エピローグ (あるいはインタールード)








 物事は移り変わる。
 春が過ぎれば夏が来るように、冬が来れば春が遠くないように、時が過ぎるに合わせて、物事は変化し続けている。はっきりとわかるような変化でなくても、じっと目を凝らしてもわからないようなそれであっても、とにかく変化し続けている。
 重要なのは、変化「し続けている」ということだ。
 変化を「続けて」いるからには、物事はずっと繋がっている。切れ目なく、連綿と。
それはつまり、過去は、現在に至るまでの連続の集積だということだ。
「だから、過去からは逃れることができない……自分が、『現在』である限り」
 アッシアは声に出して呟き、過去からは逃れることができないことを、改めて認識した。
 その認識は、静かに胸の奥へと染み込み、広がっていった。
 それはとても簡単な現実。

 夜の学院。アッシアの私室。
 彼は、開け放った窓から外をぼんやりと眺めている。
 顔を空へと向けてみれば、星が落ちてくるようだった。
 夏でも冷たい山の夜気が頬にあたり、体温を奪って流れていく。
 外を眺め、アッシアは少しでも頭を冷やそうとした。
 今日はいろいろなことがあって、アッシアは動揺していた。
 その自分の状態をまず認識して、ゆっくりと今日の出来事を思い出す。
 突然ダグラスと戦い。
 ジュリアスと再会し。
 ピエトリーニャに至る手がかりを、こんなに早く得て。
 不意に過去に直面している。

 ふう、と大きな息とともにやり切れぬような思いを夏の夜空に放った。自分の吐息がぬるい空気に溶けていくのを空想しながら、アッシアは子供の頃に覚えた星座を辿る。テンプル座。一つ目巨人。片翼の鳥。水差し。大円十字星。
 古代の旅人たちは、星を頼りに方角を知り、各地を旅したのだという。目印など無い広い草原、静かに広がる青い海原。旅装束に身を包み、杖を突いて進む旅人と、その姿を見守るように輝く星を思い浮かべながら、アッシアは右袖をまくった。
 いびつに肉が盛り上がった自分の古傷を、彼はじっと眺める。
「アッシア=ウィーズ、か……」
 自分の名前を、自嘲をこめて呟いて、アッシアは唇の端を曲げた。そして、自分の古傷をひと撫でする。自分の忌まわしい過去を象徴する古傷。アッシアはこの古傷を見ることをずっと避けてきた。それはつまり、自分の過去と向き合うことをずっと避けてきたということだ。
 すべてをなげうったつもりだったけれども、結局過去はこうして追いついてきた。
「もう、逃げられないかな」
 過去は必ず追いついてくる。
 ならば、過去とは『いつか』決着をつけなければならないのだろう。
 そしてその『いつか』が、『今』ということなのか。
「これが運命。……そう考えれば、少しは楽かな」
 馬鹿げていると思いながら口にして、またアッシアは自分の皮肉な思考に苦笑する。
 けれど、彼の胸のなかでは、決意が少しずつ熱を帯びて固まり始めていた。