7. 『君は誰だ





 ――本気で停戦の交渉をしたいというのであれば、お前の誠意の証に、これに耐えてみせなさい。

 その日は、まだ陽の沈む前の時刻だというのに、空は厚い雲に覆われてしまっていて、すでに夜のように暗かった。雪がちらちらと降り、ときおり吹雪く。そんな天気の日の、アーンバル軍の砦の薄暗い一室。
 北王戦争において、砦をもって迎え撃つアーンバル北面軍と、遠巻きに攻撃陣を張るベルファルト北面軍。その両軍の停戦のために全権を委任され、密使としてやってきたレイレンの前に、ふたりの女性がいた。
 うちひとりの顔は、レイレンもよく知っていた。『炎戮』エレ=ノアだ。
 異能な威力の魔術で異例の昇格を果たし、アーンバル北面軍の司令官となった女性。自国内では『炎の女神』と英雄扱いされ、連日報道される新聞にも、端麗な軍服に身を包んだ彼女の写真が載っていた。端麗な軍服と、ブロンドの髪が顔の右半分を覆う美人であることは新聞の写真と同じだったが、露出している左目が、揺らめくような殺気でぎらぎらしているのが違っていた。
そしてもうひとりは、名も知らぬ樺色の髪の女性。いや、まだ幼さが残る、少女のようにも見える。当時のレイレンは、彼女が、エレ=ノアと親しい女性という情報程度しか、持っていなかった。

 両者の間には、エレ=ノアが魔術で生み出した、炎の蛇がいた。

 その炎の蛇は、ゆっくりとレイレンの方へと近づいてくる。
 蛇は、間合いをはかるように、ちろちろと細い炎の舌を出した。
 魔術の主は、腕を組み、左目のぎらつく光を少しも隠そうとはせずに言ってくる。
「さっきも言ったことだけど、私は彼方が信じられないの。薄汚い暗殺屋の言葉を信じるようなお馬鹿は、そうそういないわ。でも、これに耐えてみせることができれば、話くらいは聞いてあげなくもないわ」
「姉さん……」
 樺色の髪の少女が、エレ=ノアを制するように呼んだ。しかし、エレ=ノアは気にした風もない。雪よりも冷たい青い目で、レイレンの反応を見守り続けていた。
 炎の蛇が、突然跳ねた。
 レイレンの右腕に飛びつくと、それを味わうかのように、蛇はゆっくりと巻きつく。
 蛇が動くたびに、部屋には肉が焼け焦げる嫌な音がして、独特の匂いが立ち込めた。
 レイレンは、何もせず何も言わず、ただ耐えている。
「ねぇ、姉さん、もういいでしょう? もう充分よ」
 もう見ていられない、という調子で樺色の髪の少女が言った。しかし、依頼を受けたエレ=ノアの答えは、冷酷なものだった。
「まだよ」
「そんな……」
「まだよ」

 エレ=ノアの強いその言葉は、レイレンに向かって吐き出されたものであるようだった。
 そしてレイレンは、振り払えと本能を刺激する炎の熱さと、右腕の激痛に耐える。表情を変えないように心に強く自制をかける。だが、額に浮かぶ脂汗は、どうしようもなかった。
「……必要ならば、左腕も試すか?」
 苦し紛れのレイレンの言葉に、エレ=ノアは、はっ、と短い笑い声を放った。
 そして、炎の蛇が消えた。
 エレ=ノアは、何事もなかったかのように、身を翻した。
「今日は疲れた。もう寝るわ」
 そして、部屋の扉のノブに手をかけたときに、軽く視線をレイレンへと遣った。
「また明日ね。レイレン=デイン」
 エレ=ノアは、それ以上は何も言わなかった。単に余興がひとつ終わった、そんな調子だった。
 ばたん、と扉を閉めてエレ=ノアが部屋を出て行くのと、レイレンがその場に膝をつけたのは、同時だった。そこへ、まだ部屋に残っていた樺色の髪の少女がレイレンに走りよった。
「大変……! 早く冷やさなきゃ、どうか、こちらへ」
 樺色の髪の少女は、レイレンの左腕を掴み、引きずるようにして窓の傍へと連れてくると、窓を開け放った。身を切るような冷たい風とともに、雪が吹き込んでくる。カーテンも暖炉の炎も、冬の風に弄られる。
 そして、少女は、窓の外へと身を乗り出すと、外に大量に積もっている雪を両手ですくった。
「大丈夫ですか?! 大丈夫ですか?!」
 泣きそうな声でそう言いながら、樺色の髪の少女は、雪をレイレンの右腕に擦り付けた。炎で焼けた腕が、雪を水にし、そして湯気に換えてしまう。少女は何度も身を窓から乗り出して雪をすくい、レイレンの右腕にあて続けた。

 炎の蛇が残した火傷。
 きっと一生残る火傷の痕が、彼の右腕に残るに違いなかった。
 強い風が吹いて、少女の樺色の髪が、ぶわりと拡がり、舞う。
 入り乱れるように流れる雪は、粉雪。

 ――それが、レイレン=デインと、エマ=フロックハートとの初めての出会いだった。




(そう、それが初めての出会いだった)
 古い記憶を巡らせながら、レイレンを名乗る黒猫は、暗い遺構の中、他の3人よりも少し後ろを進んでいた。
 ワイン工場だったという石造り遺構の空間は広大で、往年の栄華を偲ばせるには充分だった。
 アッシア教師が、ヴァルヴァーラと呼ばれる生徒の控え目な質問に答え、そして、彼らのやりとりを、樺色の髪の教師が見守っていた。そんなエマ=フロックハート教師を、黒猫は少し離れたところから見上げる。
 彼女は、黒猫――レイレンの記憶の中にある6年前の少女の面影を強く残していた。ただ当時にはあった、あどけなさは洗練され、すっかり影を潜めていた。けれど代わりに、彼女は大人びた落ち着きと淑やかさを纏って微笑みを浮かべる。レイレンは、時の流れを思った。
 何かが無くなり、けれど新しい何かが置き換わる。
 それは、何についても同じだった。たとえ古いものと新しいものが等価でなくとも、すべては時とともに変わり続ける。そして変わり続けることは、破壊と創造を繰り返す円環でもある。
 そう――、とレイレンは思う。
 アッシアが説明してくれた、降灰で消えてしまった都市も同じことだ。時間が流れて都市が無くなり、その代わりに豊かな森を生んだ。
 では、自分についてはどうだろうとレイレンは自問する。
 古い人間の体を失い、新しい猫の体を得た。しなやかで、しかし、か弱い新しい体。目印のようにして右腕にあった火傷の痕も、猫の体になってしまってからは無くなってしまっていた。火傷の痕どころか、あまりにも体が変わってしまいすぎて、この黒猫が、レイレン=デインだなどとは誰も思ってはくれないだろう。
 では、自分がレイレン=デインであることを証明するものはなんだろうか、とも黒猫は思う。
 しかしそれは簡単な話だった。自分がレイレンであると証明するもの、それは記憶だ。レイレン=デインとして生きた記憶そのものが、証拠になる。



                          ■□■



「この奥が、ワインを樽で保管していたと思われている部屋です。今までよりもさらにひとまわり大きな空間になっています」
 前方を片腕で指し示して、アッシアは言った。魔術の光源で照らされて、広大な空間が浮かび上がっている。
 すぐ後ろを歩く、エマ教師とヴァルがそれぞれ頷いた。その後ろにいる黒猫が何か考え事をしているようにも見えて、アッシアは少し心配だったが、まさか呼びかけるわけにもいかないため、結局アッシアが黒猫に声をかけることはなかった。クロさんと呼ばれる黒猫が、人語を喋ると知っているのは、アッシアだけなのだ。そう、そして黒猫が、自分が暗殺者のレイレン=デインだと主張していることも、アッシアの胸の中だけに収められている秘密だった。
(いや、秘密と言うかなんというか)
 心の中で、アッシアはぼやいた。こんな突拍子も無い話を、いったい誰に相談したものだろうと。
 そして、横目で盗み見るようにして、エマ教師を見た。樺色の髪の彼女は、先行する魔術で作り出された光球が照らす空間を真っ直ぐに見ていた。彼らが進む廊下は奥で行き止まりになっていて、行き止まりの向かって左側に、暗闇がある。その暗闇こそが、ワインの保管庫につながっているはずだったが。
(エマ教師に相談……なんてできるわけないよなぁ)
 そう思って、アッシアは軽く溜め息をついた。黒猫が実は暗殺者なんです、なんて、ジョークとしてもいまいちだ。
 せっかく憧れのエマ教師と歩いているのに、こんな悩みを抱えていては、面白くもないではないか。
 そしてまたアッシアが溜め息をついたとき、エマ教師が声をかけた。
「なんだか、アッシア教師は、先ほどから溜め息ばかりですね。案内する相手が、わたしたちのように古代に造詣の浅い者ですと、やはりつまらないですか?」
 そして、エマ教師がわざとすねた表情を作って見せた。それは、溜め息ばかりのアッシアへの、ユーモアを交えた軽い非難だったが、アッシアは少しばかり違う受け取り方をした。
(すねた顔も可愛いらしいなぁ……)
 へらりと情けない笑いを浮かべたアッシアは、慌てて言い繕った。
「いや、つ、つまらないだなんてそんな。むしろ、エマ教師をご招待できて、光栄だと思っていますよ」
「光栄だなんて。からかっては嫌ですよ」
 アッシアは心の底からの言葉だったが、どうやら、エマ教師は冗談だと受け取ったようだった。白いこぶしを唇に触れされて、くすくすと咲った。
 そこに、早足になってアッシアの前に出たのは、少し後ろを歩いていたヴァルだった。
「早く進みませんか?」
 心持ち硬い声で言うと、褐色の少女は、先行している光球を目指して歩く速度をあげた。アッシアとエマ教師も、少し遅れて彼女を追った。





 先に踏み込んだヴァルを追って、アッシアはその空間に入った。ワインの貯蔵場所だったという、その空間は幅も奥行きもあり、2百人くらいの人数が入れそうなほどだった。古代には樽が置かれていただろう空間には、今となっては何もなかった。先行発掘隊がこの部屋に入ったときにも、ほとんど何もなかったとアッシアは伝え聞いている。

 何も置いていない空間はがらんとしていて、妙に広く感じるものだ。
 アッシアはその部屋をゆっくりと見回して、強い違和感を覚えた。
 違和感の原因は、すぐに知れた。
 アッシアたちが作り出していた魔術の光球は2つ。
 だがしかし、その空間には3つの光球があった。
 部屋の中央あたりと思しき場所にある光球へ、視線を投げる。
 魔術の光源の下には、ひとつの黒い影があった。
 よく見ると、その影はひとだった。
 手頃な石に腰掛けていた。
 先客だ、とアッシアは思う。

(こんな場所に、いったい何の用だろう)
 自分のことは棚にあげ、脳裡に疑問符を浮かべながら、アッシアは部屋の中央にいる人間を観察した。部屋の入り口に立つアッシアからの距離は、十と数歩、といったところだろうか。背中まで届く長い黒髪。だが、体格から男だろうと推察された。露出した両腕はバランスよく鍛えられて、強さとしなやかさが感じ取れた。
 男は、手元の本を読みつづけていた。
 アッシアが近づいても、長髪の男は、まだ本から目を離さない。
 それが逆に、アッシアには不気味に感じられた。
 ぺらり、と男はページをめくった。
 アッシアの直感が警戒すべきことを全身に命じる。しかしアッシアは、その直感をゆっくりと抑えこんだ。こんな何もない遺構で盗掘者とも思えないし、案外、個性的な学者なのかもしれない。
 心を決めたアッシアは、息を吸い込んで、誰何の声をあげる。
「君は――誰だ?」



                        ■□■



 馬鹿な。そんな馬鹿な。
 そんなはずはない。幻覚だ。
 いや、幻覚ではない――はっきりと見える――。
 幻覚でないならば何かの間違いだ。
 だがもし間違いでないとしたら、あれは誰なんだ。
 誰なんだ。
 そして私は誰だ。
 どちらが本当なんだ。
 いや、私が本当だ。本物のはずだ。
 だが、私が本物だという根拠は何処にある?
 あれが偽物だと否定できる根拠は何処にある?
 私は私であると思い込んでいるだけなのか?

「君は――誰だ?」
 アッシアの声がする。

 そして私は――誰だ?



 レイレンを名乗る黒猫は、その部屋の中央に座る男を見て、目が離せなくなった。懐かしいというよりも、ひどく混乱した。心が激しく乱れ、艶やかな毛皮の下の心臓が、大鐘が鳴るかのように暴れた。
 あれは――そしてわたしは――誰なんだ。
 自問が、胸に打ち込まれるように刻まれる。
 部屋にいる黒髪の男――その男は、人間の頃の、自分の姿――。

 レイレン=デインの姿、そのものだった。




                        ■□■




「君は――誰だ?」

 アッシアの問いかけに、黒髪の男は無反応だった。少なくとも、最初はそう見えた。しかしアッシアがよく見ると黒髪のに覆われた肩が小刻みに揺れていた。耳を澄ませば短な呼吸音が聞える。どうやらその男は、本を手にし背をアッシアたちに向けたまま、笑っているようだった。
 事実、その男は、はッ――と声をあげた。そして嘲りの笑いを顔に張り付かせて、続ける。
「誰だれ誰ダレ!皆、誰かと聞く!ならば聞くが――お前は、何をもってその個人を同定するのだ!」
「なにを言って――?」

 男の言葉に、アッシアは戸惑った。内容、そう言葉の内容も異様だったが、それよりもその返答と迫力が、アッシアの想像を越えた、というよりも常軌を逸していた。
 魔術の白い灯りの中、男は本を閉じて床に置き、ゆらりと立ち上がった。アッシアたちから見て逆光に立つ男は背が高く、危険な感じがした。
 アッシアたち3人の中で、ヴァルが最も先行しており、男に一番近かった。ヴァルの後ろに、教師たちがいる。この立ち位置はよくないかもしれない、とアッシアは直感的に思う。
 しかし、逆光を受ける男は、ざらりとした黒い長髪を揺らしながら、強い調子で言葉を続けた。
「わからぬか? 何をもって、何を指してお前は人の名を呼んでいるのかと聞いているのだ! 名とは対象の本質を指すものだ。では、お前の考える人の本質とはなんだ? 記憶か? 精神か? 肉体か? だが記憶や精神など外から見えはしないからわからぬな! ならば肉体だけが人間の本質なのか? さあ答えろ! お前にとって人間の本質とはなんだ? その答えによっては私もお前の問いに答えよう!」
 そう言って、ゆっくりと男は長い両腕を広げた。まるでこれから両腕に何かを抱こうとでもするように。腕は、魔術灯の光でくっきりと浮かびあがった。

 だが、男の問いとは関係なく、ヴァルとエマ教師が、ほぼ同時にそれぞれ呟いた。
「右腕に……縄を巻いたような火傷の痕」体を小刻みに震わせて、ヴァル。
「……レイレン=デイン」信じられないという風に口を押さえて、エマ教師。
 その呟きを聞いて、アッシアは思わずエマ教師を振り返った。
 ――私は、レイレン=デインと面識があるの。
 昨晩のエマ教師の言葉が、アッシアの脳裡に甦った。
 
 そのときだった。アッシアの前方に立っていたヴァルの体が、突然爆発的に大きくなった。
 そのヴァルの背を、どうにかアッシアは受け止めることに成功した。
 目の前の男が疾風のように前に出て、ヴァルを殴り飛ばしたのだと遅れて認識する。
「こんな近距離で、そんな大型の魔術を使うものではない。このように隙をつかれるからだ。愚か者め」蔑むような男の声。
 ヴァルは、目の前の男が仇のレイレン=デインだと認識して、ほとんど反射的に魔術で攻撃を仕掛けようと文様を描き出した。危険を察知した目の前の男が、素早い動きでヴァルを殴り飛ばした。どうやらそれがたったいま起こった出来事の経緯のようだったが、アッシアがそう思い至ることができるのは、後になってからのことだった。
 言葉とほぼ同時、殴り飛ばした姿勢のまま、黒い長髪の男は、魔術文様を描き出した。
 簡潔で、充分な威力を持った攻撃魔術の文様。
 まだアッシアがヴァルを受け止めて体勢を立て直してもいない、刹那の出来事だった。
(早ッ……?)
 アッシアはヴァルをかばうようにして、肩を前に出し、体の位置を入れ替えた。
「砕けよ!」
 男の魔術が発動する。
 薄手の板が、破けるような音がして、アッシアはヴァルごと後方へと吹っ飛ばされた。5ヘートほどを飛び、あとは埃だらけの床に、ふたりで転がされる。
 そして、ふたりともが動かなくなった。
「あの瞬間で防御をするか。それなりにやるようだな」
 ようやく構えを崩し、黒い長髪の男は言った。
「レイレン!」エマ教師が、非難するように叫んだ。「貴方、どうしてこんなところに――。いえ、それよりも、突然の攻撃はないでしょう!」
 エマ教師のブラウンの目は怒りに燃え、レイレンと呼ばれた男を射抜いている。だが、男はさして気にした風でもなく、ざらりとした長髪をかきあげ、
「攻撃されそうだったので反撃したまで。それに、あの男、あの一瞬で不完全ながら防御魔術を発動させて衝撃をそらしていた。死んではおらんだろう」
 男はかきあげた髪を、指で梳くようにしながら続けた。
「それよりも娘――。お前、レイレン=デインの知り合いか」

 ――え?

 ぴたり、とエマ教師は動きを止める。そしてゆっくりと二歩さがった。
 男がもしレイレン本人ならば、レイレンの知り合いか、などと問いかけることは、どう考えても奇妙なことだった。戸惑いと警戒の表情を浮かべ、彼女は長髪の男に聞いた。
「あなたは一体――何者なの?」
「まだそこの眼鏡からの回答を聞いていないのだがな」長髪の男はちらりとアッシアの方を見たが、すぐに興味を失ったようだった。「まあいい。私は、レイレン=デインであって、レイレン=デインでは無い者だ」
「レイレンであって……レイレンでない?」謎かけのような言葉を改めて呟くエマ教師。「どういう意味なの?」
 エマ教師の声には、苛ついた響きがあった。だが、やはり長髪の男は、エマ教師の感情など、気にもとめない。
「誠実に答えたまでだ。問いが抽象的過ぎるのだよ」
「なら――本物のレイレンは、レイレンでしかないレイレンは――今何処にいるの? 生きているの?」
 顎に手をやりながら、男は答える。
「今何処にいるかという問いには、何処にもいないと答えよう。そして生きているかどうかと言えば、生きているとも言えるし、生きていないとも言える」
「じゃあ――、私はまた本物のレイレンに会うことは可能なの?」
 エマ教師が続けて訊ねる。謎かけには質問を重ねることで核心に迫ろうと考えているようだった。そして、彼女の言葉は、絞り出した悲鳴のような、大きな感情が篭もっていた。
「君がまた本当のレイレンに会えるかどうかは、正直わかりかねるし、私の知ったことではない」
「あなたと、レイレンの関係はなに?」
 長髪の男は質問には答えず、ただ長息した。まるで、ここで終わりだと宣言するかのように。
 ――きりがないな。
「もう、問答にも飽きた。そろそろお前たちを完全に排除させてもらおう」
 じわり、と長髪の男は威圧感をあげる。そして、一歩、前に右足を踏み出す。
 エマ教師は、半身になって戦いの構えを取った。だが、彼女は不可視の何かに押されるかのように、一歩後ろにさがった。非難の声すら、あげることができなかった。
 空中に浮かぶ魔術光球が、暗闇の中、白い無音の光を投げかけている。