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 読む前から好きだった。だって家守なんだもん、好きに決まってる。まして梨木香歩の家モノなら間違いはないのだ。猫が家につくように好きで堪らないのが家モノ。だから早速購入したものの、もったいなくてなかなか読めなかった。時間に余裕のある時にゆっくり楽しみながら読もう。そうこうしているうちにあちこちの評判が聞こえてきた。絶賛である。当たり前だ。ちょっと昔で、文士が語る物語らしい。満点のシチュエーションである。
  さてさて。万難を排して表紙を開くと見開きに落ち着いた色調の白鷺。おお、これはと裏の見開きをみると雪の中傘をさしてどこかへ向かう人の姿。おお。装丁もいい。
  琵琶湖で行方不明になった親友高堂の父に家守を頼まれた貧乏文士が引越をしてきたことから物語は始まっている。この家がいい。山の裾にあって疎水が縁側の下の庭に流れ込み、縁側で釣りができる。庭には木々がわんさか生い茂っている。そして彼の家守は親友の望みであったかのように、高堂ときたらボートを漕いで掛け軸からやってくるのだ。最初は庭のサルスベリをなでなでしているうちに愛されてしまった親友に助言をするため。言うだけ言ってあっさり帰ってしまうのだが、その訪いはけっこうひんぱんである。その次は野良犬のジローのためにどっこいしょとやってくる。普通に会話してるふたりもいい。ふむ、足はある。などと言っているが。白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり、散りぎわの桜が暇乞いに来たりと、この屋敷は精霊かなにかが満ちあふれているかのように不思議なことが次々と起こる。貧乏文士はびっくりしつつも受け入れて暮らしてるわけだが、周りの人々がそれらの事象を当たり前なこととして語るのがおかしい。お隣の奥さんはただのおばさんぽいのになんでも知っているし、ダァリヤの君だって言うのだ。「そういう土地柄なのですね」―― 土地柄なんだろうか。不思議な、でも穏やかな交歓をする日常の物語だけでわたしなど十分満足なのだが著者はもう一歩踏み込んで安寧をもたらす。終わりもいいのだ。
 ――また来るな?
 ――また来るよ。
 よ い物語である。


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