バックナンバー タイトル

バックナンバー
連載
ヤイユーカラパーク VOL35 2000.12.28
ヤイユーカラ バックナンバーへ戻る
おもな内容へ戻る
おもな内容

連載 フォト・エッセイ


第五話  『夜明けのカラス』

暑かった夏が終わると人影は減りカラスの姿ばかりが目立つ。カラスは僕が自転車を漕いでいる時や、新聞を抱えて走っている時には視線の隅に僕を捕えて食事を続けているのだが、手ぶらになって自転車に戻る時には約7メートルの距離を正確に計って飛び立っていく。

夜明けのカラスはエサ場の縄張りをめぐって戦いの真っ最中に入る。相手を威嚇し、ひとつ袋を奪い合い、いがみあいする姿は凄まじいばかりだ。ある日、自転車を止めたとたんに頭上から強烈な叫び声があがる。理由は分らないがカラスの威嚇が僕に向けられているのはすぐに分った。僕は新聞配達を始めた当初から彼らの行動に興味をもって観察をしてきたが、恨みを買うような事は一切していないつもりだ。しかし、戻って来るとまた威嚇してくる。だが、今度はその瞬間に足下の植え込みの間から小さなカラスがピョンピョンと跳ねながら飛び出してきた。"天の声"はテンションが数倍にも上がっている。『そうか、あいつは母親なんだ!』そう直感して見上げると、そこには電線の上を激しく行きかいながら僕に向かって叫び続けている2羽のカラスがいた。

若いカラスの「はい、ポーズ」

若いカラスの「はい、ポーズ」

それはただそれだけの事だったのだが、大分しばらく経ったある日のこと、今度はまったく鳴かないカラスが自転車の目の前に止まっていた。羽の艶と小ぶりな体型から遠目にも若者とすぐに分ったのだが、そのまま近付いて行けばすぐに逃げてしまうだろう。

『カァーラァース なぜ鳴くのォ……』突然出てきた歌に我ながら唖然とはしたが、それでもカラスは逃げなかった。夜明けの街を歌いながら近付いてくる怪しい男を、周囲にも気を配りながらじっと見詰めている。そして2メートルぐらいに近付いた所で記念写真を一枚撮ってあげると(?)、それを待っていたかのように『カァー』と一声鳴いて飛んでいった。『あの時の子ガラスに違いない』と、僕は勝手に思っているのだが、カラスの顔は皆どれも同じように見えて今も見分けがつかないでいる。


第六話  『秋はたそがれ……?』

新聞配達を始めて一月程経った頃に義父が亡くなり、最近になって義母を我が家に迎える。『北海道は冬が寒いから嫌だ』と言っていた義母の82歳にしての決断であり、僕にとっては『老い』と『死』を身近に見つめる貴重な時間になるだろう。義母にもその事は伝えてある。義母は私たちに迷惑をかけるからとずっと遠慮をしていたらしい。

……こんな時にもフリーターは便利だ。僕はさっそく床の段差を緩和させたり、手すりを取付けたりと我家のバリヤーフリー化を始める。

……義母はとても優しい人だ。この人の口から他人の悪口が出るのを聞いた事がない。おまけに『死』を恐れている様子もまったくない。しかし、加齢による身体の不自由や意識の老化は間違いなく進んできている。日付けと曜日がすぐに分らなくなると心配していたので、その両方が表示される大きな時計をプレゼントしたら顔を合せる度に何度も何度も繰返し礼を言う。面と向かって話をしている時はまったく正常に見えるのだが自分の言ったことや、やった事をすぐに忘れてしまう。そんな時になって生活環境がまったく変わってしまうのだから本人が一番大変だろう。あまり手を出し過ぎないように気をつけて、出来るだけ自分でやってもらうようにする。

引越し荷物もとどいて、ひと安心!

引越し荷物もとどいて、ひと安心!

ペットの事が話題になった時には『生き物は死ぬから嫌だ』と、言っていたのだが、『我家のニワトリは2、3年後には喰ってしまうのだからいいでしょう』と言ったら『エサやりぐらいは私がやります』と言う。

今朝は新聞配達を終えて戻ってくると早起きの義母がお茶を入れてくれた。先ほどまでは入れ歯が沈んでいた湯飲みにお茶が注がれ、その上に窓から差しこんできた朝日が公園のアカシヤの葉影を揺らす。秋の朝焼けの空は本当に美しい。朝日は金色に輝いている。義母が一瞬幼女の様に輝く笑顔を見せ、僕は、何故か共同保育をしていた頃の事を懐かしく思い出しながらぬるいお茶をすすった。

<次号に続く>