堀愼吉資料室

 ヴァカンスへの遠い道
(方舟あるいは星達の旅のデッサン課程から)  (上)

自然は人間の内で突然物質化する。
   ○
自分を変えることは人間には出来ない、という想いがつのるに従って、造形という虚構のもつ力が再び僕の内で強く意識されるようになった。
僕らが普遍性と呼ぶ種々な人間的要素という自然な生きもの達は、僕等の内で相対的に作用しながら、本能という生の営みのムーヴマンを生む。
自然はだから僕等の内でいかに秘かなものであっても、否応のない、さけられぬ事実であり現実であるのだ。
僕の尊敬する友人寺尾孝志氏は「自然に絶望して僕は筆を取る。」「自然にではなく、人間を僕は信じる。」と語る。この言葉に内在する矛盾こそ僕等を表現にかりたてて来たものであった。
自然なもの(「自然なもの」に傍点あり)として存る僕等の種要素を、目にみえるものにし手に触れ得るものに質化して、自らの生の軌跡を手にするという希求に人間が支配されて来たのは、本能の深淵に還るすべを自ら識りたいがためなのだろうか。あるいは、本能を思いのままに自らの生に従わすためだったのだろうか。
戦後の現代美術にモノクロミズム(単色絵画)と女拓によるタブローによって大きな波紋を投じたフランスのイブ・クラインの次の言葉ほど、僕等の内にあるこの限りない道程の栄光と暗黒をまざまざと語ったものはない。
[芸術家が肉体の価値という重力の中心を持った創造作品という地球のなかに、自らを閉じ込めようというのは、こわすことの出来ない良識(ボン・サンス)だ。
芸術家はその際「私は御言葉の肉体化を信じるし肉体の復活を信じる」というクリスチャンの真実な信仰の意識と同じ意識をもち、さらにみせかけの言葉のなかの真実の意識を見出すのである。本当の言葉、それは肉体だ!]
彼は「非物質化」あるいは、「からっぽ」という独自な絵画的思考を描きながら、女拓(「女拓」に傍点あり)という一つの方法によって、この言葉を逆説的に立証してゆく。女の肉体に絵具を塗りつけ、カンバスにこすりつけ、あるいは種々な姿態(行為)でカンバスに横たえた女体の上に噴霧機から青い絵具の霧がかかる。そして彼はカンバスの上から女体を抜きとる、カンバスには白々しい虚像が、からっぽの肉体が残されている。
この女拓の行為とモノクロームのタブローは「質化する・創る」という人間の意志に対して根本的な拒否と疑問符とを投げかけてくるようだ。
そこにあった花、僕は愛している、君は美しい、などと語りたがる僕等の自然、誰も信じないそのような言葉のように、彼の女拓された肉体は空々しく投げ出されている。
近代の前夜、クールベを中心とする一般にリアリズム作家と呼ばれた画家達の仕事が、自然の外的要素(外質)の全き再現に賭けられ、画面の上でこれを自由に、手に触れ得るものにしようとしたこころみが僕の脳裏によみがえる。
イブ・クラインはこの時から一世紀をへて、女体にもカンバスにも直接手を触れずに肉体の外的要素と共に、その内的要素までも、作為に満ちた肉体の外形のみをとどめて一瞬にして、空しい虚妄の彼方へと還元してしまったようだ。
クールベ以後の近代の画家達のこころみが、自然の内的要素の再現(質化)という、言い換えれば、精神を写す、内部的世界を写す、ということに移行していったのは、ギリシャ・ルネッサンスという実証精神の道程をへたヨーロッパに於いては当然の要求だったとも考えられる。
そして内部世界・自然の精神的構造とでもいえるものを、限られた画面と色彩の質へと構築し再現する不安を、セザンヌは僕等の前に展開してくれる。
セザンヌが、自然の外貌を、彼の高い観念の力と本能の恐怖に導かれて、その秩序化を虚構の内に賭け進めていったものをみながら、僕等の目は自然を眺める僕等に喚起される不安から解放されてゆく。
しかし、ボン・サンスという言葉を良識とは言わず、優れた精神、優れた感覚と受け取るとき、文字通りの意味で近代に存在する、セザンヌとマチスという芸術家を生んだフランスが戦後の最大の収穫として持つイブ・クラインはこのボン・サンスに決定的なピリオドをもたらしたようだ。
彼のモノクロームの画面、あるいは女拓されたカンバスが提起した事柄は、虚無という観念的仮説の上に立って、観念内容を質化し、精神を写実しようとする僕等の意志の終着を告げるようだ。
写実にとらえることの出来ぬ、また物質という仮の肉体に宿り切らぬ僕等の自然(「僕等の自然」に傍点あり)を語るかのように、彼の画面は、その内質も外質も鈍化しつくして、モノクロームに彩られている。               ヴァカンスへの遠い道(下)


堀 愼吉 初出:不明(1966年9月22日)
切り抜きの片面に嶋岡晨、土佐文雄各氏の著述あり。

TOP  著述一覧   Copyright © 2013 堀愼吉資料室 All rights reserved.