6月5日夜に放映されたイギリスBBC制作のドキュメント『「テロとの戦い」の真相』を見た人がいると思う。BBCというのは国営放送でありながら、リベラルで先鋭な主張をもった番組制作を続けていることは知られているが、この作品もまた見事だった。夜遅くとはいえ、それをNHKが放映するというのも何やら珍妙であった。
この番組について、日本の翻訳家グループTUPが解説と論評をネットで配信したものを転載する。番組を見た人にも見なかった人にも、興味深く示唆に富んだ内容である。
6月5日22:10〜6日0:59、NHK・BS1で『「テロとの戦い」の真相』としてイギリスBBC制作のドキュメントが3本連続放送された。原題は「悪夢の力」(The Power of Nightmares)。ブッシュ/ブレア政権の進めるカッコつきの「テロとの戦争」が本当に額面どおりのものかどうかをじっくり検証する内容で、この種の調査報道ドキュメンタリーでは定評のあるアダム・カーティスが脚本と制作を担当した。
イギリスでは昨年10月から11月にかけての3週連続放映で大評判となり、「英国アカデミー賞」(BAFTA)テレビ部門賞を受賞。先日のカンヌ映画祭でも、2時間半に編集した映画版が特別上映されて話題を呼んだ。アラブ圏でも放映されたが、一番見てほしいアメリカでは、残念ながらバッシングを怖れてテレビ放映の計画がないという。
番組は各1時間の3部構成で、それぞれ次のような内容になっている。
▼ 第1部「イスラム過激派の誕生」(原題:Baby It's Cold Outside)
かつて政治家はより良い世界の夢を提示したが、いまでは人びとを悪夢から守ることを約束する。国際テロリズムは本当に指揮命令系統が一本化された国際組織なのか、それとも西側社会の崩壊を防ぎ、政治家が失いかけた権力と権威を取り戻すための幻の脅威なのか。物語は1940年代末、エジプトとアメリカで生まれた二つの集団、イスラム過激派とネオコン(新保守主義者)のルーツを訪ねることからはじまる。両方とも、現代の行き過ぎた自由主義・個人主義こそ社会崩壊の元凶と信じたが、やがて道徳と秩序の回復に恐怖を利用するようになっていく。
▼ 第2部「ビン・ラディンの実力」(原題:The Phantom Victory)
1979年末のソ連によるアフガニスタン侵攻で、イスラム過激派とネオコンの奇異な同盟が生まれる。アメリカが資金と武器を提供したムジャヒディン戦士の中に、若きサウジ富豪オサマ・ビンラディンがいた。10年後にソ連が撤退したとき、イスラム過激派もネオコンも「悪の帝国」を倒したのは自分たちだと信じ、それぞれ世界革命に乗り出す。前者はアラブ圏において暴力と恐怖で支持者を集めようとし、ネオコンはクリントン大統領の追い落としを図って、ともに挫折に向かった。ここから、空想と欺瞞と暴力に彩られた9・11とその後の世界が生まれる。
▼ 第3部「作られた恐怖」(原題:The Shadows in the Cave)
2001年の9・11事件後、ネオコンはかつてのソ連をモデルにイスラム過激派を邪悪な強敵に仕立て上げる。世界には極端なイスラム思想によって9・11やマドリードの列車攻撃のような無差別テロに走る個人やグループが存在するが、高度に組織された秘密の国際テロネットワークがいつ西側社会を攻撃するかわからないというのは妄想だ。しかしいまや、もっとも暗い想像力をもつ者がもっとも強い力をもつ時代となった。9・11以降、政治家たちがどのように恐怖を誇張し、煽り、利用してきたか、さまざまな例を挙げて追及する。
カーティスは『華氏9/11』のマイケル・ムーアと一線を画して、政治扇動ではなく、あくまでも事実にもとづく冷静な分析に徹したといいます。たとえば、「アルカイダ」という名称自体、アメリカ政府が2001年に反マフィア法でビンラディンを訴追しようと決めたとき、対象が名前のある犯罪組織でなければならないために名づけたものだそうです。また9・11事件以来、イギリス政府がテロリスト容疑で拘束した664人のうち、現在までアルカイダとの関連を裏づけられて起訴された人が一人もいないことも、この番組が取り上げるこうした事実の一つでしょう。
注目に値するのは、カーティスが最初から対テロ戦争の真相究明をテーマにしたのではなく、1950年代のシカゴ大学でアメリカの再建を夢見たドイツ生まれの哲学者レオ・シュトラウスを軸に、現代アメリカ保守主義の台頭を跡づけていった結果、自然とこのような番組になったと語っていることです。よく知られているとおり、政治目的達成のために大きな神話を用いることを説いたシュトラウス門下からは、ポール・ウォルフォウィッツやリチャード・パール、ウィリアム・クリストル、フランシス・フクヤマといった主要なネオコン論客が出ています。
もう一つの特徴は、イスラム過激派をネオコンの鏡像と明確に位置づけたうえで、エジプト出身のサイード・クトゥブ(Syyed Qutab)という西側ではこれまでほとんど語られたことのない人物に光を当て、ムスリム同胞団によるエジプト独立と、ナセルによるその弾圧から、アイマン・ザワヒリとオサマ・ビンラディンにつながる聖戦思想が生まれた経緯を紹介している点です。
この番組について、英語圏ではいろいろな記事が出ていますが、ここでは第2部の内容に踏み込んだ独立系ラジオホスト、トム・ハートマンの熱烈推薦文を訳出しました。ハートマンは以前、「スコット・リッター招聘実行委員会」のサイトで、ヒットラーの台頭とブッシュのアメリカを比較した「民主主義が破綻するとき――歴史の警告」を訳出紹介したことがあります。
もし、冷戦があまり必要なかった、いやほとんど必要なかったとしたらどうだろう? もし、じつは冷戦が20年間、大量破壊兵器に関する偽りの脅しででっち上げられていたとしたら?
もし、同じく「テロとの戦争」がハッタリ同然で、ブッシュ政権により実態以上に誇張されたものだとしたら? もし、私たちが「敵」と思わされているものが、実在はするけれども、イスラムの主流からかけ離れた無法な犯罪者集団によってもたらされる比較的小さな脅威だとしたら? もし、その誇張が主にブッシュ大統領とブレア首相の権力、選挙での勝ち目、地位の三つを高めるために行なわれているとしたら?
そしてもし、世界がこの双子の欺瞞のもっとも衝撃的な側面、つまり1970年代も最近も、まったく同じ連中がそのでっち上げに手を染めたという事実を知ることになったとしたら?
驚くなかれ、そのとおりになったのだ。
神話が粉砕されたのは2004年10月のイギリス。BBCが3週シリーズで、アダム・カーティス脚本・制作による合計3時間のドキュメンタリー番組「悪夢の力」(邦題「"テロとの戦い"の真相」)を放映した。これは政治的な地殻変動を引き起こしかねない出来事で、その数週間後にブレアとブッシュが急きょ会談を行なったのは、善後策を話し合うためだった可能性もある。
入念な調査と審査を経たこのBBCドキュメンタリーによれば、師匠であり元上司であるアイゼンハワーの足取りにしたがったニクソンは、冷戦を終わらせ、米国民の心から恐怖を取り除くことが可能だと信じていた。アメリカはもはや共産主義やソビエト連邦を怖れる必要がない――ニクソンはソ連との平和共存協定を進め、米ソ双方の安全を確保したうえで、米国民にもう怖れなくていいと発表するつもりだった。
1972年、ニクソン大統領はキッシンジャー国務長官がまとめた条約を土産にソ連から帰国した。キッシンジャー名づけて「緊張緩和」(デタント=雪解け)の開始である。ニクソンは同年6月1日の演説でこう述べた。「先週の金曜日、われわれはモスクワで、1945年以来続いた時代に幕がおりはじめるのを目撃しました。この条約により、われわれは米ソ両国の安全保障を促進したのです。われわれは恐怖の原因を削減することにより、両国の国民にとっても、世界のあらゆる人びとにとっても、恐怖のレベルを下げる道に踏み出しました」
ところがニクソンはウォーターゲート事件で失脚し、フォード大統領が就任する。フォード政権の国防長官ドナルド・ラムズフェルドと首席補佐官ディック・チェイニーは、恐怖心にもとづくアメリカ国民の団結が弱まるのを許せなかった。恐怖心なくして、米国民をどう操作すればいいというのか?
ラムズフェルドとチェイニーは協力して、最初隠密に、やがて公然と、ニクソンの対ソ平和条約を骨抜きにし、恐怖心理を復活させることで、冷戦を再開するための努力を開始した。
ラムズフェルドとチェイニーのやり方は、ソ連が大統領もCIAも知らず、彼ら二人しか知らない秘密の大量破壊兵器を保有していると主張することだった。そして二人は、それらの兵器に対抗するため、アメリカは国内向けに費やしてきた何十億ドルもの政府支出を防衛関連企業にふり向ける必要があると力説した。それらの企業には後日、彼ら自身も天下る運びだ。
ラムズフェルド国防長官は1976年、米国民にこう説明した。「ソ連は忙しくしています。努力のレベルから見ても、製造した実際の兵器から見ても忙しい。製造速度の向上という点でも、兵器増産に向けた生産態勢拡充の点でも忙しい。そうした兵器をますます改良する能力を伸ばす点でも忙しい。毎年、毎年、彼らは目的がはっきりしていることを示してきました。自分たちが何をするつもりかについて、明らかな目的意識が見られるのです」
CIAはこれに強く異議を唱えて、ラムズフェルドの見方を「まったくの作り話」と批判し、内部分裂しつつあるソ連は、自国民を食わせることさえままならず、放っておけば10年か20年のうちに崩壊するだろうと指摘した。
しかしラムズフェルドとチェイニーは、ソ連が何か良からぬこと、何かひどく恐れるべきことを企んでいると、米国民に信じさせたかった。そこで二人はフォード大統領に、彼らの旧知であるポール・ウォルフォウィッツを含む委員会を設置させ、ソ連の悪だくみを証明しようとする。
カーティスのBBCドキュメンタリーによれば、「チームB」と呼ばれたウォルフォウィッツのグループは、ソ連が世にも恐ろしい新型大量破壊兵器を何種類か開発したとの結論に達した。その目玉は、音波に頼らないために当時の西側技術では探知できないソナーシステムを利用する、核搭載の潜水艦隊だ。
BBCのドキュメンタリー班は当時、アメリカ政府の軍備管理軍縮庁所属(1977〜80)だったアン・カーン博士に、ラムズフェルドとチェイニーとウォルフォウィッツが1976年に主張したソ連の大量破壊兵器について意見を求めた。
アン・カーン博士:彼らはソ連の音響装置がアメリカの潜水艦を探知していると主張することはできませんでした。それを裏づけられなかったからです。そこで彼らは、だったらわれわれの潜水艦隊を脅かすことのできる非音響的な方法があるのではないか、と言いはじめました。しかし、ソ連が非音響的な探知システムをもっている証拠はありませんでした。彼らの言い草はこうです。『やつらがそれをやっている証拠が見つからないのは、こちら側のみんなが考えるような方法とは違うやり方でやっているからだ。それがどんな方法だかはわからないが、やっているに決まっている』
聞き手:証拠もないのに。
カーン:証拠もないのにです。
聞き手:で、彼らはそれが兵器の存在しない事実を裏づけるわけではない、と。
カーン:存在しないことを意味しない。ただ、われわれが探し出せていないだけだ、と。
BBCのナレーションは次にこう語る。
「チームBはCIAに対し、ソ連の秘密の悪事を見落としているとの非難を向けた。CIAが発見できないたくさんの秘密兵器があるだけではなく、ソ連の防空体制のように、CIAがつかんでいることの多くも間違っている、と。CIAは、ソ連国内の経済的崩壊を反映して、防空体制も崩壊状態にあると確信していた。チームBはそれがソ連政権による巧妙な偽装であり、防空体制は完璧に機能していると主張した。ところが、チームBがその証拠として提示できたのは、自国の防空体制が完全に統合され、完璧に機能していると自慢するソ連側の訓練マニュアルだけだった。CIAはチームBがおとぎの国に迷い込んでいると非難した」
1976年から87年までCIAのソ連問題局の局長を務めたメルヴィン・グッドマンは、BBCの番組でこう証言する。
「それにもめげず、ラムズフェルドは1975年から76年にかけてワシントンで行なわれた激烈な政治戦に勝利しました。その闘いの結果、ラムズフェルドをはじめ、ポール・ウォルフォウィッツのような連中がCIAに介入したがるようになったのです。彼らの目的は、アメリカのソ連観、つまりソ連が何をもくろんでいるか、核戦争をどう戦い、どう勝ち抜くつもりかについて、それまでよりずっと厳しい見方を確立することでした」
新型の強力なソ連の大量破壊兵器に関するウォルフォウィッツやラムズフェルドの主張は裏づけられなかったが(彼らは証拠がないことこそ探知できない兵器が存在する証拠だと論じた)、彼らはその主張を押し立てて、特定の防衛関連企業に対する政府軍事支出の劇的増額を推進した。この流れはレーガン政権の終わりまで続くことになる。
ところが、長年にわたり何兆ドルもの税金を費やしたあと、彼らの主張ははじめから間違いで、CIAのほうが正しかったことが証明された。ラムズフェルドとチェイニーとウォルフォウィッツは1970年代、ソ連の大量破壊兵器についてアメリカにウソをついたのだ。
私たちは現在、ソ連が新しい驚異的な大量破壊兵器などもっていなかったことを知っているだけでなく、内部から腐敗しつつあって、アメリカが何をするかにかかわらず、いつ崩壊してもおかしくない状態だったことも知っている。CIAのいうとおりだった(また私のように、当時ソ連を訪れた人ならだれでも簡単に予想できた)。ソ連の経済システムも政治システムもまともに動いていなかったし、軍は分解途上だった。
軍備管理専門家カーンは、番組の中でウォルフォウィッツ、チェイニー、ラムズフェルドによる1970年代の主張をこう斬り捨てる。
「あれは一から十まで空想だったといっていいでしょう。たとえば彼らは、クラスノヤルスク(シベリア)近郊のレーダー群を見て、『これはレーザー兵器だ』なんていうんですよ。まったくそんなものじゃないのに。……ソ連の兵器システムに関するチームBの主張を一つひとつくわしく検証していけば、とにかくすべて間違っていました」
聞き手:すべてですか?
カーン:すべてです。
聞き手:何ひとつ当たっていなかった?
カーン:私が見るかぎり、(ウォルフォウィッツの1977年)チームBが主張したことで本当に正しかったことは一つもありません。
しかし、ネオコンたちはそれが正しいと言い張り、自分たちの世界観を広めるために「現下の危険に関する委員会」(The Committee on the Present Danger)という組織を立ち上げた。同委員会はドキュメンタリー番組や出版物を制作し、全国放送のトークショーやニュース番組にゲストコメンテーターを送り込んだ。彼らは恐怖心を煽り、軍事支出の増額を後押しした。防衛関連企業が提案する高度な兵器システムへの支出増にはとりわけ熱心で、のちにネオコンはそうした企業のロビイストとなる。
そうして、彼らはアメリカに恐怖の空気を蘇らせ、自分たち自身と仲間の防衛関連企業を、世界のたいていの王国より裕福にすることに成功した。冷戦はビジネスに好都合であり、ラムズフェルドからレーガンまで冷戦推進者の政治力にもあつらえ向きだった。
BBC番組によれば、「テロとの戦争」も同じようなハッタリで、似たりよったりの理由と、似たりよったりの顔ぶれによって遂行されている。そしてそれを誇張し、イラク侵攻に踏み出したために、アメリカと同盟国は、それまで取るに足らない存在で、私たちに害を与える力も弱かった恐怖と力とを現実化してしまったといってもいい。
カーティスのドキュメンタリーは「テロとの戦争」について、この同じネオコン集団が1970年代にソ連の保有を騒ぎ立てた超大量破壊兵器そっくりの作り事である可能性を示唆する。私たちはテロと戦うつもりでテロを生み出してきたのではないか。危険は本当のところごく小さく(少なくともイラクに侵攻するまでは)、テロリストもほとんどのテロリスト集団も、たんなるはぐれ者的な存在にすぎず、むしろ彼らが属する同じ社会の人びとによって簡単に始末できるのではないか、と――。カーティスは、アルカイダそのものも私たちが発明したブランドで、西側世界が何百万ドルもの広告費を使い全世界に宣伝してくれたのを見て、ビンラディンがちゃっかり拝借した点を指摘する。
「悪夢の力」を見るのは、映画『マトリックス』に出てくるレッドピル(赤い錠剤)を飲むのに似ている。[訳注=レッドピルは、本物と思い込んでいる現実世界が、じつは巨大な人間養殖システムの一端に組み込まれながら見る幻覚にすぎないことを明らかにしてくれる薬物。]
それは、理想主義の脱線物語であり、アメリカではレオ・シュトラウスと彼の弟子たち(主にポール・ウォルフォウィッツ、ダグラス・ファイス、リチャード・パール)、イスラム世界ではビンラディンの師匠アイマン・ザワヒリが広めたイデオロギーの物語である。どちらも、世界支配によってユートピアを創り上げようとした。どちらも、目的は手段を正当化すると考える。どちらも、道徳と国家の安定というより大きな善のためには、「人びと」を脅して宗教とナショナリズムにしがみつかせるしかないと信じている。どちらも、権力を維持するためには相手を必要とする。
このドキュメンタリーは必見だ。ただし、あらかじめご注意申し上げる。これを見たあとでは、政治的現実は二度と前と同じには見えないし、とくにブッシュ政権やその有志連合政権の言葉は、二度と前と同じには聞こえないだろう。
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