15/12/20 「火垂るの墓」−野坂昭如氏を悼む
野坂昭如氏が亡くなって時代の変遷を想う。その多彩な活動に作家と言い切るのは少々気が引けるところもあるけれど、自分の中ではやはりその印象が強かった人だ。
この夏、氏の代表作と考えている「火垂るの墓」を読み返していた。アニメ作品にならなかったら、今のように人口に膾炙することはなかったと思える小品だが、どこかで意識の奥底を揺さぶられる。
大上段に構えて戦争を描いたのではなく、淡々とした記述がむしろ非常時にある人間の無力さを浮かび上がらせて、歴史認識とは違った趣の戦争体験を読む者の想像力に投影する。
寄る辺のない身、自分たちの誰でもがそこに陥る危険性を孕むのが戦争や厄災である。日常の諸々を取り去った自分の姿を想ってみれば、その危うさと同時に大切な何かが見えてくる。
15/12/14 暖かい冬
ここ数日、朝の風景を撮ろうと早朝に走り回っているのだが、12月も半ばになるのに暖かい日が続いている。
さすがに手は冷たいが、衣服は軽装で充分だし、顔を刺すような冷気を感じることもない。
報道では、各地のスキー場で雪が少なくて困っていると伝えている。当地でも11月にまとまった雪が降った時は随分早いと思ったのだが、その後は雨が降ったりしてほとんど雪はなかった。
その分、雨を含んで硬くなった雪は風景を撮り歩く自分に絶好の足場を提供してくれる。足を取られることのない雪上は、軽装のブーツでどこまでも歩いて行ける。
15/12/06 古木が折れて
これは・・・、山道を歩いていて思わず足が止まった。いや、止めざるを得なかった、大小の倒木が重なって道が塞がれているのだ。
中でも一抱え以上はある巨木の幹が3つに折れ、そのうちの一本が道路を塞ぐように横たわっている。後の2本は折れた跡も生々しく道路の下の斜面に突き刺さるようにして路肩に凭れている。
そのほかに巻き添えになった中小の木や枝が10メートル位に渡って道の上に重なっている。
20メートルほど上を見ると、その巨木の本体が根元から10メートルほどの所で折れた無残な姿を晒している。急な斜面だから、折れた幹はほとんど真下に落下したものだろう。数トン或いは10トンを超えるだろう重量が上空から降ってくる場面を想像すると慄然とする。
先日の強風の後ではあの木は何ともなかった、とすれば2〜3日前の風があの木を倒したのか、強風のダメージもあったのだろう。
言うまでも無いことだが自然も様々な事象で変化し、違う尺度を持った人間の目を驚かせる。
15/11/28 初雪と
先日、さらっと積もる程度に初雪が降ったと思ったら、昨日からまた雪になってどうやら根雪になりそうな塩梅だ。
その雪と申し合わせでもしたように、東京の息子が帰省してきた。この時期はシシャモやカレイ類も干し上がり、毛ガニ漁も始まっているから、食いしん坊のヤツらしい時期を選んだものと妙に感心する。
知人の好意で活ガニを分けて貰い、刺身まで存分に食べさせてやることができた。
若者が生きづらそうな時代だ、息子の話を聞きながら、やはり自分たちとは違う場所に置かれていると感じられる。どこが、というはっきりした事柄ではないが、一般的な組織が向かっているものは没個性、多様性を認めない方向であるように思えたのだ。
以前、青色LEDの開発でノーベル賞を受賞した中村氏に関する著作を読んだことがある。会社に莫大な利益をもたらすことになる研究をしながら、実は会社の異端児扱いをされていた、という。
もちろん希有な例ではあるが、正当に個人の才能を認めることの大切さを知ることも必要だろう。
15/11/20 ゴミの散乱
山野に散乱するゴミを目にすると、人間の汚れそのものではないかと思うことがある。
幾つかの団体が協力して、町内の不法投棄ゴミをパトロールしている。先日、その一員として参加したところ、橋の上から相当量の生活ゴミが投棄されている現場を見ることになった。
もちろんゴミの散乱は普段から見慣れていると言っていいのだが、捨てられたばかりの納豆容器や牛乳パックなど生々しい生活の痕跡に、改めて自然と人間との関わりを思ったのだった。
15/11/15 渡りの季節
タンチョウを、と思って少し足を伸ばしてみると、期待通り所々に白い姿が見える。デントコーンの刈り取りが終わった畑をあさる彼らの姿は晩秋風景の一つだ。
そんな一ヶ所にハクチョウの小さな群が羽を休めていた。そういえばこの数日上空を飛ぶ鳴き声も聞いている、暖かな晩秋に本格的な渡りの季節だということを忘れていた。
15/11/07 カラマツの黄葉
どうやら、カエデ類は冴えを見せないまま時期を過ぎて、平原にはカラマツの黄葉が残るだけになった。
広い畑地を縦横に走る防風林、今その多くはカシワとカラマツが担っている。カシワはもう多くが葉を落とし、木の間から例えば日高山脈の稜線が見えてきている。
カシワは在来の樹種で、この地の開墾時代には最も開拓者たちの労力が向けられた。
一方のカラマツは、そのほとんどが人工林だから、開拓後に植樹されたということになる。
豊かな色彩を見せたカシワやミズナラの紅葉に続いて、黄金色のカラマツが平原に延々と連なる光景も印象的だ。
新参者、といってしまえばそれまでだが、誰がそれを言うのか、総ての存在は新参者として始まる。
15/10/27 紅葉はどこに
今年はカエデ類の紅葉が冴えない。月初めの大風にたたられたのか、山を歩いても鮮やかに色づいた木は目に入ってこない。
もちろん、その原因を簡単に決めつけるわけにはいかないが、目に触れてくる現象を認識することはできる。
15/10/19 秋色の中
旅行から帰って、毎朝平原を走り回っている。山間部と比べると紅葉は遅れているようで日に日に深まっていく様子が見て取れる。
カシワやミズナラの深くて濃い色付きが平地から近傍の山々を飾り、この時期の晴れた朝は広々とした野を走るだけでも気持ちがいい。
その一方で、朝日の差し込んだその林を通りかかれば、目を奪われるほど蠱惑的な光に満ちている。
遠景も近景も秋の只中、実に多彩な光を放ちながら木々や草花は一年の総決算を図っているようだ。
15/10/13 家族旅行
所用もかねて、家族で一泊の小旅行に出かけてきた。十勝の南端から砂川・美唄まで、ほとんど山間部を走る道中は見事に色づいた紅葉が楽しめた。
あいにくの雨模様だったが、山々を被う雑木の深い秋色は沈んだ光の中でも充分に魅力的で、日程に余裕のあった二日目は所々で車を止めてのドライブだった。
15/10/08 またも大荒れ
今年も先月末から穴掘りをしていた。庭の方から玄関まで素通しになっているからアーチでも掛けようかと言う妻に、枕木でも立てたらと提案しておいた。
その枕木が届いて、散歩や写真を撮り歩く合間に少しずつ掘り進めて埋めるばかりとなった所で先日の大荒れ、ようやく4本の枕木を立て終えると待っていたかのように台風の接近となった。
15/10/03 停電
猛烈に発達した低気圧の影響で昨日は一日強風で家が揺れた。妻が丹精している庭のアーチが壊れたくらいの被害だったが、長時間の停電に面食らった。
最初は数時間程度で復旧すると思ったが、結局午前中から夜の8時半くらいまで電気のない生活をすることになった。
テレビもネットも使えないからひたすらラジオを聞いて過ごす中、買って置いた手回し充電ラジオ(ライト付き)が意外に重宝した。
暗い夕食時には、ソーラーライトと共に明かりを確保するのにも役だって、災害時の備えにヒントを得たように思う。
15/09/30 山の実
山を歩いているとマタタビ、コクワの実が良く目につく。自分が見る限りここ数年で一番多いのではなかろうか。
ドングリが全くの凶作で、クマが人里に近づくのではないかと警戒されているのとは対照的だ。
15/09/16 秋晴れ
花もほぼ終わって、風景を楽しむ季節になる。まだ、ほとんどの木々は青々とした葉を茂らせているが、どことなくかさついた風に見えるし、落ち葉も随分と目立つようになった。
秋晴れの今日、山から楽古岳を眺めて穏やかに浮かぶ白い雲に秋の深まりを感じた。昨日は草原でリンドウを撮ってきた、自分なりの境界に過ぎないが花から風景への節目を意識した。
15/09/12 豪雨
当地も接近する台風の影響で風が強くなっているが、それよりも報じられている本州の水害が凄まじい。
ここ数年、豪雨だけで無く随分と災害が続いている印象だ。たまたま重なっただけなのか、どこかに要因があるのか、もちろん自分のような素人には到底分からない事柄だ。
オカルト的な物言いをするつもりはないが、単に科学という範疇に止まらない人間の知恵が試されているようにも思う。
15/09/05 山にトリカブト
いよいよリンドウが姿を見せ始めた。路傍にはみ出すように咲いているツユクサ、キツリフネ、ツリフネソウ、クルマバナなどもまもなく勢いを無くしていくだろう。
そんな時期、ほとんど葉を枯らしながら花を残したトリカブトの姿には驚かされる。
汚く黒ずんだ葉と茎、葉はそのまま萎れて垂れ下がり茎頂部だけ鮮やかな青、まったく尾羽打ち枯らしたという風情で山に突っ立っている。
15/08/28 段ボール堆肥
何年か前、あるきっかけがあって段ボール堆肥に取り組んでみたことがあった。その後しばらく遠ざかっていたのだが、昨年から再開している。
家庭菜園をやっている妻がその堆肥を使ってみたところ、庭の花にも畑の野菜にも凄く効くと言う。
なるほど、花も野菜も撒かなかったものに比べると1〜2割ほど大きくなっているのが分かる。
元々生ゴミとして処理されるだけの残飯が堆肥になるなら言うことは無い。特に、港町だけに魚介のお裾分けが結構あって、(熱を加えるという一手間はかかるが)始末に厄介な内蔵やアラの行き先になるだけでも重宝だ。
細菌の働きは馬鹿にならないものがあって、活発に活動している時などは60度近くまで温度が上がり、もうもうと水蒸気を上げている。
「ダンは燃えている?」、餌ならぬ残飯を投じてきたわたしに妻が聞いてくる、まるでペットを飼育してるようだ。
15/08/19 牛の異変
この時期は、秋の草花に惹かれて路傍の草むらを撮り歩いている。ツリガネニンジンがあちこちに突っ立ち、ハギの藪が色づいて来ている。
そんな花々を眺め、撮っていると道路に隣接する牧場内(放牧地)で一頭の牛が倒れているように見えた。
木が邪魔してよく見えないが寝そべっているのとは違うように感じて、時々視線を向けるが姿勢は変わらない、そのうちに子ギツネが一匹牛の周りに近づいて来て離れようとしない。
念のためにその牧場の住宅に走り、居合わせた細君に知らせた。すぐにやって来て牛を確認した彼女に聞くと、やはり死んでいる、という。
そういえば「開墾の記」にも牛が死ぬ記事があった。規模も経営形態も違っているがやはり生き物だ、事故は無縁とはならないのだろう。
15/08/15 終戦記念日に
思い立って「日本の一番長い日」などを読んでみた、同じ著者ー半藤一利氏の戦時メディアを論じた物も併せて。
やはり軍人に政治をやらせてはならない、と思う。広島、長崎の原爆を知って、なおも本土決戦を叫ぶエリート将校たちの目には、国民の姿はなかった。
もう一つ印象に残ったのは、「歴史に学べば日本民族は付和雷同しやすいという弱点を持っている」と論じていることだ。
そうした視点から例えば「松本サリン事件」に触れて、歴史から学んでいない、と半藤氏が嘆いているのは尤もだ。例外なく一つの方向に走った戦前・戦中のメディアの在り方が甦るのだろう。
ついでにいえば、今やっている甲子園野球、煽れば売れるのか一選手を過剰に報道する姿勢が目に余る。
終戦記念日に様々な行事が行われ、戦争体験を風化させてはならない、という論調を良く耳にする、もちろん異論は無い。
日本人とは何者か?という問いかけが長く自分の中にも在る。あの戦争は極限状態での日本人を示している、まだまだ汲み取るべきものは多い筈だ。
15/08/06 暑い
ここ数日、いかにも夏らしい暑い日が続き、昨日は当地でも35℃に迫る気温を記録した。
さすがに暑かった、クーラーなど無いから家中の窓という窓を開け放してみたが、どこに居ても汗が流れる程だった。
そんな中、妻が町内会のボランティアだと言って、高齢者世帯に冷たい飲料を届けに歩いていた。女性部が自発的に活動を進めたらしい。
連日の猛暑日報道に触れると、特に本州は凄まじい様子で沢山の人が熱中症にやられている。痛ましいと思うのは、高齢者の孤独死だ。身近に誰かが居れば、ちょっとした手立てで助かったのだろう。
田舎では、高齢化が早くから問題になっていて、町内会レベルでも見守りや声掛け等をしていこうと、しばしば話題にしてきた。
ボトル一本の飲み物でも何物にも代え難い時がある、おばさんたちのお節介とも見える行動に妙に納得した気分になった。
15/07/25 釧路動物園
いろいろな事があって、釧路へ走るのはこの一月で4回目になる。今回は温泉に一泊してゆっくりしてきた。
小雨模様で、親戚の小学生が楽しみにしていた動物園は物足りない感もあったようだが、こればかりは仕方がない。
15/07/20 鮭鱒漁船拿捕
全国の話題になったこの漁船は、当地の漁協に所属しているから、どのような経営体なのかも分かる。
つい先日、ロシアが流し網漁の禁止を決定したことから、今年が最後の漁と見なされていたところだ。
何とも妙なタイミング、報道に接して最初に思ったのはそんなことだった。ひと頃は当たり前のようにあった違反の摘発は、ここ数年全く無かった。
平成4年、コーストガードによって大量の違反船が摘発されて以降は業界も相当慎重な操業を心がけたのだろう。
この時点での拿捕は、ロシア側の何らかの意志が働いてのことだろうと思うのだが・・・。
15/07/10 エゾフウロの夏
今年は全体に花が早い、そう思って海岸の草原に行ってみるとやはりエゾフウロは咲き始めていた。
様々な草花が生い茂るこの場所に来ると、日常を離れた気分になる。生活の空間から僅かな距離しかないのだが、全く人気を感じない場所であり向き合うものが違ってくる。
生まれたばかりの子ギツネ、漂うハマナスの香り、風を切って飛ぶカモメ、草いきれ等々。
人間社会の肩書きや所属などは関係なく、2本足で歩き回る大型の生き物としてそこに在るだけだ。
15/07/05 とりあえずは
人間万事塞翁が馬、という。確かに人間の身の上に起こる事柄は予測できない。
そうは思いながらも気に掛かることがあって、昨日から2日続けて釧路へ走ったのだった。
15/06/25 鮭鱒流し網漁業
釧路・根室を中心に道東における漁業の最重要種目であった北洋の鮭鱒漁が壊滅の危機に瀕している。
昭和53年、自分がこの地にやって来た年、朝日新聞紙上に本多勝一記者の「霧に包まれた”北洋伏魔殿”」と題するルポが掲載された。
それ以来、水増しを指摘された業界は減トン対策や減船に追われ衰退の一途を辿り、既に全盛期の数パーセントの船を残すのみとなっている。
僅かに命脈を保ってきたものも、流し網漁の禁止ということになれば、出漁は不可能だろう。ロシア側の思惑が別の所にあるとすれば、というある種の楽観論は意味を成さない。
こうなるしかなかったのか?揺れ動いた当時の水産業界で目にし、耳にもした様々なことが脳裏に甦り、複雑な想いが交錯する。
15/06/15 ギョウジャニンニク
アイヌ民族の貴重な食料だったキトビロ、当地では一般にアイヌネギと呼んで春の山菜を代表する味覚だ。もちろんタカノハも好物で、焼き肉に使ったり出汁に漬けて酒の肴にしたり、あれば様々に楽しんでいる。
撮影したことはなかったその花の蕾を、今年はいつもの散歩中に見つけて楽しみにしていた。
気を持たせる花で、最初に見つけたのは5月の末頃だったのになかなか開かない、ようやく開いたと思ったらそこから幾つもの蕾が現れ、また何日も待たされた。結局20日ほども経ってからようやく花に対面できたのだった。
15/06/07 スズラン
先月のことだった、ある高齢の知人から自分が所有する山林にスズランの群生地がある、と教えてもらっていた。
数日、連絡が取れないでいて今日ようやくその場所を訪れた。よく手入れされた柏林に密生するスズラン、残念なことに高温が続いた今年は既に花が廃れ初めていて充分に撮影できなかった。
ちょうど草刈りにきていた所有者としばらく話しをしたのだが、元農家の彼は、時々坂本直行さんの跡地で草刈りをすることもあると言う。
15/06/04 移りゆく
ある縁があって、農地の売買に多少の関わりを持っている。先日もその一部の売買があって久しぶりに関係者と話をする機会があった。
雑談の中で、いくつかの農家が離農し、またその予定だという話が出た。
危惧していたことが起きている、正直そう思った。今は力のある近隣の農家が跡地を取得して何事もないように過ぎていくだろうが、それも限界がある。
家族経営を主とする農業では、当然ながら経営規模を簡単に拡大する訳にはいかないからだ。
だからといって、家族経営を否定するつもりはない。むしろ育成強化していかないと食料生産も地域経済も疲弊していくことになる。
15/05/30 初夏
数日前からエゾハルゼミの鳴き声を耳にしていたのだが、今日は全山を包み込むような蝉時雨に迎えられた。
山道では、頭上からも足下からも絶え間なく鳴き声が響き、それは否応なく初夏という季節をわたしに言い聞かせるもののようだった。
もちろん、それだけではない。木々はすっかり青葉を茂らせて、路上には虫たちが幾匹も這い回っている。花の遅い日陰でもエゾオオサクラソウの花色はほんの僅かになっている。
15/05/14 オオバナノエンレイソウ、気になること
風の強い日が多いとはいえ、殆ど雨が無く暖かく推移している。そのせいか花が早く、そろそろだなと思う頃には林間に7〜8分咲きと思える拡がりを見せていた。
いつものようにカメラを抱えて歩き回りながら、ここ数年気になっていることを確かめる。
やはり葉と花の部分を取られ、茎だけがストロー状に残った株が幾つもある。
確かめた訳ではないが、鹿が食べているのだろう。ただ、手当たり次第に貪ったという感じではなく、気まぐれにつまんでみたという程度に見える。
かなりの勢いで増えている鹿による食害は、確かに農産物や樹木で大きな問題になっている。
この件はそれほど深刻なものとは思っていないが、オオバナノエンレイソウも様々な変動要因に取り巻かれているのだと改めて思う。
15/05/10 割り切れぬ想い
突然、ある後輩の死を知らせる電話があった。不意打ちのような知らせに、衝撃と共にやるせない想いが湧き上がってくる。
数年前まで当地にあった水族館で誰もが認める優秀な飼育員だった。知り合った頃は活力に溢れ、多忙な業務の合間にも増養殖担当だった我々の依頼にいやな顔一つせず手伝ってくれたものだ。
そんな彼が勤めを辞めると聞いて、翻意するようにと説得を試みたことがあった。そのせいかどうかは別として職場にとどまることになったのだが、当時は何故か水族館を運営する団体で事務を担当していた。
いずれは水族館に戻り中心的な役割を担うものと思っていたのだが、5年後には心臓が悪化して入院手術をするまでになってしまった。
今にして思えば、当時その団体は低迷する業績を回復する重要な局面にあったのだが、次々と退職者を幹部に迎えるだけで、その事務が総て彼の肩にかかる状況だったと想像できる。
加えて組織内部の人事のごたごたもあって彼を水族館に配置できなかったという妙な事情も聞いていた。
その間、わたしの職場(その団体を監督する立場にあった)の某幹部から「お前も水族館立て直しに何か知恵を出してくれ」といわれた時、すかさず「館長を代えるべきだ」と答えていた。
当時の館長よりも年少ではあるが、生え抜きの飼育員である彼にその手腕を振るわせるべきだと思っていたのだ。
結局、彼が水族館に戻ったのは、既に廃止が決定され後始末を担当する段階でのことだった。
誰も居ない事務所を訪ねて、沈んだ様子を見るのは辛かった。それでも残った海獣等の受け入れ先探しは、彼が培った全国の水族館との繋がりで可能になったのだ。
周囲のつまらぬ思惑や感情に翻弄されて真価を発揮する機会を得られなかった1つの才能。それは、地域の貴重な財産であった水族館の痛手でもあったのだと思う。
人間社会にはありがちなこと、といってしまえば確かにそうかもしれないが、それで良しとするようであってはならないだろう。
15/04/30 ふと思うこと
海霧が町を包んで、やはりカタクリは花を開いていない。昼頃にもう一度来てみることにしていったん帰宅。
そういえば昨日もミズバショウの山に行ってみたのだが、残雪に埋まりそうになって途中で引き返してきたのだった。
闖入者である自分を改めて自覚しなければなるまい、帰る車の中で唐突にそんな思いが湧いてきた。語ることのない相手だから、あくまでも自分の想いということになる。
自然を大切に、などと無意味な言葉を持ち出すつもりはない、立場が違えば人それぞれに考えも違って来るのだから。(自然という言葉自体が曖昧さを含んでいる)
15/04/23 3花の咲く頃
フクジュソウが盛りを過ぎ早春の3花が現れ始めると、毎日のように河畔を歩き萌え出る草花を眺めている。
夏になれば、野放図に生い茂る草花と鬱蒼とした木立が現れて来るのだが、この時期はそれほど多くの種が目につくわけでもなく、丈を伸ばした草もない。3花が優先出来るのは確かにこの時期しかなさそうだ。
林床を柔らかく被った若草の中、青、白、黄の3花に並んでカタクリの紅が慎ましくも華やいだ彩りを添え、短い早春の宴がたけなわとなっている。
もちろん、どれも小さな花たちだから、ささやかな賑わいに過ぎない。それでも、冬をやり過ごして一息入れる時が来たのだ、と思える光景。
15/04/10 ヤチブキ
フクジュソウを目にすると次はこの花だ、ヤチブキことエゾノリュウキンカ。
ヤチブキと呼んだ方が親しみを感じるのは、単なる野花というだけで無く、季節の山菜として食す側面もあるからだろうか。
清冽な流れに立つ瑞々しい葉を眺めて、シャキシャキするその食感を思い浮かべたりもする。
15/04/02 枯れ草の褥
ようやく、日当たりのいい場所では地面が現れ始めた。待ちわびたようにフクジュソウがチラホラと頭をもたげている。
長い間雪の下にあった枯れ草が、凍った地面と雪とに挟まれたあげく雪融けの冷たい水に晒され、全く別物となって地面に張り付いている。
この枯れ草がいったん雪の下から現れると、春の日差しを受け止めて、春先の様々な生き物の温床になる。
フクジュソウを撮っていても足元にぬくもりを感じるほどだから、まだ寒い日もある時期に枯れ草の果たす役割は馬鹿にならない。
15/03/26 春の空
例え見渡す一面が雪であっても、やはりこれは春の空だと思える時がある。直感に近いようなものだが、どこかで冬空と違う要素を知覚してるのだろう。
昔の人々はそうした感覚を鋭敏にしていなければならなかった、農家にしても漁師にしても。
そうした努力から解放された代わりに、人は何を得たのだろうか。昔に帰れなどと言うつもりはないが、その歩みを想うことは必要だろう。
俯瞰、全体を見渡す目、簡単だとは思わないが、どこかでそうした視点を持たないと道に迷うこともある。
15/03/18 アザラシを見に
前半は悪天続きの三月だったが、半ばを過ぎてすっかり春めいてきた。 まだ一面に雪の残る平原風景だが、たっぷりと水分を含んだ大気に楽古岳も霞んで見える。
そんな風景を撮っているうちに、ふとアザラシの海岸を思いだし、行って見ようという気になった。スノーシューを置いてきたので、いったん家に戻ると妻も行くと言う。
時々ズボッと沈む所はあったが、大半は堅雪で楽な歩行だった。一面の深い雪とはいえ、肌に当たる空気の気配は春そのもので、日が高くなっているから周囲の林内も明るい。
時々頭を出すアザラシを遠目に眺めるだけだが、キラキラと日差しを反射する海を見下ろして季節を感じ取る。
150314 晴れやかな日
先月末からずっと続いた雪と雨、ようやく落ち着いた今日は、素晴らしく晴れ上がって早朝から家を飛び出した。
約10日ほど毎日のように降った雪と雨で空中の塵芥が相当に減少したのだろう、際立った青さを見せる空に、くっきりと山脈が浮かび上がっている。
150308 低気圧の襲来
先月末から立て続けに猛烈な低気圧に見舞われて、みるみるうちに雪が嵩んだ。
この一週間ほどは、殆ど雨や雪、風の中で雪投げに追われていた感じだ。時に雨が交じった雪は重たくて、既にうずたかく積まれた所へ投げるのに身体のあちこちが悲鳴を上げる。
南岸低気圧といわれるものだろうが、ここまで発達し北海道を直撃するのはあまりなかったと思う。やはり日本近海の海水温が上昇しているということなのだろうか。
150228 大雪と手打蕎麦
山菜採りの師匠から電話があって、打ったソバを届けに奥さんが向かっているのだが、わたしの家が分からないのだという。
恐縮してすぐに道路に出てみると、一丁くらい先に止まっている車がそのようだ。昨日の大雪の後だから道路脇は雪山になって、家の並びなど見えないし、近くまで行かないと交差点すら分からない有様だ。
昨年の暮れにも新ソバができたからと、届けてもらっていた。家までは5〜6キロある、雪道も厭わず届けてくれた心遣いが身に染みる。
150216 課題
先日、思いがけない依頼があって、ある公共料金の改訂審議会に参加してきた。多くの市町村同様、年々出生数が減り少子高齢化が進む地方の小さな町での事だ。
政府が掲げる子育て支援の一環として基準が見直されたものを、我が町にも適用させるというだけだから、特に議論もない。
さて、少子高齢化対策、地方創生と掛け声は賑やかなのだが、果たしてどれだけの効果を生むのだろうか。少子高齢化の問題などは、随分前から語られてきたことだ。
150212 暖かい
ここに来て少し雪が続いているが奇妙なほど暖かい。時折スキーに行っても、雪の状態といい日差しといいシーズン終盤のような印象を受ける。
15/02/02 スキー
1月末の降雪でようやく近間のスキー場がオープンになり、帯広近郊の知人を訪ねがてら初滑りに行ってきた。
昨年は二月も末になってのオープンで、結局1回も滑らなかったから二年ぶりということになる。
あいにく風が強くて1時間ほどで切り上げてきたが、こんな日ばかりではない、今年は十分楽しませてもらえそうだ。
15/01/29 ピケティ氏の話題
昨年末から評判になっているフランスの経済学者ピケティ氏、原著は読んでいないが、ネットや新聞などで随分取り上げられていて幾つかの論点が紹介されている。
やはり、現在の経済制度から発生している格差を問題の一つとしているようだ。日本でもここ数年、格差社会ということが取り上げられ、ブラック企業やらネットカフェ難民などが話題になってきた。
大事なことは、そうした現象を特殊な事柄として片付けるのではなく、普遍的なものとして位置づける事ではあるまいか。
フランスの研究者が分析し、論じたのだから日本国内に限定した現象ではないだろう。つまり、国際的にも同じような貧困が生み出されている状況にあると理解すべきなのだ。
ピケティ氏の主張に対して、日本はアメリカほどひどい格差社会ではない、などと反論する向きもあるそうだがお笑いでしかない。それこそ五十歩百歩、目くそ鼻くその類いだ。
15/01/24 久々に
ここに来て、少しだが雪も降って冬らしくなった。平原のあちこちを走り回ると、新雪に被われた雪原と澄んだ空に浮かぶ山脈が期待通りの姿を見せている。
熱を感じない明るさといえばいいだろうか、一面に広がる雪の白さが夏に比べて弱い陽光を巧に散乱させている。
今朝は冷え込みもあって、霧氷が枯れ草に張り付いて朝日に煌めいている。いつもの年なら当たり前の現象も今年はあまり見られなかった。
15/01/17 夕景を
何日か夕景を撮っている。本当は十勝晴れの平原風景を撮りたいところなのだが、年末から年明けにかけて全く雪が降らず妙に暖かい冬になっている。
15/01/13 鹿、その後
あれから四日目、あの鹿はどうなったのかと想像しながら、好天に恵まれて山の散歩に出かけた。
見事なものだ、跡形もないといいたいくらい綺麗になっている。所々に毛が散乱しているのと脛が一本転がっているだけだった。
15/01/09 鹿の死骸
平穏に正月を過ごして久しぶりに散歩に出かけた。年末年始、雪は降って居ないから年前につけた踏み跡を辿ればいい、なまった身体にちょうどいいくらいの運動になる。
それはその通りだったのだが、思わぬものを見ることになった。
登りの途中、まもなく山頂という辺りで異常な数のカラスが飛び回り騒ぎ立てているのに出くわした、トビも交じっている。
不思議に思いながら差し掛かったカーブを抜けると、すぐ先の雪の上にグレーの冬毛に覆われた鹿の死骸が横たわっていた。
破れた腹を除けば、まだ顔も全身も原型に近いからそれほど時間は経っていないだろう。以前にも河原で真っ黒にカラスが取り付いた鹿の骸を見たことがある。わたしの気配を感じるまでそんな状態にあったのだ。
正月早々に縁起でも無い、とは思わなかった。これもまた、生き物が繰り広げる一つの相に過ぎない。宮澤賢治さんの「よだかの星」を思いながらその脇を通り過ぎた。