足取りも軽やかに、駅前近くにある商店街の一角から出て来た、少年と見紛う幼さの残る容姿をした青年がひとり。
     まるで鼻歌でも歌い出しそうなほどに、その表情は嬉しさにはずんでいる。
     手にしているものは、持ち手の付いた小さな真っ白の紙の箱。

     「宮田くん、食べてくれるかなぁ…」

     店から出た一歩は両手で持った箱をじっと見つめ、一言そう呟くと大事そうにその箱を右手に持ち直した。


     ―――そう。本日は一歩の憧れでもあり、好きな人でもある彼の大切な日。



     petit bonheur une carte du la.



     ピンポーン、と彼の自宅であるアパートのインターフォンを鳴らす。
     会う約束は以前に取り付けてはいたものの、やはりこの瞬間が一歩は一番緊張する。
     緊張と、これから彼に会えるという期待で、一歩の胸はドキドキと高鳴った。
     がちゃり、と内側からカギを外す音がすると、開けた扉から秀麗な青年が顔を出した。

     「上がれよ」

     と、一言そっけなく来客である一歩を招き入れると、奥の居間に向かってその青年は歩き出した。
     この部屋の主である、宮田一郎だ。


     お邪魔します、と会釈をして玄関に靴を揃えると、一歩は彼の後を追って廊下を歩いた。

     「…先、座ってろ。――麦茶で良いか?」

     「え、そのえと、お構いなく」


     ベッド前のローテーブルに一歩を促すと、先に部屋に戻っていた宮田は、冷蔵庫からガラスのウォーターピッチャーを取り出す。
     氷の入った二つのグラスになみなみとそれを注ぐと、ローテーブルに自分の分を置き、もう一つを一歩に手渡した。

     「あ、ありがとう。………っは〜、美味しい〜!夕方になってだいぶ落ち着いてきたけど…、やっぱり外は蒸すね。」

     適度に設定された空調も、外気に晒されていた一歩の身体にはとても心地良いもので、
     手渡された麦茶に礼を言うやいなやグラス半分ほど一気に飲むと、一歩はふぅ、と一息ついた。
     そして、おもむろに居住いを正すと、一歩の向かい側に腰を下ろして麦茶を飲んでいた宮田に向かって、持ってきた白い箱をススス、と両手で差し出した。

     「それから、…コレ」

     この箱の形で、一歩が一体何を持ってきたかわかった宮田は、グラスを置くと軽く溜息を付いた。

     「お前…、コレって…」

     「だ・だって宮田くん、誕生日プレゼント何にもいらないって言うから…。せめて、この位のお祝いはしたくて…」

     上目遣いで眉を寄せた一歩のその表情が、まるで叱られてしまった飼い犬のように見えてしまい、
     その様があまりにもおかしくて可愛くて、宮田は心の中でプッと吹きだした。

     「ったく…、しょうがねえな」

     自分の誕生日を祝いたいと言う、一歩の素直な気持ちは宮田にとっても嬉しいものだったので、とりあえずこの白い箱を開ける事にした。
     箱を開けるとそこに入っていたものは……。



      Gateau aux la fraise(苺のショートケーキ)    Gateau au chocolat(チョコレートケーキ)    Gateau au fromage(ベイクドチーズケーキ)