石油開発とサハリン先住民
1月21日の北海道新聞に、「サハリン先住民族 石油開発など抗議」の見出しで短い記事が載った。サハリン大陸棚石油・天然ガス開発をめぐり、石油パイプライン建設などが進められているサハリン州北部で、20日にニブヒ、ウィルタなど先住民族や環境保護団体代表ら約100人が抗議集会を開き、環境と伝統生活を守るため「民族学的アセスメント(文化影響調査)」の実施を要求した。要求先はロシア政府やサハリンTの事業主体エクソン・モービルやサハリンU開発プロジェクトを進めるシェル石油、三井物産、三菱商事が共同出資している現地法人サハリン・エナジー(SEIC)などで、当初国道封鎖なども計画した先住民側は、治安当局との話し合いで集会にとどめたとあった。
翌22日には「サハリン開発抗議行動続行」の見出しで、サハリン北方先住少数民族協会などは、サハリンTの陸上石油処理施設に通じる公道上で焚き火をするなど示威行動を行ない、明確な回答を得られるまで抗議行動を続ける方針という続報が掲載された。
1月24日、札幌で「サハリンUフェーズ2プロジェクト・環境関連フォーラム」が開かれ、出席した。これはサハリン・エナジー(SEIC)の融資要請を受けた国際協力銀行(JBIC/日本)が主催したもので、過去3回は、東京で開かれている。
「大規模な油流出事故が起こった場合、北海道は影響を受ける地域に含まれるにもかかわらず、事業者サハリンエナジー(シェル・三井・三菱)は、同プロジェクト第2期工事によって拡大する事業に沿った油流出対応策(OSRP)を明らかにしていません。
このまま十分な防除体制が整わないまま事業が進められた場合、事故が起これば「人災」と言わざるをえないのではないでしょうか。
そのサハリンエナジーからJBICには、事業に必要な融資の大半を受け持つよう要請がきており、その額は2000億円とも言われています。税金等を原資とする日本の公的金融機関として、JBICには融資決定前にサハリン開発の環境・社会問題に十分な配慮が行なわれていることを確認する義務があります。
そこで現在、JBICはこの「環境フォーラム」を通じ、同行が"見落としている"ような問題がないかどうか、情報を集めているのです。
JBICはこうした問題にどこまで主体的に関わる姿勢を見せるでしょうか。日本の食文化の源泉である北海道の海とオホーツクの周辺をとりまく豊かな自然と人々の生活を守るには、多くの皆様のご参加と幅広いご意見が「今」必要です。」
そもそも「サハリンT」「サハリンU」とは何か?
1970年代後半にサハリン島北東部の大陸棚で石油・ガスの鉱床が発見され、2001年から商業開発が進められている「サハリンT」に日本から参加・出資しているのは、石油公団、海外石油開発、石油資源開発、伊藤忠商事、丸紅、伊藤忠石油開発、インドネシア石油、日商岩井、帝国石油、兼松、コスモ石油、出光興産、住友商事、トーメンなどで、出資金全体の30%を占めている。また日本の国際協力銀行(旧日本輸出入銀行)が、110億円の融資を行なっている。
1996年に開発が始まった「サハリンU」の事業主体サハリン・エナジー(SEIC)には、シェル(55%)・三井物産(25%)・三菱商事(20%)が出資しており、第一期工事を終え、1999年から石油生産を始めている。現在第二期工事に対し、国際協力銀行(JBIC)が2000億円とも推定される融資を検討している。
つまり、「T〜\」までが想定されているサハリンの石油・ガス開発には、日本から膨大な民間資金と公的資金が投入されているのである。
しかし、当初から懸念されていたさまざまな問題点は、基本的には解決されぬまま現在に至っている。サハリン島北部から最南端まで石油とガスのパイプラインを建設し、そこから船で輸送するというのである。東京近郊まで、海底パイプラインを敷設する計画もあるという。問題というより、危険に満ち溢れたプロジェクトといわねばなるまい。
1990年代後半からすでに"海底パイプラインによる漁業や海洋生態系への影響""先住民族の伝統的生活の破壊(トナカイ飼育)""絶滅危惧種であるコククジラへの影響""サハリン島の地域経済貢献への疑問"などが、環境NGOや研究者によって指摘されていた。1999年に起きたモリクパック(石油掘削施設)からの油流出事故の詳細が公開されないまま、同年7月からは三井物産チャーター船が韓国や日本へ原油を輸送しはじめている。
また、油流出問題として"流出防御策・緩和策・責任体制の不備""流出事故対策・補償額の低さ""タンカー先導船・海路の欠如""防御用オイルフェンスの長さの不足""工事による油流出の許容汚染基準の超過問題""海底および陸上パイプライン破損による油流出の懸念と事業者の対応"などが指摘され、環境への影響については"漁場・大気汚染・市民の健康に対するLNGプラントの影響""1999年のニシンの大量死、タラの減少を含む他の漁獲高減少への懸念""ニシン大量死に係る調査の不備""鮭産卵の小川を含む、アニワ湾でのLNGプラントによる影響の懸念""絶滅の危機に瀕しているコククジラの生息地の破壊""廃棄物海洋投棄""油田開発やパイプラインの影響による地震の懸念"などが早くから指摘されてきた。
そして今回の"先住民の生活圏破壊"の問題である。私はまだ行ったことはないが、サハリンでは今も先住少数民族による伝統的生活が守られている地域があるのだろう。アイヌにとってのイヲルのように、彼らの生活を維持するためには、自然環境が保たれた広範な土地が必要なはずで、その土地を開発・破壊から守ろうとするのは当然である。
油田開発の動植物への影響については――当然まことにいい加減な――調査が、事業者によって行なわれてきたようだが、人間への影響については手つかずだったようで、カナダ・BC州でのリゾート開発に対して企業と州政府が行なってきたやり方とまったく同じである(「シュティカ」と「サンピークス」については、『森』ニュース42号と48号参照)。
なぜ人間の問題は最後になるのか? それは、動植物の現状と未来については、当該地域内外の環境保護団体や研究者の関心と危機感が集りやすいからだろう。とくにサハリンでの石油開発には、地理的な近さと生態系の共通性から日本――なかでも北海道は無縁ではいられない。1月24日に札幌で開かれたフォーラムに、道内の漁業関係者が数多く参加したのは当然だろう。海峡を越えたところに暮す我々の生存権を守らなければならないと……。けれども、そのサハリンに暮す人びと――とくに先住少数民族について、その生活や置かれている状況について知る人は少なかった。人間も環境の一部だと、考える人が余りにも少なかった。したがって彼ら自身が声をあげ、身体をはって抗議するまで、問題が表に出ることがなかったのだ。かつて北欧のサーミも、同様の体験をしている。
2004年12月28日付けで、サハリン北部先住民族代表が国際協力銀行(JBIC)に送ったレターは以下の通り。
国際協力銀行/総裁 篠沢恭助 殿
ユジノサハリンスクで2004年10月29日、第5回サハリン北部先住民族大会が開かれました。少数民族の代表が集まり、サハリン島で進められている石油ガス開発が、サハリン少数民族の古来の環境や伝統的な土地使用、および生活に与える複雑な問題について話し合い、分析しました。
そこで我々は、この開発によって少数民族と石油会社の間に生態学的・社会経済的にさまざまな問題が起こっていることを確認しました。石油会社の中には、サハリンII第2期工事に伴い、現在貴行に巨額の公的資金の融資を要請しているサハリンエナジー社も含まれます。
今大会で少数民族の代表は、採掘基地モリクパックが設置された1998年以来、サハリンIIプロジェクトが先住民族に対して漁業資源の損害など数々の影響を及ぼしていることを宣言しました。こうした状況にもかかわらず、サハリンエナジーとその株主のシェル、三井、三菱は、先住民族コミュニティに対し、適切な補償を直接行なってきませんでした。同プロジェクトが始まってから10年の間にサハリンエナジーが行なった慈善的金銭支援は約33万ドルと十分なものではなく、そして今、同プロジェクトは急ピッチで進行しています。
我々は、サハリンIIプロジェクトの建設により、パイプラインがサケの産卵する川を掘り起こし、横切ることで漁業資源が減少することや陸上パイプラインがトナカイの牧草地や何種もの野生生物が生息する森を破壊すること、そして先住民族の環境が汚染されることを懸念しています。
先住民族が伝統的に使用する土地での動植物への被害は、先住民族の生活に死活的な損害をもたらします。しかしこれまで、先住民族の伝統的な土地使用や生活様式に与えられた損害は考慮されておらず、サハリンエナジーの経営者にも明らかにされていません。
それゆえに、第5回サハリン北部先住民族大会の代表は、サハリンIIを含むサハリン石油開発計画が、先住民族の伝統的な自然資源の保護のために近代的かつ文明的なアプローチを取っていないどころか、先住民族の厳しい生活状況をさらに悪化させていることを声高に表明します。
開発が進む中、第5回サハリン北部先住民族大会は、サハリンIIプロジェクトの主要な道路やパイプライン建設ルートを塞ぐ抗議行動を実施することを決めました。指揮を取るために設置された特別運営委員会によって、2005年1月20日より封鎖を開始することが決定されました。
我々の要求は、サハリン先住民族の環境と伝統的な自然資源使用に対してサハリンIIプロジェクトが過去、現在そして将来に与えた(る)影響を判断するための「独立した民俗学的専門調査の実施」だけです。
先住民族に与える影響に関して、サハリンエナジーが行なった環境社会影響評価書(ESHIA)は信用できるものではありません。民俗学的専門調査は、完全に独立的に行なわれなければなりません。それを実現するためには、「先住民族コミュニティあるいはその代表が、独立専門家か専門的組織を選ぶ権利を有すること」と「サハリンエナジー社が、民俗学的専門調査にかかる費用を負担すること」を提案します。同プロジェクトの設計変更なども含めた、適切で不可欠な予防措置と補償方法を決定できるのは、この方法しかありません。
これまで、問題解決を探るために石油会社と対話を試みてきました。石油会社に対し、独立民俗学専門調査の実施に合意し、サインするよう提案してきました。そして2004年12月15日、サハリンで開発を行なっているすべての石油会社と会合を持ちました。しかし、ロシア国営企業ロスネフト社からCEOのラミル・バリトフ氏が参加しただけで、サハリンエナジーなど外国の石油会社は、問題解決に対し何の権限も持たない広報の社員を送ってきました。これは、サハリンエナジー社とその株主であるシェル、三井、三菱が、サハリンの先住民族を軽視していることを意味しています。
もはや我々には、建設を妨げる長期的な抗議行動を取る以外に、サハリンの先住民族の環境、自然資源、伝統的生活様式を守る可能性は残されていません。
サハリン先住民族組織の代表は、サハリンIIプロジェクトの融資を検討している各行の総裁に対し、こうした問題を解決するための協力を要請します。
抗議活動は2005年1月20日から実施予定ですが、その期間、サハリンエナジーと先住民族の調停役として貴行から代表をサハリン島へ派遣しほしいのです。こうした調停が、問題解決に向け重要な役割を果たすことを確信しています。
貴行の代表がこの期間にサハリンにいることが、先住民族に対する石油会社やロシア政府からの不当な弾圧を防ぐ事になることにもどうぞ留意してください。
そしてサハリン先住民は、冒頭の新聞記事にあるように、1月20日から抗議行動に入った。調停(立会い)を要請されたJBICの対応を、1月24日「環境関連フォーラム」で訊ねてみると、「レターには20日付で返信した。内容は、JBIC宛にレターが来たことを伝え、真摯な対応をするようにサハリンエナジーに伝えたということ。JBICとしては、現在融資の審査中であり、調停の場に出るという権利義務関係にはない」という、通り一遍の回答だった。「先住民族の問題を議論しないわけではないが、このフォーラムは日本の国民にとって影響のある部分について、日本の国民が集った上で議論をしていく場なので、それらについては情報提供を頂ければ検討・確認していけるのではないかと思う」という、ある意味では"他国人の利害には斟酌しない"ともとれる発言もあった。
「グローバリゼーションが第4世界を標的に収奪を続ける」典型が、ここにある。しかも、税金を使ってそれが行われるのである。残念ながら"収めた税金の額によって発言力が決まる"という現実のなかで、どうにかこれを止めることができないだろうか? 南米エクアドルで、500kmに及ぶパイプラインから漏れる石油だまりのなかで暮すウオアラニー族(推定人口1300人)のことが頭をよぎる。彼らが呼ぶ「コウォーデ=人食い人種」が、サハリンをも襲っているのだ。
3月11日には、再び札幌で同フォーラムが開かれることになった。今回は<「油流出関連」に絞り>というコメント付の案内なので、それ以外の発言が可能かどうか分からないが、ことあるごとに"嫌われるような"発言を繰り返すしかないだろう。3月後半か4月前半にサハリン先住民が来日という計画もあるようなので、息長くやっていこう。
ここに掲載したデータや情報は、「国際環境NGO FoE JAPAN 」のメールネットとHPによっています。詳細を知りたい方は、http://www.foejapan.org/ へ。
また、これまでの「環境関連フォーラム」の議事録を「国際協力銀行(JBIC)」のHPで読むことができます。http://www.jbic.go.jp/japanese/environ/sahalin/index.php
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