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「功名が辻」徳川家康の戦略(自然周吾)

11/12(日)NHK大河ドラマ「功名が辻」第45回(三成死すとも)を観た。

山内一豊が、関が原の褒章として、土佐20万石を家康からもらったことを喜んでいるところに、忍びの六平太が来て、
『 手放しで喜んではいられないぞ、家康は、試しているのだ。
土佐には長宗我部が、新大名に戦うべく待っている。なぜ福島でなく山内なのか。
福島なら、長宗我部と一緒になって、徳川に反旗を翻すかもしれない。山内の律儀さが、長宗我部と戦って、平定するかもしれない。
手ごわい長宗我部をいかに扱うか、見せ所だ。
簡単には平定できないだろう・・・。戦って平定できなければ、他の武将に替えてしまうだろう。浮かれてばかりはいられないぞ。 』
と伝える。

家康は福島には清洲城を与えた。(西方の守りと、家康の目の届くところに置いて注意したといえる。)
家康の戦略は、深く緻密な戦術を積み重ねて練られているのだった。
狸と言われているが、深謀な策を持った智将と評価すべきと改めて感心した。

一豊にとって、千代を慕っていた忍者六平太が味方に付いたことが、山内家の危機を救い繁栄に寄与したと言えるだろう。
(関連:三成の言葉を記載しています。⇒「つぶやく」-06/01/19

(06/11/29)
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NHKのホームページからあらすじを転載。
第45回「三成死すとも」11月12日放送 :
 『 関ヶ原から敗走した三成(中村橋之助)は再起の意志むなしく囚われの人となり、家康(西田敏行)本陣のある大津城 へと移された。縄目姿のまま城の門前でさらし者にされる三成。衝撃を受けた一豊(上川隆也)は自分の羽織を三成にか けてやり、『たとえ家康を頼もうとも、豊臣家と秀頼様をお守りなされよ』という三成の遺言を、千代(仲間由紀恵)か ら淀(永作博美)へ伝えさせることを約束する。そして家康と三成が対面・・・。
 数日後、一豊は大坂の屋敷に凱旋。戦場で感じた虚しさについて千代に語る。敵となるも味方となるも所詮は仮の姿、 年を経たからわかるのです、と千代。生きる切なさ、散る悲しみ。二人は三成と、関ヶ原で敗れた者たちのために涙を流す。 千代は寧々(浅野ゆう子)を訪ね、信長・秀吉・家康と仕え生きていることが出来るのは寧々のおかげと感謝を伝える。
それに答え『夫は妻がこしらえしもの』と返す寧々。そして千代から三成の遺言を伝え聞いた淀は『われの代わりに三成 の最期を見届けよ。ただ、われの代わりに祈って欲しい・・・三成が、この世に生まれたことを悔やむことなく、静かに 生涯を閉じられるように。』と告げるのであった。三成は六条河原で斬首された・・・。
 そして関ヶ原の論功行賞。一豊は、予想もしていなかった土佐二十万石を賜り、ついに国持ち大名へと昇格。『千代、 そなたにもらった国じゃ』。二人で叶えた、二人の夢。しかしこれは家康が与えた試練、行く手には大きな困難が立ちは だかっていた・・・。 』

私には、あらすじには記載されていないが、映像の中での、六平太の言葉が印象に残った。