5. 人間は、生物種の一つにすぎない




 ボクたちは、地球上の無数にある生物種の、たった一つにすぎない。今ある生物種は、どれをとっても奇跡の産物である。無数の突然変異があった中で、それらは自然淘汰され、生き残ってきたのが現生生物である。
 どの生物もいずれ死ぬが、人間だけがどんどん寿命を延ばし、増殖活動も盛んである。悲惨なのは、どこかの国が、「産めよ産めよ」と人間増殖を奨励していることである。自国資源がほとんどないくせに(だから、本当は、日本の少子化は正しい)。


 社会システムは崩壊しても、人間は再びそれを構築できる。しかし、資源を作ることはできない。日本は戦後、経済システムがいったん崩壊している。日本史上では、何度も崩壊しているだろう。それでも日本人は、日本人として、立派に生きてきた。しかし、現在は違う。自分が不真面目なくせに「ご飯食えないのは国が悪い」。人生設計を全く考えなかったくせに「老後のカネがない」。なんと情けない日本人ばかりになったのか。自分のことは自分で考えろ!他の動物では、食えない個体は黙って滅んでいく。二言目には過剰なまでに「人権」を語り、泣き言ばかり言っているのは人間だけである。

 地球上の資源は、無限ではない。日本は、どの資源もほとんどなく、今の繁栄が奇跡とさえ思える。ボクは、本当に本当に、奇跡だと思う。この奇跡がいつまでも続くと考えるのは間違っている。資源が手に入りにくい場合を想定して、ボクたちは生きていかなければならない。エネルギーも同じである。なくなったら仕方がない。お天道様が上がったら起きて仕事をし、暗くなったら寝る。「幸せ」だの「娯楽」だのと地球に要求しているのは、人間だけである。「人の命は地球より重い」なんて言葉はウソだ。

 無理に長生きするために、あるいは、無理に「幸せ」になるために、「核発電が必要だ」などとは考えないほうがよい。現世代が責任を受け持てない核のゴミなど、未来の生物は迷惑する。ましてや核燃料リサイクルなどまっぴらである。現世代に対しても利益はなく、ゴミが強烈になるだけである。

 人間と他の動物との違いは、何か?
それは、学問で将来をある程度予測できることである、とボクは考える。他の動物は、数年先の周辺環境がどう変化するのか予測することはできない。ところが人間は、ある程度予測できる。例えば、このままいけば自分は金持ちになるとか、リストラに遭うとか。石油価格や金属価格は資源不足で高騰するとか、乱獲で魚類資源が減少するとか。
 いずれ、化石燃料にしろ、核燃料にしろ、地球上から消滅することはわかっている。それなら、今、無理して、核のゴミを産む核燃料を使うことはどうかと思う。たった100年そこそこの利用で、何万年も先の未来へ迷惑をかけていいものだろうか。責任転嫁もはなはだしい。核発電推進者たちは、もっと大人になるべきである。

 みんな、物事は、もっとおおらかに考えたほうがよい。どんな生物も、いずれ死ぬ。人間も例外ではない。生まれては死に、生まれては死ぬのであり、ただそれだけの話である。ないものはない。「それならしかたがない」でよい。

 なるようにしかならないのである。




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