バックナンバー タイトル

バックナンバー
連載
ヤイユーカラパーク VOL47 2004.06.30
ヤイユーカラ バックナンバーへ戻る
おもな内容へ戻る
連載 ごまめの歯ぎしりへ
おもな内容

ごまめの歯ぎしり

茶番を演じたのは……?

広辞苑によれば【茶番】@客のために茶を点てて出す役。A茶番狂言または口上狂言の略。Bばからしい、底の見えすいたふるまい。「― 劇」。……とあるが、今日ではもっぱらBの意味で使われているようだ。

前号発行(3/30)直後から、この国は"茶番"の洪水に襲われた。「国会議員の国民年金未納・未加入発覚事件劇」から「首相再訪朝・拉致被害家族引き取り劇」に至る過程で明らかにされてきた事実(多分)の連なりに驚き、呆れ、怒り、「笑うしかないな」と切り捨てた人も多かっただろう。

私自身の年金については、「オレの老後はどうなるんだ?」と区役所の担当者に尋ねた時点で、「あなたは、これから掛けても受給条件を満たすことができないので、無駄です」と宣言され、無年金の老後が保証されたので何の心配もない。あとは、なるべく他人(身内も含めて)の迷惑にならずに今生から消えていけばいいのだから。

したがって一喜も一憂もなく"年金制度改正(改悪)"の顛末を見ることができるのだが、明快なのは「この国の政治家は、まったく国民のことを考えていない」ことだ。何を今更……と言われるかも知れないが、政治家が与野党そろって、こうまで我が身のことしか考えない現実には、呆然としてしまう。「オレが死ぬまでの間"議員年金"さえあれば、庶民の暮らしなんぞはどうだっていいじゃないか。食うもの食えずに死ぬ奴が増えれば、国も国民も楽になるぞ〜。オレは、勿論長生きするけどなぁ」。彼らが保身に汲々とするのもむべなるかなである。

自身の年金問題をごまかすために訪朝したこの国の宰相と、かの国の独裁者との"首脳会談"("腫瘍怪談"ではない)。このいかがわしさは、同人とブッシュによる"首脳会談"を上回った。軍配は当然、独裁者にあがる。足元を見透かされた宰相の姿は、映画『独裁者』で某国独裁者に振り回されている独裁者ヒンケル(チャプリン)の姿と重なった。

2002年9月、初訪朝・初首脳会談でこの国の宰相は、ほとんど内容がないと言われても仕方がない「平壌宣言」と引換えに、5人の拉致被害者を帰国させた。

今回のでっち上げ会談では、25万tの食糧と1000万$の医療費を"人道援助"し、経済制裁はしないと約束することで、2家族・5人の拉致被害者家族を連れ帰った("帰った"という表現が正しいのかどうかは疑問だが)。

かの国の独裁者が2度の"切り売り"で得たものは、大きい。さぞかし大満足であろう。一方この国の宰相の腹の中は、「ったく、昔の年金のことさえバレなければ、こんなことにはならなかったのに!」と、煮えくり返ったであろう。いくら厚顔とはいえ、自党の先輩からさえ「茶番だ!」と言われて、応えないわけはない。もっともそれも時の経過とともに薄れ、自画自賛の快感だけが残ったのであろうが……。

しかし……である。一連の"年金スキャンダル"と"首相訪朝"にすべてのメディアが集中し、ニュースもワイドショーも塗り込められている間に、5月20日「有事関連7法案」が衆議院を通過した。ニュースにも話題にもならぬままに、与党と民主党による9割を超える賛成によって……。

<国民保護法案><米軍行動円滑化法案><外国軍用品海上輸送規制法案><自衛隊法改正案><特定公共施設利用法案><捕虜取り扱い法案><非人道的行為処罰法案>の7法案と<日米物品役務相互提供協定(ACSA)>など3条約の成立は、この国を"戦争当事国"へ、市民を"戦時下国民"へと移行させていく。衆議院議員の9割超ということは、憲法改正(悪)の発議に必要な"国会の3分の2"を軽く超えてしまうということである。「自衛隊は軍隊でしょう!」と倣岸に言い切る現宰相は、たしかに支持されているのだ。

 ("国民ほご"と打ったら"国民反古"と変換された。PCに私の性格が移ったのか?)


閑話休題。

拉致被害者家族5人の「帰国」に騒然となったメディアも、やっと沈静化してきた。しかし「帰国」「帰国」と吹き込まれた人びとの意識は、幾分かは冷静になったのだろうか?拉致された両親とは違い、朝鮮民主主義人民共和国で生まれ、国籍を持ち、国民意識をもった5人の子どもたちは、日本に「帰国」したのではなく「訪日」したのである。確かに現在は「日本国籍」も取得し、日本国民になろうと思えばなれる状況ではある。彼ら自身のアイデンティティとは関わりなく……。

第二次世界大戦直後、"樺太=サハリン"から「引揚げ」させられた樺太アイヌの運命を、私は重ねて考えざるを得ない。樺太にあって「日本人」とされていた彼らは、敗戦の混乱のなかで日本への「帰国」を余儀なくさせられた。その地が初めて訪れる地であったにもかかわらず、"引揚げ船"で運ばれた函館では僅かばかりの財物以外は「預かる」と称して取り上げられ、上陸地に放棄されたのである。安住の地を求めて道内や国内を彷徨ったすえにたどり着いたひとつが稚咲内だった数家族のことを、私たちは知っている。

その樺太アイヌに比べれば、今回の「帰国者」が受けている処遇は恵まれている。"国の責任"について、この国の認識が変わったのだろうか? "責任の自覚"が出来るようになったのだろうか?

そんなことはない。もしそうであれば、国による強制連行・強制労働の犠牲者であるアジア人への対応は違っているはずだから……。単に宰相のパフォーマンスに乗っかった国のパフォーマンスに過ぎない、つまりは"茶番"としか言いようがないのである。

"国の責任" ――曽我ひとみさん母子の拉致事件を放置してきたことに対しての――を自覚しているのであれば、彼女の夫を「日本人」にすることも出来るはずである。"日本人と結婚した亡命アメリカ人"なのだから、彼と2人の娘に日本国籍を与えることは可能であろう。そうして、米国への引渡しを拒否することも……。そうせずに、家族の再会を北京がいいとかロシアはどうだとかやっているのは何なのか?

かの国の独裁者が約束したという"死亡・行方不明"者10名の再調査は、進展しないだろう。まして、それ以外の数百名に及ぶといわれる"拉致被害者"についてをやである。これまでに"返還"した被害者5名は、「帰しても困らない」人びとで、それによって流れる情報――国家的犯罪と指弾される件も含めて――は、許容の範囲であると判断された故の人選であり返還だったと思われる。けれども、帰すわけにはいかない人びとや"帰すことが不可能な"人びとが大多数なのだろう。3回目の"切り売り"がいつ、どんな形で行われるかはわからないが、商品の在庫はそれほど豊富ではあるまい。

ともあれ、今回日本へ来た5人の子どもたちのこれからが心配である。彼らに対する"洗脳"作業が進められ、やがて彼ら自身がこの国への定住を選択したとして、それが彼らにとって真に幸せだと断言できるだろうか? 極論かもしれないが、いま「民主主義を実現してイラク国民を幸せに」のプロパガンダのもと殺され続けているイラク人が、その行き着く果てに、本当に幸せになれるのかという疑問と重なるのだ。


極端にスケールの小さい話。

10年ぶりに「北海道ウタリ協会」の総会を傍聴したが、なんとも"笑わずにはいられない"質疑の応酬であり、結論だった。その仕上げが役員改選。各地域選出の理事による互選で選ぶ理事長職を、「選挙で決めます」と、壇中央に"投票箱"を飾ったものの、立候補者1名で無投票当選。出来ゲームとはいえ、投票権のない会場の代議員の前に、いかにも「公正であり公開されています」の象徴のごとく置かれたボール箱には吹きだしてしまった。この総会は"茶番"だが、それによって明らかになった組織の実態は、深刻である。

さらに5月27日、「"共有財産"返還手続無効確認・処分取消し」訴訟の札幌高裁判決(控訴棄却)についてのウタリ協会新理事長談話。「関心を持ってみてきた裁判で、原告の主張が聞き入れられず残念だと思う。ただ、行政が特別悪いというようには思っていない」………絶句!  この人は、何なんだ?


演者の少ない茶番から国を挙げての茶番まで、他に名づけようのない「劇」が連続しているが、果たして演じているのは舞台に乗った人びとなのだろうか? 考えてみなければならない。


国民国家

イラクでゲリラによって日本人が誘拐され、拘束・監禁の後解放され帰国してから2か月以上経った。その後起きたさまざまな事件や出来事によることもあり、この事件が話題になることもなくなった。3人のなかで最も精神的に追い込まれていた高遠菜穂子さんも、この頃は少し落ち着きを取り戻したようだと報道されている。

それにしても、事件が起きて以来この国で叫ばれ、論じられ、評された言説の多くには、"日本国民"であることが恥ずかしくなるものが多かった。3人の被害者とその家族に対するバッシングと誹謗・中傷が、メディアとインターネットを席巻したのである。大臣による「反日分子」発言は、その典型だった。そして、"自己責任論"。

メールマガジン『萬晩報(よろずばんぽう)』4月30日号に、ドイツ在住ジャーナリスト・美濃口 担氏が、<日本国民の「人質バッシング」>と題して書いているものの一部を引用・紹介する。


『イラクで誘拐されて人質にされたよその国の人々のなかには殺された人々もいるのに、日本人の人質は運良く無事に解放された。ところが、主に欧米メディアの報道によると「日本国民大多数は帰国した彼らに冷たい視線を向けるだけでなく、その一人のホームページの掲示板に『お前は日本の恥じ』と書き、(こうして)イラクでの囚われの身から解放されて帰国した人々にとって前より大きな苦痛がはじまった」(4月23日の付けのニューヨークタイムズ)とある。

私たちはこの異様な「人質バッシング」をどう考えたらいいのであろうか。

■サハラ砂漠の人質

ル・モンドのフランス人記者は「日本では人質は解放されるための費用を払わねばならない」と書き、解放された人質が解放コストを分担するのは日本だけのような印象をあたえた。でもこれは正しくない。というのは、昨年8月にイスラム過激グループの人質にされた14人のドイツ人も解放されてからそのためにかかった費用の一部を負担したからである。


彼らは「サハラ砂漠冒険旅行」といったツアー参加中に災難に遭った。当時、フィッシャー独外相をはじめ数々の担当官庁の役人が自国民の解放のためにアルジェリアやマリなどを訪問した。ドイツ政府は、解放された人質を迎えに特別機を出しただけでなく、身代金と仲介料として460万ユーロ(=約5億円)も払ったとされる。


この種の冒険ツアーの参加は安くない。どちらかというと高所得層に属する人々が自分の趣味でサハラ砂漠に出かけ、それと関連して政府に膨大なコストが発生した。納税者には貧しい人もいるので、当時ドイツ国民の多くは政府の支出を不公平と見なした。そのために政府は解放された人質にも2301ユーロ(邦貨で約30万円)を支払わせることに決定。いうまでもなくこの金額は発生コストのごく一部で象徴的金額である。


当時の新聞を読むと、高すぎるので分割払いを要求する人も、また「つかまっているあいだ助かるために自分が払おうと考えた金額と比べて請求金額が安い」とよろこぶ人もいた。

(中略)

ドイツのサハラ砂漠人質事件は解決するまでドイツでは177日間も経過し多大なコストが発生した。反対に日本のほうは事件が長期化しないで政治家をヨルダンに派遣し日本大使館に「緊急対策本部」を立ち上げて、後は事件を記者会見で話題にする程度で済み、大きな支出がなかったように思われる。日本政府は、このことも、また自分の得になったことを考慮して、今回解放された人質からコスト負担を要求するなら、ドイツ政府請求額・2301ユーロ(30万円)より少なくすべきである。 (後略)


美濃口氏は、18才以上の大人に「自己責任」を言うのは、相手を子供扱いにしていることだと書くが、まったくその通りだと思う。大人が「自己責任」において行なった行動の結果に対しては、それなりのコストを負担すべきで、それは前記の30万円より少なくすべきだと。

また『もっと気になった点は、日本のメディアだけが日本人を拘束したグループを「犯人」呼ばわりしていたことである。これは東京の街頭で起こった誘拐事件でなく政治的行為で、米軍の攻撃でファルージャで約六百人(そのうち約450人の老人・女性や子ども)が死んだ事件がその前にあった。政治的側面は、事件を「卑劣な犯罪行為」と呼んだ途端、私たちの意識から欠落してしまうことになる。同時にこう呼ぶことは(米国の政治家のように)よその国も自国刑法が通用する自国領土と見なしていることにならないか』とも書いている。日本国内にいる多くのジャーナリストにこの見識があれば、解放後の3人が、あんなにも追いつめられることはなかったろう。

そもそも彼らは「人質」ではなかった。3人を誘拐・拘束したイラク人たちの要求は「自衛隊の即時撤退」だったが、それを一蹴されたゲリラグループが"見せしめ"として捕虜を傷つけたり殺害したわけではない。また、それに代わる要求をしたとも報じられてはいない。"身代金"やそれに代わる物品を得るために、捕虜を拘束していたのではないのだ。だから彼らの行為が免責されるということではなく、"テロリストグループによる人質事件"ではないのではないか、ということである。

犯罪を犯しているのは、アメリカと尻馬に乗った日本の政府だと、私は思っている。その象徴が、米軍によるイラク人捕虜虐待事件であり、事件というには余りにも普通に、頭多くなされているだろう類似の事例だろう。「戦争」とは、そういうものだと思う。

美濃口氏は、この文を次のように結んでいる。

『前世紀の七〇年代後半のドイツで(日本でいえば)経団連の会長というべき人がテロリストに誘拐された。本人もその家族も自国政府にテロリストの要求に従がうように求め、憲法裁判所に訴えた。当時大多数のドイツ国民は「テロリストの要求に応じない」自国政府の決断を支持したが、(日本のある閣僚のように、)家族に「迷惑をかけて申し訳なかったと謝罪しろ」と発言する人はいなかった。日本でも「親子の情」というので、昔なら私たちも似たように反応したのではないのだろうか。とすると、日本がいつの間にか「他人の行動に対する思慮・想像力を欠いた」社会に変貌してしまったことになる。』


「国民のため」と言い「国益」と言う。広辞苑の【国民】には「A国家の統治権の下にある人民。国家を構成する人間。国籍を保有する者。国権に服する地位では国民、国政にあずかる地位では公民または市民と呼ばれる。」とあった。つまり私は、この民主主義"もどき"国家において「国政にあずかる」機会は限りなくゼロに近いわけだから――私の投じた一票が政治を変えたという実感がもてたことはなく、関わった選挙はすべて負けてきた――「公民・市民」を名乗っても意味はなく、「国権に服する国民」たることを自覚せよということだ。

国権を行使する人(あるいは人びと)は、国民の利益なぞ考えてはいないことは、(直近では)年金法案の扱いと内容を見れば明らかである。国益とは、国権を行使する側と、彼らに同調することによって利益を得る人びとにとっての"益"なのだ。その証拠に、すべての政党が「国民のため」を口にしていながら、いまだに国民のためになる施策は行なわれていない。

どうも私は、「国民国家」の意味を、この歳になるまで間違って理解していたようである。 それでもこの国の国民は、外国旅行に際してビザの取得に困ることがほとんどない。「国の威光を享受しているんだから、反日発言は止めろ!」と言われるだろうか?


5月末、ジャーナリストの橋田信介さんと小川功太郎さんがイラクに入って殺害された。小川さんは、日本人であることを確かめた上で銃殺されたようだ。「日本」が味方ではないことを、イラク人は知っているのである。そのイラクの多国籍軍に自衛隊を参加させると、大見得を切ったこの国の宰相。どうする「公民・市民」?……季節外れのうそ寒い風が吹き抜けていく……。

さすがに橋田さん、小川さんの「自己責任」を云々する声は聞かれず、橋田さんが連れ帰って目の治療を受けさせたいとしていたイラン人少年の来日・治療は、明るい話題としてメディアを賑わしている。

戦乱の地でホームレスとなった子どもたちを支援しようとイラクに渡った高遠さんは、誘拐・拘束されてから帰国した自国で、国を挙げてのバッシングの標的にされた。同じ地で負傷し失明しかかった少年に治療を受けさせたいとイラクに入った橋田さんは、殺害され、その行為は美談として讃えられている。どちらも"いま自分にできること、やらねばならないこと"をやろうとしただけなのだが、この評価のギャップは何なのか?

この国の「国民」は、いかなる精神構造を持っているのだろう。「公民・市民」たる資格を有しているのだろうか。