コンテ3
2019/1/1
徳島の鉱山跡
地元の人に従って行動しよう!
あわ〜スタイル」「いしにっき」「気ままに訪問記」などもご覧ください。
牟岐鉱山
牟岐鉱山
場  所  牟岐町
鉱  種  アンチモン
稼働期間 明治中期〜昭和26年
鉱業権者 星川伊勢太
備  考  坑口は埋没

  1.牟岐町役場から見た矢筈山
   

  2.地元の民家から悪路を徒歩80分
   

  3.途中で道が二股に分かれる
   

  4.山~様が宿っているという大岩
   

  5.炭焼き窯の跡が残ってる
   

  6.鉱区はすっかり杉林になってた
   

  7.崩れて塞がれたかつての坑口
   

  8.ズリに残る低品位のアンチモン鉱石
   


 見つけることが困難で幻とまで言われた鉱山の1つ。文献や聞き込み調査により、アンチモン鉱山は徳島県内に4ヶ所存在するが、その中で実に半世紀ぶりにこの鉱山を探訪することができた。地元のご夫婦の案内で岩苔や蔓を採るついでに案内していただいた。とは言っても、足下は崩れそうな断崖絶壁やごつごつした岩ばかりの山道が続き、まともに休憩する場所もない。途中で何度も道を間違えそうになりながら、80分かけてようやく現地に到着できた。

 坑口は完全に土砂に埋まっておりそれらしい窪みを残すだけであった。左横に盛り上げた土砂があり、それがズリのようである。一応はアンチモンを含んでおり、灰色の薄い鉱脈が見て取れる。また、透明度の高い米水晶や黄色い鉱物も見られた。しかし、鉱石を割っても銀色の鉱脈が現れず、まともな標本はほとんど得られなかった。

 場所がわかりにくく道に迷いやすいため、地元の方に案内していただくかGPSが必要と思う。足下が覚束ないため、体力のある人を含めたパーティを組んで行くことをお勧めする。鉱物採集よりも鉱山探訪を主目的とする人向き。なお、70年前に開拓団がここで小さな集落を形成し、ウサギなどを飼育していた。小学生もいて毎日この細道を学校まで通っていたそうだ。

 私たちの後にここへ勝手に進入して鉱石を盗み、ゴミを捨てて帰った非道な連中がいる。これらには石を云々する資格はないと思うが、読者の方々はどう思われるか?牟岐鉱山の輝安鉱の標本を持っている人には注意されたし(A氏及びN氏から直接もらった方を除く。)。



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