋の山を走ってみた。雑木の葉が散り敷かれた林道は、里山をぐるり
と巻くようにつけられ、天然の雑木と人工の植林が入り混じった眺めを楽
しませてくれる。
 カラマツが黄金色に色づき、ミズナラが茶や黄に染まり、その間に真っ
赤なカエデ類が見える紅葉の盛りだ。

 最近、この里山の効用といわれることがある。全国的に農産物の鳥獣害
が顕在化してきている。当地でも爆発的に増えたエゾシカ被害は深刻だ。
 その対策の一つとして里山の整備と荒廃した農地の解消というのだが、
矛盾も多い議論だ。

 農業も林業も衰退の一途を辿ってきた。それは、牧歌的な自然と人間の
共生などというレベルで捕らえられるものではなく、冷徹な経済原理が貫
徹された結果だ。

 個人的には里山を楽しみたいと思いながらも、その整備に費やす社会的
なエネルギーも費用もどこにもないのが現実だ。

 

2010/11/04 別れも言わず

 尊敬する友人の訃報が突然届いた、まだ60歳を僅かに過ぎたばかり。
 快男児、好漢という表現を地で行くような人物だった。肩書きや地位に
臆せず、年少や弱者を貶めることなく、常に一人の人間として正対する人。

 あることから親しくなって、話をするごとにその人柄に魅了されたもの
だった。忘れられない幾つもの言葉を、改めて噛みしめる。
「上下のあるピラミッドではない、曼荼羅だ」と人間同士のあり方を言う、
「先輩、後輩など、単に生まれたのが早いか遅いかだけで、人間の値には
関係ない」と上辺だけの人間を否定する。

 実際にそのように在った彼は、必要な場合には誰に対しても率直な物言
いで考えを述べるのだった。その逆に、「人間、死ぬまで勉強だ」と、自
分の子供たちと同年齢の若者に対しても耳を傾ける。


 30歳くらいで独立して事業を起こし、目覚しい業績を積むと同時に、柔
軟な発想は幅広い方面でも発揮された。様々な人たちが彼の回りに居て、
職業も年齢も異なるそんな仲間と囲む席は、いつも賑やかで明るかった。

 若いときは晩秋が好きだったと語っていた彼、まさにその季節でのお別
れになってしまった。「自然体で生きたいな」、いつも口にしていた言葉
が耳に残る。

 ○とぼとぼと夜寒の通夜を帰りけり(11/04)

 

2010/10/31 PC故障

 突然マウスカーソルの周囲に妙な模様が浮かび、PCが動かなくなった。
どうしようもなくて強制終了をかけ、再起動を試みるが立ち上がってこな
い。
 
 システムかHDDか?下手するとデータをなくしたか、それとも再イン
ストールしなければならないか?面倒なことになりそうだった。
 いやな想像を振り払うように、ふーっとため息をついてその夜は諦める。

 翌日、朝からあれこれ試してみるが手がかりも掴めず、結局師匠に助け
を求めた。さっそく駆けつけてくれた師匠、症状を見てグラボのイタズラ
と見抜いたようだ。
 幾つかの操作を加えて起動を試みると、なんとかウインドウズは動いた。
最悪の事態ではなかったようだ。後でグラボを抜いてみるとまったく異常
なく動作する。

 冷や汗ものだったが、データの喪失は免れた。頭の中にはあるのだがな
かなかバックアップを取り切れていない。さっそく怠っていた4ヶ月分を
バックアップした。

 

2010/10/17 秋深し

 空が澄んできて、山の変化が毎日楽しいと思える日々だ。山へ入ってみ
ると、微妙に色を変え始めた木々に、無表情であった彼(彼女)らの営み
が現れている。

 帰り道、なんとはなく海岸に車を停めて海に向かう。なにもない海を眺
めるのもいい、空と海だけの風景をのんびり眺めるのも贅沢なことだ。

 

2010/10/11 紅葉の気配

 久しぶりに晴れた今朝、明るい朝の光に照らされて遠くの山が色を変え
始めているのが分かった。
 少し寒い日が続き、ようやく木々も紅葉を始めている。走り回ると木々
の間に見える色づいた葉は僅かで、里山の紅葉はもう少し先になりそうだ。

 

2010/10/03 ヤマハハコ

 ヤマハハコも今年の秋の元気印?と思ったが、例年通りと考えた方がい
いだろう。いつもながら数も多いし、いつまでも咲いている。

 それよりも同じ頃に草むらを賑わすナガボノシロワレモコウが目立たな
い、低調な年になったようだ。 

 リンドウも盛りを過ぎた秋の草むらは、徐々に緑が褪せて茶を目立たせ
てきている。晴れた日の山も間もなく始まる紅葉の季節を準備するように、
どこかかさついた風に見えてきた。 

 

2010/09/24 リンドウ

 リンドウを見つけるとその鮮やかな青に見惚れると同時に、淋しさも感
じる。枯れ始めた野に咲く花であり、春から賑わってきた花の季節の終わ
りを知ることになるからだ。

○ 思い静めてかリンドウ空に濃し

 いよいよ厳しかった残暑も去り、週末は秋らしい気温になった。寒がり
の妻は、朝夕にストーブをつけ始め、今朝の秋風景は自分も上一枚着込ん
での撮影だった。

 

2010/09/20 ヤマハギ

 今年のヤマハギは勢いがあって、しかも花期が長い。例年だと、ほぼツ
リガネニンジンと同じ時期に姿を見せ、どちらかというと晩夏に見ること
が多い印象だった。

 今年は、ツリガネニンジンが盛りを過ぎ、トリカブトやリンドウが姿を
見せる時期になっても、草むらに点々とヤマハギの赤い花が賑わっていた。

 この時期は赤味の花が少ない。小さくて目立たないけれど、草むらに近
づいて見るハギの花色は格別の味わいだ。

 

2010/09/12 秋の草むら

 ツリガネニンジンが咲き、ヤマハギも姿を見せ始めると、いよいよ秋ら
しい気配が漂ってくる。

 今年は長い残暑の影響なのか、秋の入り口に随分とまどいを感じた。ハ
ンゴンソウが賑やか、ヤマハギも賑やか、その一方で意外とツリガネニン
ジンの姿が目立たない。

 季節の巡りにもそれぞれ個性がある、と思っていたけれど、今年の秋は
まさにその通りだ。

 

2010/09/03 秋は秋

 ジワジワと暑さが戻っているような気分でいたのだが、やはり夜は涼し
くなった。
 花もまちまちではあるけれど、秋の花も賑わいだしている。自分の感覚
としては、夏めいた気候に惑わされ季節を決めかねたところがある。

 まあ、秋一番と思いこんでいるツリガネニンジンも咲いている、9月の
声を聞いたことだし、秋を迎えることにしよう。
 

 

2010/08/29 秋とも言いがたく

 大分涼しくなった、とはいえ例年から見るとまだ暑い日が続いている。
こうした夏は花たちにどんな影響を与えるのかと思っていたのだが、この
週末の撮影でおぼろげに感じることがあった。

 ハンゴンソウが山道に盛りだった。行く先々で黄色の花が輝くように突
き出している。いつもの年だと盆の頃に盛りを迎えている花が1週は遅れ
ている感じだ。その一方で、秋一番のツリガネニンジンは大体例年並みの
咲き方だ。

 多分、種毎に暑さへの対応が違っている。いろいろなセンサーを持って
いるのだろうが、どの部分を優先するかで変わってくるのではと想像する。

 

2010/08/21 祭りの後

 残暑が厳しいでしょう、という予想の通りに、盆を過ぎてもなかなか涼
しくならない今年。

 それでも、少しずつ秋の気配は空や山野の様相に現れ始めている。久々
に夏らしい夏を満喫したな、という思いとともに「祭りの後」に似た淋し
さも覚える。

 夏は眩しい陽の光の下で汗にまみれて、自分自身が生身であることを感
じる季節だ。生あるものの祭の時なのかと思う。

 ○ 驟雨きて庭の影濃し夏惜しむ

 

2010/08/15 晩夏

 どうやら暑さもピークを過ぎたようで、今週は寝苦しいこともなく過ぎ
た。それでも、少し動けば汗が出て夏らしい気分は続く。

 今年の夏はビールを始め、スイカや冷菓を随分口にした。花たちも大変
だったようで、庭の花をせっせと手入れする妻は、暑さで花も思わしくな
いと口にする。
 
 確かに、いつもと違う暑さの中でも、野の花たちはほぼいつも通りに姿
を見せ、実を結んでいく。それは、花たちの努力によって繕われた歩みで、
やはり何らかの代償を払っているのだろうと考えてみた。

 

2010/08/08 熱帯夜

 本州もかくや、と思う暑熱の日々が続いた週末。朝から30度近くを差し
た温度計はあっという間に30度を超えて、事務所のみんなも士気が上がら
ない。

 北海道はほとんど必要がないため、個人宅でも事務所などでもエアコン
など装備していない。籠もる熱にただ耐える一日だった。

 結局当地の最高気温が34.7度、帯広では35.9度になったとか。しかも、
その温度は日が落ちてもほとんど下がらず、言葉通りの熱帯夜。これが今
年の夏のピークだろうか。

 

2010/07/25 フウロソウ2つ

 お馴染みのフウロソウが季節の歩みを教えてくれるようだ。チシマフウ
ロの青が6月から7月に姿を見せ、入れ替わるようにエゾフウロの薄紅が
7月から姿を見せる。

 今年は当地も暑い日が続き、先週は日が落ちても気温が下がらない蒸し
暑い夜もあった。
 日本列島も猛暑に見舞われているようだが、これも温暖化の現れなのだ
ろうか?杞憂にすぎなければいいのだが。

 

2010/07/20 コンブ漁
 
 今年も始まったコンブ漁。休日の朝に黄金道路を走ると波打ち際のすぐ
近くと見える浅瀬に漁りする小舟が浮かんでいる。
 昆布採りは、経験と体力勝負の漁だ。力任せだけでもダメ、船を操って
コンブの生える岩場に乗り込む腕も必要なのだ。

 絶えず寄せてくる波を計算しながら船を操り、長いカギを水中に突き入
れてコンブを根元から絡め取っていく。
 
 日高山脈が太平洋になだれ落ちる岩場。時代には関係なく、繰り返しコ
ンブをたぐり寄せる男たちの営みが、今も目の前にある。

 

2010/07/16 夏

 夏という季節には特別な皮膚感覚がある。草の香りと汗ばむ身体、火照
る身体を夕風になぶられる心地よさはこの季節にしかない。
 人が生き物であることを知るのに、夏の渇きと熱は最も直接的な感覚に
なるように思うのだ。

 ところで、触・視・嗅・味・聴の5感で外界を認識する生き物だが、最
近はそれが随分と希薄になっているのでは?と思う。

 例えば食品の賞味期限の問題。自分の子供たちを見ていると、表示が問
題になるばかりで官能的な判断は2の次になっているようだ。

 数年前には食品の偽装表示事件というのがあった。表示された内容と実
際の食品が異なっていたというものだが、これも自らの五感を信じないと
する現われの一つかと思う。

 

2010/07/07 初夏の花々2

 今年は低温のまま過ぎた5月で、初夏の花々も1週間ほどずれ込んだ。
それでも花々は季節を過たず、天気の回復した6月中頃から一気に遅れを
取り戻したような印象だ。

 スズランを始め、当地の初夏を飾る花はなぜか小花が多い。マイヅルソ
ウ、ツマトリソウ、クルマバソウ、コケイラン、サイハイラン等等。

 

2010/06/26 猛暑日

 いい天気が続いたな、と思っていた6月。その最後の週末に訪れたのは、
記録的な猛暑日だった。

 朝から暑い日だと思いながら、好天気の中を走り回る。チシマフウロや
エゾカンゾウが姿を見せてきている。
 そして、ある花を思い出して少し足を伸ばしてみる。ハマナスに似たそ
の花を特定しかねているのだった。
 直行さんは、オオタカネバラと記しているのだが、実を観察すると球形
だから、カラフトバラのそれなのだ。

 それにしても暑い。車のクーラーはなかなか効いてこないし、花を撮る
だけで汗がダラダラ流れてくる。まだ朝の9時前というのに、拭っても噴
きだしてくる。
 結局その日は帯広で36度、当地でも35度前後を記録した。6月でこ
んな日があったのは記憶にない。

 

2010/06/19 エゾハルゼミ

 エゾハルゼミとともに、当地にも遅い夏がやってくる。
 車の窓を開けると、道路沿いの木立からいっせいに降りかかる鳴き声は、
たっぷり緑の触手を広げた木々とともに、初夏の到来を告げている。

 6月の北海道は、解放感に充ちている。寒さは去り、至る所に緑が溢れ、
その中に例えばタンポポが黄色の絨毯を敷き詰めたように広がる。
 生きとし生けるものが、その最も充実した時を迎え、遮るもののない勢
いで山野を覆っていく。

 降りしきる鳴き声を聞きながら夏緑の大地に車を駆る自分も、心躍るよ
うな想いの中に居る。

 

2010/06/13 初夏の花々

 ようやく、夏の気配がしてきた休日、露を含んだ草を踏みながら初夏の
花を見て歩く。

 すっかり緑を濃くした林、オオバナノエンレイソウは実を膨らませ、シ
ラネアオイもほとんどが優美なガクを落としている。

 エゾノハナシノブが静かに揺れるばかり、と見える林の中で、草に埋も
れるようにスズランなどの花がいっせいに顔を出している。

 

2010/06/08 霧笛

 この町に来たときは、特有の霧に町並みが霞んでいた。親潮が洗う海辺
の町は、初夏にかけて海霧が陸に流れ込むのだ。その様子は住むうちに視
界にもはっきりと写った。
 川筋に沿って海から霧が流れ込み、たちまち町並みを飲み込んでいく。

 「還らざるものを霧笛の呼ぶ如し」
 高名な俳人が当地に残した一句も長く心に残っている。霧と共にボーボ
ーという重い霧笛の音が町に響く。

 その霧笛もこの3月に廃止になったと聞いていた。さもありなん、レー
ダ−その他航海計器も発達しているから、と気にも留めないで居たのだが、
この季節に聞こえてこないと何か物足りない気もしてくる。

 

2010/06/05 トカチエンレイソウを探しに

 オオバナノエンレイソウとエンレイソウの雑種であるトカチエンレイソ
ウ。実はその名の通り十勝に縁のある花で、当地の十勝神社境内で発見さ
れたという話しも聞いたことがある。

 昨年、ある人物からその場所を教えられて、今年から探して回ろうかと
思っていた。

 知人の一人にその話をすると付き合ってくれると言うので、連れだって
神社のその場所へ。
 小豆色のエンレイソウとオオバナノエンレイソウが混在する林下で、二
人して這うように一本ずつエンレイソウの花を確認していく。

 2種のエンレイソウが咲きそろうその場所は、確かに可能性を感じさせ
るのだが、そう滅多に見られるものではなく今年は徒労に終わった。
 また来年この時期に、ということだ。

 

2010/06/01 ついに

 '06年の秋に種子を蒔いておいた庭のシラネアオイがついに花をつけた。
種子から花をつけるまで5年、とネットで調べていたので、来年の春のこ
とと思っていた。

 種子が落ちてから足かけ5年ということだったのか、我が家の庭の地味
が良かったのか、思わず顔がほころんだ。

 この後、3年目の株、2年目の株がゾクゾクと続いているから、来年以
降益々賑わうことになる。

 

2010/05/31 オオバナノエンレイソウ'10-3

 すっかり雨にたたられた今年のエンレイソウ。咲き始めと盛りを過ぎた
数日に僅かに恵まれた春の日もあった。

 軽快な印象を受けることが多いこの花は、晴れた日の奔放な姿が好まし
いと思う。ヒョロッとした茎がそれぞれに違った曲線を描き、林に差し込
む日を浴びて踊っているかのように見えるのだ。

 

2010/05/28 オオバナノエンレイソウ'10-2

 この花の盛期は、まさに当地の春真っ盛りというところなのだが、今年
は違っている。
 さっぱり暖かくならないし雨が多い。しかも、花が開いてから雨の日が
ほとんどだった。
 それもいいと、最後はこちらも居直った気分で雨の中を撮り歩く。

 

2010/05/20 オオバナノエンレイソウ'10

 早春の花々を追いかけているうちに、この花の只中に居る。オオバナノ
エンレイソウが林を埋め尽くすように広がっていく季節はいつもそんな印
象を受ける。

 もちろん、アズマイチゲやカタクリが咲く傍らで、この花も当たり前の
手順を踏む姿を見せている。しかし、列をなして白花を開いていく様子は、
劇的と言いたくなるほどの変化を自らの場所にもたらす。

 

2010/05/09 ミズバショウ

 当地では、山裾のちょっとした湿地にもミズバショウが姿を見せる。大
小を問わなければ、ほとんどの雑木林で見られると言っていいほどだ。

 連休にも、幾つかの林でその白い姿が目についた。ヤチブキと違って特
に水を選ぶ風ではなく、単なる水たまりのような場所でも現れる。

 葉も苞も傷みやすいのか、決して綺麗な花というわけではないが、どこ
となく愛らしい姿を眺めに山道を走っていく。

 

2010/05/04 3花の咲く頃

 北海道では、この時期に多くの花たちが姿を見せてくる。早春の3花が
咲くと、カタクリも混じり、水辺ではミズバショウやヤチブキ(エゾノリ
ュウキンカ)なども盛りを迎える。

 カタクリは、3花と時期も場所も共通し、個人的には仲間に加えたい花
だ。まだ冬枯れの林に現れる中で一際鮮やかな色を見せ、早春の風に揺れ
る軽やかな風情が気に入っている。

 

2010/05/02 ヤチブキ

 エゾノリュウキンカという名前よりも、ヤチブキという呼び方がピッタ
リ来る。早春の山菜として、その味覚も気に入っている。
 
 本当は連休前にもいくつもりだったのだが、諸々の事情で連休に入って
から例の沢へ入ってみた。
 想像通り、冬枯れの木立を縫うように流れる小さな沢は、ヤチブキの黄
色で溢れるようだった。

 

2010/05/01 早春の3花

 風が強い、そして連休と思えない寒さが桜の気配すら感じさせない。大
抵連休には咲いてくる筈なのだが、今年はやはり遅いようだ。

 それでも連休を迎えて身辺も落ち着いた頃、フクジュソウに続く花々の
姿が目立つようになってきた。
 アズマイチゲ、エゾエンゴサク、キバナノアマナ。3色の花々が時に同
じ場所に現れ、春の日差しを浴びている。

 緑も萌してきた林に入ると、咲き残ったフクジュソウや、ポツポツと立
ち上がったカタクリもそれらに混じり、慎ましくも精一杯の賑わいを感じ
させる。

 

2010/04/24 早春の花々

 余裕のできた休日、朝から温かく穏やかな日になって花の様子を見に歩
き回る。フクジュソウが盛りを過ぎた河畔をぶらぶら歩いていくと、チラ
ホラとアズマイチゲ、エゾエンゴサクの姿が見えてくる。

 春なのだ、春の只中にいる、という感覚が溢れ、しばらくはカメラを取
り出すこともせず歩いていく。

 パキパキと足の下で弾ける枯れ枝や枯れ草の音も心地いい。長い期間、
雪と寒気に晒された枯れ草や枯れ枝は、軽味を感じさせる存在だ。 

 そんな枯れ果てた物の間から、瑞々しい草花が少しずつ顔を出している。
私の中で早春を代表する光景の一つだ。
 

 

2010/04/16 花の雨

 「今日、ママンが死んだ」という、「異邦人」の冒頭が何故か頭に浮か
んだ。
 具合が悪いと聞いて見舞いに行こうと飛行機を予約し、明日立とうとい
う夜にその知らせを受けたのだった。

 4月8日といえば花祭、釈尊降誕の日が命日になる。満で89歳の往生、
我々息子達や孫はもちろん、甥や姪も多数駆けつけてくれて、花の雨が降
る中でいい葬儀ができた。

 気性の勝った母で、真っ直ぐ前に進む性分だから、人を傷つけたことも
あるだろう。貧しい家に嫁ぎ、子供達の教育に骨身を惜しまず働いた人だ。

 私の記憶にも、家で寛ぐような母の姿はない。野良で働くためのモンペ
姿が常だった。それでも、弟夫婦に見守られて平穏な日々を過ごせた後半
生は幸せだったと思う。


 満開の桜に送られて逝った母に、ご苦労様というばかり。

○ 逝く母の 鎮めとならむ 花の雨 

 

2010/04/04 春

 温かい日だった。出歩くのも軽装て済むから身体も楽だ。車を停めてふ
らりと雪融けの進んだ雪原に向かうと、あちこちに草が出てきている。
 まだほとんどを雪に被われた野だが、厳冬期とは随分違った風景に見え
る。

 こんな日に出会うフクジュソウは、ポカポカとした枯れ草に包まれて無
邪気に笑っているような風情だ。
 雪を割るしたたかさと、日向ぼっこを楽しむ童子のような対照が面白い。

 

2010/03/28 フクジュソウの光

 まだ深い雪の残る場所もあるが、ここに来て日当たりのいい場所は地面
が現れ始めた。
 
 今年は花が早いはずと、スノーシューで雪を漕いで行ってみる。思った
通り、僅かに地表が出たところにポツン、ポツンと黄色が見える。近づく
とまだ残った雪を割るように花を出している株もある。

 フクジュソウはそうなのだ、この季節を選んで咲いてくるから雪と付き
合わなければならない。

 根雪が早くしかも多かった今年は、遅い雪融けとともに姿を現すだろう
と思っていた。逆に、雪融けの早い年は咲いてから春の雪に見舞われるこ
とになる。

 

2010/03/21 縮小する社会

 この春に卒業する大学生、高校生の就職が難しいとしきりに報道されて
いる。若者が働けないことに暗い行く末を感じるのだが、タカノハの杞憂
だろうか。


 この数週間、忙しいというより拘束される時間が多くて出歩くこともま
まならなかった。

 ようやくそのスケジュールを消化した今朝、のんびり起き出してみると、
夜来の雨で雪山も随分小さくなった。庭の一部も土が覗いている。
 
 風が強くて出歩く日ではないが、僅かになった残雪の下で出番を待つフ
クジュソウが脳裏に浮かぶ。

 

2010/03/14 雪融け

 年に一番忙しい季節、大半はくだらない時間が過ぎていくのだが、腹を
立てても仕方がない。

 自然に目を向けるとそこには晴れやかな表情が待っていた。

 荒れ模様が続いた後の休日、柳の芽吹きを見ようといつもの河原に降り
てみると、木々は既にいっぱいのネコをつけている。

 撮りながら河畔の雑木林を歩き回り開けた河原に出ると、雪の只中で四
方八方からの陽光が眩しい。
 川筋に吹き付ける日高颪の寒さにもかかわらず、降り注ぐ光は間違いな
く春なのだと確信できた。

 

2010/03/06 3月、春の色を

 またまた、林を探検。

 今週は、水・金と立て続けに20センチ、30センチという降雪があっ
て、スノーシューでも楽な散歩にはなるまいと思っていた。
 新雪、それも湿った重たい雪は10センチほどは埋まるし、裏の金具に
くっついて足元を重くしながら2時間ほど動き回った。
 
 帰り足でヤチブキが群生する窪地に降りて、雪に埋もれることのない幾
筋かの流れを見て回る。水量がやや増した中に、今日ははっきりとヤチブ
キと確認できる若葉が見える、そして中には黄色に色づいた蕾も。

 

2010/02/21 スキー、春の気配

 このところ、土曜日は朝一で近間のスキー場に行っている。今週の土曜
日は新雪の翌日となり、穏やかな天気にも恵まれた。

 朝8時出発、陽が高いこと、日差しが強いことに改めて驚く。2月の頭
から寒い日が続いていて、冬の気分に捕らえられていたのだが、太陽の運
行に季節の巡りを教えられる思いだ。

 

2010/02/15 芽吹き

 先日に続いて、例の林に入り込む。今日は端的に水の流れ、深い沢の中
心部を目指して海岸とは逆の道路側から下っていく。
 
 すぐにその場所は分かった。湧き水だときいていた通り、まだ30センチ
以上はある積雪にもかかわらず、ヤチブキが咲く細い川筋は出ている。

 水は僅かしか見えないが、その中にヤチブキだろうか寒さで氷の張り付
いた小さな若芽が顔を出していた。

 

2010/02/11 林を歩く

 今週もスノーシューで林間を歩き回ってみた。フィールドは同じく海岸
沿いの防風林だ。 
 堅雪で大体は足元を取られないが、時には柔らかい雪があって沈み込む
ことがある。やはりスノーシューが欠かせない。

 休日の今日は2時間ほど歩き回って海岸線を辿り、目指す林の外周部分
を確認できた(後の3辺は夏場にいつも走る道路)。

 海岸は断崖が続き、知られている1カ所の沢だけが、この林地の水を海
へ通わせている。
 想像通り、海岸の台地と道路側の台地の間にヤチブキやミズバショウの
咲く水場が幾筋かあるということだ。

 長辺が2キロ弱、短辺が700メートルほどの範囲だが樹種も多様で、
起伏に富んだこの林地は歩くほどに面白い。

 

2010/02/07 スノーシュー

 今週は宿泊の出張も含め、随分忙しかった。土曜日にも、ちょっとした
会議が入り、スキーに行く気にもならない。

 風は強かったが、思い立って日曜日の朝からスノーシューで林間散歩と
しゃれ込んでみた。

 海岸の防風林、けっこうな起伏もあって少し不安な気もしたが、寒さが
続いたせいか、堅雪になっていて楽な散歩だった。
 スノーシューはほとんど埋まらないし、金具が良く効く。海岸に続く自
然なままの防風林は、夏場は藪になって入る気がしない。

 冬の間に歩き回ってみようと思っていたが、この分だと相当探検が進み
そうだ。

 

2010/01/30 十勝晴れ

 案外すっきりと晴天にならない日が続く。十勝晴れといわれる冬の晴天
は、青空と真っ白に続く日高山脈そして雪原が眩しいほどだ。
 今年はそんな雲一つなく晴れ上がった日が少ないような気がする。1月
の半ばに数日あっただけだ。

 昨日スキーに行ってきたが、晴れてはいたものの山は薄雲に隠れていた。
暖かい日で、早朝からのスキーだったが汗ばむほどだった。

 

2010/01/17 寒の朝

 先週空振りに終わった気嵐、週末にグッと冷え込んだ今週遂に見事なそ
れに遭遇(残念ながら、水平線の雲に邪魔されて画像は今一)。

 今までに見たことのない量と高さのある気嵐で、河口にかかった橋の上
を右往左往して、傍目には滑稽にしか見えないだろうが、一人早朝に盛り
上がっていた。

 この日は、冷え込みが予想できたので、この気嵐と内陸部に向かって樹
氷を撮り、最後にスキー。予定通りにこなして充実の休日だった。

 

2010/01/11 空振り

 大雪の後の3連休は、早朝から毛嵐の海を撮ってみたくていつものポイ
ントに通った。
 残念ながら、この3日間はそれほど冷え込まなかったようで、気嵐を見
ることは出来なかった。

 毎朝、その場所を通り過ぎながら、それでも無駄足を踏んだとは思わな
い。下手くそなデジカメおじさんは、幾重にも見て、知ることがまず必要
だろうと最初から思っている。

 空振りした時間は周辺を歩き回り、朝日を受けた風景がいつもと違うこ
とに気づくことだってある。

 

2010/01/10 大雪、その後

 5日から7日にかけて降った雪は70センチ近く、年末に降った分と合
わせると積雪が120センチになったとか。当地としては平年の2倍以上
になるそうだ。
 
 あれから何日も経つが国道すら、充分な車線が確保できていない。街中
の道路などは、まともに車がすれ違うことができないままだ。
我が家の庭も、うずたかく雪が積もり、もはや雪の投げ場所もない有様。
 

 花の種 深く眠るや 雪の丈

 

2010/01/06 大雪

 20年ぶりといっても大げさじゃない。昨日の午前中から降り出した雪は
丸一日以上経った今も降り続き、今朝の時点で積雪64センチと報道され
ていた。

 民家は玄関先を開けるのがやっとだ。道路わきに堆く積み上げられた雪
の壁で、町の風景も一変する。普通に歩けば視界に入ってくるものは雪ば
かりになる。

 

2010/01/04 正月

 3日は早朝に目覚め、明け方の空を見ると晴れのようだった。初日の出
に拘るつもりもないが、山を撮る前に久しぶりの海を撮ろうと黄金道路に
向かう。

 この時期は大体午前7時くらいが日の出、久しぶりに太陽を見たような
気がする。のんびり過ごした正月だった。