十八章 黙する物語

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 なぜ黄城の騎士達が白城にいたのか、当の黄王でさえ説明はできなかった。レイゼルトの魔法を受けて気を失ったと思ったら、白城中層の墓所で目覚めたのだ。全ての騎士が元気とは言えず、どこを探しても姿の見当たらない者もいた。黄王は動ける騎士達を率いて白城の住人を探し、黄緑の城の危機を知ったのだ。
 ブレイヤールも黄王も、この不思議な出来事をレイゼルトの仕業と疑いはしなかった。しかしどうやって、レイゼルトが砂にした騎士達を元通りにしたのかまでは分からない。黄王も騎士達も、レイゼルトの襲撃を受けた晩の記憶を思い出そうとすると頭の中に霞がかかり、再び体が砂に戻る恐怖が蘇るだけだ。
「レイゼルトの用いた禁呪は、そもそも黄城に起源がある。私は何としてもあの禁呪使いをもう一度探し出し、決着をつけたい。石人達にとってもそれは必要なことだ。七百数年前、私達はあの禁呪使いを、黄緑の王子とともに見殺しにしたのだから」
 黄王はブレイヤールに話す。そこには神殿や他の国々のように、ただレイゼルトを恐れ憎むだけの感情はない。
「あの者は禁呪とともに、再び我々の世に戻ってきた。あの者が戻ってきた以上、石人はもう一度、七百年前の記憶に向き合わねばならん。そこには我らの祖先が置き去りにし、知ることのなかった何かが隠されているのではないだろうか」
「七百年前は黄緑の王子が、今回は、黄緑の王女が姿を消しました。そしてレイゼルトの消息も、まったく分からなくなっている。もう、すべては終わってしまったのでは」
 ブレイヤールは深く頭を下げてつぶやく。
「史実と似通った事実が起きたとおっしゃられるか。確かに基礎石の中を落ちていったという王女の消え方は、ただならない。彼女が姿を消し、いまだ見つからぬこと。白王、私はそれを黄緑の王族とレイゼルトの因縁だとも、あなたの咎だとも思わぬ」
 ブレイヤールは黙っていた。ただ、黄王が「白王」と呼びかけたことに、少しだけ驚いていた。彼はまだ即位をしていなかったし、崖の国の件で神殿の審判を待つ身に過ぎなかったのだ。
 黄王はしばらく白城に滞在してくれた。ハイディーン軍のその後を調べるには、黄城の騎士達しか役に立つ者はいなかったからだ。
苦悶 ブレイヤールは黄緑の城で力を使い果たし、心身ともに傷を負って数日寝込んでいた。彼は、トエトリアを見つけ出せなかったことを悔やんだ。それに追い打ちをかけるように、黄緑の城から、トエトリアに次ぐ王位継承者を正式に王座に据えるという知らせが届く。黄緑の王家の血筋が、変わるのだ。それは事実上、トエトリアの死を認めるものになる。知らせを受け取ったとき、疲労で抑制の利かなくなっていた彼は、珍しく大激怒した。大臣がその場に居なかったら、使者が持ってきた書状を破いていたかもしれない。
 王家の血筋が変われば、他国の王もそれを承認しなくてはならない。黄緑の使者が持ってきた書面は、そのためのものだった。白城の王族として、ブレイヤールは署名をする義務がある。反対する理由はどこにもないのだから。
 ところがいざ筆を手にとっても、名を書き記すことができない。何かがおかしいと思っていた。トエトリアが見つからないのなら、見つかるまで探すべきではないのか。いつまでたっても署名を渋る彼を、ルガデルロは叱りつけた。友人を心配する気持ちと王の仕事は、別にせねばならないと。新しい黄緑の王の即位を拒むのは、個人的な感傷にすぎないのだと。
 ついにブレイヤールは大臣の言い分に激しく憤りながらも、歯を食いしばり涙をこぼして、書面に名をしたためた。使者が書状を受け取り大臣とともに去ると、彼は力任せに筆の鋭い先を机に突き立てる。そして顔を覆った。
――何でこんなことになった。人間達が来たからか。僕が境界の森を越えさせてしまったからなのか。
 悪い夢なら覚めて欲しい。そして、決して覚めるはずがないことも思い知る。死ぬまで覚めない夢なのだ。トエトリアの消息を掴みたいなら、黄緑の城の壁全てを引きはがし、基礎石の中を覗くしかないのかもしれない。しかし基礎石の中に封じられたままだとも思いたくない。
 力なく両腕をおろした彼の目に、いくつかの書類が留まる。彼が寝込んでいる間も、いくつかの事柄が白城で進行していた。彼は鈍い動作で一枚の紙切れを取り上げる。それは白城で傷の手当てしている、アークラントの生き残り兵についてだった。
 ハイディーンの侵攻は、石人の人間達に対する感情を一気に激化させるものだった。特に黄緑の城では、あの混乱のさなかに王女を失っている。銀の鎧を着ていようと、黒い鎧を着ていようと、石人達にとっては憎んでも憎み足りない人間だった。黒い鎧を着ていたアークラント兵達が、黄緑の城から無事に出てこられたのは、左大臣の采配に他ならない。生きて戻ってきたのは、たった三人だった。他は皆、戦闘で命を落としていた。
 黒い鎧を来た人間達は、黄緑の兵達の助けとなっていた。決して目立った働きではない。しかし運よく彼らと行動を共にした黄緑の兵達は、他の仲間の目を忍びながらそれを認め、彼らなりの筋を通した姿に、感銘すら受けていた。アークラント兵はハイディーン兵に対峙し、かといって石人に媚びるような戦い方もしなかった。黄緑の兵に斬られて命を落としたアークラント兵も多いだろう。ディクレスの消息も途絶えていた。少なくとも白城に逃れた三人は、先王は戻ってこないとはっきり口にし、それ以上は何も語らなかった。地下の暗所に横たえられた物言わぬアークラント兵の列には、あの背の高い、立派な体格の兵士の姿はなかった。
 ブレイヤールは腰を上げ、部屋の四方の壁を覆い尽くす巨大なタペストリーの前に立つ。タペストリーは千年前のものらしいが、石人の色とりどりの髪で織られた色彩は褪せることなくいきいきと、往時の白城の様子を描き出している。ブレイヤールは北側の壁と向かい合う。そこには白城の北の姿が織り込まれ、城に点在するいくつもの町が、夜闇の中に白い明かりをちりばめている。
 夕暮れ時、ブレイヤールはまだ執務室の机に座り、うなだれていた。気持ちは落ち着いて来ていた。そこへグルザリオが扉をノックし、誰とも告げずたくさんの石人達を部屋へ入らせた。
 列をなして現れた石人達は、ブレイヤールと同じ年頃の少年を筆頭に、まだ乳離れもしていないような赤ん坊まで、総勢八人だ。彼らの見事なまでの金髪を見て、ブレイヤールは崖の国の豪奢な王座を思い出す。彼らは年齢順に机の前に横並びになる。年かさの少年が、ぶっきらぼうに一枚の布きれを突き出した。
 ブレイヤールは嫌々受けとり、布にびっしりと書かれた言葉を読む。それは予想通り黄金色の国王、あるいは崖の国の頭目、クラムアネスからのものだった。内容は至って簡潔かつ、彼女の狡猾さを垣間見せるものだ。彼女はどうやらうまく、大空白平原のどこかに逃げおおせたらしい。どこまでも不遜で逞しい内容に、ブレイヤールは憤りを感じるとともに、荒くれだった生気も取り戻す気がしてくる。
 クラムアネスはブレイヤールに従うことを決めた。そして命じられたとおり、人間達に攫われた石人を探し出すつもりらしい。彼女は神殿の罰も恐れており、石人世界に戻ることはないとも記した。さらに大空白平原でのハイディーンの様子が、事細かに報告されていた。
 ハイディーンは石人世界侵攻の足掛かりとして、タバッサの町を占領していたらしい。これが大空白平原を行き来する旅商人達の逆鱗に触れた。空白平原は、国を追われた者達の集まる場所だ。彼らは国だの王だのをノミやシラミ並みに毛嫌いしている。彼らはこの尊大な侵入者を追い返そうと、即席の軍隊を結成し、タバッサへ次々と乗り込んだのだ。そこには普段ならば、旅する隊商を襲う盗賊達の姿もあった。天敵に対し、ならず者商人を筆頭に、ならず者を襲うならず者まで、一致団結したらしい。ハイディーン軍は散々な目にあった。白城で溺れかけ、黄緑の城では悪夢に襲われ、ようやく境の森を抜けたところで、今度は思いもかけない人間の攻撃を受けたのだ。
 そこでクラムアネスは白王へ貸しをつくることにした。平原の人間達がハイディーンを追いかければ、エイナ峡谷の位置がばれてしまう。石人達はハイディーン兵が通り過ぎれば、エイナ峡谷を崩して埋めてしまいたい。一方で平原の人間達は、人間世界への新たな道として、エイナ峡谷を掘り返してでも確保したがるだろう。クラムアネスはそれを見越し、ハイディーン兵が通り過ぎた後の泥炭地に、魔法で火を放った。熱い地面と濃い煙に、平原の人間達はそこで追撃をあきらめたようだ。問題はその後の火だ。クラムアネスは延焼を防ぐのは人間の仕事とばかりに、そこでさっさと手を引いてしまった。
 ブレイヤールは軽い頭痛を感じ、眉間を揉む。
「そういうことだ」
 ブレイヤールが文面を最後まで読んだとみて、金髪の少年は鷹揚に口を開いた。
「それでお袋は、俺達をお前の傍に置いて欲しいと言っている。石人にふさわしい教育は平原では無理だし、黄金の国の連中は俺達の顔を知ってる。な、どういう意味か分かるだろう? お袋もそれを要求できるだけの働きはしたはずだ」
「……働きね。まあ、追い返すわけにもいかない。ふさわしい住居を与える。君達にはまず、身の振る舞い方から覚えてもらわないといけないな」
 目の前でふんぞり返る金髪の子ども達に、ブレイヤールはため息交じりに答えた。
「ところでずっと疑問に思っていたんだが」
 ブレイヤールは子ども達の顔立ちに目を走らせる。
「本当に全員血のつながった兄弟なのか」
「ああ。お袋は同じだ。父親は違う。お袋は十一回結婚して、十一人ともに逃げられた。誰ひとりとして、付き合いきれなかったわけさ。俺の上にはあと四人いるんだぜ。どこにいるかは、あんたにゃ言えないがな」
「聞かなきゃよかった」
 ブレイヤールはクラムアネスの子ども達をひとまず下がらせる。机をこつこつ叩くと、入れ違いにグルザリオが隣室から現れた。
「お呼びで」
「お前を目付けから侍従長に任命する」
 ブレイヤールは片手で額を支えながら告げた。そして、机の上に刺さったままになっている筆を指さす。
「素晴らしい初仕事ですよ。大臣殿に似て、あなたも実はかなり短気な方かもしれません」
「平原でまた、燃える大地の面積が増えた。どこまで広がることやら」
「黄城の騎士達が確認済みです。まさか、さっきの子どもらが何か関係してるんですか」
「あいつらの話はもういいよ……。それより、僕の居室はいい加減、図書館から移した方がいいと思うんだ」
「では荷物をまとめておいてください。大臣と相談して、どこかに新しい部屋を見繕っておきます」
「庭に面した部屋がいい」
「半年後にはそうしましょう。今はまともに雨露をしのげる場所が、限られているんです」
 グルザリオは先のつぶれた筆を手にして退出した。
 それから数日間、ブレイヤールは北側の塔に登り、許される限り日がな一日中、外を眺めて過ごした。たとえ気持ちが落ち着いていても、どこかで正気が失われていることは、自分でも心得ているつもりだ。突然涙をこぼしたり、理由もなく怒りっぽくなったりといった取り乱した姿を、新しい国民にさらすわけにはいかない。彼はいくつかの事柄に気持ちの整理をつけながら、近づきつつあるものを待っていた。
 その間にハイディーンはアークラント領内へ撤退し、エイナ峡谷の道は、石人達によってひそかに崩された。また、神殿からもたらされた大巫女の死と新しい大巫女の即位の知らせは、崖の国から白城へ移住した石人達に、特別な感情を持って受け入れられた。ルガデルロはすかさず彼ら全員へ、喪に服すための純白のスカーフを配った。十日したら、今度はそれに自分の髪で星を縫い取って、新たな大巫女様を祝福する旗にするのだ。石人達にとっては、神殿への信仰に回帰する象徴ともなる。
 夕暮れ前、境の森へと続く荒野に、黒々とした影が現れる。白城の住人達は、また人間が攻めてきたと震えあがった。塔からいち早くその様子を捉えたブレイヤールは、すぐさま階段を二段跳びに駆け下りる。慌てふためく城民に、彼は相手が武器を持っていないことを伝え、城内へ下がるよう命じる。荒野からの列は途切れることなく、森から白城へと続く。列の先頭が白城の大門に達すると、ブレイヤールはそこで彼らを出迎えた。
「石人の王よ。どうか御慈悲を賜りたく……」
 彼の前で両膝をつき深く頭を下げたのは、長旅で薄汚れ、疲れ果てた一人の少女だった。
「お立ちなさい。私はあなた方をお待ちしていました」
 ブレイヤールは彼女の手を取って立たせる。異国のドレスはほとんど汚れがない一方で、それを身に着けている彼女はあまりにもみすぼらしくなっている。櫛も通していない褪せたハシバミ色の髪を後ろにまとめ、痩せてとがった華奢な顎と筋張った首元、目の下には隈ができ、今にも泣きだしそうな瞳をまっすぐこちらに向けて、亡国の王女は白王と向かい合った。
「人間は境の森を越えてはなりませんでした」
「はい」
「石人はいまだもって人間達を受け入れはしません。しかしあなたのお父上は、我々の感情を和らげる犠牲を払われました。石人達は、この城においてならばあなた方の滞在を許すでしょう。そうなるよう、私も努力できる状況になりました」
「私達は、この地に希望を見出そうとしました」
 王女はうなだれて腰の前で両手を結んだ。
「予言者殿の夢見にいらっしゃったのは、あなた様でしょうか」
「アークラント再興の夢はないのですか」
 ブレイヤールは逆に問い返す。王女は彼に栗色の瞳を上げた。瞳には涙がかかり、瞬きするたび、涙が夕日に細かくはじける。
「アークラントの命はつきました。なぜ、そのようなことをお聞きになるのですか」
 王女は体を震わせる。きつく組んだ両手の指は、真っ白になるくらい力が籠められる。彼女は兄を亡くしたが、自分を出迎えたのが石人だったことから、父親もまたこの世を去ったことを悟っていたらしい。十四、五の歳でひとりぼっちになり、さらには一国の運命を引き受けなければならない身の上は、ブレイヤールには想像もつかない。彼は今までの自分の身の上を、安易に彼女と重ねることはしなかった。境遇は似ているようで、その実全く違うはずだ。
「石人の地は、人間が長く暮らすには不向きなのです。南からの風は魔力を多く含み、当たればあなた方の魂を枯らします。タバッサですら、石人世界からの風が吹くと、皆家に引きこもるのです」
 ブレイヤールは白い布を取り出し、腕を伸ばして風にさらす。布はわずかになびき、南西の微風を知らせた。王女は不安げに、後ろの家臣を振り返る。ブレイヤールは布を懐に収めた。
「城であれば、私の魔力でお守りすることができます。あなたの民を、早くここまで導いてください。明日までにはこちらも、あなた方を受け入れる用意を整えます。あなたも長旅でお疲れのようです。一足先に中に入られた方がよいでしょう」
「いいえ。私も皆と一緒に、明日までここにいます」
 王女は断る。ブレイヤールは言い方がまずかったことに気付く。
「その、会って欲しい者達がいるのです。あなた方の国の兵士達です」
 今度はしぶしぶながらも、断られなかった。ブレイヤールはほっと胸をなでおろし、自ら先導して、王女と付添いの家来達を城内へと案内する。ブレイヤールと立ち替わりにルガデルロが大門に出て、アークラントの家臣らと明日の段取りを話し合う。ブレイヤールは城の中層北側に残る町を、アークラントの人々の住居と定めていた。町には貴族の屋敷も残っており、アークラント王女の居城として使うこともできるだろう。
 翌日、石人の城へ次々と迎えられた人間達を、白城の城民達はあちこちの塔に登り、遠目にうかがった。そんな彼らをブレイヤールは見守る。城民の居住場所は城の南側、人間は北側だ。城内に関所を設けることで、石人と人間は互いの日常生活を、顔を合わせることなく送ることができる。誰とでも仲良く交流するのが解決にならないときもある。石人と人間は、離れて暮らすのが互いに幸せになる道だ。アークラントの人々にはいつか必ず自国へと戻り、時の流れとともに石人世界の存在を忘れてもらわなければならない。
 アークラントとハイディーンの石人世界への侵入は、すでに神殿と十二城を動かしつつある。大空白平原に人間が住み、人間世界で戦乱の世が続くのであれば、再び石人世界に足を踏み入れようとする人間が必ず現れるだろう。少なくとも黄緑の城は、もう二度とそんなことに巻き込まれたくないと考えている。
 次の日の夕前、神殿からの使者がいくつかの知らせとともに、神殿の意向をもたらした。
「新しい大巫女様は、九竜神官様方からレイゼルトの右手を受け取り、それをかの者の名と一緒に燃やしてしまわれました。同時に、湖の林で火事が起こったそうです。神殿騎士達が火を消し止めた場所で、半身が砂と崩れた大木と、溶けた銀が見つかりました。この不思議な出来事は、まだ解き明かされてはおりません。しかし大巫女様のなされたことは、過去の悪夢から石人を開放してくださるでしょう。そして九竜神官様達は、人間達への対処に全力を注ぐときが来たとお考えです」
 使者は美しい装飾のついた書簡を差し出す。そこには白城の復活を認め、白王への王杖の返還と、神殿でとり行う十二神官としての任命式について、見事な書体でしたためられている。ブレイヤールは最後の行に添えられた九竜神官の署名を見つめる。
「人間と立ち向かう決心をされながら、いまの白城をお認めになるとは」
 彼はため息交じりにつぶやいた。それは神殿の懐の深さにつながるのか、白城の立場を恐ろしく難しくするものなのか。どちらにしてもこれから大変になるだろう。
 ブレイヤールは黄王の言葉を思い出す。大巫女はレイゼルトの右手を灰にすることで、石人達の恐怖にあっさりと片を付けてしまった。しかし本当に片付いたのだろうか。黄緑の王女は消え、彼女を守るはずだった剣も、王衛とともに消えた。奇妙なことはもう一つある。黄緑の王座を使ったとき、彼は何者かによって強い攻撃を受けた。それが城の力を操りきれなかった反動によるものなのか、別の意志が彼に逆らい、彼を阻止しようと動いたのかは分からない。いずれにしても、そこに城の存在が大きく関わっているのは確かだ。
 耳の奥で、あの日聞いた扉の閉まる重々しい響きが、かすかに呼び覚まされる。王の列に立ち並ぶ、歴代の王達の陰鬱な姿が、記憶の底から立ち昇る。彼らの黄緑色の衣装は純白の衣装に変わり、ブレイヤールの意識を白城の中枢へと向けさせた。彼は身震いをする。身近に存在し、時を隔てて遥か遠い城の秘密――。石人の歴史には、深みが隠されている。目に見える川の流れが、その深みでは全く異なる流れを生じているように。
 外は曇りだ。昼の太陽は厚い雲の上にあり、空全体が銀色の光に包まれている。戦場で盛大に焚いた光炉の光煙が、雲になったのかもしれない。その雲の谷から、太陽は淡く色づく光の帯をいくつも暗い林に降ろしている。
 ブレイヤールはおもむろに立ち上がり、部屋の外へ飛び出した。ぽかんとした顔の使者を後に残して。長い階段を駆け下り、南西の大門を目指す。その門は、黄緑の城がある方角だ。そして星の神殿もそのずっと先にある。
 白王が駆けていく先に、白城の家臣とアークラントの家臣がいる。彼らは何事かと驚いて、走り去る城の主を見送った。無人だった城には、たくさんの人々がそれぞれの営みを組み立てていこうとしている。その多くが人間だったとはいえ、白城は下層から中層にかけて、七百年ぶりの賑わいを取り戻そうとしていた。彼らは全て、新しい城と新しい王の誕生を、心待ちにしている。
 ブレイヤールはとうとう南西の大門へとたどり着く。
 むき出しだった大地は、この十数日のうちに柔らかな草地へと変わっていた。湿り気を帯びた冷たい春風に、木々の鋭い若葉は露を結び、野花は固いつぼみをほどきかけている。
 黄緑の城へと続く丘陵地帯から、小さな点が現れた。それはまっすぐこちらに近づいてくる。雲は厚みを増し、辺りは淡く陰った。近づいてくる人影は、一つではない。はやる気持ちを抑えるかのように、歩調の速い人影は長身長髪だ。濃い色の髪が、風になびいている。その人影からだいぶ遅れて、小さな影が三つ続く。そちらは疲れ切った様子で、互いに寄り添ってふらふらしている。
 まっすぐと先を見つめるブレイヤールの腕に、何かが触れた。彼は息を飲んで振り返る。アークラントの王女と目があった。彼女はまだやつれて見えた。ブレイヤールは彼方に向き直り、眩い空に目を細める。
「彼の予見が成就します」