3. 『きもだめし』





「ヴェーヌ、そこのバスケットから白いポットを取り出してくれる? ううん、そっちじゃなくて……そう、その細長いほう」
 ずっと黒猫がご飯を食べる様子を見守っていた金髪の少女が、お茶好き教師の指示に従って陶製のポットを取り出した。指示を出していたシアル教師自身は、銀色に磨かれたポットを草の上に置いた。たぷん、と水の音がした。
 春麗らかな学院の中庭。二人の教師と一人の新入生の三人で、野外のお茶会が始まろうとしていた。草の上に敷かれたピクニック用のシートに、三人は車座になって座っていた。
「それじゃ、お湯を沸かしちゃいますから……もう少し待っててくださいね、アッシア先生」
 無論、異論などあろうはずもなく、シートに腰を下ろすアッシアは素直に頷いた。
 シアル教師が銀色に輝くポットに両手をかざすと、軽く目を閉じた。
すると、ポットを白い模様が丁寧に包んだ。模様は、文字にも見える。魔術の構成を具現化した、文様と呼ばれるものだ。さらに、文字が白く淡く光り出した。光り出すのは、文様に魔力が注がれたという証だった。シアル教師が、呟く。
「汝、熱の小人よ」
 呟きと同時、魔術が発動し、熱量が鉄製のポットに集中する。そして、銀色に鈍く光るポットはごばっと音を立て、湯気がもうもうとポットから立ち昇った。
まだぐらぐらと音がする鉄ポットを布巾越しに掴むと、シアル教師は先程ヴェーヌが準備していたポットにお湯を移し変えた。
「お茶を出すお湯にも、ちょうどいい温度があるの。沸かしたてじゃ熱すぎるから、こうやって、器に移し変えてお湯を冷ますの」
 特に何を訊ねられたわけではなかったが、シアル教師が言った。
 アッシアは以前に聞かされたことだったので、「布教活動」と言われるシアル教師のお茶会に初めて参加するヴェーヌを意識して解説を加えたのだろうと彼は思った。
 そんなことをアッシアが思っている間にも、シアル教師は取り出した丸ポットに手早く乾燥ハーブを木匙で入れている。手早く白い手を動かしながら、シアル教師は言った。
「……そうだ。アッシア教師は、幽霊って、この世にいると思いますか?」
「幽霊? ……そうですねぇ、文化としてなら存在していると思いますけど。どうしてまたそんなことを?」
 シアル教師は軽く首を傾げてアッシアに微笑んで見せると、ヴェーヌへと視線を移した。金髪の少女は頷いて、説明のために口を開く。
「こんや、図書庫に、教室の皆さんと、ゆうれいちょうさに行くんですぅ」
「幽霊調査? ひょっとして、あの図書庫の怪談を確かめにいくってことかい?」
 アッシアの言葉に、ヴェーヌ少女はそうですぅと頷いた。
「厳密には、ゆうれいのしわざと思われている事象の、調査ですぅ。」
「ええっと、それは、枯れ尾花の正体を探ろうってことかい?」
「そうですぅ。どんなひとが、なんの目的で、どうやって、夜中に図書庫にしのびこんであんなに重たい本をばらまいているのか、それを調べようと思うんですぅ」
 アッシア教師は黒縁眼鏡を触っていた左手を頬に移して、ほりほりとかいた。
 どうぞ、とシアル教師に差し出されたカップを受け取りながら、アッシア教師は眉根を寄せて口を開いた。彼が受け取った陶磁のカップの琥珀色の液体からは、白い湯気があがっていた。
「そりゃ、なんでまた調査なんて」
「気になるからですぅ」シアル教師からハーブティ入りのカップを受け取りつつヴェーヌは即答した。「リーンさんは、きもだめしだっておっしゃってましたけど」
 それはあいつらしいな、とぼやいてアッシア教師はお茶を啜る。
「うん、お茶、おいしいです。シアル教師」
「おいしいですねぇ」ヴェーヌも言う。
 ありがとう、と微笑みを浮かべて、シアル教師自身もお茶を一口啜る。そして、また微笑んで言う。
「でも、ヴェーヌは――幽霊の仕業かもしれない、とは、思わないの?」
 そのおっとりとした女教師の問い掛けに答えたのは、冴えない男性教師だった。
「シアル教師がそんなことおっしゃるなんて、珍しいですね。幽霊に、なにか思い入れでもあるんですか?」
「思い入れなんて。そんな大層なもの、じゃないですけど」
ソーサーに乗せたカップを柔らかそうな膝の上の置き、バスケットの中を探りながらシアル教師は続けた。
「誰かのいたずらって考えるより、幽霊の仕業だ、って思っていたほうが――楽しいじゃないですか」
 相変わらず微笑み続けるシアル教師に、金髪の小柄な少女が異議を挟む。
「ですけど、ゆうれいはその存在が証明されていませんですしー」
「いない、とも、証明されていないわ」
「いることが証明されていないものは、いないと考えるのが作法ですぅ」
 カップに小さな唇を近づけながら反論する生徒に、シアル教師はにこりと笑う。
「正論派ね、あなた」
「ひょっとして、わたしのことをからかっているんですかー?」
 シアル教師は変わらずに口元に笑みを湛えたままで、そうじゃないわ、と言いながら三人の中央に焼き菓子が入った深皿を置いた。
「私が言いたいのは、知らないままのほうが楽しいってこともあるということ」
やや早口でそう言うと、彼女は続けた。
「さ、お茶受けの甘いものをどうぞ。新作ですから、あとで感想を聞かせて頂戴な」
 いただきます、と早速、こんがりと綺麗なきつね色の焼き菓子へとアッシアとヴェーヌは手を伸ばす。
「あ、このクッキー、中にジャムが入ってる」
「こっちのは、お茶の葉が入ってますぅ」
「名付けて、びっくりクッキー」シアル教師はいたずらっぽく片目を瞑ってみせる。「ね?知らないほうが楽しいってことがあるでしょう?」
 ヴェーヌは口の中のクッキーをお茶で流し込みながら、苦笑した。シアル教師は小皿の上で焼き菓子を指で細かく砕きながら、黒猫へと顔を向ける。
「ネコちゃんもいらっしゃい。それとも、クッキーはお嫌いかしら?」
 にゃあ、とひとつ鳴いて黒猫はシートの上にあがってきた。
「ひ、ひょっとして、魚入りのクッキーがあるんですか?」
「……それは、ないですよ。」
 冴えない男性教師の言葉に苦笑しながら、シアル教師は言った。


                       ■□■


 学院は大まかに言うと四つの棟から成り立っている。授業が終わったあと生徒たちがプライべートな時間を過ごす生徒寮棟。そして教師達の仕事用の個室がある教員棟と教師達の生活空間である教員寮棟。そして、日中に皆が学園生活を送る教室棟がある。
 教室棟には、図書と名のつく部屋は二つ存在する。ひとつは、生徒たちが通常使用する三階にある図書室と、図書室に収納しきれない本や閲覧者の特に少ない専門書を収納し、貴重品保管庫を兼ねる、地下の図書庫である。
 その図書庫へと通じる階段の前に、今、魔術で作り出された白い光球が浮かんでいた。小さな教室ぐらいならば楽に照らすことのできそうな光量の中に、四つの人影があった。


 山岳地帯に位置する学院は、春と言っても冷える。ぽってりとした黒い制服ローブの襟を合わせ、白い手を擦り合わせながらリーンが言った。吐く息が、かすかに白かった。
「これで、全員?」
「揃ったんじゃないの?取りあえず、昼のメンバはいるじゃない」
 そう言ったのは角眼鏡のレクシアだった。長い黒髪を上げているため露出している首が冷えるのか、鶴のように細い首を押えている。その横で、小柄な金髪の少女が同意を示すように頷いた。だが、リーンは不満げだった。
「お昼のとき、いない人も誘うってパット、言ってたじゃない」
 リーンは、パットに目を向けた。視線を向けられた擬似双子の兄は、両手を挙げて答える。どうやら、撃つな、の意を示しているらしかった。
「ワスリーは読んでいない経済情報誌があるから来たくないって言ってた」
「ワスリーのことはどうでも良いのよ。エキア先輩は?」双子の妹が尋ねた。
「どうでも良いって……ワスリーは僕らのクラスリーダじゃないか、一応」
「形式上の、って本人も認めてたわよ」
 パットは撃つな、のポーズのまま、溜息を吐くと、頷いて認めた。
「エキアは……来ないってさ」
「どーして?」
「さあ? ただそう言ってた。面倒臭いんじゃないか? そういう奴だし」
 そぉなんだぁエキア先輩来ないんだぁ。
 リーンはあからさまな落胆の様子を見せた。
「じゃあ、これで全員ですねー」とヴェーヌが言った。「それじゃあ、さっそく出発しましょうー。」
「あ、ちょっと待って」そう制止してリーンは伏せていた顔を素早くあげた。「へへー、私、いいもの持ってきたんだ。これ、ひとりにひとつね。」
 先程の落胆からもう立ち直ったようで、リーンは色素の薄い黒髪を束ねた尻尾をぴょこぴょこ跳ねさせながら、黒い鉄皿を三人に配った。古めかしい鉄皿の上には、蝋燭が一本乗っていた。
「これって……手燭?」鶴首の女生徒が、角眼鏡を通して手渡されたものをじっと見る。
「そ。手燭。ムードでるでしょ。魔術の明かりじゃ、ちょっと、ね」
 手燭に火を灯し、魔術の光球を消すと、見える範囲が一気に狭まり、闇の領域が広まった。か細い暖色系の光に照らされて、四つの影がゆらりと照らし出される。炎が揺れるたびに、四つの影がゆらゆらと揺れる。
「じゃ、出発ね。」
 囁くように、リーンが宣言した。

 一行は手燭の灯りを頼りに、石造りの階段を降りる。
 図書庫へ通じる階段は、通常の学院の造りとは異なる。どう違うかを指摘すれば、図書庫は居住性が考慮されていない、という言葉に尽きる。通常明るい色の塗料が塗られているはずの床も壁も、図書庫については灰色の石レンガが丸出しだった。湿気があるためか所々がカビで黒ずんで、お世辞にも明るいだの好ましいとは言えない雰囲気だった。この先には吸血鬼が住んでいるのです、と言われてもそれほど違和感は無いかもしれない。

 ヴェーヌは右手に手燭を持ち、その光を前に投げかけながら、一行の先頭を進んでいた。すると、空いていた左手に、突然ひんやりとしものを感じた。
 突然の感触に心臓が竦むのを感じながら斜め後ろを振り返ると、細身の少女がヴェーヌの手首に触れていた。
「な、なんか、不気味よね……」言いながら、リーンはヴェーヌの手を取って繋いだ。ヴェーヌはそれについて何も言わずに、されるがままに手を握り返した。
 気温が低いからか、リーンの指先は冷たかった。その冷たさを包み込むように、ヴェーヌはふんわりとした指を折り曲げる。
「気味の悪さにリアリティがあるよな。ここでの怪談話が広がった、っていうのも頷けるよなぁ」細身の少女の後ろを歩く赤毛の少年が、独り頷きながら段を降りている。「そーいやこんな話もあるな。今降りている図書庫への階段は全部で51段なんだけど、たまに52段になっているんだって。そして、52段目を降りた人間は次の日に死んでしまう……ところでレクシア女史、今何段目?」
「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよパット」
 パットの背後から、角眼鏡の女生徒がうめく。
「どうしたの女史?声がちょっとおかしいけど。怖いなら、俺が手を繋いであげようか?」
「冗談言わないで。もし仮に幽霊が出てきたとしても、絶対にあなたの手だけは繋がないわよ」
 鼻息荒いレクシア女史の言葉に、パットは黙ってほの暗い闇の中で肩を竦めた。
 手を繋いで落ちついたのか、いつもの口調に戻った細身の少女がヴェーヌに尋ねた。
「にしてもさー、ヴェーヌちゃん。アッシア先生が、中庭で猫と世間話してたって本当なの?」
 尋ねられて、小柄な少女は大きく首を縦に振った。
「ほんとうですよぉ。あれを見たとき、いっしゅん逃げようかと本気で思いましたー」
「家とか誰にも見られないような空間で、自分のペット相手にならまだわかるけどなぁ。」
 先を行く少女たちの後ろから、パットが口を挟んだ。リーンは、うーん、と唸って自分の予測を述べる。
「やっぱり彼女とかいなくて寂しいのかなぁ。なんかさー、アッシア先生って典型的な寂しい独身男性っていう雰囲気放っているもんねぇ」
 そうかもなぁ、とリーンの言葉に同い年の兄は同意して、続けた。
「恋愛するにしても、限りなく無理そうな片思いしてるからなぁ、アッシア先生は」
「ホントよねー。アッシア先生が好きなのって、エマ先生でしょ?絶対無理よねぇ」
「無理だよなぁ。『あの』エマ先生だもんなぁ」
「えま先生、ってだれですかぁ?」
 知らぬ人名に、ヴェーヌが双子の会話に口を挟んだ。
 あ、そうかヴェーヌちゃんは知らないのか、とリーンが言った。
「エマ=フロックハート学院教師。現在23歳にして、大陸西部で数人しか認定されていない第一級魔術士」
 すらすらと文章を読み上げるかのように解説を加えてきたのはレクシア女史だった。エマ教師なる人物に憧れているのか――もしくは恨みでもあるのか――はわからないが、とにかく暗記した台本を読み上げるように彼女は続ける。
「17歳という若年で才能を認められてセドゥルスの学院教師に就任。その才能を称えられて、彼女は『紅の魔女』と呼ばれている――」
「――まあ細かいことは抜きにして、とにかく凄い人なんだこれが」そう大雑把に説明を引継いだのはパットだった。「その魔術の才能だけでもすごいのに、美人で性格も良くて、正真正銘言葉通りの才色兼備。学院にはファンクラブもあって、そののべ会員数、推定200余人。単純に考えて、学院の5人に1人はファンクラブ会員ってことになるかな。」
 そういう人に、我らがアッシア先生は恋をしてるってわけさ。
 そう赤毛の少年が締めくくった。
「きっと、お月様が三回くらい落っこっちて、ぶたさんが空飛ぶぐらいのことがなきゃ、アッシア先生の恋が叶うことなんてないわねぇ」
 リーンがよくわからない比喩を使いつつ、溜息をつくようにして言った。
「……でも意外に、食べてみないと中身はわからないかもしれませんよぉ。クッキーみたいに」
 なんとなく反発を感じて、ヴェーヌは小さな声で呟いた。
 その小さな呟きを拾って、双子がそれぞれに反応した。口早な言葉が、降る階段に反響する。
「まあ、恋は障害が多いほど燃えるってゆーしね。アッシア先生、果てしなく燃え尽きて真っ白になりそうだけど」
「確かに不可能に挑戦してこそ、人類の進歩だからなぁ。むしろ、ひょっとすると万が一いや億が一くらいにも、アッシア先生の挑戦は偉業の第一歩かもしれないなぁ」
 容赦のない双子たちの指摘に、ヴェーヌはどう反応していいかわからずただそっと溜息を吐いた。弁護しようにも、その相手が明らかに冴えなくて、猫と会話するような男性なのだから弁護のやり様が無い。けれど取りあえず、目の前の現状を指摘することを思いついて、ヴェーヌはそれをそのまま口にした。
「これが図書庫の入り口ですか、おっきな扉ですねぇ」

 小柄な金髪の少女の言葉通り、下る階段はいつの間にか終わっていた。鉄の錨で補強された分厚い木製の扉が、手燭の明かりに照らされながらも沈黙している。背の高い扉は、一行の行く手を遮るように石が露出した通路にぴったりと嵌りこんでいた。
 まるで異界に通じているかのような、冷たさを感じる扉。
 その扉を封じる錠前を赤毛の少年が鍵で外す。がちゃり、と重い音が密閉された通路に響く。地下には空気孔はあるようだが、月の光はこんなところまでは差し込んでは来ない。深い闇に抗う光は、たった四本の蝋燭の灯りだけだった。
手燭を同い年の細身の妹に預け、赤毛の少年は観音開きに分厚い扉を押し開ける。
 ぎぃぃぃ、と重たげな音を立てて扉が開いた。
 開けた扉に、遮られていた道が開いて、闇の中の冷えた空気が動く。冷たい微風に、四本のうち二本、蝋燭の火が消えた。
 扉の向こうには、ぽっかりとした闇。
 ちゃりん、とパットは指先で鍵を揺らした。
「さあて」そして唇を舐め、彼は告げる。「いよいよ本番だ」



                           ■□■


 地下書庫は、広い。
 ここに保管されているのは書籍だけではなく、歴史的な遺物なども数多く蔵されている。古代文字が彫り込まれた石柱、紙が無い時代の成文法が載せられた粘土板群、なにやらよくわからない青銅の壺、古代の王が持っていた神聖文字が刻まれた剣などもここに納められているのだ。
そのほかにも、竹簡に絹布、羊皮紙に古代の粗雑な紙といろいろな記録媒体があるのだが、それでも一番数が多いのが紙が綴じられた書籍である。しかし時代も地域も異なる書籍たちは大きさも厚さもまちまちだ。そういった不揃いのものを保管するために、多大なスペースが割かれている。ちょっとした競技場よりも、さらに広い造りになっている。
 無駄だ、とは誰も指摘しない。倉庫とはそういうものだと誰もが認識しているためだろう。
 つまり、いつか誰かがほんの少し必要とするときのために、適正な対価として巨大な空間を長期間に渡って支払い続けるということを、誰もが容認しているのだ。
 さらに図書庫に保管されているものは、何かしらの法則性に従って整理区分されているのだが、なにがどうなっているのかは一般の人間にはわからない。というよりも、管理人にすら理解されていないのだから、誰も理解していないというのが本当なのだろう。時代や地域、書かれている内容や言語、さらに傷みの激しいものやそうでないものなどの基準が入り乱れて、とにかく詰め込まれたという印象しか与えない。
 一応、図書庫は三つの区画に分かれている。しかし、現状が上の如くであるので、その区画分けの有効性は疑わしい。従って。
 ―― 昼休みの残り時間が無くなって、急いでサンドイッチをコーヒーで詰め込んだあとの胃。
 そんなものを、赤毛の少年が連想したとしても、まったく仕方の無いことではあっただろう。


 だだっぴろい。
 図書庫に入り、パットがまず思ったのはそれだった。
 とにかくたくさんの棚がある。蝋燭の灯りしかないのでそれほど遠くまでは見渡せないのだが、闇にうっすら姿を浮かべる輪郭に目を凝らす限り、図書庫は相当広いようだった。
 ――これで上が青空だったら、物凄い開放感なんだろうな。
 思って、彼は手燭を頭上に掲げる。
 図書庫は地下にあるはずなのだが、相当深く潜っているようで天井が高い。少なくとも、蝋燭の光ではその天井を知れないほどに高い。それほど天井が高ければ開放感があってもいいはずだが、周りは手持ちの明かりでは拭いきれないただの闇だった。こうなると、開放感よりも気味の悪さが先に立つ。
 改めて認識したことで体を包み込むようにまとわりついてきた気味の悪さを払うために、パットは口を開いた。
「リーン。幽霊騒ぎのあった場所、ってのは何処なんだ?」
 同い年の従妹は、問われて弓形の眉を寄せた。
「うーん、確か第二区画だって言ってたと思うんだけど」
「けど?」
「第二区画って、どこなんだろうね」
「どこなんだろうねって――」
 言って、パットは闇を見渡す。
「どこなんだろうな」
「じゃあ、二手にわかれて、全部を調査しましょぉ」
 そう言ったのは、金髪の新入生だった。
「そうね。一組で全て廻るんじゃ、時間がかかりすぎると思うわ。二組に分かれて探索して、半時間後にまたここで集合ということにしましょう。」
 角眼鏡の副クラスリーダがそう同意する。そして続ける。
「ということで、私はヴェーヌちゃんと右半分を廻るから、あんたたち双子は左ね」
「「えぇー!」」擬似双子が、一緒になって不満の声をあげる。そして互いで互いを指差し合う。「「こいつと組み?」」
 いいじゃない別に、とレクシア女史は軽くいなす。
「ゆうれい騒ぎの手がかりをさがすわけですからー、どのみち第二区画だけじゃなくてぜんぶをしらべてみる必要がありますー。チームワークのかんてんから見ても、ごうりてきな結論、だと思いますぅ」ヴェーヌがそう付け加えた。
「ちーむ……」「……わぁくぅ?」
 心底嫌そうに、擬似双子たちが割台詞で繰り返す。
「そうそう、その調子よ。じゃ、何かあったら適当に魔術で合図して」
 まあ何も無いとは思うんだけどね、と言いながら、レクシアはヴェーヌ少女の手をとって、闇に消えていった。

 取り残されたパットは、隣のリーンを見る。
 同じように、リーンもパットを嫌そうに見る。

「「最悪」」

 またも重なった声が、闇に響いた。