正月の話は気がひけるが……。
元日の朝、早くに目覚めたので雑煮を作った。二人とも東京下町の生まれ育ちなので、雑煮はいつも三つ葉か小松菜をいれただけの澄まし汁だった。それを椀にとって柚子の皮を一片いれる。父は実だくさんの汁は品がないと言っていたが、江戸っ子の意気(粋)がりだっただろう。
日頃忙しい主婦がすこしでも楽をできるようにとの意味合いもある。三が日は主婦も働かないのが建前だから、「おせち料理」とあわせ、どこの家も同じようなものを食べている。
京都の知人の家で食べた雑煮は、白味噌仕立ての汁に形よく切られた野菜が入っている。餅は丸餅である。白味噌の甘さに閉口したが、雑煮には土地ごとの伝統が伝わっているものだ。北海道の雑煮がどんなものか知らないが、三平汁に餅を入れても美味しかろう。
その日、拙者が作った雑煮は、澄まし汁に鶏肉をすこし加え、人参、ごぼう、大根を入れた。椀の中の人参があでやかに映り、越冬野菜だけで作る雑煮もまんざらではない。
札幌に転入した年の冬のこと。八百屋の店先で考えた。「この背丈にあまる深い雪の中で、北海道ではどうやってほうれん草を作っているのだろうか」、「巨大な温室でもたくさんあるのだろうか……」と。そうなると、どうにも気にかかってしかたがない。店先のおばちゃんにたずねてみる。「内地もんだよ……」。おばちゃんの答えはいとも簡単だった。
「そうか、青函連絡船に乗って本州から輸入されてくるんだ」。そう思うとなぜかとても感動した。翌年の春一番にほうれん草の種を蒔き、初夏になってそれを食べた。以来わが家では、冬野菜だった「ほうれん草」が夏の野菜に変身する。
現在の団地に住むようになってからは、秋に人参、ごぼう、大根などの根菜を庭に積んで、必要に応じて雪の中から掘り出しながら使っている。床下には、百姓の友人からもらった規格外の「はね芋」や、カボチャや玉ねぎが敷きつめられ、キャベツ、白菜、土ねぎなども新聞紙にくるまってじっと出番を待っている。
最近は市民農園の区画も増え、トマトピューレやピクルスを作ってビン詰めで保存できるようになった。冬にトマトやキュウリを買って食べることはしないのでとても重宝している。これが一冬分のメニューの材料になり、冬の食生活は大きく変わった。かくして、わが家のお雑煮の北海道バージョンも決定する。
カボチャは冬至を過ぎるころから傷みが進んでくるので年内に食べきるようにしている。北海道で冬至にカボチャを食べる習わしも、案外そんなところから出てきた「生活の知恵」なのだろう。
床下の湿度や温度は、野菜の保存に適しているらしく、いつも鮮度よく保たれている。雪の下に活けた根菜類も、越冬すると甘みがまして、とても美味しくなる。
雪が解け、越冬野菜を食べ終わるころになると、頻繁に山に通うようになる。もちろん山菜取りが目的だから高い山には行かない。山野草のお花見も兼ね、沢に沿ってゆっくりと登る。コゴミ(クサソテツ)はアクがなくて、てんぷらや胡麻和えなど、いろいろな食べ方ができるが、茹でて、梅干とカツオ節にしょう油を少したらしたものに和えるととても美味い。シャクのおひたしも、ハウス栽培の青菜など足元にもおよばないと思うのだが、山菜取りの人は、ウドやタランボ、キトピロばかりに目を光らせていてあまり採らない。
フキノトウも美味しいけれどたくさんは食べられない。だが、春先のフキを炒め煮したものならどんぶり一杯はぺろりと食べられる。……ああ、春よ来い。……早く来い。
じゃが芋は一年中よく食べる。春になって芽が出はじめたイモは、元気の良いものを選んで、少し日に当ててから畑に植える。残りは芽を欠いて冷蔵庫に移す。こうしておけば五月いっぱいは食べられるし、植えたイモも八月になれば新ジャガが収穫できる。品種はワセシロ。ほくほくしている上、煮崩れしないのが気に入っている。
アンデス起源のジャガイモは、新大陸を征服したスペイン人によって一旦ヨーロッパ全土に普及する。その後、あらためて南北アメリカに広がり、ロシア、アジアを通じて日本にも伝わっている。
ジャガイモが、寒帯、亜寒帯の主要作物になったのは理由があるだろう。自分で作ってみて感じるのは、作りやすさと、その保存性の良さがある。ジャガイモはナス科の一年生植物だから、花も咲けば、実もなり、当然、種子もある。だが、作物として栽培するには種子ではなく、その塊茎であるイモを直接畑に植えればよい。いや、畑に植えなくても、春になればちゃんと芽を伸ばしてくるし、床下に放置されたイモだって、時期が来ればピンポン玉くらいのイモを再生産する。それくらい元気のいい作物だ。
どんな場所に植えられても、雨が降らなくても、踏んづけられても「生きのびる意志」。もしもそれを生命力と呼ぶのなら、イモのしたたかな生命力をうらやましくも思う。アイヌモシリに入植した和人が最初に栽培するのも、ソバなどの雑穀やジャガイモだった。
ジャガイモは江戸時代にジャガタラ(現・ジャカルタ)から長崎に伝えられ、その名の由来にもなった。ちなみに「馬鈴薯」の名は馬来(マライ)薯が変化したものだと聞く。はじめは観賞用だったらしい。ジャガイモの花の美しさを知れば誰もが納得するだろう。
新大陸(?)原産の作物のうち、一番早く渡来したのはタバコで、次がトウモロコシ。その後にジャガイモが渡来している。世界的に見ても、もっとも早く広がったのは嗜好品のタバコだそうだ。同じく新大陸が発生源とされる梅毒の伝播のスピードとあわせて、人類の「関心事」に興味をひかれる人もいる。
……とは言っても、ジャガイモは救荒食糧として世界中を飢饉や貧困から救ってきた立派な歴史がある。日本でも戦後はサツマイモと共に「代用食」として利用されている。その経験ゆえに、今だにイモ嫌いの人は多い。ポテトチップスをおやつとして育ち、ファーストフード店のフライドポテトになじむ若い世代とは対照をなす。
ジャガイモは「貧者のパン」と呼ばれ、貧しい人々の主食になってきた一方、アメリカやヨーロッパなどの先進諸国で、油や肉や乳製品と組み合わされることによって「豊かな人々の野菜」として歓迎されてきた。現状では、日本人の我々も「豊かな人々」である。世界中の人々が、日本人と同じレベルの生活をするには、地球が三つ必要になるという試算もある。だが、残念なことに地球はジャガイモのように増やすことはできない。
北海道産のジャガイモは半分以上がでんぷん用として工場に送られ、その他の加工用を除けば、生鮮野菜として利用されるのは三割に満たない。それでも、九月から三月頃までは、全国の市場に出回るジャガイモの九割近くを道産品が占め、価格も安定している。四月頃から九州産が出回るようになり、その後じょじょに北上して、八月から九月にかけて福島産、岩手産、そして北海道産へと戻ってくる。食用の道産ジャガイモは約二割が東京、大阪、名古屋の三大卸売市場に送られていて、道民一人当たりのジャガイモ消費量は、他の地域よりも少ない。やはり「貧者のパン」の記憶が色濃く残っているのだろう。
すすきのあたりの居酒屋で「芋バター」を注文するのは観光客に決まっている。もちろん拙者も食わないが、ストーブの上で銀紙に包んだイモをこんがりと焼き、四つ割にしてから、バターをのせて皮ごと食べるのは大好きである。
<参考文献 「ジャガイモ・その、人とのかかわり」梅村芳樹著>
「おひさしぶり」の実習である。今日のテーマは「芋」。もちろんジャガイモである。ジャガイモを使った料理はそれだけで何冊もの本が出版されている。「へぇー」という変わった料理が多いが、それだけいろいろに利用できるということだ。イモ料理も一般の料理と同じで、焼く、煮る(ゆでる)、揚げるが基本だから自由に工夫してみればいい。拙者は、あまり手の込んだ料理を作る気にはならないが……。
そうは言っても、ここで、芋餅や芋粥の作り方を紹介するつもりはない。
「芋は主食として食べるとマズイ」。サツマイモであれ、キャッサバであれ、ジャガイモであれ、それしか食べるものがない人々にとって、イモはけっして美味いものではないのだ。しかし、肉や乳製品と組み合わせて食べればとても美味しくなる。「肉じゃが」が「おふくろの味」として生き残ったのも、食糧難の時代に、わずかとは言え「肉」との幸せな出会いがあったからだ。
「肉じゃが」は炒め煮して作る
鍋を熱して油をよくなじませ、大きめの一口大に切ったイモをよく炒める。そこに玉ねぎを(好みで白滝も)加えて再びさっと炒めたら、牛肉を入れ、イモが半分浸るくらいの水と酒少量を加えてフタをして10分ほど蒸し煮する(甘党なら、みりんや砂糖を加えてもいい)。それから醤油を加えて再び弱火で10分ほど煮る。途中で味を見ながら醤油の量を加減して、火の通りにむらがあれば上下をかえす(ここで、長ネギを加えてもいい)。ジャガイモが柔らかくなればできあがり。肉は豚肉でもいいし、「鶏肉とジャガイモの炒め煮」にしても美味しい。作り方は同じ。
「芋のミルク煮」は簡単でうまい
名前だけ聞くと気持悪がる人もいそうだが、勝手につけた名前だから気にしないで…。材料はうす切りのイモと玉ねぎ。牛乳と塩、コショウ。
厚手の鍋にスライスした玉ねぎを敷き、イモをのせる。これをもう一段くり返して牛乳を六分目くらいかける(野菜から水分が出るので牛乳を入れすぎないように)。軽く塩、コショウをふってからフタをして、ふきこぼれないように注意して弱火で煮る。途中でいちど塩味を確認すればそのままの味がつく。コショウはテーブルでふってもいい。キャセロールのようにオーブンで使える鍋があれば、一度煮立ててからフタをとってオーブンに入れる。表面にこげ色もついて美味しそうに仕上がり、テーブルにそのまま出せる。
「ジャガイモのバター煮」の作り方は人参グラッセと同じ
一口大に切ったイモを鍋に入れ、水を六分目ほど加える。塩、砂糖、バターを入れてフタして強火。一度沸いたら味を調整して(多少煮つまるのでうす味に)弱火で煮る。水気が少なくなって、イモが柔らかくなったらできあがり。人参グラッセの場合は最後に煮汁を絡めとって艶を出すが、イモはくずれるのでやらない。家では、人参をイモより少し小さめに切って一緒に煮ている。紅白に仕上がるし、どちらも美味しい。
「イモピザ」〜これもネーミングは悪いがワインにも合う
材料はイモと、好みのナチュラルチーズだけ。底が平らで厚手のフライパンを熱して、油を十分なじませたところに、うす切りしたイモを幅5ミリほどの短冊に切って、厚さ1センチほどに敷きつめる。フタはしない。フライパンをゆするようにして材料を回しながら、フライ返しで時々鍋に軽く押しつける。火は弱火。片面にこんがりと焼き色がついたらフライ返しの助けを借り「エイ、ヤーッ」とばかりに裏返す。多少くずれても気にしない。ここで塩とコショウを軽く振っておく。裏にも焼き色がついてイモに火が通ったら、上にチーズをのせ、ちょっとだけフタをして、チーズがとければ「イモピザ」のできあがり。ランチにもなる。
以上、簡単に書いてきたが、作ってみればもっと簡単なのである。調味料は好みなので、初めはうす味にしておけば失敗はない。あとはテーブルで塩を振ればいい。では又……。
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