血の連鎖

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23・蜜月その1

…2人が、まだ結界の中に居た時。
回復していない伝蔵の傍らで、時々意識の戻っていた半助には、1人で考える時間は十分にあった。
とても本調子とは言えなかったが、伝蔵の気で満ちた結界の中では、結界を出てからの様な異常な睡魔に襲われる事は無かったのだ。

考えるまでもなく…半助の心は、とうに決まっていた。
ずっと前から分かっていたのを、伝蔵との十数年振りに再会に、確信しただけのことだ。
この人…人間では無かったが、山田伝蔵以上に、自分を惹き付ける者は居ない…と。
例え自分がどんな存在になったとしても…この人から離れたくない。

――半助。うんと愛してやるから、【月氏】になって…共に生きていこう。

伝蔵から告げられた誓いの言葉は、伝蔵の側に半助の居場所を与えてくれた。
それどころか、誰よりも伝蔵に近しく…心を寄せてくれると言う。
半助は、形振り構わず伝蔵の側に居たいと思っていたのに、伝蔵の気持ちが自分に向けられる事は全く想像しても居なかった。
にわかに信じがたい事だったが、命を懸けた誓いに嘘はなかった。
その言葉を思い出しただけで、喜びに涙が零れそうになる。

……しかし。
同時に…半助は自分の記憶のおぼつかなさに不安になる。
半助の記憶は、所々ぼんやりとしていた。
病院から拉致され、ヤクザの事務所のような所に連れ込まれて…そこから先が、曖昧なのだ。
乱暴された事は分かっている。…それが殴る蹴るの類でない事も。
悲しいことに、そんな目に合うのは初めてではなかった。
しかし、暴力を生業とする者の手によるそれは、苛烈を極めたのだと思う。
具体的に思い出そうとしても、客観的な映像がポツポツと浮かぶばかりで、それ以上思い出そうとすると、目の前が真っ赤に染まって、何も分からなくなる。
漠然と「死ぬような目に合わされた」としか思い出せなかった。
ただ、伝蔵にもう逢えない…と思った事が、強い悲しみとして焼き付いている。
自分…土井半助は、全ての約束を反故にして、死ぬのだと。
ほんの少し前にした、翌日に逢うという些細な約束さえ果たすことが出来ずに…。
そして、あの時…死んだ筈だった。
それが…
いつ、どんなタイミングで助けられたのか?
半助には、全く分からなかった。
恐らく、無様な姿を晒したのだと思う。
一番見られたくなかった人に。
それを考えると……消え入ってしまいたくなる。
しかし
そんな半助を、伝蔵は助けてくれた。
あの暴漢達の手から、身体的に救い出してくれたことだけでは無い。
三途の川を渡り掛けていただろう半助の魂を、連れ戻してくれたのだ。
本人が諦めていたものを…見捨てる事無く。
…それも、命懸けで。
考えただけで、半助は、震えが止まらなくなる。
それ程の価値が自分にあるなんて、とても思えない。
なのに…
酷く汚れているのを知った上で、共に生きよう…と言ってくれた。
うんと愛してやるから…と、初めてのキスも。
あまりにも出来すぎた展開に、目眩がしそうだった。
夢でも、罰があたりそうで…そこまでの贅沢を望んだことはない。
それだけで、十分報われた想いがしていたのに…。
夢は夢だけでは終わらなかった。


そして…
半助が再び目覚めた時、一番最初に目に入ったのは、愛しい人。
あの会話は夢ではなかったと、半助を抱く力強い腕の感触が証明していた。
そして、伝蔵の瞳には見間違えのないほどの熱情が揺らめいていた。
触れる肌から、月氏になって見えるようになった気からも、じわりと伝わって来るのは、半助の気のせいでは無かった。
人間であった頃から、その手の視線には敏感だったが、半助は自分の目を疑った。
(山田先生が…私に、欲情している?)
しかし、即物的なそれは、理屈ではない。
考え出して導く同情といった感情と違って、純粋な欲望に、嘘や誤魔化しは効かない。
半助は、何気ない会話をしながらも、心臓が異常に鼓動を早めるのを、抑えることが出来なかった。
それは、半助にとっても初めての感覚。
自分が、そんな対象に見られる事が……心地良かった。
胸の奥から、甘酸っぱい制御しきれない感情が沸き上がる。
その激しさに、半助は酔ったように伝蔵を見上げた。
そこに、落ちるキス。
最初、こめかみに触れたそれに、半助は驚いて目を閉じてしまう。
伝蔵は、半助が嫌がっていないことを分かっているのか、くすりと笑った。
そして、閉じた瞼の上に唇を落とす。
ちょん、ちょんと子供をあやすようなキスは、鼻の頭にまで落ちた。
そんな仕草に、半助は自分ばかりが緊張している様な気がしてくる。
(山田先生…凄い、余裕?)
半助は、恨めしい気さえして、伝蔵がどんな表情をしているのか、知りたくなった。
思い切って目を開けると、息が掛かる程近くに、伝蔵の顔。
からかうようなキスとは裏腹に、怖いほど真剣な表情をした男が居た。
手を伸ばせばすぐにも届く所に…。
「山田先生…」
半助は思わず、名前を呼んでいた。
恥ずかしくて、囁くほどの小さな声にしかならなかったが、身を寄せ合っていた伝蔵には、しっかりと届いた筈だ。
それに答える様に、伝蔵の唇が半助の唇に重なった。
最初、軽く触れる様に始まった口付けが、次第に遠慮の無いものになる。
半助はすぐに息があがってしまった。
(キスが…こんなに気持ちの良いものだなんて…)
半助は、伝蔵の求めに応じようと、必死に舌を絡ませた。
「……ん…んっ…」
どちらのものとも知れない、含みきれない唾液が半助の口角を伝う。
ここまで積極的な口付けは初めてだった。
それだけで、脳が痺れるようで…背筋にまで、ゾクゾクと電気が走る。
(相手が、山田先生というだけで、こんなに……)

不意に、伝蔵が身を離す。
「…ぁん」
夢中だった半助は、思わず声を上げてしまった。
(なんて…いやらしい、声)
止めて欲しくなかったのが丸見えな自分の声に、半助は赤面する。
同時に不安になり、つい伝蔵の顔を窺ってしまった。
しかし、伝蔵の顔に、恐れていた自分を蔑む色は無い。
むしろ嬉しそうに微笑むのに、半助はほっとした。
(これは、山田先生を求める声だから…良いの…か?)
無意識に、半助は自分の唇に触れていた。
つい先程まで、伝蔵が触れていた唇だ。
伝蔵との口付けは、初めてでは無い。
まだ、半助の手の大穴が伝蔵と繋がっていた時、何度か…してもらった。
「あの時、先生から初めて…してもらったから、帰ってこようと思えたんです。もう一回してもらおう…って。」
…でも、あの時のキスは何処か儀式めいていた。
(今のキスは…あの時と、全然違う。)
あまりの違いに、半助は思わず笑ってしまった。
嬉しい誤算だった。
これからのキスは、ずっと…恋人のキスだ。
「もう一回…キスし…」
半助の言葉は、伝蔵によって遮られた。
勿論、願いはしっかりと伝わり、叶えられる形で…。


伝蔵は、後悔していた。
半助の体調は万全とは言い難いのに、目覚めてすぐに、こんなことになってしまった。
ゆっくりと言葉を交わしたいと思っていた筈なのに…。
中途半端な【果実】の状態で過ごした、再会するまでの事。
特に【華燭の典】について、意思確認をしっかりとしないままに半助を【月氏】にしてしまった事。
半助に不安が無い訳がない。
しかし、仕方ないことだと思う。
何より、お互いを感じ合いたかった。
その、気持ちを。
身体を…。
そして、その命を…。
自分の背にしっかりと回された腕に、伝蔵は半助の想いを感じていた。
2人は、積年の想いを通わせたばかりなのだ。


「や…山田、先生」
半助は譫言の様に、伝蔵の名前を呼び続けた。
伝蔵の愛撫に、半助は面白い程過剰な反応を見せた。
伝蔵がはだけさせたパジャマから覗く半助の肌は、幼い頃から直射日光を避けた為か、意外に白い。
そこに、所々…薄く赤い鬱血したような跡が浮かぶ。
それは…人としての半助の命を削った痕跡だった。
外傷は治せても、皮膚に深く刻まれた記憶か…。
それは、一見扇情的に見えるが、一つ一つの傷を直した伝蔵は、心が痛んだ。
思わず、それを見詰めてしまった伝蔵。
「山田、先生?」
訝しむように半助が声を掛ける。
「嫌に…なったのなら、止めても……」
服を乱し、下肢を大きく開いて伝蔵に身を任せていた半助。
自分の服を手繰り寄せ、すっかり反応を示し天を向いていた中心を、必死に隠そうとしていた。
ついさっきまで、情欲に頬を上気させていた筈なのに…。
それが…別人の様に、青い顔をしていた。
「違う…そうじゃない。半助」
半助は基本的にノーマルな思考の持ち主で、男性と女性が夫婦になるのが当然だと思っている。
半助はもう、どうしようもなく伝蔵を愛してしまっていたが、伝蔵には、本当は美しい女性が似合う筈…そんな思いがある。
実際、繁殖に性交を必要としない【月氏】にとって、雌雄の違いは大した問題ではないのだが…。
その上、半助は…人間の男を何度も受け入れた経験のある身体なのだ。
最悪にも、それは目の前の愛しい人にも見られている。
それが、たまらなく汚らわしいと思っていた。
いつ、伝蔵に嫌がられても当然だと…。
半助の考えは、その表情にもハッキリと表れており、伝蔵は自分の失態を悔やんだ。
しかし、今更…そんな事はないのだと、口で説明したところで、半助の不安は取り除けない様に思えた。
全く分かっていない…と、伝蔵は思う。
半助を愛しく思う様になって実感したが…半助は、堪らなく伝蔵の欲望を煽るのだ。
欲望のままに半助を犯したら、壊してしまう程に…。
必死に抑え込んでいるというのに…半助は、それを露ほどにも感じていないのだ。
伝蔵は、その強すぎる自制を少し弛めることにした。

……もう、半助が何と言おうと、止めてやらない。

手始めに、一際大きな傷が走っていた右側の肩から胸、腹に掛けて、ゆっくりと舌を這わせた。
「な、にを……う…んっ」
半助の強ばりかけた身体が、ピクリと反応する。
「ここに…酷い傷があった。それをこうして直してやったのを、思い出していただけだ」
あの時、左側の乳首は嬲られたのか…鬱血し青黒くなっていた上に、傷付けられ、今にも千切れそうになっていた。
今は、伝蔵の愛撫にぷっくりとその存在を主張していた。
「こんな…可愛らしいモノを…」
伝蔵は、大事そうに口に含み、痛い程に吸い上げると、一転、優しく舌で転がしてやる。
「あぁ…っ…ん」
半助は、思わず隠そうとしていた中心を握り締めていた。
「…うぅ…うっ」
それだけのことで、達ってしまいそうだった。
「半助?」
下肢を震わす半助に気付いた伝蔵。
「半助…そんなに力を入れたら、苦しいだろう?」
その手をそっと外させると、震えるそれに手を添える。
「せ、先生っ!」
ゆっくりと上下に擦ってやると、半助の足が不自然に強ばる。
「あぁ……先生…やめて、無理しないで良いから……先生っ」
「何を言う…無理なんかしてないぞ、半助」
伝蔵がいくら言っても、半助はイヤイヤ…と首を振る。
伝蔵の愛撫に、しっかりと反応を見せているというのに、半助は頑固だった。
「我慢するな…。」
その声には、ほんのりとだが、怒りが込められていた。
半助の気持ちが良いことは、何でもしてやりたいと思っているのに、こんな事も許してはくれないのか…と。
伝蔵は、身体を下方にずらすと、目の前で震える半助に口付け、銜える。
「せ、先生っ…う…嘘?!」
半助の声は悲鳴に近かった。
両手は、シーツを握り締め、強ばり続けた。
「だ…駄目…っ!…んっ!先生…っ!」
半助の声は、半助が達するまで続いた。
…その瞬間は、伝蔵を呼ぶ声が長く響いた。
伝蔵は、半助のそこを味わい尽くすまで放すことはなかった。
伝蔵自身、自分がそんなことが出来るとは思っても居なかったのだが…。
耳に届く半助の声とは裏腹に、素直に反応を示すそれに、愛情を感じてしまった。
それを飲み下すことにも、何の抵抗もなかった。
不思議な事に、初めて味わうそれは、不快感は全く無く、むしろ美味とも感じた。
喉の奥に、じん…と染み入るように熱かった。
まるで…本で読んだ【果実】の精気の様に…。
伝蔵は、その考えを振り払った。
この感動は、愛故なのだ…と。
思わず夢中になってしまったが、半助は泣きはらした目で、伝蔵を見詰めていた。
「先生…酷いです。」
半助の目から、大粒の涙がポロリと零れた。
自然と、それに口を寄せる。
「お前は、どこもかしこも甘いな…」
思わず漏らした感想に、半助は目眩がした。
「そ……そんな台詞、言わないで下さい」
「気持ち良くなかったか?」
「や、山田先生!」
「わしは、気持ちが良かったぞ。お前の良い声が聞けて…強欲なのか?わしは、土井半助の全てが見たい。見せて欲しい」
半助は、思わず伝蔵の顔を抱き寄せた。
「半助?」
伝蔵の息が、半助の耳に掛かってくすぐったかった。
「…そんなの、分かってるでしょ。死んじゃう位…気持ち良かった。」
半助は、顔から火が出そうだった。
「私の方が、山田先生より…ずっと欲深いですから」
それだけ告げるにも、とても伝蔵の顔を正視することが出来ずに、伝蔵の首にしがみついた。
伝蔵は、そんな半助を、とても愛おしいと思う。
恥ずかしそうに更に続いた言葉に、伝蔵は完全降伏だ。
「私にも…させてくれますよね?」


恋人達の夜は…長い。


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