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 (2)

「じゃ、また明日ね〜」
「バイバーイ」

 ドッジボールでひとしきり遊んだ後、夕暮れが近づいたのと、塾に行くので帰らなきゃ、という子が何人かいたので、みんなは帰ることにした。
リツコは何となく、未だ帰りたくなかったので、智ちゃん達と別れ、校庭にいた。

  夕暮れの校庭で、リツコは一人で鉄棒で遊ぶ。何となく、家に帰りたくない。母さんは今日も帰りが遅いだろう。ひょっとしたら、帰らないかもしれない。クリスマスなんか、大したことではないと思うが、やはり母さんがいないのは何となく寂しい。
3番目に背の高い鉄棒にマフラーを鉄棒に巻きつけ、片膝をかけて、連続回りをする。勢いをつけてぐるぐると回る。風を切るのは気持ちがいいが、続けすぎて、頭がくらくらしてくる。
”もう、やめよう”
止まると、頬が火照って、頭に血が上って頬が熱い。そのまま、校庭の端の花壇のへりに腰掛ける。ほおっと一息つき、そのまましばらく休んで息を整える。
冬の日暮れは早い。もう、夕焼けが消えかかり、辺りは薄暗くなりかけている。
「帰ろう」
寒くなってくるし、と、これは心の中でつぶやいて、リツコは立ちあがった。

 「ただいま」
玄関のドアを開け、声をかけたが、いつもの祖母の返事がない。
”おかしいな、鍵はかかっていなかったのに”
居間の入り口のところまでいくと、祖母は何やら電話をしている。
そのまま、部屋に鞄を置きに行こうと思い、後ろを向いたが、祖母の声が耳に入った。
「・・・・でもナオコ、これで3日も帰ってないじゃないか・・・」
”お母さんと話しているんだ”
リツコの足が止まった。
「・・・そうだよ、大したことじゃないよ、うちは別に、クリスチャンでもないし。でも、たまには、リツコに気を遣ってやってもいいんじゃないかい。お正月や日曜日にたまに帰って来るったって・・・・・でもねえ・・・判ったよ、プレゼントは用意してあるよ。いいや、リツコは何にも言っていないよ。あの子は我慢強くて賢い子だからねえ・・・」
”そうか、お母さん、今日もいないんだ”
そうではないかと思っていたが、やはりそうだ。気になるという訳ではないけれど、やっぱり、少し気の抜けたような感じがする。リツコは、話を立ち聞いたことを祖母に悟られないよう、自分の部屋に戻った。

  夕ご飯は、いつもと少し違い、洋風のメニューが多い献立だった。とはいっても、ローストチキンの小さいものと、グリーンサラダが目立っている程度で、味噌汁とご飯はやっぱりテーブルに乗っている。小さ目の丸いクリスマスケーキが、食卓の真ん中で、ひとりで目立ち、自己主張していた。
ローストチキンに、炒めてケチャップで味をつけたスパゲッティが添えてあったり、カナッペやテリーヌみたいなのも並んでいたりするのが、祖母の心づくしだった。
「ごめんよ、りっちゃん。ナオコはまた、仕事が忙しくて帰れないんだって。本当に、クリスマスくらい帰って来たらいいのにねえ」
「えっ、いいよおばあちゃん。お母さん、今忙しいんでしょ。今研究してるテーマが、とても面白くて、それに今一番がんばりたいのよって、この間言ってたもの」
リツコの祖母は、リツコをじっと見つめて、ほっとため息をついた。
「・・・ほんとうに、りっちゃんは聞き分けがいいねえ。でも、りっちゃん位の年だったら、もっとわがままを言ったり、甘えたりしてもいいんだよ。ナオコが今度帰ってきたら、思ってることがあるんなら、言ってみてごらんよ」
「ううん、別にないよ、そんなの。だって、お母さんの仕事って、ホントに面白そうだもの。夢中になったって、無理ないよ。それに、あたしももう4年生だし、他の子とは一寸違うけど、別に平気だよ」
「そうかい」
「それに、リツコにはおばあちゃんがいてくれるし。今時、おばあちゃんと一緒に住める子なんて、滅多にいないよ。あたし、運がいいなって思ってるんだよ」
リツコの祖母は、少し呆れたような、それでも嬉しそうな顔で、にっこり笑って、言った。
「ありがとう、りっちゃん」

 祖母に対する気遣いとか、お世辞とかではない。無理をしているわけでもない。リツコは、本当にそう思っているのだ。
・・・でも、どこか、心のどこかに隙間があいているような、寂しい気分が少しだけするのは何故だろう。
 

  夕食が終わり、祖母がとなりの部屋から薄くて長細い箱を出してきた。
「さあ、りっちゃん、クリスマスのプレゼントだよ」
「わあ、おばあちゃん、ありがとう」
一寸大げさかなと思うくらいの声で言って、箱を受け取り、包み紙を開ける。わくわくする。
中から出てきたのは、上等の極太の毛糸で硬めに編んだ、臙脂のマフラーだった。流行りのタイプで、シルクみたいなつやがあり、長さも幅も中くらい。フリンジがついている。
今の流行り通り、首の前で無造作に片結びにしたら似合いそうだ。
「わあ、素敵。おばあちゃん、ありがとう」
「気に入って貰えたかい。そりゃ、よかった」
祖母はにこにことしていた。
嬉しい。本当に嬉しいのだ。祖母の心遣いが。
でも、祖母のプレゼントは、いつもオーソドックスで、驚いたり、どきどきする気分にはならない。いつもきちんとしたもので、リツコは祖母のプレゼントをいつも愛用するのだけれど。

  テレビを見ながらケーキを食べる。テレビのニュースに、クリスマスのイルミネーションが映っている。外国の、雪の降る、ホワイトクリスマスの様子なんかも映っている。
テレビの傍のクリスマスツリーには、電飾が瞬いている。
暖かいミルクティと一緒に食べるイチゴのケーキは、とても美味しい。
都会の中流家庭で育った祖母は、茶道もたしなむが、紅茶も好きと言うハイカラな人だ。飲むのはミルクティ。リツコは特に、有名なブランドのティーバックでいれたダージリンをミルクティにするのが好きだ。リツコの祖母も、結構それが好きらしく、リツコにはダージリンでミルクティをいれてくれることが多い。
口に含むといぶしたような香りをかすかに感じるダージリンのミルクティは美味しかった。

 テレビでは、外国のサンタクロースの映画が始まっている。白で縁取りした赤の、サンタの衣装を着た太ったひげのおじいさんが、これまた定番の、トナカイに話しかけている。
サンタさんって、見るからに楽しそうだな、と、リツコはくだらないことを考える。
”誰が思いついたんだろうな、あの服”
画面の中の雪の風景と、外国のクリスマスの家族団欒の光景を、リツコはぼんやりと見る。

  ぼおっとしていたら、もう9時半を回っていた。そろそろ寝に行ったほうがいい時間だ。
「おばあちゃん、お風呂、沸いてる?」
「ああ、沸いてるよ」
「じゃ、私お風呂に入るね」
「ええ、そうなさい。明日は終業式で、明後日からはお休みだね」
「うん」
「ゆっくり暖まりなさい」
「はーい」
リツコは時折、お風呂の掃除などをして祖母を手伝うが、今日は祖母が全てやってくれていたようだ。

 お風呂から上がり、祖母におやすみなさいの挨拶をして、プレゼントを持って部屋に戻る。
枕元にプレゼントを置き、明日の用意を整えて、明かりを消してベッドに入る。
布団が未だ冷たい。温まるまでには、一寸かかるだろう。
リツコは、そのままぼんやりとしていた。何となく、これまでのクリスマスのことを思い出しながら。

  小さい頃は、クリスマスの朝に目がさめると、枕元にプレゼントが置いてあった。祖母が、きちんと用意してくれていた。時には、クリスマスイブの夜、未だ寝付いていなくて、リツコの枕元にプレゼントを置きにくる祖母に、気づきながら寝たふりをしていたこともある。
小学校に入る時分から、プレゼントはクリスマスイブの晩御飯の時に祖母が渡してくれるようになった。祖母は、毎年かかさず、プレゼントを用意してくれた。
祖母の気遣いで、クリスマスは毎年、他の子と同じにプレゼントを貰い、ツリーを飾って祝った。
そう、いつも、祖母が全て気遣ってくれた。母ではなく。
”寂しいなんて思ったら、ばちが当たっちゃう”
祖母に育てられたせいで知っている、少し古い言いまわしで、リツコは考えた。

お風呂に入って充分暖まったリツコの体温で、布団がだんだん温まってくる。
リツコは未だ10歳だ。次第に、瞼が重くなってくる。

 眠りに落ちていく寸前、快く薄れていく意識の中で思う。
サンタクロースなんて、物心ついたときからいるとは思っていなかった。クリスマスプレゼントも、他の子のように、毎年、かあさんやお祖母ちゃんになんだかんだと高価なものをねだるようなこともしたことがない。
でも。
一度くらい、クリスマスにいっしょにいて、プレゼントを手渡したりしてほしかった。
かあさん。

  しんしんと更けるクリスマス・イブの夜。リツコの夢に現れるのは、サンタクロースではないだろう。
利発な子とはいえ、いやそれだからこそ、母親と一緒にクリスマスを過ごす夢を見たところで、リツコを年齢の割に子供っぽいなどと、誰が言えるだろう。
リツコの母は、そんな思い出など、与えてくれはしなかったのだから。

 (完)

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