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  このかわいらしさをどうしてくれよう・・・。
  ・・・とりあえず引用してみよう。

  捨てられはしたけれど破壊はまぬかれた、近い過去の生活用品には、独特の表情がある。元の所有者たちの生活の匂いが、設計者や製造者の顔が透けて見える。それらが引きずっている人々の過去に、感情に、もっと言うなら、「もの」じたいが持っている心、すなわち「物心」に私は想いをはせる。実際に使用し、目に見える場所に置いてやることで、生きられた時間をよみがえらせてやるのだ。「物心」は国を越える。以下に読まれるのは、主としてフランスで出会った「もの」たちについての、他愛のないひとりごとである。

  そ して始まる「白壁に映ったエジプト」。
  もう一度引用しよう。

  闇と光の協力で現実から一時的に逃避し、幻想の世界へ入り込むその原理は変わらなくとも、映写機の場合には、画像の質感がもっとあたたかく、同時におおざっぱで、見なくてもいいようなものまでくっきり映し出す残酷さがない。性能の差は歴然としているものの、たとえば古い写真のスライドを大映しにしたりする場合には、粗を粗と解釈しない、機械としての愛すべき鈍さがやはり好ましい。

  わたしにはこんな感性がひどく好ましい。
  映写機で映し出されたエジプト。この後に続く最後の一文でもう完璧に蕩けてわたしのタマシイはせつないんだか、うれしいんだか、とにかく気が遠くなってどこかに飛んで行った。戻ってはきたが、思い出すたびにきゅうきゅうと締めつけられてまた飛んでゆく。
  言葉の無力に泣かなくていい。この恐ろしい装置を備えたエッセイは、もしかするとわたしの今年最大の収穫かもしれない。

 

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