ナラシ



とうとうエンジンが載る。緊張の瞬間だ。



いよいよエンジンが載る瞬間がやってきました。ずっと、この時を待ってました。
かなりワクワクします。そしてしみじみと思いました。「思えば長かったなあ」

社長 「見てないで、早く働け(怒)!」

社長の激が飛びます。そうです。私がエンジンを載せるのでした。
ボーっと見てる場合ではなかったのです。早速ツナギに着替えます。チェーンブロックに
吊ったエンジンを静かに下ろします。さすがに「グラッ!」と来るので社長に支えてもらいます。

社長 「ったく、重てえエンジンだな!」

俺様 「ケントは軽量コンパクトって、雑誌では書いてたんだけどなあ?」

社長 「実際に、手に持ってから書けよな!ロータリーも激重だけど、軽量コンパクト
    なんて寝言言う奴、一杯いるしなあ。どっから聞いて来んだろう?」

スーパーシングルのクラッチは、センター出しがツインプレート並にシビアで、ちょっと
ずれるとスプラインが入りません。しかし、こんなに重いと、また吊り上げてセンター出し
をするのはおっくうです。

俺様 「メンドラ、一発で入ってくれよ!頼む。」

と、心で思いながら、合体。見事に一発で入りました。ふうー。こうなったら早いです。
補機を次々装着していきます。だんだん形になってきて、バラバラのパーツの状態から
「セブン」になってきました。

ステンレスパイプでワンオフしたウオーターラインを「サムコ」のラジエーターホースでつなぎます。
クーラントを入れて、タコ足とキャブを取りつけ、配線をつなぎ合わせます。バッテリーを充電し、
念のため、スペアのバッテリーもジャンプしておきます。

社長 「じゃあ、イッチョ、いってみっか!!」

セルを回します。まるで高級車のような音を上げて強化セルが回り出しました。

「キューン!キュ!キュ!キュキュキュ.....」

アクセルを「パカパカ」させて、加速ポンプからガソリンを出します。

社長 「来い!...来いっ!!」

「!..コ.コアッ!ゴアッ!フォン!!ドウドド..」

空気を切り裂くようなウエーバーの雄叫びとともに、エンジンが始動しました。何と一発始動です。
思わず感動しました(道のり、長かったよ)。新しいエンジンの排気音と吸気音は、ノーマルの倍以上
でしょうか?特に吸気音は、回りの空気をすべて吸い込むかのような、すさまじい音です。この音を
聞いたのは、フルチューンのS20と、ソレックス装着のハイコンプ4AG以来でしょうか?背筋が
ゾクゾクする、官能的なサウンドに酔いしれます。「俺もアクセル触って音を聞いてみたい!」
と、手を出そうとすると、いきなり、

社長 「アクセルに、触るな!!」

俺様 「ど、どうしたんですか!?」

社長 「今、エンジン吹かすと、エンジンが終わる。

俺様 「どうしてです??」

社長 「今から初期ナラシに入る!約8時間、アイドリングで、クランクとコンロッドの
    メタルベアリングにナラシする。それまで、エンジンに近づくのは、禁止だ。」

俺様 「そんなに!」

社長 「あのな、アイドリングで静かにエンジンを回すと、新品のクランクメタルに、浅いスジが
    刻まれるのよ。これを作るのよ。この馴染みが出来ないうちにエンジン吹かすと、プツプツ
    した傷がメタルに入る。これは、その後いくらナラシを掛けても消えない。最初が肝心だから、
    俺はこれには特にこだわるんだ。だから絶対、エンジンには近づくなよ!」

そう言う訳で、やっとエンジンが掛かっても、近づく事さえ許されず、じっと我慢のコです。
8時間の初期ナラシは、本当なら1日で終了するはずだったのですが、

社長 「排ガスで、目がチカチカする!」

と言うので、少しずつエンジンを回し、結局1週間位かかりました。時々、社長がエンジンの
チェックをします。ブローバイガスに手をかざし、エンジンの様子を見ます。

社長 「ん、イイ感じだ。」

初期ナラシが終わる頃には、各部の当たりが取れてきたのか、
アイドリングが当初より500回転も上がりました。

社長 「これはいいぞ!バリがバリバリ取れてるな。」

駄洒落を言う余裕も出てきました(笑)。初期ナラシが無事に終わったので、
ノーマルマフラーを装着して、急いで、切れてた車検を取りなおします。実は、エンジンが
完成したのは12月。山形はボヤボヤしてると大雪が降ります。雨の日には、絶対に
乗らない様に心がけていたのに、ヘタすると「大雪+消雪剤」のダブルパンチを食らいそうです。

俺様 「排ガス検査、通りますかねー?」

社長 「んー?手持ちの測定機で測ったら、HCもCOも標準以下だったよ。」

俺様 「そんな、馬鹿な!」

社長 「あんだけやったら当然だよ。ワンオフのバルブガイドとシートリングが効いてるな。
    まあ、あとは、俺のトータルチューンだろ(笑)?

私的には、バルブガイドとシートリングの製作は、無鉛対策のつもりでオーダーしたのでした。
当時、山形セブンクラブでは、ガソリンは、ハイオクに鉛の添加剤を投入するのが常識でした。
それも、ホームセンター等に売ってるヤワな物ではなく、山形市南一番町にある、山形日産
本社のガソリンスタンドで細々と販売してた「バルブリン」という製品を使用してました。これは
数ある鉛系添加剤の中でもかなり強力な物で、「触媒車には、触媒が詰まるので絶対使用
しないで下さい。」
という警告文が書かれてる「ほとんど鉛その物」という代物(無色透明の液体)
です。この液体は、手に付着すると、しばらくして、指の皮がボロボロ剥げてきて、手の関節が
ダルくなった気がしたので、毒性が気になる人は、ゴム手袋の使用を勧めます。これを添加して、
バルブシートのリセッションを防いでたのです。ですが、元来の、ものぐさな性格と、最後の一本
を購入した時、店員から、「今後仕入れる予定は無いので、今度買うときは、箱で1ダース買って
ください。」
と、いかにも日産らしい事を言われたので、バルブ系の無鉛対策を依頼したのでした。
「環境を考えると、触媒付きのノーマルマフラーは必要。しかし、それでは有鉛添加剤が使えず、
結果、環境に気を使って自分のエンジンがヘタるのでは本末転倒だ。無鉛対策を施そう。」
ってね。
しかし、チューニング界では、バルブガイドとシートリングの製作は常識で、特に、でかいバルブを
装着する2バルブ(2TG、L型、A型)では、バルブの正確な動きを確保するには必須科目です。
また、シートカットの当たり幅は、密着度の他に、バルブの、シリンダーヘッドへの熱伝導率にも
影響して、ひいては、水温にも影響します。このように、バルブの管理は実に高度な世界なのです。
当然、そんな事は、何も知りませんでした。

後に気づいたのですが、私のバーキンは、嘘のようですが、フルチューンにも関わらず、
メインジェット#155を使用して、街乗りで9キロ/1リッター走ります。これは#145を使用していた
ノーマルエンジンと同等の燃費です。新車時に入ってた#105で11キロ/1リッターなので、
これ以上燃費は良くならないと思いますが、それから比較しても、極端に燃費が悪化してないのが
スゴイ!!実際に乗ってみると、トルクが倍近く太くて、実に乗りやすいです。また、水温、
油温ともに、ノーマル時代より安定して全く不安がありません。312度と言う超ハイカムを装着
した車両にしては、驚異的だと思います。これは、まさに「スタボンマジック」なのでしょうか?

そう言えば、もう1台の愛車のAE86も、点火時期を早めたハイオク仕様にも関わらず、営業で
毎日毎日、蔵王のワイデイングを走ってるのに、14キロ/1リッターを記録します。どうでしょうか?
すごいと思いませんか?本物のチューンは、1滴のガソリンも無駄にしないから、結果、燃費
も良くなるんですよ。

ハチロクのエンジンルーム。注目はTRD製「HID」ランプ!闇夜を切り裂く
強烈な光。これでないと、毎日、夜昼、雨が降ろうが雪が降ろうが、蔵王の
峠道を走行なんて、出来ません!エンジンはタコ足、プラグコード以外は
基本的にノーマル(だって壊れないんだモン)


無事に車検も終わり、寒空の中、実働のナラシを開始します。

俺様 「ナラシ運転は、どうしたらいいんでしょうか?」

社長 「うむ。俺も、この瞬間が俺も一番緊張する。
    俺の手がけた、可愛いエンジンが
  ヘボなオーナーの運転で
  壊れるかもしれんからな。
    可愛そうに。ナムナム...(合掌)」

俺様 「不吉な事、言わないで下さいよ!教えてください。」

社長 「うむ、まず3000回転で20キロ。そっから20キロごとに、200回転ずつ上げてく。
    あんまりチンタラ走ってても意味が無いから、時々ビュ!ってアクセル上げろ。まあ、
    5000回転位までいって、何とも無かったらナラシ終了だ。走るときのイメージとしては、
    メタルにナラシを掛けてるんだ、って言う事だ。これを忘れるなよ!そんな感じかな?」

俺様 「ナラシは1000キロ位ですかね?」

社長 「はあ?お前、そんなに走ったら、エンジンの一番オイシイ時期、終わっちゃうぞ。
    筑波のフリー走行、15周のナラシで全開だから、ホントは100キロも要らないのよ。
    まあ、今回はストリートだから、500キロもあると十分過ぎるんじゃない?
    あんまり長々とやっても意味ないぞ。」

俺様 「分かりました。」

社長 「前も言ったけど、4500回転以上の空ぶかし、ベタ踏みでサージング、長期の
    アイドリングは絶対するなよ。バルブ欠けたり、カムが痛むからな。レブは、一瞬だけ
    当てて、スパッとアクセル抜け!」

俺様 「はい。」

そしてナラシに突入しました。意外と軽い、OS技研のスーパーシングルクラッチを踏み、
スタートします。クロモリのフライホイールとメタルクラッチが放つ、

「シャリシャリシャリシャリ.....」

と言う心地よいサウンドに酔いしれながら、クラッチをつなぎます。

「サササッ!キュキュキュキュ.....」

なるべくアクセルを開けないようにしたつもりですが、タイヤが悲鳴を上げました。クワイフの
トルセンデフは、トルク反応型なので、ノーマルパワーでは余り効いた気がしませんが、
パワーアップした今回は、バリバリ効いてます。

俺様 「Sタイヤなのに....!」

ミッションのシンクロも、今までのつもりでシフトすると、

「キャリン、キャリン!」

と鳴ります。シフトワークの正確さが要求される様になりました。

俺様 「こ、こ、これは...」

異常に太くなったトルクに戸惑いながらナラシを始めます。10キロ、20キロ、寒空の中、
粛々とナラシをこなしていきます。100キロも走ってたでしょうか?ふと、停車したとき、
何だか、練炭の匂いと言うか、七輪の匂いが立ち込めてきました。気づくとすっかり夜です。

俺様 「なんだあ??」

降りて、エンジンを見ると、なんと!エキマニが真っ赤に焼けて、
「ボウッ」と光り輝いてたのです!完全燃焼したガスが、まるで練炭を燃やしたような匂いを
発してたのでした。600度は超えてます!い、いかん!触媒が溶けて駄目になる!

俺様 「やっぱ、5番プラグじゃ駄目か....」

真冬のナラシ中なので装着した、5番プラグを外して、手持ちのレース用のB8EGVに交換。
この日は走行をこれで止め、毎晩近所を走りつづけ、ついに500キロのナラシが終了しました。
すぐに、ストリートで使用する為の7番のVプラグを購入したのは言うまでもないです。
(イリジウムは希薄燃焼車用。低A/Fで効果的なので、A/Fが急激に変動するキャブ車、
特にウエーバー車には向きません。高価で、寿命はVプラグよりずっと短いのも難点です。
ノーマルエンジンなら普通のB7ESで十分。チューニング車はVプラグにしましょう。)




ナラシ終了直後、某所にてシャーシダイナモで馬力の測定を行った。結果は、ベタ踏み
するとスリップして全く測定出来ず、加速ポンプの領域が測定不可能であった。そこで、
不本意ながら、加速ポンプが働かないように、ジワジワと静かにアクセルを開けながら
測定。結果、6500回転以上は、スリップして全く測定できないながら、1*5馬力(自主
規制)を発揮。ケーターハムBDRよりも結果が良かった。これは、メインジェット、エアジェ
ット、アウターベンチュリーを交換する前の馬力なので、現在10000回転もOKの、私の
ケントは、「公称180馬力」ってのは、「フカシ」でも何でも無く、むしろ控えめの数値だ。
このような、軽量ハイパワーのクルマの場合、ボッシュのダイナモは不正確。出来れば
「ダイノパック」のようなハブ直結型のダイナモで、A/F計を装着。プログラミングで軽く
負荷を掛けるセッテイングの状態で、直結4速(1:1.00)で、4500回転〜5000回転から
ベタ踏みして加速ポンプの領域をキッチリ測りたいものです。また、踏む人間により、軽く
20〜30馬力は違うのがダイナモの難しいとこで、東北では「エスコート仙台」なら間違い
無いでしょう。まあ、「オートジャンブル」誌では、ダイナモと筑波のタイムが絶対の価値観
のような書き方をしてますが、編集上、それが読者に分かり易いだけで、特に意味が無いと
思います。ストリートでは、レスポンスとトルク感、低速のスムーズさがもっとも重要です。
それはダイナモや筑波の走行では分かりません。結局、人間の感覚が一番正確です。
だから、シャーシダイナモのパワーチェックは、「自己満足」の意味合いが最も大きいです(笑)。