僕が授業にdictoglossを持ち込んでから数年が経ちます。以来、様々な試行錯誤をしながら現在に至っていますが、その過程はこのサイトでも何度か書いてきました。最近になって、書籍やウェブ上でdictoglossという言葉を目にすることが多くなり、この活動が世間で徐々に注目されてきているようです。

まず、dictoglossとは何かという点について、これまでも何度も引用してきていますが、活動の概要を確認する意味で、再度引いておきます。

  1. A short, dense text is read (twice) to the learners at normal speed

  2. As it is being read, the learners jot down familiar words and phrases

  3. Working in small groups, the learners pool their battered texts and strive to reconstruct a version of the text from their shared resources

  4. Each group of students produces its own reconstructed version, aiming at grammatical accuracy and textual cohesion but not at replicating the original text

  5. The various versions are analyzed and compared and the students refine their own texts in the light of the shared scrutiny and discussion

    Grammar Dictation(Ruth Wajnryb,1990, Oxford University Press)

素晴らしい活動です。すぐにでも授業で使えそうです。でも、実際には授業の中に位置付けるのは難しい活動です。dictoglossを試みたけれどやめてしまったという話も聞こえてきますし、僕自身もtmrowingさんの助言がなければ挫折していたかも知れません。というわけで、僕なりに考えているdictoglossの効用とマネジメント上の留意点などをまとめておこうと思います。タイトルにあるようにメモですので、所々に綻びがありますが、ご容赦ください。

dictoglossの効果

リスニング

dictoglossでは文脈のある素材を使い、途中で音声を止めることなく、素材全体を聞いて内容を理解することから活動が始まります。

リスニングの問題集では、設問の正誤に気を取られて、ともすれば、設問に正解すると聞き取れたような気になりますが、実際には設問に関わる部分だけ聞き取れれば正解できてしまう場合も少なくありません。つまり、場合によっては、全体の意味内容を理解する必要がないということでもあります。一方で、dictoglossでは、その後の英文の再構築のために、全体の意味を理解することが優先されます。

また、リスニングのトレーニングとして、いわゆるディクテーションが行われる場合も多いと思いますが、多くの場合、ディクテーションは文単位で行われるのではないでしょうか。また、途中で音声を止めて、書き取る時間をとる場合が多いと思います。この活動では内容よりも音に集中しがちです。このことから、ディクテーションで陥りがちな罠として、「意味の素通り」「型の素通り」ということがあげられます。書き取った英文の意味が通らなくても、あるいは文法的に明らかに誤っている英文であっても、あまり注意が向かないということが起こりえます。

たとえば、本来は"have reached"であるべき部分で、"have reach"と書いているような場合があります。これは単純に"-ed"が聞き取れなかったということだけではありません。"have"の後で原形はおかしいという文法的な知識はあるにもかかわらず、音声に意識が集中するあまりに形にまで気が回らなかったということでしょう。僕はこれを「ディクテーションの罠」と呼んでいます(後述しますが、dictoglossでもやり方によっては、「ディクテーションの罠」にはまることが起こり得ます)。

一方で、dictoglossでは、素材に文脈があり、聞いた後に英文を再構築しなければならないので、まず意味の理解が優先されます。そのため、「意味の素通り」は(注意深くやれば)回避されます。また、基本的には自分たちで英文を作り上げていくという過程を経ていくので、「型の素通り」も(注意深くやれば)回避されます。

ライティング

生徒たちは、英文を書きながら、常に文法的な正しさをグループ内でモニターすることになるので、流行りの言葉で言うと、いわゆる「気付き」を促すことができます。単に教科書を通して理屈として文法を学ぶのではなく、実際の言語使用を通して文法について考えることになるため、定着すると言われています(このあたりは、文法項目によって差があるかも知れませんが、たとえば、冠詞の使い方や名詞の扱い方などについては、かなりエラーが減ってきました)。

また、文脈のある素材を使うので、文章の結束性を考えて書くようになります。単に英文を並べるのではなく、代名詞を使ったり、文と文との意味のつながりを明らかにするような語を使ったりできるようになってきました。後述しますが、ライティングの教科書のモデルパラグラフを素材にすると、文法的なことも含めて、グループ内での議論のターゲットをかなり意図的にコントロールできるかもしれません。

さらに、フィードバックの容易さもあげておかなければなりません。生徒一人ひとりに十分なフィードバックをすることは、かなり大変な作業です。dictoglossでは、グループワークが基本なので、40人のクラスで4人のグループとすると、手元にあがってくるのは10種類の原稿ということになります。数が少ないだけではありません。dictoglossでは、個人レベルのエラーはグループワークの中で処理されるので、教員の手元にあがってきた原稿に見られるエラーは、そのグループの全員に共通するエラーということになります。そして、多くのグループに共通するエラーは、そのクラスの大部分の生徒に共通するエラーということになります。ですから、そういう部分に集中してフィードバックをすることができます。

授業の中でアウトプットの機会を設けることはなかなか難しいものです。フィードバックも十分にすることができないかも知れません。でも、アウトプットの定義を「自分で英文を作り出すこと」から「原文を頭の中で加工して出力すること」まで広げるとすれば、dicotglossはアウトプットとして好適な活動だと思います。

協働学習

「学びの共同体」なんて言葉を耳にするようになって久しいですが、dictoglossもいわゆる「協働学習」の形態で行われます。協働学習の効果は数多く報告されていますが、そのうちのいくつかはdictoglossでも当てはまるのではないかと思っています。もっとも、この辺りの事情については、まだコメントする立場にはないので、これ以上は深入りしないでおきます。

マネジメント

dictoglossは効用が幅広いだけに、漫然とやっていると狙いが拡散しがちです。また、英文の再構築には時間もかかります。まず、生徒の現状をしっかりと把握して、何が必要か見極め、狙いを定めることが必要です。その狙いに応じて、何を優先し何を犠牲にするかを判断することになります。dictoglossがうまく機能しない場合の多くは、この段階で問題があるようです。

聞かせる回数

上述のGrammar Dictationでは、聞かせる回数は2回ということになっていますが、状況に応じて(状況というのは、素材の難易度やdictoglossの狙いを含めて)臨機応変に対応すべきだと思います。2回にこだわる必要はありません。

ただし、聞かせる回数が多くなるということは、その分だけメモを取る機会が増えるということでもあります(音声を聞かせてもメモを取らせない場面を作るという手もありますが)。ですから、聞く回数が増えると、いわゆるディクテーションに近くなります。意味の理解できている英文をしっかり聞き取り、書きとらせるという観点での活動になりますが、先述の「ディクテーションの罠」に気を付けなければなりません。

一方で、聞かせる回数が少ないということは、その分だけメモを取る機会が少ないということでもあります。従って、生徒の再構築する英文はオリジナルから離れて、自力で作らなければならない割合が多くなります。聞かせる回数が少なくても、聞き取りの段階で生徒たちが内容を理解していれば、アウトプット活動として効果的だと思いますが、聞き取りができていなければ、その後の活動に支障がでることになります。

というわけで、何回聞かせるかという匙加減は難しいと思います。僕の場合は、作業開始前に内容理解の質問に答えさせながら数回(現在の素材では、概要を聞き取るために2回、詳細を聞き取るために2回、メモのために2回)、さらに英文の再構築の作業の途中で何度か聞かせることが多いです。後者については、グループワークの進み具合を見ながら、素材によって、あるいはクラスによって、柔軟に聞かせる回数を変えています。基本的には、生徒たちの鉛筆が活発に動いている間は、音声を聞かせることはしません。行き詰まったグループが出てきたところで、タイミングを窺って音声を聞かせるようにしています。

メモの取らせ方

メモの取らせ方によっても、dictoglossの性格が変わってきます。聞かせる回数とも関わるのですが、英文の再構築をするという前提で音声を聞かせると、事前に指導しなければ、生徒は一字一句漏らさずメモを取ろうとするでしょう。dictoglossでは音声を止めないので、当然、メモがついていけなくなります。そうすると、情報の重要性に関わらず、メモの間に合った箇所だけがメモとして残ります。その状態では、情報として重要な部分が欠落する部分がでてくるので、書く作業には入れません。結果的に、聞く回数を増やすことになるのですが、際限なく聞かせてしまうと、限りなくディクテーションに近くなります。ここでも先述の「ディクテーションの罠」が問題になってきます。

このようなディクテーションに近い形態では、聞き取りに不安のある箇所だけがグループワークの対象になります。日常の場面でこういうメモの取り方が求められることはないと思いますが、生徒の意識が「意味」と「型」の両方に向いているのであれば効果はあると思います。ハードルが低いので、英語の苦手な生徒でも取り組みやすいかも知れません。dictoglossの導入期には良いかもしれませんが、本来のdictoglossの意図するところではありません。

一方で、最初から全文を書き取るという姿勢を捨てて、情報として重要な語句のみメモを取るという方法もあります。このメモの取らせ方では、まず内容に注意がいきます。何度か聞かせる中で、生徒たちは自分のメモに情報を追加していくことになります。英文の再構築の場面では、オリジナルの英文にこだわらず、自分たちで英文を作り上げていくことになります。このメモの取り方では、自分で英文を作らなければならない分、英文再構築のハードルは高くなりますが、アウトプットの要素が強くなります。

素材

dictoglossに使う素材は、基本的には「i-1」の素材が適当だと考えています。分量については、何を狙うかによりますが、1コマの授業の中で行うのであれば、100〜120 words程度が適当かと思います。音声を聞いて要約を作らせるようなバリエーションであれば、もっと語数が多くても大丈夫です(リスニングの段階でしっかりと意味が理解されていることが前提です)。

教科書

オーラル・コミュニケーションやライティングの教科書はdictoglossの素材として好適だと思います。先述の通り、ライティングの教科書のモデル・パラグラフは利用価値が高いと思います。また、英語I、英語IIやリーディングの教科書を素材にするのならば、十分なインプットを行ってからがいいと思います。また、リーディングの教科書のように分量が多い場合には、課末にあるSummaryを素材として利用することもできます。本文を読んでからまとめとしてSummaryを素材にdictoglossという形態も効果的です。

リスニング教材

分量、難易度とも適当な教材だと思います。リスニング教材は対話文が多いのですが、第三者の立場から会話の内容を説明する形で英文を書かせるなど、扱い方に工夫が必要かも知れません。

オーセンティックなもの

運用能力の高い生徒には、ウェブ上でダウンロード可能なニュースなども使えると思います。

dictoglossの要素を他の活動に持ち込む

copygloss

dictoglossとともに最近よく話題になる活動です。dictoglossが聞いた英文を再生するのに対して、copyglossは読んだ英文を再生します。dictoglossよりも長く複雑な英文でも可能だと思います。より短いスパンで英語を読んで、裏面に読んだ英文を書くFlip & Writeという活動もありますが、時として電話番号を覚えるように意味が伴わない活動になってしまうことがあります。copyglossでは、より長いスパンで英語を読むため、内容の理解が求められます。

文単位の英文を書き取る

文脈のある素材ではなくて、一文単位で英語を聞いて書き取らせたい場合の工夫です。英文を聞かせる際に、聞こえた音声をそのまま書き取らせずに、情報として重要なものだけをメモさせます。音声は途中で止めないで行います。まず、聞いた音声の意味の理解を優先させるという意図です。その後、時間をとってメモをもとに英文を再生させます。メッセージが先にあって、それを表現するための英文を書くような形になります。

マネジメントがうまくいかない理由

素材が難しすぎる

当然のことですが、聞いて内容の理解できいものは再構築のしようがありません。音声が速すぎたり、音の変化に対応できない場合、素材の文そのものの構造が複雑な場合、内容が抽象的で難解な場合など、様々な要素があり得ます。素材そのものを易しいものに変えるか、あるいは聞き取りの段階で何らかの形でヒントを与えるなどの工夫が必要です。

位置付けが中途半端

dictoglossはそれぞれの段階をどのように扱うかによって、活動の性質が変わります。どういう方向を目指す活動にしたいのかということを明確にしておかなければ、焦点がボヤけてしまって何のための活動かわからなくなりかねません。また、通常の授業の中でdictoglossを導入するのならば、後述の時間の使い方も工夫を要します。

時間が足りない

dictoglossは時間のかかる活動です。通常の授業の中でdictoglossを行うなら、優先するものと犠牲にするものとを明確にしておく必要があります。そのためには、授業の中でのdictoglossの位置付けを明確にしておく必要があります。

グループワークができない

原因のひとつとして、集団として未成熟な場合が考えられます。グループワークの前にペアワークなどで他の生徒と一緒に作業するという活動に慣れさせるなど、時間をかけてグループワークが機能するように仕向けています。特定のグループが機能しない場合は、教員が介入したり、メンバーを入れ替えたりということが考えられます。

もうひとつは、グループワークで自由に発言できる雰囲気があるかどうかでしょうか。これはdictoglossに関わる問題ではなく、普段の授業がどういう雰囲気で行われているかという問題だと思います。


以下に、過去のdicotglossに関するまとめのリンクをおいておきます。ご参照ください。

2008年度

2009年度

(2010.11.28)