GPXについて妄想を語ろう 第2回
カワサキにおけるGPXの存在位置。





自分の持ってるF1カラーの次に出たF2カラーのGPX。




80年代前半、空冷から水冷にエンジンの仕様が移行しつつあった中でGPZシリーズを作ったカワサキ。
まあまあの成功の中で新しく出てきた問題を解決すべく、気持ちも新たに84年の秋に開発を始めたGPX。

・・・・と言われているんですが(実際そう記述もあるし)、私はこれを怪しんでます。
GPX750Rの開発自体は「84年の秋に開始」なのでしょうが、新型750ccバイクを作るって視点から見ると「再開」という表現に
近い気がします。

このネタをまとめるのにいろんな記事を読んでいたんですが、その際に気になる記事を見つけたんです。
BS誌の93年7月号で80年代のAMAのスーパーバイクの特集記事があって、空冷GPZ750を記述した部分にそれはあります。

83年3月に行われたデイトナでのレース。
ホンダのVF750Fに対して余りにアンダーパワーだったGPZ750。USカワサキのマジー氏はその状況を打開するのに
日本側に新型エンジンを要求したが、その時に日本側では「水冷エンジンの750ccレーサー」開発を進めていたので、
マジー氏はそれを待つように渋々GPZ750でのレース参戦をしていた。

・・・・ようです。
まあ、この750ccレーサーが「GPZ750Rのレーサー」ならマジー氏ががっかりしただけで問題は解決するんですが、
このレーサーがGPX750Rの原型になったバイクではないか?と睨んでます。
つまり、AMAのルールで1000ccから750ccに変更された83年シーズンが始まる前にはそのルールに適合するバイク
それも市販可能な状態に近いバイクがあって、それをベースにしたレーサーも存在した可能性があるんですよ。



個人的に推測する「水冷750ccエンジンのバイク」の参考になったであろう
83年シーズンのフランス・カワサキの耐久レーサー。
アルミ角パイプフレーム+斜めの補強フレーム付きのフレーム形状は
かのGPZ400R&600Rでも使われた形。
多分、新型の750ccバイクもこのフレームの影響を受けた形だったのでは?
でも、補強フレームが物語るようにあまり剛性とかに優れたフレームではなかったようです。


GPXの開発が始まったのが84年の秋。
「水冷エンジンの750ccレーサー」は「83年の3月」にはあったわけで、そのベースとなったバイク(スーバーバイク規定なら
ベースとなる市販バイクが存在しないとマズイ)はそれ以前には用意してあったはず。
ってことは、そのベースとなったバイクの開発スタートはもっと以前になるはず。それも年単位で数えるくらい以前じゃないでしょうか?
カワサキ初の「水冷エンジン付きの750ccバイク」ってことで考えると、この2つの間にかなりの時間差があるわけです。

カワサキだって「83年からレースで使えるバイクの排気量を1000ccから750ccに引き下げます」っていうAMAの通知くらい
読むでしょうから、その準備を83年以前からしていたっておかしくない。
でも、実際は古い750ccで参戦して、その後は撤退。
さらに900ccのお下がりで750ccバイクを84年に作って、新規作成の750ccバイクであるGPXの登場がずっと後年の86年。
他のクラスも大体84年ごろには空冷エンジンから水冷エンジンに載せ換えた新しいバイク・・・KR250とかGPZ600/400・・・を
出してるのに、何でレースとかの需要が見込める750ccのバイクだけ発売が遅れたのか?

ここで『何の根拠も無い思いつきの想像』で話を進めると、
GPX750RはGPZ900RとGPZ1000RXのとばっちりを受けて
開発&発売が遅れたバイクじゃないか?
と言う結論に達するわけです。

多分、カワサキで「水冷エンジンでの新型車を出す」と決めたときには、海外向けリッタークラスから国内向け250ccクラスまでの
新型の発表時期を揃って84〜85年ごろにしたかったのでは?と考えるのです。

当然、それぞれのクラスで要求される性能に対応した内容のバイクを作っていて、
そんな中にGPX(の元になったバイク)の生産予定も入っていたと。その発表も84年ごろだったんじゃない?

一方で、初期段階でのGPZ900Rって単純に空冷GPZ1100フレームに水冷エンジンを組み合わせた車体構成で
市販化を進めてたのではないかと思うのです。
ところが82年シーズンが終わって、それまでGPをやってた人たちが市販車開発に参加するようになってから
「こっちの方がバーーッと走って、ガーーッと曲がってよく走るでェ」
某N終身名誉監督のアドバイスのような理論によって、試作で作ってみた新型水冷エンジン+GPZ1100フレームのバイクを
引っ張り出してアンダーループをぶった切り、仕上げてしまったのではないか?
ちょうど時期的にZ1誕生から10周年に当たる年だったのも災いして、急いで「900ccの記念バイクを出そう」としてたかして
操縦性とかを最後までまとめられないまま市販化を「見切り発車」、何か中途半端な車体構成のGPZ900Rの出来上がり、と。
ここまでが84年。

しかし、そんな日本人の心情(900ccを崇め奉る心)などが外国に通じるわけもなく、海外ディーラーからは非難轟々だった。
その当時の他社のバイクはアルミフレームの水冷V4エンジンだったり、デザインに秀でた空冷1100の4バルブエンジンとか
そんなのが発表されてたのに、それまでのGPZシリーズと大差ないデザイン&中途半端な排気量のバイクを出したところで
消費者の購買意欲を掻き立てるバイクでは無いと海外ディーラー(特にアメリカ市場)は判断したんでしょう。
で、「早く新しい1000ccのバイクを出せ!」と催促があった。

売れると踏んで出したGPZ900Rがそんな催促を受けるとは思わなかったカワサキ側は、慌てて新規に1000ccバイクを
作成する必要に迫られた。順調に準備してた750ccバイクの開発を止めて。
GPから撤退しAMAからも撤退したカワサキが、カワサキのバイクで細々とレースをする「一部のための750ccバイク」を作るのと
不振の輸出部門を活性化させるためにもどうしても必要な「リッタークラスで華のあるバイク」とどっちを取るか?
カワサキはリッターバイクを優先させてGPZ1000RXを急いで開発&発売した・・・・・。




カワサキがこのGPZ1000RXが急いで発売しようとしてた(と想像させる)エピソードがあります。
カワサキに限らず、各メーカーが発売予定のニューモデルの試乗会を開催するのは、通常秋から冬の時期に行われるそうです。
で、その年末から年明けにかけて世界中に出荷されるというスケジュールなんだそうな。
例えばGPZ900Rの場合だと、「83年9月にショーに出て、83年12月に試乗会、84年年明けから出荷」って流れでした。
しかし、このGPZ1000RXは何故か9月初旬に試乗会が行われました。つまり、いつもより3ヶ月くらい早め。
そして、早めに試乗会をしたバイクってのはこのGPZ1000RXだけ。これ以前もこれ以後もそういうのはやったことがないみたい。
普通に発売予定されるモデルとしてなら通常どうりの試乗会でもやればよかったのに、どうしてそういった通例を破ってまで
早くやる必要があったのか?
個人の勝手な想像では、カワサキのこの行為が海外ディーラーの「早よ新しいモデル出せや!」という催促に対して
精一杯の回答だったのでは?
まるで、出前が遅い蕎麦屋に「出前まだぁ〜?」って電話をしたときの「今、出ましたぁ〜。」って返事のよう。
やっぱり、海外のGPZ900Rの評価がカワサキが予想してたよりも低かったんじゃない?




・・・・その影響からか、750cc開発部門も一時開発を中止してリッターバイクを急いで作るために借り出されて
GPX(の元のバイク)が日の目を見ることが無くカワサキの歴史のなかに埋もれていったと。

そんなことがあったんじゃないかな〜と激しく想像する今日このごろです。

そういった背景のなかで、カワサキ内部での再開計画として立ち上がった(であろう)新750ccバイクの設計では
この2台(を含めたゴタゴタ)の中で「こりゃあかん」と基本に立ち戻った設計思想で開発を進めたと思われます。
特にフレーム関係がその対象ではないかと。
つまり、それまで採用してたダイヤモンドタイプやペリメターフレーム・アルミ角パイプフレームでの納得できない操縦性を改善するために
過去の実績や経験値からある程度操縦性を計算できる「鋼管ダブルクレードルタイプ」の新フレームを使ったバイク=GPX750Rを
作ろうと動きだしたのでは?

このあたりの予想を裏付ける証拠として、形式呼称の順序のズレがあります。まあ、気付く人はとっくに気づいてるでしょうが。
例えば1000ccクラス。GPZ1000RXがZX1000A。ZX−10がZX1000B。
そして1100ccクラスだと、GPZ1100(空冷)がZX1100A。ZZ−R1100がZX1100CとD。GPZ1100(水冷)がE。
と、そのクラスのバイクが作られた順にAからずっと並べられていくんです。
750ccクラスだと、GPZ750FがZX750A、GPZ750ターボがZX750E、GPZ750Rが、GPX750Rが、ZXR750がH・・・・。
そう、GPXのところだけ順序が入れ違ってるんです。
このことからも、「新設計の水冷エンジン750ccバイク」よりも「900のエンジンを小さくして750にする」方が遅かったことが
想像出来ます。
やはり、カワサキは一回水冷750ccエンジンのバイクを作り損ねてる!。



84年の秋に開発が『再開』された新型750ccバイクの参考になった
つまりはGPX750Rの参考にしたであろう82年シーズンのフランス・カワサキの耐久レーサー。
メインフレームは鋼管ダブルクレードルタイプで、後半部分はアルミ角パイプ。
フロントフォークは機構が違ってもアンチダイブ付き。エンジン側スプロケットからベルト駆動されるオルタネーター。
GPXにも見られる機構が採用されてます。
そのフレームもKR500とは正反対の「セッティングの幅の広い(いろんな状況に対応できる)フレーム」になってるそうです。
個人的予想では、GPXもそういった考え方でフレームを設計したのではないでしょうか?



当時のフランス・カワサキが採用してた耐久レーサーの発電系の様子。
「スピードを出せば出すほど回転させられる(と錯覚する)オルタネーター」
よく考えりゃ、オルタネーターを何処に付けても同じなんだよね。


新750ccバイクに使うエンジンとして開発されたGPX用750ccエンジンって?
まずはGPXのエンジンについての考察。
水冷GPZ系エンジンと比べての個人的意見ですが、「冒険しない固い設計のエンジン」だと思います。一部の設計を除いて
サイドカムチェーンを使ってコンパクトにまとめたと言われる水冷GPZ系のエンジンですが、空冷Z1エンジン系と同じく
ゆくゆくは排気量を大きくしていく可能性を含めた余裕を持たせたせいかリッターエンジンしてはコンパクトですが(当時の事)
そのままの体積ではやっぱり大きい。
しかし、新750ccバイクとして専用(900と750・600と400とか兄弟車種を必要としない)設計をする方針からか
「非常にベタなエンジン構成を保ったままどれだけコンパクトに作れるか?」を目指したエンジンに見えます。



サイドカムチェーンのGPZ系エンジンと比べると
水冷エンジンの手本みたいに何の変哲も無いエンジンです。


GPXエンジンでよく話題になるオルタネーターのベルト駆動さえ無ければ、はっきりいってこれといって珍しい構成の部分は
見当たらないと思います。
もっと言えば、カムシャフト&タペット周辺の設計を後のZX−10と同様の構成にして普通のオルタネーターの取り付け方をしたら
本当にベタなエンジンになるでしょう。

オルタネーターベルトについて補足するなら、カワサキの考えでは「耐久レースとかでの発電容量の変更を容易にするため」って
言ってるんですけど・・・発電機を脱着しやすくして「耐久⇔スプリント」での仕様変更をやりやすくし、ベルトのプーリーを
変更することで発電能力も変えられる・・・後年レース用を含めた電装の性能が良くなったせいかその必要性は低かったようです。
他社のバイクも含めて、レースとかで発電関係の変更をしてたのは主に空冷エンジン時代のみみたいだし・・・・。
出来ればここは普通の駆動方式にして欲しかった。

レースの話ついでに、当時のTT−F1レース規定ならフレームはオリジナルで自作しても全く問題ないルールのようなので、
(だからモリワキとかがアルミフレームを自前で作ってレース参戦してた)、カワサキはそういった自作フレームに搭載するのに
都合が良いと思える左右対称のエンジン形状(つまりセンターカムチェーンエンジン)にしたようです。
サイドカムチェーンでなくとも、センターカムチェーンでコンパクトに出来れば全然問題ないでしょ?


それほどインパクトの無いエンジンです。ぶっちゃけ言えば、同時代のH●■D▲CBR1000F&750とかにも似た構成で
本当にエンジン屋なら誰でも思いつくようなエンジンだと思います。
(このエンジン構成については後にまたいろいろと・・・・・)



H●■D▲のCBR750F(まあ1000Fも同様)のエンジンも・・・・・


     
GPXエンジンと同じタペット作動方式を使ってます。
タペットの根本のボールアジャスターで隙間調整する方式です。
しかし、GPX系とは違いタペットの動きを規制するガイドみたいのがついてます。(右の写真)
GPXもこんなの付ければよかったのに。


     
一世代前のヤマハのメインエンジンだった5バルブ系エンジン。
エンジン左サイドにおける冷却水ポンプ・クラッチ作動マスター・オルタネーターの位置なんか
GPX系でも見られるような配置になってます。
さらにエンジンヘッドの「カムシャフトを短くして、エンジン外側からシリンダーヘッドを締め付ける方式」や
クランク系の「クランクケースの締結方式」や「クランク系へオイルを供給する穴の位置」なんかも
GPX系で採用してる位置と似たり寄ったり。
だから、GPXのエンジンも当時は「誰でも思いつくような」水冷エンジンのトレンドを採用してたんです。


こういう風に言うと本当に地味なエンジンに思われるかもしれませんが、GPXのコンセプトの中に「レースでの使用」も入ってるので
そこでの使用を踏まえたエンジン性能を与えられています。簡単に言えば、馬力があるんです

輸出仕様に限った話ですが、80年代初頭での750ccバイクの馬力ってだいたい90馬力前後だったみたいなんです。
例えば、83年AMAスーパーバイクでも使われたGPZ750Fで87PS。VF750Fが86PS。
一時期輸出向けに作られた84年のGPZ750Rで92PS(水冷・サイドカムチェーンで給排気がスムーズになってこの馬力ってどうよ?)

この頃から750ccクラスの馬力が徐々に上がっていき、85年のGSX−R750で100PS(記事によって106PS表記もあり)。
さらに86年、5バルブ・ダウンドラフト吸気のFZ750で106PS(これも110PS表記あり)、カムギアトレインV4のVFR750Fで
105PS(これも107PS表記あり)。
80年代中盤になって各社『新機構・新技術で馬力を上げました』ってところでしょうけど、そういった中で比較的普通に見える
地味な水冷エンジンのGPXで106PS確保してるんです。
GPZ750Rの92PSに比べるまでもなく、GPZ750ターボの112PS・GPZ900Rの115PSにも近い馬力を絞りだす
かなり気合の入ったエンジンを積んでるんです。(ちなみに、この2台は84年)

GPX登場以降のバイクと比べたって、87年のVFR750R(RC30)で112PS、FZR750で107PS。
88年のショートストロークエンジンのGSXーR750で112PS。89年のZXR750で107PS。
どれもレースでの使用を考えてるバイクなので直接比べるのは気が引けますが、それに比較したってかなり近い馬力が出てますよ。
※GPXエンジンをダウンドラフト吸気にしたZXR750で「1PS」しか馬力アップしてないのって・・・・・・何で?。

国内仕様ではどのメーカーも一律「77PS」ってことで作られて馬力面での差異が無くなってますが、エンジン性能的には
他車に引けを取らない能力を持ってると言えるのではないでしょうか?
※この規制だって結構いい加減な話のようで、風之助さんのサイトでのGPXダイナモ測定で後輪馬力85PS
同時期の他車も測定したら表示馬力より多く出てるんじゃない。



Z1、Z650、GPZ900Rに続く4機目の大型バイク用のエンジン
その実力が過小評価されてる気がします。


新750ccバイクに使うフレームとして開発されたGPX用750ccフレームって?
GPXで一番注目すべきなのは、このフレーム関係のところでしょう。
多分カワサキ設計陣がそれまでのバイクでの納得出来ない部分を反省する意味で基本に立ち戻ったフレームでしょうから。

ダイヤモンドフレームのGPZ900RやペリメターフレームのGPZ1000RXだけでなく、アルミ角パイプフレームのGPZ400&600も
やっぱりどっかおかしいと思う操縦安定性だったのでしょう。
同時期に採用したフロント16インチのクセも手伝って、それまでのZ1000JとかGPZ750Fとは違った走り方に
戸惑ったのではないでしょうか?
「バイク屋としてこんなバイク作っていいのか?」という良心の呵責ともとれる心の葛藤があったのでは?


カワサキレース史の中で一番「どうしようも無いレーサー」のKR500
そのモノコック構造のフレームは「セッティング出来る幅の狭い」と揶揄されるフレームらしい。
モノコック構造なんて技術屋が好き好む構造かもしれませんが、レース現場では苦労したでしょう。
だから大した結果が残せなかったんじゃない?(確か最高位は3位)


もっとも84年から変更になった「レース規定に合致するようなバイク」でもある新750ccバイクなのだから、変なクセのある
バイクにしてしまうとレースで具合が悪いので、基本的な操縦性としてクセの無いバイクに仕上げる事が重要だったと思われます。
過去にKR500で痛い目にあってるので(あのバイクはかなりクセのあるバイクのようでした)、そういう操縦性から一転して
フロントに16インチタイヤを採用してもクセの無い車体に仕上げたのではないでしょうか?。


     
GPXで一番の特徴であろう鋼管ダブルクレードルフレーム。
カワサキ設計陣の「やっぱこっちの方がええねん!」と気合を入れて作ったフレーム。
・・・かもしれない。


ダイヤモンドフレームやアルミ角パイプフレームを作った経緯からすると、まるで時代を逆行してるような鋼管パイプのフレームですが
あえてこのフレームを採用しているのは、ダイヤモンドフレームやアルミ角パイプフレームの改良版ではレースでの使用を含めての
目標性能を達成出来ないと判断したんじゃない?
見た目は時代遅れでも、レースでの使用も考慮されたそれまでのフレームより剛性とか強度を持たされたフレームだと思います。

80年代のレース(8耐などのTT−F1規定など)では、プライベーターが市販バイクのフレームを補強・改良したバイクで参加するのは普通のこと
みたいなのでどんなフレームでもいいかもしれませんが、83年まで参加してたAMAのスーパーバイク規定では
フレームはイジれなかったんじゃなかったっけ?

そのスーパーバイク規定まで視野に入れるなら、フレーム補強無しでも勝てるフレームには仕立ててるでしょう。
だから、公道での使用なら素のままであっても全然問題ないはず。今のサーキットでは多少の問題が出るかもしれないけど。
(この辺は80年代と今の要求される性能やタイヤ・サスペンション等の性能が全然違うから、簡単には比較できない部分と思います。)




「GPXでレースゥ〜?」って懐疑的に思ってる方へ。手元に資料がある8耐でのレース結果を調べると・・・・・
85年、チーム・グリーンで参加したGPZ750Rが2分28秒台で予選21位。決勝で10位。
86年、月木レーシングのGPZ750Rが2分27秒台で予選37位。決勝19位。
87年、海外チーム(MotorRordRacingTeamLEUVENってチーム)のGPX750Rが2分25秒台で予選44位。決勝7位という結果でした。
※87年にはフランス・カワサキのGPXが2分21秒台で予選14位・決勝5位の結果でしたが、このマシンのフレームは
まるで82年型の耐久レーサー用フレームに思えるほど大改造を施したフレームだったので、直接の比較にはなりえないでしょう。

88年、海外チーム(RAVINETANIO KAWASAKIってチーム)のGPX750Rが2分24秒台で予選48位。決勝12位。
予選結果の順位は年々落ちていますが、GPZとの単純な予選ラップタイムでの比較では確実に上がっていってます。
また、年々レベルの上がってく8耐参加チームやバイクの中にあっても、そこそこの決勝順位を出してると思います。

特に88年は前年87年に登場したVFR750R(RC30)が大挙登場した年なんですが、そのRC30勢最上位よりも
GPXの順位は上だったのを挙げておきましょう。
(WhiteHouseRacingTeamのRC30が2分23秒台で予選31位、決勝14位。)

さらに予選順位と決勝順位の比較をすると、GPZで参加してるよりもGPXで参加してた方が順位アップの割合が高い。
これもGPX750Rのエンジン性能やフレームの「クセの無さ」(「クセの無さ=乗りやすい」って事なら、耐久レースの中で
ライダーに負担を強いる度合いが
少なくて済み、最後まで安定した速さで走れる?)を象徴してる結果だと思います。

一応参考までに、この「過去の成績」を出しておきます。




と、ここまで書いておいてなんですが・・・・・、よく調べてみたら全然『GPXらしくない』GPXばかりが8耐に参加してました。



87年の5位に入ったGPX。
市販仕様のGPXの面影はどこへやら。
メインフレームはアルミだし。


     
左が88年、右が87年に出場したGPX。
その雰囲気はGPXって言うかZXRって感じなんですけど・・・。



で、こっちがカワサキワークスのZXR−7。
上に2台と大して変わらない。


     
オマケ。たまたま見つけました。
87年に出場したビモータのKB750ってバイク。
「カワサキ」のエンジンを積んだビモータなんですが、そのエンジンがGPXのエンジン。
上のバイク共々「レース用フレームに積みやすくするための左右対称エンジンの良さを実証してます。
よく見たらキャブまでGPX用?






「GPZ系列の納得いかないバイクへの反省を生かした」のか「過去に一度開発を中断させられた事へのささやかな復讐」なのかは
知りませんが、エンジン・フレーム共に過去のカワサキ各車に負けないほどの能力を持たされたのがGPXなのです。


・・・・・にもかかわらず、市販状態のGPXはそういった片鱗さえ見せないいたって「普通」のバイクになってしまったようです。
カワサキ恒例のセンタースタンド付きで、市街地走行でさえもソフトに思えるサスペンション、レーサーの雰囲気すら感じさせない
外装デザイン&メーター周りの処理、その他シート・ハンドルなどの乗車ポジションも含めても「普通」のバイク
※ GPXの特徴点などについての記述は数少ないバイク雑誌の記事などを参考にしてください。



そして86年7月。
ついにGPX750Rが発売されました。