血の連鎖

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26・誓い

目覚めると、半助はまず横を確認するようになった。
(…良かった。今日も私が先だ)
その存在に、半助はホッと胸を撫で下ろす。
半助の愛しい人は、いつも半助より早く目覚め、ベッドから抜け出してしまう。
それが、自分をゆっくり休ませる為だろうと、頭では分かっている。
しかし、広過ぎる程のベッドにポツンと独りで、隣の…抜け殻のような空間を、半助は見たくはなかった。
それに…。
そんな事は無いのだと思い込もうとしても、一瞬頭を()ぎる不安。

 ―伝蔵が、自分の役立たず振りに…見切りを付けてしまったのではないか?
 ―もう何処にも、居なくなってしまったのではないか?

その漠然とした不安は、理屈とは別の次元で、半助の心に…何度追い払おうとしても、次々に沸き上がってくる。
それを放置していると、不安は濃さを増し、全て、半助の願望が生み出した…夢なのではないか…と、まで思えてくる。
そんな時、半助の目は伝蔵を探す。
厳しい顔にほわりと浮かぶ微笑みを見るだけで、そんな不安なんて、吹き飛ばしてくれるから。
伝蔵の言葉を信じていないのでは…決してない。
些細な事で心に不安が沸き上がってしまうのは、一人で居た時間が長すぎたからかもしれない。
半助は、それまで…大切だと思っていた人達と、心を通わす事が出来なかった。
自分をこの世に産み落とした母親でさえ…。
しかし、どんなに傷付いても、自らを支えていられたのは、心に伝蔵が居たから。
それを信じることで、半助は一人ではなかった。
それが…
改めて、伝蔵に置いていかれたとしたら?
とても耐えられそうにない。
伝蔵の不在――ただそれだけの事が、飛躍した不安を招くのだ。
そんな不安を、その圧倒的な存在感で…吹き飛ばして欲しい。
伝蔵と共に過ごせば過ごす程…半助は自分が我が儘になっていくような気がして、ならなかった。

「う…んっ…」
半助の視界で、伝蔵が小さく身動ぐ。
寝苦しい感じではないので、目覚めが近いのかもしれない。
半助は、雑念を振り払って、伝蔵に見入る。
既に挨拶を済ませた、伝蔵の息子…利吉曰わく。
気配に敏感な伝蔵は、利吉の前でも熟睡する事は、そうそう無かったらしい。
結界に2人で入るなど、言語道断だそうだ。
こうして、規則正しく寝息を立てる伝蔵の寝姿を見られるのが、自分だけだと思うと、半助はたまらない気持ちになる。
伝蔵の気をキラキラと眩しいばかりに感じた【月氏】の視界にも、大分慣れて来た。
半助は自分だけに許された特権に(ふけ)る。
伝蔵に意識が有ったら…こんな風に見詰める事は、まだ出来なかった。
視線に敏感な伝蔵に気付かれ、羞恥が優ってしまうのだ。
安心して、心ゆくまで伝蔵を見詰めていられるのは、こんな時だけ。
朝のこの一時は、半助にとって至福に感じられるのだ。
それでいて…
ただそうして見詰めているだけでも、胸がドキドキしてくるのを半助は止められない。
これだけは、一生、慣れるという事は有り得ないだろうと核心している。
「ぅ…うぅん、あ…半助?」
開かれた伝蔵の瞳が、半助を捕らえ、まだ眠そうに微笑む。
「は…い。おはようございます」
半助は、そのあまりに自然な笑みに釘付けになった。
それだけで顔が熱くなってしまう。
こんな微睡みの中で見せる…ほんの少し無防備な伝蔵を見るのが何より好きだった。
「今日は、早いな…しっかり休んだのか?」
するりと伝蔵の腕が伸びてきて、寝癖でボサボサになっている半助の髪を掻き混ぜる。
「あぁ…ぁ、山田…先生」
髪を弄んでいた手が、半助の額から頬に触れる。
「…ん?ちょっと熱いか?」
「そ、そんなことないです。」
益々、顔に血が昇るのを自覚して、半助は慌てる。
半ば習慣になっている、胸の奥にある精気の泉を鎮める呼吸。
最近やっと、表に影響する前に、何とかする事が出来るようになってきた。
しかし、伝蔵に見付からないようにする…というのは、ハードルが非常に高い。
伝蔵の…含みの無い指先に、触れられただけで起こる過剰反応。
いつでも、伝蔵に触れて貰いたいと思うのは…半助の本音なのだ。
それが、一番理性の抑制の弱い部分――精気の泉に現れるのかもしれない。
しかし、本音、本能のまま求めるのは、あまりにも…はしたな過ぎる。
ただでさえ、半助は伝蔵から与えられてばかりだと思っているのに…。
伝蔵を心配させない為にも、これだけは早く完璧にコントロール出来る様になりたかった。
そもそも半助は、精神的に高ぶったり、体調が悪かったりすると、それまでの許容を越えて存在する体内の精気に、翻弄されがちになる。
伝蔵は、そんな半助を気遣って、精気が少しでも乱れると、即、体調不良を心配するのだ。
しかし、今は、体調が悪いのが原因ではない。
むしろ、伝蔵の目覚めを共有出来、気分はすこぶる良いのだ。
「…いや、昨日は騒がしかったからな。今日はゆっくりしよう」
伝蔵には、半助が気を鎮めようとしていたのが、見え見えだったのかもしれない。
「…はい」
半助は、伝蔵の言葉に頷く。
伝蔵は、半助がする気を鎮める努力には気付いているのに、気が高ぶる一番の原因には気付いていないようだ。
でも…もし、それを半助が告げてしまったら、さっきの様な、自然な触れ合いが失われてしまうかもしれない。
それならば、原因を取り除くのではなく、気をコントロール出来るよう努力することを、半助は選ぶ。
半助は、伝蔵の過保護さに甘えることにした。


半助は目覚めてから、殆どの時間を伝蔵のマンションの部屋の中で過ごしていた。
それまで伝蔵は、己の存在を知らしめる為のテリトリーという意味で、自宅全体に結界を張っていた。動物のマーキングに近い感覚だ。
当然、積極的に関わってこようとする者には、意味を成さなかったが…それだけで、ニアミス的な接触は十分に避けられた。
しかし、半助が【月氏】となってからは、半助を連れ出そうという良からぬ輩が手出し出来ないよう、その結界を強化した。
部屋の中なら、自由に動き回って問題・危険は無い…という状態だ。
半助は、この籠の鳥のような生活にも、大人しく伝蔵の言葉に従っていた。
正しくは、そうすることしか出来ないのだが…。
半助は、一番の課題である精気のコントロールが、上手く出来ないでいた。
半助の中にあるという『精気の泉』…その感覚は【月氏】には無いものだ。
それは伝蔵の精気の様にも感じると、半助は言う。
しかし、半助の精気の型は伝蔵の型と同じ。
自らの精気を、伝蔵のモノのように感じていることも有り得る。それなら、それは半助の精気の源という事になるが…。
人間の頃と比較にならない程の精気が体内に存在する事を、そう表現しているのか、【華燭の典】を経て【月氏】となった者だけが持つ感覚なのか…伝蔵には判断しかねた。
しかも、半助の精気は量・質ともに、一定ではなかったのだ。
しかも、その原因は伝蔵にあった。
有り体に言うと、身体を重ねる事で、精気のやり取りが起こり、変化してしまうのだ。
それは極端な例だが、伝蔵が半助に与える影響は、【果実】を考慮すれば、軽くない。
…これから、ずっと共に過ごすのだ。
しなければ良い…というのは論外。
ただでさえ、半助は、体内の精気に慣れていないというのに、それが変化し一定でないとなれば、早くコントロールしろと言うほうが、無理な話だ。
それでも、何とか…何の切っ掛けも無しに暴走するという事は無くなった。
軽いものなら、伝蔵の手を借りることなく、収めることも出来るようになった。
しかし、一度、試しに…と、結界の外に出た事があった。
結界内は、【華燭の典】の儀式のモノ程ではないが、伝蔵の精気が満ちている。
伝蔵と同じ精気を持つ半助も、楽な環境だと言えるのだ。
そこから出るという事は、それまでより過酷な状況に適応出来るかどうか…を、問うことになる。
その結果は…
伝蔵が側に付いていたにも関わらず、半助は途端に震えだし、昏倒した。
伝蔵は、自らが判断した荒療治を…死ぬほど悔やんだ。
意識を取り戻した半助は、昏倒に至る状況を『精気の泉』が凍る様だった…と説明した。
それでいて、自分の方が死にそうな程に心配する伝蔵に、ごめんなさい…と詫びたのだ。
それは、半助のせいではない。
半助が謝ることではないのだ…と、伝蔵は半助を抱き締めた。
その一件が、半助に『伝蔵の結界からは出られない』という、自己暗示のようなモノを与えてしまったのかもしれない。
しかし、今のままでは…半助は、伝蔵を接点にしてしか、外界と関わることが出来なくなる。
 ―まさに籠の鳥だ。
「今のままでも…別に構わないです」
半助は、そう言って笑う。
それは、無理に言っているのではない…と伝蔵は思う。
半助の…偽り無い本心かもしれない、と。
半助は、伝蔵と共にいる…ただそれだけの為に、【月氏】となったのだ。
伝蔵以外、殆どのものから遮断された環境は、つまり伝蔵に守られ、独占されているという事。
それは半助にとって、一番嬉しい事なのかもしれない。

しかし…
伝蔵は、自分だけが利を得ているような感覚が拭えない。
ほんの僅かで結晶化する半助の精気は、身体を繋ぐことで得られる一体感の中、伝蔵自身の精気と共鳴し、共に増幅する。
半助と愛し合うことで、伝蔵は想像以上の力を得てしまうのだ。
まるで、今こうして半助といるのは、そちらが目的だったかのように思えてしまう程に…。
本当は、人を捨てさせた変わりに、半助には…もっと広い世界を見せてやるつもりでいた。
なのに、ただ腕に深く抱き込むばかりで…。
しかし、現実的な問題として…いつ暴走するともしれない状態では、次のステップに進みようがなかった。
半助の穏やかさとは対照的に、伝蔵は葛藤を覚えていた。


そんな状態を知ってか、雅之助と利吉は伝蔵のマンションに最新のパソコンと、大型液晶テレビを持ち込んだ。
元々テレビはあったが、それ程大型でなかったのと、伝蔵が【華燭の典】に入っている間、気の型の変わった利吉、雅之助と複数の月氏が出入りした為か、極端に映りが悪くなってしまっていた。
それ自体、伝蔵は全く気にならなかったのだが、人としての習慣が色濃く残っている半助にとって、テレビは欠かせなかったようで、思わぬ贈り物に、興奮していた。
それが、昨日の事だった。
半助が外の世界を忘れない様に…という配慮は、伝蔵には無い視点だった。
確かに、人間だったもの全てを突然【月氏】と同じにするのは、無理な話なのだ。
半助の中には、幾つか人間の習慣が残っていた。
そんなうちの一つが、三食、食事を摂るという事。
月氏は、精気を糧とする為、朝・昼・晩と食事をする習慣はなかった。
しかし、半助には食事を生きる基本とするリズムが染みついており、口から何か食べないと、精神的に落ち着かないらしい。
寝込んでいても、お粥などを食べると回復が早いのだ。
最初は、いくらでもあるデリバリーサービスを利用していたが、見よう見まねで作った料理を半助に手放しで喜ばれ、目覚めてしまった。
料理など、全く経験の無い事だったが、やってみるとモノ作りという視点から面白い。
半助が美味しそうに食事をするものだから、伝蔵もそれに付き合って、朝はコーヒーを飲むのが習慣になりつつある。
今日は、半助の方が先に起きていたので、食事の準備は2人でした。
半助がパンを焼き、コーヒーを入れる間に、伝蔵が目玉焼きを作る。
伝蔵が初めて作った目玉焼きは、卵を上手く割れずに、綺麗な形にならなかった。それ以来、伝蔵はムキになって、完璧な目玉焼き作りに取り組んだのだ。
半助が、味は同じだから良いと言っても、見た目の美しさにも拘る伝蔵。
それ以来、目玉焼きを焼くのは伝蔵の仕事だ。
「うわぁ…今日も、美味しそうですね」
トーストと目玉焼きにオレンジジュース…それが半助の朝食メニューの定番だった。
伝蔵のコーヒーと、それらをトレイに乗せ、リビングに移動する。
ダイニングでも十分なのだが、伝蔵曰く…リビングが、寝室の次に土地の気が安定した所なので、ゆったりリラックス出来るとのこと。
「頂きます。」
半助が手を合わせ、食事を始めるのを確認してから、伝蔵は数カ国分の新聞に目を通し始める。
伝蔵に見詰められていては、折角の食事が喉を通らない…と訴えたら、そうするようになった。
しかし、伝蔵の新聞を捲る音と、時折飲むコーヒーカップとソーサーの音、自分の咀嚼音しか聞こえないのは、慌ただしく朝食を食べていた半助にとっては少々落ち着かない。
半助は思いきって尋ねてみた。
昨日の朝には無かったものが、リビングにはあるのだ。
「山田先生、テレビ…付けてみて良いですか?」
「ん?…あぁ、食事が疎かにならなければな」
伝蔵は、何気なく言うが、伝蔵に見惚れて、つい手が止まりがちな半助は、テレビの方が気を紛らわすには余程良いと、思い笑った。
「はい。すみません」
伝蔵の許可をもらってからテレビを付けると、以前とそう変わり映えのしないニュースとワイドショーの中間のような番組が放送されていた。特に見たい番組があった訳でもなかった半助は、見覚えのあるアナウンサーの局にチャンネルを合わせる。
テレビが驚くほど薄型に綺麗な液晶に、パソコンが知らないOS、目を疑う処理速度に進化していたのには、時の流れを感じたが、世の中はあまり変わっていない様だ。
俳優の誰と誰がくっついた離れたと…よくもそんな話で盛り上がれるのか…不思議だ。
黙々とトーストを口に運んでいた半助だが、思わずその手が止まった。
テレビは、その局が放送するスポーツ番組の特集に移っていた。
その映像に、止まったと言うより、動けなくなったのだ。
ざわざわ…っと、例の泉がさざめきだす。
半助は、それを留めることも忘れて、テレビ画面に見入っていた。
「…半助?どうした?」
半助の気の揺らぎに、伝蔵は声を掛ける。
しかし、半助にその声は届いていないようで、身体がガタガタと震えだしていた。
それは、高まった気に揺さぶられているような、感情の波がそうしているような震え。
「半助!」
伝蔵は、半助に駆け寄り、その身体を抱き締める。
半助の精気の高まりに、伝蔵の気がピリピリと痺れた。まるで反発するような反応に、伝蔵は驚く。
「…半助っ!」
呆然とする半助に、痺れを切らしたように、伝蔵は半助を抱き寄せると、その唇に自らのそれを重ねた。
震える舌先を絡め取るような、深い口付け。
しばらくそのままでいると、半助の強ばっていた身体の力が抜け、ピリピリとしていた気が、ふわりと柔らかくなる。
身体を離すと、目をまん丸にした半助が、伝蔵を見上げていた。
「山田先生…」
「落ち着いたか?半助」
2人並んで、ソファーに腰を下ろす。
半助は、胸に手を当て、何度も深呼吸を繰り返した。
少し前まで、気が落ち着きを失いそうになると、何度もそうしていた。
考えてみると、半助がそうしているのを見たのは久しぶりだった。
「すみません。動揺してしまって…」
「どうしたんだ?何か嫌なものでも映っていたのか?」
テレビ画面を見詰め固まっていた半助。テレビが原因だとしか思えなかった。
「嫌なもの?違います…嫌なのは、私かもしれません。」
「…何を言ってる?」
「5年…そう、5年も経っていれば、そうですよね。」
「兎に角、落ち着け。」
半助は、伝蔵が差し出したオレンジジュースに口を付けた。
「ゆっくりで良い。わしに分かるように話してくれ。」
グラスが空になる頃、半助は不安気に伝蔵に視線を向ける。
それに、優しく微笑みを返すと、半助は口を開く。
「山田先生…私、自分の夢が叶って、先生と一緒にいられるようになって、人だった頃の事なんて、すっかり忘れていたんです。理由も必要もなかったから。でも…忘れちゃいけないこともあった」
「忘れちゃいけない事?」
半助は一瞬考えた後、伝蔵に向き合う。
「山田先生。私にも…人の怪我を治す事って出来るんでしょうか?」
伝蔵は、半助の瞳に強い決意を持つ者の輝きを感じた。
「あぁ、出来ないことはないだろう」
現状を踏まえた為、遠回りな表現になってしまった。
しかし、伝蔵の意を汲んだのか、半助は苦笑いする。
「今のままじゃ、無理…って事ですね。」
「そういうことだ。舐めてやれば…ある程度は治るかもしれんが、自分の気を高めながら、相手の気をコントロールしないと、本当の意味で癒す事は出来ないからな」
人を治すどころか、今の半助は伝蔵の結界の中から出ることもままならない。
誰かを癒すなんて、夢のまた夢のように感じる。
「出来るようになりたい。いいえ、ならないと…」
半助は、自分の両手を見詰め、グッ…と握り締めた。
半助の中で、明確な目標が出来たようだった。
「あまり無理はするな。急がなければならないようなら、わしが…」
半助が努力家なのは、伝蔵には良く分かっていた。
急激な訓練は、身体に負担を掛けるかもしれない…伝蔵の過保護の虫が騒いだのだ。
「いいえ…山田先生。これは、私がやらないと駄目なんです。」
半助は、きっぱりと断った。
「この数日間ずっと、先生を独り占め出来る事が嬉しくて、甘えてたんです。規格外品なんだから許されるだろう…って。例え進歩が無くて呆れられても、何も出来ないでいれば…先生に捨てられる事は無いだろうって……酷い打算です」
半助は、一瞬不安の色をした瞳を伝蔵に向けた。
「…大丈夫だ。わしも、何処かでわしだけの半助だと、喜んでいる部分もあった。お互い様だ」
「先生、それ…」
半助は、サラリと言われた言葉に思考が止まる。
「半助。話しを続けろ。わしもお前も、中途半端な状態でも良いと何処かで思っていた。それで?」
伝蔵に促され、半助は何とか話しを続ける。
「それって本気で【月氏】になろうと向き合ってないって事ですよね?一人の【月氏】になって、自由になったら…山田先生からも離れてしまうようで、怖かった。だから、先生の結界から出る、勇気も…覚悟も無かった。でも…今は理由があります。自分が捨ててきたものと向かい合う、本当の意味で【月氏】になる為の…けじめ、なのかもしれません。」

「そんなことを…」
伝蔵は、自分の過保護もそれに拍車を掛けていただろう事を反省する。
それが、半助の成長を押し留めてしまっていたのだ。
伝蔵は思う。
半助のしたいことをさせてやろうと。
そして、自分は影ながらサポートをしてやろうと。

「私の付けなければならない、けじめですから…」

けじめ…それは、人間だった時の自分との決裂を意味する。過去の自分と向き合うのは、決して楽しい作業ではないだろう。
しかし、【月氏】になる為に必要だと言う半助を、心強く感じる。
今でも、伝蔵に恐ろしい程の力を与えてくれる半助。
半助が【月氏】として、真の能力に目覚めた時…どれ程の力を発揮するようになるのだろうか?
伝蔵は、つくづく思い知らされる。
【月氏】にしたのは伝蔵だが、【月氏】になるのは…半助の意志なのだ。

伝蔵は、半助をパートナーに出来た事に感謝した。
無限にも思える半助の可能性を、間近で見られることが出来るのだから…。


そして、伝蔵も密かに誓う。
自らも、半助に選ばれ続ける男であろうと…。



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