例年より2週間近く早い日程での鹿狩りでした。理由は、今年はお彼岸が連休にならないこと。「ならば、少しでも早いほうが、シカ肉の脂ののりがよかろう」と考えたのですが、これはまったくの素人考えだったようです。1週間、2週間早くなったところで、厳寒期の美味いシカ肉を味わえるわけではないと、ハンター諸氏の言でした。
ともあれ私たちは、雪解けが早い北海道のまぶしいような陽射しのなかを400キロ走り抜け、上徹別福祉会館に到着しました。
今回は、全16名(厨房班も含めて)という、少数精鋭(?)の参加者です。明朝到着の5名を除いて、夕食。酒精で身を清めながら、夜が更けていきました。
早朝便で到着のメンバーを迎え、朝食後、恒例の“作戦会議”を終えて狩場へ出発。好天に恵まれ、気温も上がっていました。車で走ると、道端まで鹿の群れ(少しオーバー)です。「鹿だ!鹿だ!」の喚声。何年振りかで、我々の狩場に鹿が戻ってきたのです。
少し前に大雪が降り、山の中のえさがなくなったのでしょう、いつも追い込みをする雪原の木立の中に、点々と鹿の姿を見ることができます。「!」……期待が膨らみました。雪原の川上側から追い込み班が、ハンター山下とともに移動します。待ち伏せ班は、ハンター桜井とともに下流側の雪原に入って行きました。去年の雪よりは、カンジキ、スノーシュー、ともに歩きやすいのは何よりです。
桜井さんの後を、少人数の待ち伏せ班が進んでいくと、木立越しに鹿がちらちら見えてきます。桜井さんが止まって銃を構えるたびに、我々も足を止め、息を止め、見守ります。……どうにも、木々が邪魔になります。木に当たっての跳弾を気にして、なかなか撃つことができないようでした。
やがて、雪原を横断した私たちは、川にぶつかりました。「!!!」対岸の小山の稜線に、20頭ほどの鹿が一列に並んでいます。私たちを見ながら、動こうともしない鹿の群れ。
ムムム……! 鹿に馬鹿にされている……!
悔しがっている私の耳に、轟音一発。射的屋の的のように並んでいた中の一頭が倒れました。「頭にきた」と桜井さん。ハンターを馬鹿にすると怖いということを、思い知ったか!?
しかし、例年ならば何ヶ所か渡れる場所がある川が、今年は水かさが多く勢いも激しくて、渡河できる場所がありません。「参ったなァー」、「こりゃあ、駄目か……」と言っているうちに、渡辺さんが「折角倒したんだから、行って、運んでくる」と、下流に向かって歩き出しました。下まで行けば向こう岸に渡れるからと……。
残ったメンバーは、“待ち”に入ります。明るい日差しのなか、上流側の雪原の木立を透かしてウオッチすることしばし……。やって来ました! 我々の待機場所から50m〜100mの辺りで、上流から来た鹿たちが川を渡って対岸へ向かって行きます。桜井さんの後方で息を止めて凝視する私たち……。「ドキューン!」……一瞬宙に跳ね上がり、落下して脚を震わせる鹿の姿を、はっきり見届けることができました。
駆け寄る――スノーシューとカンジキ履きですから、あくまでもこれは言葉のあやです――私たちの前には、首の付け根に被弾した小型の牝鹿が横たわっていました。上流で一発の銃声。「山ちゃんも倒したか?」………あとで聞くとこれは勢子弾で、下流に鹿を追ったものだということでした。木立の中を逃げる鹿が見えると、桜井さん。「国道方向だから、危なくて撃てないな」と見送ったようです。
やがて合流してきた“追い込み班”と一緒に、解体にかかります。2〜3歳と思われる牝鹿は、可哀そうなくらい痩せこけており、深刻な食糧不足を実感させました。それでも胎児を抱えているのですから、その生命力には感嘆させられます。
初めてのメンバーも交代しながら、30分程で解体終了。温かいレバーの試食もしました。「肉を手分けして運びましょう……」という時になって、「渡辺さんは?」。
すっかり忘れていた渡辺さんの姿を、対岸に探しました。「あ! いた!」……対岸の小山の中腹を降りてくる姿が……「鹿を引っ張ってるよ!」……確かに、それは尾根で倒れた鹿にロープをかけて引いてくる、渡辺さんの雄姿でした。山下さんが、川に架かった倒木を渡って対岸へ。我々が見守るなか、やがて鹿を引いた二人が対岸に辿りつきました。大きな鹿です。「並んだなかで、一番でかいやつを狙ったんだ」と桜井さん。確かに……。
長いロープをこっちへ渡し、川に落とした鹿を引っ張りあげることにします。早い流れに逆らって6〜7人で引っ張り、無事に鹿は引き上げられました。氷で覆われた細い倒木を渡って、山下さんが戻ってきます。続いて渡辺さんが……。「!!」……滑って川のなかへ! 川幅は狭いとはいえ、腰上までの急流です。流されながらも、なんとか無事に岸に上りついた渡辺さんに、一同「ホッ!」としました。
濡れねずみの渡辺さんを会館へ送る間に2頭目の解体をすませることにして、車で往復して戻ると、ちょうど作業が終わっていました。「腹が減ったぁー」。会館へ戻り昼食です。
午後、再度の追い込み猟に大半のメンバーが出かけます。私は午前中の“歩き”に疲れ、残った渡辺さん、厨房班の上野さんとともに製肉作業。2頭の鹿肉から骨を外し、ブロックに切り分けます。今夜の料理用の肉も用意しました。やがて夕暮れが迫る頃、ハンティング班が戻ってきました。「撃つには到らなかった」と、猟果はなし。
遅く到着した淑子さんが加わり、夕食はいつもの賑わいでした。“一口カツ”という新メニューや、定番・山下製ユッケや塩焼きタン、レバーと心臓の刺身……鹿づくしです。山本栄子さんからの差し入れ、“十勝風ラタスケプ”も好評でした。
そして、この1年で上達した村上さんの三線を楽しみ、心地良い疲労感に沁みていくアルコールを楽しみながら、夜が更けていきました。
相変わらず、好天。最後のハンティングに「行こう!」とがんばる人もいなかったので、全員で鹿肉をそれぞれ持ち帰れるように切り分け。その後、カムイノミのために前日の雪原へ出かけました。
日が照って風もない絶好のコンディションのなか、山下さんを祭司に、カムイノミが行なわれました。上座に安置された2頭の鹿の顔が、心なしか幸せそうに映り、私たちの心もゆったりと和んだのです。
会館に戻って昼食の後、会館を掃除して、それぞれが帰途につきました。猟果は2頭と少なかったけれど、今回の参加者にとっては充分な肉の量でした。皆さん、お疲れ様でした、そして、また来春に……!
追記:一度釧路市内に出て博物館を見てから、阿寒湖温泉へ向かう事務局車が湖畔近くまで来たとき、前の車が突然ハンドルを右に切って何かを避けました。「ア!」……わが車も同様に急ハンドル。小鹿が目の前の道路に倒れ、脚をばたばたさせていたのです。切通しの上から滑り落ちて頭でも打ったのでしょうか。
前日狩場の近くの国道で、鹿にぶつかって大破した車も見ました。それ程たくさんの鹿たちが、国道近辺に群れている春の阿寒でした。
追記2:鹿狩りキャンプの度に話題になり、「その内にやろう」と話していた「穴熊狩り」を、ウタリ協会旭川支部が道に申請し、許可が出て、4月〜5月にかけて実施するという新聞記事が出ました。首尾よく仕留めて、カムイ・ホプニレ(山の神を送る)が行なわれることを祈ります。これも、私たちが鹿狩りを続けてきたことの成果だと思います。
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