血の連鎖

/もくじ/(15へ)


13・凶行

「先生が…関係ないと言い張っても、それを鵜呑みに出来る程、素直な性格じゃないもので…ネ。それに、だから無罪放免になれるなんて…思ってないんだろ?」
言葉は疑問形だったが、半助に問うものではなかった。
若と呼ばれる男は、部屋を見回す。
「場所替えだな」
「あの部屋には…」
もう1人の男が言い淀む。
「あぁ…あの女か。まぁ良い。撮影が終わっている様なら適当な店にでも入れて、もう一稼ぎして貰おうか。欲しい奴が居たらやっても良いぞ」
「わかりました。様子を見てきます。」
男が部屋から出て行く。
2人きりになった男は、改めて半助を眺める。
半助は、ぐったりと身体を横たえ微動だにしない。正しくは出来なかったのだが…。
拉致した時は、パジャマ姿だったが、上半身を覆っているのは、あちこちに散る赤黒い痣。
下半身は着衣のままだったが、正気に戻す際に掛けられた水でグッショリと濡れ、その姿・形が露わになっていた。
加えられた暴力が、半助の体力を奪っている様だった。
無意識にか、自らの身体を抱き締めるように、苦痛に震える。
それでいて、その痛みを拭い去ってやりたいという思いより、更なる苦痛を与えたくなるのは何故だろう?
男は突然、半助の傍らにしゃがみ込むと、その片手首を取り上げる様に握り締めた。
「あぁ…くっ!」
「折れても抜けても居ないようだ。」
それでも、長時間全体重を掛け擦り続けられた荒縄の痛いしい痕は、肉をえぐる様に傷付け血を滲ませていた。
男に掴まれている部分を支点に、ダラリと曲がる半助の手首。
人形の様に思いのままになるそれを、面白そうに揺らす男。
「…ぐぅ………ぅ…ぅ」
半助の口からは、苦痛に断続的な呻き声が上がる。
「そうだ…今のうちに、中をキレイにしておこうな」
そう言い残して、半助の視界から男が消える。
立ち去る足取りは、スキップでもしだしそうに弾んで見えた。
燃えるような手首の苦痛は納まったが、男の言葉が半助を苛んだ。
身体が、想像に震え上がる。
半助の横たわる部屋は、床に排水溝が切ってあった。
初めは何の為なのか分からなかったが、もう少し、拷問が続いていたら、意識を失い、失禁してしまったかもしれない。
それに、素人相手だと…男達は言っていた。
例えば…同業者を同じ目に合わせるとしたら、それはもっと凄惨なものだろう。出血もするだろうし、そんなモノを洗い流す為の排水溝なのだ。
しかし…
あの男は、『中を綺麗にする』と言った。
半助は、男の目的が痛い程…理解出来た。
痛めつけられて、殺されるのかと思っていた。
思いたかった。
でも…
それだけで、済みそうになかった。
男の目的が分かった所で、半助にどうしようも無かった。
戻ってくる男の足音を、半助は絶望の中で聞いた。


ある意味、竹刀で打ち据えられるより遙かに屈辱的な行為は、半助の心を打ち砕いた。
身体の芯から冷え切った様で、ブルブルと震えが止まらなかった。
既に半助の身体を隠すものは無くなっていたが、寒さからの震えでは無い。
半助は、確信した。
男はサディストだ。
しかも、男を相手に欲情する、質の悪いタイプ。
この手の男に、半助は目を付けられやすかった。
もう一人の男も部屋に戻って来てから、何も言わず男を手伝った。
苦痛に呻く半助を冷たい目で見詰めた。
その冷静な瞳が、半助に突き刺さる様だった。
半助の準備が終わると、半助は部屋から連れ出された。
気を使ってくれたのか、部屋を出る時に一応はバスローブを着せてはくれたが、両脇を抱えられた半助は、ここに連れて来られた時より更に消耗した姿だった。
部下の男が、半助を運ぼうとするのを制して、わざわざそんな方法で運んだ。
足先はダラリと引きずられるのに任せ、廊下が質の良いフローリングで無ければ酷い傷を作ったであろう。
廊下の一番奥に位置する部屋のドアを開けると、まだその中には、何人もの男達が居た。
「まだ終わらせていなかったのか!早くしろ!」
ずっと若の側に控え、声を荒げる事の無かった男の初めて聞いた声色だった。
「まぁ、良い。」
それを制したのは、若と呼ばれる男。
男は、慌ただしく何かを片付ける混乱の中、ベッドの上でぐったりとした裸体を目に留めた。
そのすぐ近くまで半助を連れて行くと、声を上げて笑った。
「先生…あなたは、本当にお優しい人だ。またこの女を助けてやるんだから…」
泳ぐようだった半助の視線が、目の前の女性に止まる。
あまりの姿に、半助の目は釘付けになった。
明らかに暴行を受けた姿だった。
既に意識は無いようで、だらしなく開かれたままになっている下肢がぴくぴくと震えていた。そこかしこに飛び散った白濁の跡。
むっとする程の淫臭が鼻についた。
「なん、て…こと、を」
半助の掠れ掛かった声が、呆然と呟いた。
「この女、誰だか分かりませんか?あの事件のもう一人の目撃者。あなたが助けた女でしょ?」
そう言われて、半助はテレビのインタビュー映像を思い出そうとした。
しかしそれは曖昧なイメージのみで、目の前の彼女と一致する事はなかった。
「この女、あんなにテレビに出まくってた癖に、何も見ちゃいなかった。手間を掛けさせやがって!しかも、この女のせいで、弟は死んだようなものだからな」
男が何を言いだしたのか、半助には理解不能だった。
「訳が分からないって顔だな…」
男は半助の鼻先で、ふん…と笑った。
「弟があそこに居たのは、この女をストーキングしてたからなんだヨ。奴の部屋に山のようにこの女の隠し撮りの写真があった。この女が勿体ぶらずに、弟の誘いに乗ってやれば、こんな事にはならなかったって訳だ」
「…めちゃくちゃ…だ」
あまりの言い草だ。勝手過ぎる。
半助の脳は、ヤクザの論理を理解出来なかった。
「めちゃくちゃでも、そうなんだヨ!だから、こうやって…反省して貰っている。」
「そんな!」
「でも、優しい土井先生様は、身体を張ってこんな女と替わってやるって言うんだから」
言い終わるや否や、男は半助を背後から抱き締め、ベッドから離れ拘束する。
そして、楽しそうにバスローブの紐を解き、脱がせにかかる。
足下にパサリと音を立て、半助の身体を守っていたバスローブが落ちる。
「…うぅ…」
改めて全裸の身体を抱き締められると、身体中の傷が、男の服に刷れて痛む。
その痛み以上に半助を支配するモノ。
…恐怖と、屈辱に、半助は震えていた。
男は半助の手首を掴み上げて、口元に寄せる。
じわりと滲む傷口に、ゆっくりと舌を這わす。
「震えているな…恥ずかしいのか?」
男の含み笑いが、半助の耳の後ろをくすぐる。
「…あんな姿をさらしておいて」
半助は、顔面に血が昇っているのを感じた。
…目眩がする。
目の前では、部下の男がシーツごとその女性をベッドから突き落とす。
「おい、コレも片付けておけヨ」
あまりの言葉に、半助は絶句した。
ベッドから落とされた女性が呻くのも全く無視して、男は手早くベッドメイキングを済ます。
言葉に従って、生身の女性が荷物のように運びだされ、室内には3人だけが残された。
「お前もしばらく出ていろ。用があったら呼ぶ」
つまりは、声の届くところに待機してろ…という事だ。
部下の男は、は…と、小さく返事をすると、ベッドの上に黒いアタッシュケースを置いて、部屋を出ていった。
先程まで、陵辱行為が行われていたとは思えない程整然と整えられたベッド。
そこに、半助は投げ込まれた。
適度なスプリングと、大の男が何人も眠れるような広さ。このベッドがどんな目的に使われるのか明かだ。
男は、半助に隙を全く与えずに、両手首を押さえ込む。
「あ…ぐぅ…」
男の体重が半助の傷付いた手首に掛かり、半助は声を上げた。
「痛いかい…先生?大丈夫、この位の傷の痛みなんて…すぐに分からなくなるから」
目の前で、男が笑う。
「ちょっと邪魔だな…」
ブツブツと呟きながら、半助の両手に手錠を掛けた。
それは、ベッドのヘッドボードから伸びた鎖に続いている。両手を振り回しても、男の邪魔にならず、腕で顔を隠すことも出来ない微妙な長さだった。

半助は思う。
このまま犯されるのだ…
さっきの女性……あんな風に、自分も慰み者にされる。
でも同時に思うのだ。
何故…自分なのか?
うち捨てられた女性より、自分に魅力があるなどとは到底思えないのに。

しかし、半助の予想は覆される。
男は、半助の胴に馬乗りになると、手元までアタッシュケースを引き寄せる。
その中から奇妙な棒の様なものを取り出し、半助に見せた。
「何だか、分かるかい?」
半助の目の前で振ってみせる。軽くしなるそれは、ヒュンと乾いた音を立てた。
「…ま、まさか…」
「鞭だよ。先生。ただしショウに使うような玩具じゃない…競馬用だ。」
ニイ…と男が笑う。
その威力は、すぐに試された。半助の胸部に強烈な一撃が落ちた。
「うわぁぁぁ…っ!」
先程の竹刀とは違い、刃物の様な威力で皮膚が斜めに引き裂き、血が飛んだ。
「ぁ……うぐっ…」
苦痛に波打つ身体に、更に一撃。
胸に傷が交差する。
更に一撃。
「ひっ…うぐぅ…や、止めて…」
ずり上がろうにも、庇おうにも、拘束された状態の半助には何も出来なかった。
そのまま自らを差し出す様に、半助は男の凶行を受け続けた。
男の激情が去るのを、祈りながら…。
しかし、それはすぐには終わらなかった。
身体をぐるりとひっくり返され、それは背中や尻、足にも降り注いだ。
打撲に腫れ上がっていた傷口にも、容赦なく落ちる衝撃。
(……殺され…る)
半助は、枯れた喉から獣の様な声を上げ続けた。
気が付くと、身体を仰向けに戻され、両足が抱え上げられていた。
苦痛に引き攣れる身体を二つ折りにされ、のし掛かる男。
「先生…最高。」
「や……止め、て」
半助の声は、弱々しく震え男を喜ばせた。
強ばった身体を押し開く様に、男が挑んできた。
ソコを洗われた名残は微塵もなかった。
固く締まった筋肉を押し開き、引き裂く様にねじ込まれた先端は、半助を戦かせる大きさと、強靱さを持っていた。
「ひぃぃ…ぃ」
それだけで、ソコが裂けたのが分かった。
「まだ、先っぽしか入ってないよ?」
半助の両目からは涙が止まらなかった。
少しの動きで、ソコの苦痛が増していくような気がした。
半助は石のように固まり、苦痛の声をあげることしか出来なかった。
「ひぃっ…ひぃっ……」
男は、苦痛を長引かせる様に、殊更ゆっくりと身体を沈める。

半助の意識が白い闇に包まれようとした時…
男の、うっとりとした声を聞いたような気がした。


「あなたが悪いんだよ、先生。あなたの血…なんだか、甘い」




/もくじ/(15へ)