血の連鎖

(13へ)/もくじ/


15・絶望

半助の身体を引き裂き、抉り回す行為は、性交と呼べるものでは無かった。
それも、目的は男の加虐心を満足させる事へとすり替えられていた。
半助の…身体を、精神を壊す為の私刑。
半助がこれ以上は無いと思っても、男の行為は半助の予想を超えていた。
苦痛があちらこちらで火花を撒き散らしながら、波の様に…寄せては、引く。
それは、引いていても決して半助を楽にしてくれはしなかった。

「あなたが悪いんだよ、先生。あなたの血…なんだか、甘い」

うっとりと呟いた男の言葉で、半助は自分の血が啜られている事を知った。
竹刀で殴られ腫れ上がった肌の上に、重ねられた鞭の傷。
男はそこに舌を這わせ、嘗め回した。
蛞蝓の這い回るような、その嫌悪感に、半助は怖気上がった。
口元を血に染めた男は、人とは思えない…禽獣そのもの。
許せなかった。
自分の血は…【果実(デセール)】の血だと言うのに…。
山田先生の為に用意された、特別な血なのだ。
最高の精気だと、言っていた。
それを…
半助の中に、恐怖を苦痛を凌駕する感情が湧いた。

…必死に抵抗したと思う。
虜囚であった半助に、その方法は限られていて、まとも抵抗する事さえ、許しては貰えなかったけれど…。
この男に、助けを…救いを求めたりしない。
恭順したりはしない。
それだけは、固く心に決めて…。

僅かな反抗心の罰として、得体の知れない薬を使われた。
無理矢理高められた上、封じられて出口を失った欲望に、中から壊されてしまいそうだった。
許容を越えた風船のように、パチン…と呆気なく。
それと…
信じられない所に加えられた虐刑には、もう駄目だと諦めそうになった。
本気で、気が狂う…と思った。
いつまで続くかもしれない拷問にも似た性交。
しかも…薬で狂わされた身体は、半助の思いを無視し、男の凶器を快楽として受け入れた。
過度の投薬による…精神を蝕み、命を削る快楽だった。
それが、半助を地獄の底に誘う。
…永遠とも思える時間の中。
どれ程か分からないが…正気を失い、訳が分からなくなってしまった瞬間がある。
その無意識下で…
何か言ってはならない事を、あの人の事を…口走ってしまったのでは?という恐怖。
それと、身体中を炙られているような痛み。
…それだけが、半助自身が正気を保っていると思える、証左だった。


そして…その時は来た。
身体を穿っていた凶器。
前と、後ろ…それぞれを男が、勿体ぶって取り去った時だ。
自らの目を疑う程、そこから吹き出すように血が溢れた。
「…ぁ……ぁ、ぁぁ」
半助の掠れきった喉から、声にならない悲鳴が上がった。
それは、大切なものなのに…
血色を失っていた皮膚に、いっそ鮮やかに映える命の源。
それが、こんな風に無駄に流れ…自分から失われて行く。
目が離せなかった。
止めようにも、力の入らなくなったそこは、半助の意志ではどうにもならなかった。

大切な…血が…。
果実(デセール)】の…
山田先生の為だけの血が…流れる。
あなたの為の、大切な精気が…
こんな風に、ただ…無為に失われていく。

…自分が【果実】になった事は、
あなたに余計な心配を…迷惑を、掛けただけだったんだろうか?
これが、本当に【月氏(がっし)】にとって貴重なものだったというのなら…
ほんの一口でも、良い…。
山田先生……あなたに捧げたかった。
そんな事も、自分には出来なかったのだ。

「や…山田、先生。ごめん…なさい。」

もし…自分が望まれて、選ばれた【果実】なら…
そんな事は、なかったんだろうか?

半助は、それまでで一番の絶望を感じた。





(13へ)/もくじ/