“安井息軒”

幕末の儒学者。
1799(寛政11)年 - 1876(明治9)年
宮崎県宮崎市清武町(日向国宮崎郡清武郷)出身

 

1868(明治元)年 69歳 明治維新の混乱を避けるために領家村(現川口市東領家)に疎開しました。
領家村では当時の地主であった高橋善兵衛さんの家に疎開しました。 疎開した家は息軒が「息焉舎(そくえんしゃ)」と名づけました。 百数十年を経た現在でもほぼ当時のままの姿で遺されており、現在の当主は吉原丈夫さんです。

顕正寺にも立ち寄ったのはこの頃です。

3月〜11月まで9ヶ月滞在し、『北潜日抄』(埼玉県指定有形文化財)を著しました。
著作のかたわら領家村の人々に学問を教えました。
その子弟の一人「河原順信」は川口の教育の礎を築いた人物で、その功績を讃え領家小学校には彼の銅像が建てられています。
平成15年より安井息軒を縁として、川口市と宮崎市清武町の文化交流事業が始まりました。
「川口市・清武町小中学生文化交流使節団」といいます。

安井息軒は川口にゆかりのある人物として、 4年に1度開催される「川口宿 鳩ケ谷宿 日光御成道まつり」にも登場しています。

最後に安井息軒の有名な言葉を紹介します。

「一日の計は朝にあり。一年の計は春にあり。一生の計は少壮の時にあり。」

学問、教育の大切さを説いた言葉のように思えます。

 



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