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ヤイユーカラパーク VOL36 2001.04.30
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連載フォト・エッセイ


第七話 『冬来たりなば 春遠からず?』

初雪を冬の始まりと感じるようになったのは札幌に来てからのこと。今年はそれが早かったので冬が長く感じられるかも知れない。完全に雪が解けるまで6ヶ月はある。

初雪の朝……。まったく予想していなかったので、玄関のドアを開けるまで雪が降っていることに気づかなかった。サドルの上には雪がこんもりと積もっている。慌てて部屋に戻ってオーバーズボンを引っぱり出し、長靴に履き替えてハンドルを握る。その2日後にはドカ雪が来た。自転車は漕げば漕ぐほど空回りするし、ハンドルは取られる。押して歩こうと思うとこれまたほとんど前に進めない。初雪が凍りついた上に30センチぐらいの雪がかぶさっているのだ。ついに長靴でドタドタと販売店まで走る。……てっきり遅刻だと思ったのだが、驚いたことに肝心の新聞が届いていない。みんな苦労しているのだろう。

その日は結局3回転んだ。車の轍をたどって行けば自転車も使えると聞いてやってみたのだが、細い轍をたどるのは思ったよりも難しい。なによりも、怖々とやっているので肩に力が入ってハンドルがふらつく。それに荷も重い。前輪が轍の隅をちょっと踏んだだけで瞬時に滑った。幸いに新聞はしっかりと縛って来たのでばらまかずに済んだが、重い自転車を起すのはなお大変だ。

その後の一週間はほぼ毎日転ぶ。転ぶまいと思うとからだ中の筋肉が突っ張って、結局は打ち身や筋肉痛を生じる。まず肩の力をぬき、次に月明かりや街燈の反射を利用して路面をよく確認する。危険な場所は押して歩く。……これで大分転ばなくなった。転ぶ時も抵抗をしないでストンと上手に転べるようになる。

ツルツル路面にうっすらと雪がかぶさっている日は要注意だ……。今朝は交差点の真ん中あたりで派手にこける。転んだ瞬間に自転車を左に蹴飛ばしたので、その反動で前の荷台の新聞が右の方に飛び出していく。その真ん中あたりを仰向けに滑っていく僕の両膝の間にはオリオン座が瞬いている。春はまだまだ遠い。


第八話 『道シバレ 婆と腕組む新世紀』

俳句を始めたという友人から新世紀を詠んだ句を添えた手紙を貰った。本人は腰折れと謙遜しているが、楽しんでいる様子が目に浮かぶ……。そうなると僕のミーハー魂が黙ってはいない。一句作って返信にした。『道シバレ 婆と腕組む新世紀』。……これでは俳句と言えないが、なかなかの"腰砕け"だとひとり悦に入っている。

山本エカシによればアイヌ語の2月はチュイ・ルプ・チュプ(=激流・凍る・月)と言う。まさに今年はその様になった。窓に張付けた外気温計が−10度を越える日が日が連日2週間ほど続いた。札幌では珍しい事だ。−15度を越えると息を吸うたびに鼻毛がツッパル。「やァ、今日はあったかいネェ」と仲間と挨拶を交わした朝は−7度だった。

寒いのとシバレるのは違う。生れも育ちも東京の僕は冬が苦手で、木枯らしと暗い空ほど気の滅入るものはないと今でも思っている。その反動なのか冬の北海道は大好きになった。初雪には毎年感動する。雪を見て「来たわね……」と連れ合いが言い、「来たね……」と僕が言う。この日だけは二人ともいつもニコニコ顔になっているのが可笑しい。

東京の冬は寒い……。札幌で初めての冬を過ごしている義母は「あったかいですね……」と口癖のように言う。余程の覚悟を決めて来たのだろうが、怖がって雪道の上をほとんど歩くことが出来ないのだから当然でもある。春になって雪が解けても一歩も歩けなくなるのではないかと心配をして色々と工夫はしているが、狭すぎる住宅事情を恨むばかりだ。

唐突に、20数年前の経験を思い出す。……東京でわざわざ新調してきた"ラクダのももひき"と長袖の下着を人前では脱ぐ訳にもいかず、吹出す汗を拭いながら鍋を囲んでビールを飲んでいる。そして、ふと気がつくと地元の友人たちはTシャツに短パン姿になっている。シバレる夜の"暑い"記憶だ。婆はその下ばきを5枚も重ね着している。北海道の冬はシバレて熱い!

<次号に続く>