バックナンバー タイトル

バックナンバー
連載
ヤイユーカラパーク VOL47 2004.06.30
ヤイユーカラ バックナンバーへ戻る
おもな内容へ戻る
連載 食いものノートへ
おもな内容

食いものノート/9

自他楽写真館 平島邦生

子どものころ、東京下町の商店街に、双子のおじいさんがやっている「たまご屋さん」があった。よく買いものに行かされたのだが、「いらっしゃい」も「ありがとう」もなく、子どもたちは、「二人は言葉を話せないのだ」と、噂していた。だが、交代で店番をしながら、ふたりは店の奥でいつもラジオをかけたまま新聞を読んでいる。時々、毛羽のついたハタキで卵を丁寧に払い、ひとつ売れるたびに並べ替える。一番手前のケースが七円。その後に八円、九円、十円と並び、一円高くなるごとに、ケースも一段づつ高くなっていく。

五十年前、二人の老人の生活は、毎日、卵を商うことだけで成り立っていた。

前号を書き終わって、何か書き忘れたような気がしていたが、それは「卵」だった。

「卵が先か、鶏が先か」という哲学的話題はさておき、鶏肉料理を書いて、卵料理を書かないのは片手落ちの気がする。今日は「たまごの話」から始めたい。


レシピ 16たまごの話

一般的には、鳥や魚や昆虫の卵細胞を「卵」と呼ぶ。雌の卵巣内で形成され、多くは円形、または楕円形。周囲に卵殻を、内部には白身、黄身、胚などを持つ。昆虫の卵はあまり食用にしないが、鳥や魚の卵はほとんどのものが食べられる。

普通、「玉子」といえば鶏卵を指す。鶉(ウズラ)や鳥骨鶏(ウコッケイ)は同じ鶉鶏目(じゅんけいもく)きじ科の鳥であるが、中華料理のピータンは雁鴨目(がんおうもく)に属する家鴨(アヒル)の卵で作られる。

駝鳥(ダチョウ)は走鳥目に属し、現存する鳥類の中でもっとも大きい鳥だが、全長十数メートルもあるディノザウルスの卵の化石も、駝鳥の卵と同じくらいの大きさだった。いったい、どんな味がしたのだろうか……。


鶏卵は理想的な栄養食品として世界中で食べられている。……栄養価の科学的評価法として「比較タンパク質」を設定したのはFAO(国連食料農業機関)だ。それを基準としたタンパク価(=アミノ酸価)の百分率で、鶏卵は、唯一「100」とされている(四訂日本食品標準成分表による)。ビタミンA・Bや、カルシウム、鉄分も豊富。


ただし近代栄養学では、日本語で言う「滋養」や「滋味」のように、数字に表せない部分は判断しない。まして、その食品が育った環境が評価されることはない。

前記の食品成分表も「一食品、一標準成分値」を原則として、「日常、市場で入手し得るサンプルについての分析値を基にするもの」と、その性格が明記されている。したがって、「有精卵」と「無精卵」の違いは遺伝子の有無の違いだけであり、栄養学的にはなんら差異はない。放し飼いの鶏と、ケージ飼いの鶏も同様である。


太陽の光を浴び、大地に根を張って育ったレタスと、工場の水耕栽培で作られたレタスは、明らかに違うものだろう。自分で育てた野菜が旨いのは「手前味噌」のようなものだが、他の「生命」を食べて、自分の「いのち」を養う生き物として、やはり、自分が食べる生物たちも「健康に育ってほしい」と思っている。

そうでなければ、酵母や細菌を利用して、石油から蛋白質を作ることもできるから(SCP : single cell protein=石油タンパク )それを食べていれば事足りることになる。


もともと鶏は、春と秋の換羽期には産卵しなかった。一年間に産む卵の数も150個から180個くらいだ。「五十年前も現在も、卵の値段が変らないのは奇跡だ……」と前号に書いたが、「奇跡」を現実にしたのは、品種改良され、無窓鶏舎で光や温度を調整されながら、身動きできないケージの中で、年間300個もの卵を産まされている鶏たちのおかげだろう。現在でも、放し飼いの鶏の産卵数は昔とさほど変らない。

一般に、卵黄は色の濃いものが好まれるが、主食に小麦を食べている鶏の卵黄は白っぽくなる。それでも、春に青草を食べはじめれば黄色くなる。要するに、卵黄は色素を与えれば赤くも黄色くもできるものなのだ。餌にパプリカを混ぜ与え「高級」と豪語する業者もいるが、卵黄の色と、鶏の健康や卵の鮮度とは、何の関係もない。


レシピ 17目玉焼きには玉子をふたつ使う

目玉焼きは子どものころから作っている。皿の中から、ふたつの目玉でじっと見つめられると、黄身にはなかなか手を付けられず、かと言って、皿にこぼれた黄身を舐めれば「行儀が悪い」と叱られるので、目玉焼きの黄身は最後に丸ごと口に入れる習慣がついた。


初めて外国に旅行したとき、「目玉焼き」を英語でフライドエッグと呼ぶことを知る。「玉子のフライ」というのは少し疑わしかったが、ホテルの朝食でそれを注文した。

ところが、ウェイターが運んできた皿には玉子がひとつしかのっていない。

これは「片目焼き」か、それとも「ゲゲゲの鬼太郎」か……。


後日知ったところによると、あれは「サニーサイドアップ」と言うらしい。なるほど、太陽ならひとつで十分だ(実際には、玉子の数を指定すれば太陽はいくつでもふやせる)。それをフライパンの上でひっくり返して、両面を焼いたものが「ターンオーバー」だ。

……なんだ、つまらない。だが分かりやすい。


スクランブルド・エッグは「洋風炒り玉子」と訳されるが、あれは「かき混ぜ玉子」だろう。当然ながらパンに合うように作られていて、ご飯にのせて食べられるものではない。

ボイルドエッグ=ゆで卵。これには有名なハードボイルドがあるが、「ソフトボイルド」とはあまり言わないようだ。ボイルドエッグはたいてい半熟になっていて、それをスプーンで、すくって食べる。一口で口に押し込むような真似はしない。

ポーチドエッグ=落とし卵。これは、冷まして、天つゆをかけて食べるのが「落とし卵」。温かいうちにトーストにのせて食べれば「ポーチドエッグ」である。と、拙者が決めた。

くどいようだが「正式な目玉焼きには玉子をふたつ使う」。けっして目玉をひっくり返したりしてはいけない。


実習の手引き その11/いろいろたまご料理

では実習に入ろう。玉子はどこの家庭にも常備されていて、買い物や準備に時間もかからず、料理の火加減や調味料の手加減に慣れるには打ってつけの素材だ。

失敗を恐れずにいろいろ試してみよう。


まずは目玉焼き。もちろんサニーサイドアップでもよろしい。これを焼くときは最初から最後まで弱火で焼く。強すぎると白身が泡だって硬くなる。

……フライパンが十分に温まってから油を引くのはいつもと同じ。好みでバターを少量加えてもいい。卵白の膜で卵黄を包みたければ、玉子を入れてからすぐにフタをして蒸し焼きにする。塩、胡椒は食べるときにふればいい。フライパンに水を加えるなら、卵白が固まりはじめてから少しだけ。サニーサイドアップのつもりなら、フタはしない方が良いだろう。せっかっくの太陽がくもってしまう。

ハムを添えてハムエッグ。カリッと焼いたベーコンを添えればベーコンエッグの出来上がりだ。拙者一人のときは、ベーコンを先に焼いて、その油を利用して目玉焼きを焼く。その場合、ベーコンをかりっと焼いて取り出し、火を弱めてから玉子を入れる。

師匠は「バタくさくなる」と言って、バターを入れるのも好まない。


次はスクランブルエッグ。これも弱火。玉子をほぐして牛乳を少し加え、塩、胡椒もしておく。フライパンをよく温めてから、たっぷりのバターを入れ、溶けたら玉子液を流し込む。それを木べらで(箸を使うと炒り玉子状態になる)ゆっくりと、絶えずかき混ぜながら半熟状に仕上げる。拙者は玉子三個に対して、牛乳(大さじ2)、バター(大さじ1)くらいの割で作る。牛乳が多少多くても少なくても最後にはちゃんと固まる。大切なのは自分の好みの割合、焼き加減をつかんでおくことだ。

フライパンは厚手の方が上手にできる。牛乳の代わりに生クリームをたっぷり入れて、泡立て器でかき混ぜながらクリーム状に仕上げる作り方もあるが、味がくどくなるので拙者は好まない。こってりとしたものが食べたい気分の時に試してみて……。


ついでに炒り玉子。これは逆に言えば「和風スクランブルエッグ」であるから、ほぐした玉子をフライパンの上でかき混ぜるのは同じ。ただし、火力を中火くらいにして、箸を5〜6本使って手早くかき混ぜる。その混ぜ方次第で、きめ細かくも、粗くもできる。あまりポロポロに炒めすぎないほうが口当たりもいい。玉子三個に対して、砂糖(大さじ1)、塩(少々)を加えたものは、ひき肉のそぼろと一緒にご飯にのせてそぼろ丼にする。

砂糖を減らし、塩の代わりに醤油(大さじ1)を加えて甘辛く炒ったものは弁当に合う。


ゆで卵をバカにしてはいけない。『森』の伝説のハンター・山下輝昭氏は、狩猟で「山にこもる時の主食にしている」と言う。一度に7、8個も持っていくと聞いて、拙者は「桃太郎さん」を思い出した。桃太郎が「お腰につけた黄身団子……」は、「黍(キビ)団子」の誤りであることに気づいたのは最近のことだ。


料理に話を戻そう。玉子の熱凝固性は、卵黄が65℃、卵白が70℃である。それを利用して65〜68℃の湯に浸けて作るのが俗に言う温泉玉子。約20分浸けておくと黄身と白身が半熟になり、30分浸けると黄身がほぼ固まり、白身は半熟状態のままになる。だから、それは「反対玉子」、「温度玉子」、などとも呼ばれる。

ハードボイルドを作るときは、水からゆでれば割れにくい。半熟玉子を作るときは、ゆで時間が正確に測れるので熱湯からゆでる。その場合、玉子はかならず室温に戻しておく(冷蔵庫から出してすぐに熱湯に入れると割れやすい)。静かな沸騰状態で5〜6分ゆでると半熟になる。固ゆでは水から約12分。卵黄を玉子の中心にする必要があるときは、最初の2分(固ゆでは5分)ほど玉子をゆっくり転がしながらゆでる(玉子の鮮度が古いと、転がしても卵黄が片寄ることがある)。出来上がりをすぐに水に浸けると薄皮がむき易い。

固ゆで玉子の殻をむいて、酒少量を加えた醤油に30分くらいつけた醤油漬け玉子は、縦に八等分してレタスなどと盛り付ければ中国風の前菜になる。


ポーチドエッグ(=落とし玉子)を作るコツは、室温に戻した玉子を、一度、小鉢などに割り入れ、酢と塩を加えて沸騰させる直前の湯に、静かに、さっと流し入れることだ。そのまま、中火で約3分火を通せば卵黄が半熟になる。湯を煮立たせてはいけない。


Cockマヨネーズは玉子料理とは言わないが、簡単なので是非自家製にしたい。マヨネーズに限らないが、市販の加工食品には保存料や調味料としていろいろな添加物が使用されている。少しぐらいはどうと言うこともないのだろうが、ほとんどすべての加工食品に使われているのでいつの間にか身体に蓄積される。加工品を使わなくなると、買い物も生鮮食品中心で楽になる。経済的にも安上がりで安全性も確認しやすい。

作り方は、泡立て器を使いやすくて、大き過ぎない程度のボールに、卵黄一つに対して、塩(小さじ1/2)、胡椒(少々)をいれて混ぜ合わせ、酢(大さじ1)を加えてさらに混ぜる。そこに、サラダ油(200cc)を少しずつ加えながら泡立て器で混ぜ合わせていく。加えた油が乳化したことを確認しながら、次の油を足していけば失敗はしない。

    ・ 硬過ぎれば酢を足せば柔らかくなる。

    ・ 硬さは良くて、酸味が足りないときは、塩を少し足せば酢が効いてくる。

    ・ 万一、卵黄と油が分離しても、卵黄をもう一つ使えばやり直せる。その場合、理屈上は二倍量作れるが、多く作っても食べられなければ、元の材料を再利用するだけで良い。

    ・ 自家製マヨネーズは保存性が良くないと言われるが、拙者はチルド室に入れてひと月近く使っている。


実習の手引き その12/究極の玉子料理・オムレツ

オムレツには、スペイン風、イタリア風、ロシア風と、卵を食べる国ごとに各種ある。師匠は、かつて、シャンソン歌手の石井好子氏の「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」というエッセイ集に感激して、毎日のようにオムレツを作っては、食べさせてくれた時期がある。その本は、昭和五十三年に「暮らしの手帳社」から出版されたものだが「料理本の名著」であると思う。誰だってこれを読めば、本をよだれで汚さぬよう努力しなければならないだろう。

書名にもなった冒頭のエッセイには、オムレツの作り方のコツが箇条書きされている。それを、内緒で書き写しておくので、くれぐれも秘密を良く守り、他言はしないように。

1・卵をよくかきまぜること、しかし泡が立つほどかきまぜすぎないこと。

2・バタまたは油が熱したところに卵を入れること。

3・火かげんは強めにする。

4・卵を流しこんだら、そのままほっておかず、かきまぜること。

5・焼きたてを食べさせること。

「この五つを守れば、誰にでも、オムレツはおいしくできる」と、石井好子氏は書いている。さっそく作ってみよう。玉子は二個。塩・胡椒と、油とバターは適宜に用意して、まずはプレーンオムレツ

    ・ 玉子の白身を切るようにしてよくかきまぜて、塩・胡椒をしておく。(好みで、牛乳または生クリームを少し加えると、味がまろやかになる)

    ・ よく熱したフライパンに油を入れ、余分な油を戻してからバターを入れる。(バターだけだとフライパンに付きやすくなる)。

    ・ バターが溶けたら、そのまま玉子を流し込み、木べらで大きくゆっくりかき混ぜる。

    ・ 半熟になったところで三つ折くらいにする。

    ・ 玉子を入れてからここまで、およそ30秒くらいでできる火加減にする。これで、外側は焦げ目がつかない程度に焼けていて、中は柔らかくなる。これがオムレツの基本。


オムレツは中に入れるものでバリエーションがいくらでも作れる。生のまま使えるハムやチーズは一般的だ。拙者は、長ネギの千切りトマトとパセリなどを入れて作るのが好きだ。ナスやピーマンは炒めて入れる。チーズオムレツは、ナチュラルチーズを細かく刻んで、玉子と混ぜておいて一緒に焼くとおいしい。フランスでは粉チーズを使うらしい。ひき肉と玉ねぎのみじん切りを炒めて中にはさんだものは、日本風オムレツと呼ばれている。子どものころには良く食べた。最近気に入っているのは、ゆでたジャガイモを小さな角切りにして入れたもの。自分の好きなものをいろいろ入れて作ってみるのは楽しいことだ。それが自分で料理することの面白さでもある。


拙者の「四畳半の畑」は、赤カブ、ほうれん草が終わり、種から育てたトマトやキュウリの苗が育ってきた。借りている市民農園にもハウスはないので、枝豆もトウキビもお盆過ぎまで食べられない。しかし、今年は花豆をたくさん植えた。もうすぐ、赤や白の花で賑わうだろう。次回はそんな野菜たちの料理を考えてみたい。

<次号に続く>