血の連鎖

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7・拒絶

半助は必死にしがみついていた。
利吉は、伝蔵との大切な唯一の接点。
伝蔵は、半助と会わないと決めていたら、意地でも会ってくれはしないだろう。
今まで会うことをしなかったのが、その証拠のように思えた。
会って貰えないなら、自分から会いに行くしかない…。
会ってどうしようという訳では無い。
しつこく付きまとったとして、殺されても構わなかった。
そんな事は無いと分かっていても、何があるか分からない。
そんな…どんな事も有り得る世界に、踏み込むのだ。
兎に角、一目会いたかった。
全ては…そこから。
自分の身体を包み込む利吉の腕が、伝蔵のものであったら…と、
願わずにはいられなかった。

「…意識はあるか?」
一瞬の酷い耳鳴りの後、軽く落ちる様な感覚があった。
高速のエレベーターで降りた直後の様な…。
「…だ、大丈夫です。」
目眩を感じたままだったが、半助は気合いを入れた。
「大したものだ…普通の人間なら、気を失う事もあるのに…」
「は、放して下さい。」
殊更、普通の人間という部分を強調する利吉の口調に、半助の自尊心がぴりりと傷付く。
昔から『普通じゃない』という言葉に過剰反応してしまうのは、半助の悪い癖だ。
利吉はすぐに半助を解放した。
見回すと、真上には空。
でも周りの景色は、一変していた。
一際高い視界。
マンションのベランダの様だが、バーベキューが出来る程に広い。
遠くには都心のビルが見えた。
夜にはさぞかし夜景が美しいことだろう。
「屋内への移動は、人間を連れていると大変ですから…こちらです」
利吉は、部屋へと半助を案内する。
ここに伝蔵がいるのかと思うと、半助の鼓動が早まる気がする。
履いていたスリッパを脱ぐのももどかしく、慌てて部屋に上がる。
「こちらです」
利吉は、あるドアの前を示す。
「父上、利吉です。連れて来ましたよ。分かっているんでしょう?」
しばらくの間。
扉一枚挟んだ向こうに、伝蔵が居る。
その存在に、半助は膝が震えた。
図々しいと思われたら、どうしよう。
会って貰えなかったら…。
でも、ここまで来て、何も言えずに立ち去る事なんて…出来ない。
半助は、ドアに駆け寄っていた。
「先生!山田先生!」
しかし…ドアは開かなかった。
何の返事もなかった。
しかも半助の方から、ドアを開ける事は出来なかった。
利吉がドアを開けようとしたが、ドアノブに手を掛ける事も出来なかった。
「ドアに開けられないように、呪が掛かっているようです」
明かな拒絶だった。
ここまで、されるとは、半助は予想していなかった。
両手をドアノブに掛けようとしても、どうしても出来ない。
やっと逢えると思ったのに!
半助は、息が苦しくなる。
「山田先生!どうして?どうして会っては頂けないんですか?」
半助は、閉ざされたドアに頬を寄せた。
少しでも、その存在を感じたかった。
「父上!どうして…果実(デセール)が会いたいと言っているんだから、会って可愛がってやれば済む事じゃないですか!」
利吉が、伝蔵の不可解な行動に声をあげる。
「この人間、絶対父上の果実(デセール)ですよ。そのままにするおつもりですか?このまま捨てておしまいに…」
「それ以上、言うな!利吉」
ドアの向こうからでも十分に迫力のある声だった。
半助は、その声にビリリと全身が痺れるのを感じる。
そこにいるのに、会って貰えないのが悲しくて、切なくて…。
そこに存在するのに…。
この機会を逃したら、本当に逢えなくなる。
半助は、血の気が引く思いだった。
それだけは、嫌だ。
本当に、冗談じゃなく、死んでも嫌だった。
「う…っ、痛っ……」
半助は、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。
「あんた…何を…?!」
「山田、先生…ずっと、逢いたかった…んです。」
ゆっくりと、ドアノブを回す。
「おい、止めろよ!」
呪が反発して、ドアノブに触れていた半助の手に、かまいたちにでも切り裂かれたような傷を次々に作る。
幾つもの傷から血が噴き出し、ポタポタと床を濡らした。
「止めろ!止めるんだ!」
利吉は、半助の流す血の香りに酔いそうだった。
半助には、利吉の声は聞こえていない。
「や、山田先生、顔を見せ…て…」
血の香りに混ざって、肉の焦げる臭いがする。
ドアノブを直接掴んでいる部分が焼けているのだ。
半助に手首から先の感覚はもう無い。
でも、このまま伝蔵に会えない胸の痛みに比べたら何でもない。
「止めてくれ!」
利吉の言葉は、今の半助には届かない。
半助の両手から煙りが上がっていた。
「山田先生っ!」
…その時だ。
唐突に、ドアが抵抗を無くす。
それは、カチャリと音を立てて開いた。
そこに、あの人が居た。
昔と変わらない凛々しい姿で。
見間違えようがない。
紛れもなく、山田伝蔵…その人だった。

「先生…」
半助の両目から滂沱のごとく涙が落ちた。
「どうして、こんな無茶ばかりする」
ガクンと、力尽きた様に膝から落ちた半助を支えたのも、伝蔵だった。
「お前は、いつも泣いてばかりいるな…」
そんな言葉が、震える半助に降ってきた。
昔と変わらない、優しい声色だった。
伝蔵は、あそこまでして、逢うまいとしていたのに…。
それには理由があるはずなのに。
それを無理矢理こじ開けてしまった。
半助は、自分の手の痛みが、そのまま伝蔵の痛みの様に感じた。
「山田先生…ありがとうございます」
半助の口から、思わずお礼の言葉が出ていた。

それから、3人は部屋をリビングへと移した。
まず伝蔵が半助の手首を持って、手のひらを返す。
「うわ…酷いな…」
横で見ていた利吉が、声をあげた。
半助の手のひらは、皮膚が焼け焦げ、皮が捲れ上がっていた。
伝蔵は、それを見ると、すぐに目線を逸らして、その手を利吉の方に差し出す。
「利吉、お前が直してやれ!」
「…え?」
利吉は驚いた。そんな事を言われるとは思わなかったから…。
「だ…大丈夫です。そんなに酷くは痛みませんから…」
「そんな訳ないでしょう!」
利吉は、半助の両手を取ると、自分の口元に寄せた。
そっと、傷を舐めてやる。
すると…その傷は、跡形もなく消えた。
「うわぁ…」
「何驚いてるんだ?私達にしたら、これくらい…なんて事はない」
そう、当たり前の事なのだ。
それを……あえて自分にさせた伝蔵。
利吉には訳が分からなかった。
傷口に触れた時、口に入った半助の血は、甘く活力に満ちていた。
この前舐めた涙より、濃くとろりとして…甘美だった。
明らかに、この人間は、【果実(デセール)】だ。
主人は、伝蔵だと疑うべきもない。
なのに…
伝蔵が、ここまで半助がしなければ、逢おうとしなかった訳は?
その血肉に触れようとしないのは…何故か?
そこで、利吉の頭に天恵のように一つの事が浮かんだ。
そんな馬鹿な事があるのか?!
信じられなかったが…。
しかし、そうだとしたら、全ての辻褄が合う。
利吉には、それ以外考えられなかった。
恐る恐る言葉にする。
「あなた…父上と、血の契約を結んでないのか?」

父の行動の理由が、少しだけ分かった気がした。
伝蔵は、利吉の言葉に…こめかみを押さえつつ溜息を付いた。

「半助がわしの果実(デセール)に、なれる筈がないんだ…」






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