7. 『成果は上々』




「ねぇ。デグラン家って、偉いの?」

 昼下がりの学院の食堂。安っぽい薄めのアイスコーヒーに、ミルクと砂糖をたっぷり入れながら、リーンが口を開いた。
「そりゃ偉いさ。なんたって、大公家だぞ」
 オレンジジュースを口に含みながら、赤毛のパットが応える。
 不審な外来者たちと教師たちの応接室での会話を、盗み聞きしていたリーンたちだったが、どうやら応接室での会話がひと段落したようだったので、こうして食堂まで退避してきたのだ。なかなか興味深い内容だったが、長居をして見つかる前に、早々に引き上げるのが盗み聞きのコツだ。
「ベルファルト王国では、大公家は、王家と比肩する権勢を持っているそうよ」
 そう言ったのは、ヴァルだった。レモンティーの中に入っている透明な器の中の氷が、かろんと小さな音を立てる。
「つまり――、どういうことに、なるのかな?」
 ごくりと飲物を飲み下しながら、リーンが聞いた。何が「つまり」なのだかわからないが、付き合いの長いパットは、従妹のその一言だけで了承したらしい。
「つまり、あの二人の外来者は、王子さまみたいなもんだってことさ」
「王子さま……おうじさまかぁぁ」
 組んだ両手を右頬にあてて、うっとりとした様子でリーンは瞳を細めた。いったいどんな白昼夢を見ているのか、口元がどんどんだらしなく開いていく。まるで顔の一部が、冷却途中のゼリーにでもなったかのように。
「そーよねぇ。いかにもって感じだったもんねぇ、ジュリアスさん」
「リーン……?」
 溶けていく友人を心配して、ヴァルが声をかける。が、リーンは気付いた様子なく、しまりの無い顔で続ける。
「山奥の学院で暮らす可憐な少女。そしてそこを訪れた王子さまと偶々出会って恋に落ちて……。美形で知的で優しい王子さま。あぁ、もう、あたしったらまるで物語のヒロインだわ。なんか照れるなあ」
 ヴァルは、助けを求めるようにパットを見遣る。しかしこの従兄は、無言で首を振って、ただ果汁汁へと取り掛かっている。
「そこへ登場するのが恋敵。よりによって、それがジュリアスさんの弟の、ダグラスさんなわけ。ちょっと華麗さは劣るけれど、兄とは違う趣きがあって、ぶっきらぼうな中にも優しさがあって、きゅーんとなっちゃうわけよ、あたしは。そこにダグラスさんから告白されて、ああもう、あたしはどっちを選んだらいいんだろう?
 いやでも、ここは初心というか愛を貫き通すわけよ。清純派ヒロインだもの。ダグラスさんは泣く泣く断り、けれど、あたしはジュリアスさんと一生幸せに暮らしましたとさ。そういうエンドよね。やっぱり路線は純愛よね。世間でも流行だし。ね、そう思うでしょ?」
「でしょ、って言われても……。なんて答えたらいいのか……」
 すっかり困惑しているにも関わらず、それでもなんとかリーンの妄想に誠実に答えようとしているのか、ヴァルは首をひねるように傾げた、そのとき。

 ずずずっ、とパットがジュースの残りを啜る大きな音が響いた。
 ゆっくりとした動作で、持っていたグラスをことりと置く。
 そして、赤毛の少年は、おもむろに話を始めた。
「それよりもさ」
 どうやら、リーンのこれまでの妄想は完全にスルーされるらしい。
「ジュリアスとダグラスってひとたち。あのふたりは、どういう目的で、この学院に来たのかな?」
「それは――」
 言いかけて、ヴァルは少し考えた。そこまで話が進む前に、盗み聞きをやめて戻って来てしまったからだ。だから、ここから先は、想像の話になる。
「アッシア先生に、久しぶりに会いにきたんじゃないのかな」
「大公の息子が、二人揃って? 何か不自然だよ」
 素早く赤毛の少年は反論した。
「言われてみれば、確かに……」ヴァルは考え込むように口元を手で押える。
「きっと、なにかの事情か、目的があるんだ」青い瞳を確信めいて光らせて、パットが言う。「そうでなきゃ、わざわざこんな山奥の学院まで来ないよ」
 ふたたび反論を受けて、ヴァルは、自分のレモンティーへと視線を落とす。
 琥珀色の液体は半分にまで減って、グラスにまとわりつく汗は、白いテーブルに小さな水溜りを作っている。隣のリーンを見遣れば、まだ魂を妄想世界へ旅にやったままだった。ヴァルは、視線を再び飲物へと落とす。ひょっとしたら、と呟いて、褐色の肌の彼女は、自分の飲物をかき混ぜた。
「アッシア先生を、デグラン家の騎士団へ連れ戻すことが目的なのかな?」



                      ■□■



「お前を家へ連れ戻そうという気がなかった、と言えば嘘になるな」
 さらりとジュリアスは言った。
 その後ろを歩くアッシアは、ジュリアスの背中の銀髪を見つめたまま黙っている。
 日陰が伸びた学院の裏庭にはひとけがない。そこには、ジュリアスとアッシアだけが立っていた。
 エマ教師による聴取も終わり、こうして、彼らはふたりきりで話をしている。ダグラスは、またどこかへと行ってしまった。保守的に見えて、割と好奇心が旺盛なところは昔と変わっていないとアッシアは思う。
「家を飛び出していった人間とは言え、家族だ。ほとぼりを冷ましてみそぎが済めば、戻って来てもらいたいと思うのが人情だろう?」
 振り返ったジュリアスは、微笑を浮かべていた。アッシアは、戸惑うようにして目を逸らして、言った。
「にい――ジュリアスが、人情、なんて言葉を使うなんて思わなかったな」
「歳を重ねれば、人間丸くなる。使わざるを得ない場面も多くなる。世の中、理屈だけで動いているわけではないからな」
 いつものように、ジュリアスはさらりと説明してみせた。
 昔からそうだ、とこの5歳年齢が離れたジュリアスを見て、アッシアは思う。いつでも落ち着いて何でも当たり前だというように説明してみせる彼は、別の次元にいるようにも感じられる存在だった。
 アッシアがただ、そうだね、と苦笑すると、銀髪の貴人はまた言った。
「アッシアも、教師なんて職についていたら、理屈通りに行くことなんて少ないと思う機会が多いんじゃないか? まあ、良い生徒に恵まれているようだが」
「問題児ばかりだよ。どちらかと言えば、僕は振り回されてばかりだ」
 こんなところで見栄を張ってもしょうがないとアッシアは思った。だから、正直なところを答えると、ジュリアスは声をあげて笑った。
「それにしても、お前に『ジュリアス』だなんて呼ばれると、妙な気分だな」
「……ジュリアス殿下、とお呼びした方が良いかい?」
 アッシアの言葉に、ジュリアスはまた笑った。しかしそれは、先ほどとは違った種類の、堅さのある笑いだった。アッシア、お前は。

「先ほどの応接室でのこともそうだが――。もう、私を兄と呼ぶ気はないのか?」

 アッシアは、銀髪の貴人からすっと視線を外した。
 そして一度、自分の右腕を撫でた。
 少しの時間、柔らかな微風が吹いた。
 微風を味わっているのか、それとも微風に何か思いを委ねているのか。
 その微風が吹き過ぎてようやく、アッシアは重たげに口を開いた。

「……もう、僕にはその資格はないと思っているよ」
「仮にも、血を分けた兄弟だ。母親の腹だって同じだ。それに、共に過ごしてきた10年余りの年月。兄弟として、これ以上の資格は無いだろう」
「けれど……、デグランの名も、騎士の役割も、僕はもう捨てたんだ」
「やれやれ。だからお前は、『ウィーズ』なんて偽名を使って、そして本当の素性を隠して生活しているのか。おかげで私は、エマ女史の前で、嘘までつかされた」
「隠しているというのは、正確じゃないよ。僕は、もう、デグラン家の三男だったアッシア=デグランじゃない。ただのアッシア=ウィーズなんだ」
 呟くアッシアは強い意志を胸に灯していたが、どこか寂しげでもあった。
「まあ、無理強いするつもりもない。急ぐような問題でも無いからな。お前がそういうなら、今はそれでもいいだろう」
「……すまない。ジュリアス」
 黒縁眼鏡の教師は、少し俯いて自分の右腕を撫でた。火傷の跡、いびつな肉のもりあがりが薄手のローブの上からも感じられる。

 こうして、服の上からでも火傷の跡がわかるように、捨てたはずの過去も、覆い隠したつもりでも簡単に追いついてくる。捨てた過去という虚構が、この銀髪の兄の寛容さによって成立している事実を思うと、アッシアは、自分の欺瞞に胃がよじれそうになる。
 先ほどの応接室でも、ジュリアスが機転を利かせてくれたから、自分の素性がエマ教師にばれずにすんだ。けれど、このままずっと素性を隠し通せるようにも思えなかった。
 だが、他に為すすべをアッシアは知らない。
 ついに綻び始めた自分の世界を無理矢理に無視するために、目をつむって逃げるために、アッシアは他の課題へと頭を切り替えることにした。
 そして、言葉を口にする。ところで――。
「ジュリアス。あなたは……僕らが、『奇術師』ピエトリーニャを追っていることを知っていたのか?」
 話題が変わって、ジュリアスは一瞬だけきょとんとした表情を見せたが、すぐに合点がいったようだった。ああ、さっきの話か。
「そんなことは知らなかったさ。お前たちもあの奇術師について調べているとは、まったくの幸運だったな。渡りに船とはまさにこのこと。ウサギだと思って藪を射てみたら、実は大鹿だったような気分だよ」
 銀髪の貴人は、実に機嫌が良さそうだった。
「狩りの成果は、上々だったというわけだ」
 言葉に少しの皮肉をこめたが、銀髪の貴人は気にしないだろうとアッシアは思った。
 ふたりともが濃い木陰の中で、立ち止まっている。
 視線を微妙に外し、それぞれが景色を眺めている。
 ふたりともが、先ほどまでの応接室でのやりとりを、その緑の風景の中に見出そうとでもしているかのように。






 ところで、とエマ教師は言った。
 そこで一度言葉を切ると、エマ教師は向かいの長ソファに腰掛ける男たち――デグラン家の関係者だという3人――を順々に見渡した。
 さすがと言うべきなのか、彼女のブラウンの双眸には、すでに落ち着きが戻り始めている。
 その応接室には、午後の静かな光が満ちていた。
 エマ教師は、先ほどまで話の相手となっていた再び銀髪の太子へと、視線を向ける。
「ジュリアス殿下。貴方がたがこの学院にいらっしゃったからには、何かご用件がおありだと思うのですが――」
 藪の中を探るようなエマ教師の物言いだった。デグラン家の名がでた驚きよりも、どうやら警戒の方が先に立っているように見えた。
 彼女の不安を包むかのように、ジュリアスは柔らかい微笑みを表情に浮かべる。相手の警戒心を緩めるための微笑みは、このプラチナブロンドの殿下にとっては、使い慣れた微笑みだろう。政治の場で相手を言いくるめるために、あるいは社交界で女性を口説くときに。
「ええ、もちろん。目的もなくふらふらできるほど優雅な身分でもありません」
 高貴な身分でも、仕事が忙しいということなのだろう。小さなジョークで呼吸をおいて、だが次はためらわずに、ジュリアスは本題へと話を進めた。
「来月、我々はある不埒な魔術師の隠れ家へ攻め込み、その魔術師を逮捕する予定でいます。しかし、相手の魔術師は、魔術と裏の政治に精通している。逮捕行動時には、きっと集団での魔術戦を演じることになるでしょう。そして、相手は、はっきり言えば手ごわい。ただ騎士団から無闇に人数を集めても、無駄死にが多く出るでしょう。
 だから、身元がはっきりしていて腕の立つ魔術師が欲しかった。魔術師に対抗する知識と技術を持った者が。しかし、ベルファルト王国は騎士の国で、魔術師は少なく、条件に合う者は、そうそう居らず困っていた。そこへたまたま、知り合いの魔術師、アッシアの消息が飛び込んできた――」
 そこまで言って、ジュリアスは少し間を置いた。
 結論が出るまでの、一瞬の空白。
 誰かが口をはさむわけでも、妨害するわけでもなかった。
 そしてジュリアスは結語する。
「我々は、アッシアの力を借りるために、この学院に来たのです」
 名指しされたアッシアは、顔の前で手を組み、何かを思い出しているのか、じっと机の端を眺めていたが、ゆっくりと顔をあげ、横のジュリアスへと視線を向けた。黒縁眼鏡の奥の目は、いつになく真剣だった。
「僕は――、出奔した身だ。いまさら、戻れるわけもない」
 アッシアは、銀髪の貴人とは違って言葉少なだったが、しかし、それははっきりと拒否の意志表示だった。
 それは、ジュリアスにとっては予想済みの展開だったのだろうが――。
 しかし、すぐには反論することはせずに、銀髪の貴人は、まずは頷くことでアッシアの主張を受け入れた。そして誤字を訂正するがごとく、淡々と、
「戻って来いと言っているわけじゃない。
 ただ、アッシア、魔術師としてのお前の腕を貸して欲しいとお願いをさせてもらっているんだ。もちろん、きちんと報酬も払う」
「けれど、僕には……その資格がない」
 アッシアは難色を示した。
 このままでは埒があかないと思ったのか、それともただ単に事情が気になったのか、黒縁眼鏡の教師の向かいに座るエマ教師が、話題をずらすかのように解説を求めた。
「その、逮捕しようとしている魔術師とは、いったいどんな人物なのですか? もし差し支えなければ、教えていただけませんか?」
 問いは、明らかに銀髪の貴人へと向けられていた。言われて、ジュリアスは間を置いた。自らの両手の指先を顔の前で触れ合わせ、時間を稼ぐ。しかしその間は、今までの計算された空白とは違い、最適な答えを探る間であるようだった。
 銀髪の殿下は、大きな呼吸をして、そしてひとつ頷いてみせる。どうやら答えが弾かれたらしい。
「その魔術師は、付近の住民を、かどかわし――誘拐しています。都市の保安担当が対応していますが、返り討ちにあったりして、どうにも埒があきそうにもない。国の治安を預かるものとしては、これを放置しておくわけにもいきません。ですから、早々に騎士団から一個中隊を割き、対応することを計画しています」
 意思の疎通ができていることを確認するためか、それとも余裕を見せるためか。ジュリアスは、話の合間に微笑んでみせた。
「その不埒な魔術師の名もわかっています。高名な魔術師ですから、――エマ女史、貴女もきっとご存知のことだと思います」
 ジュリアスは胸元で掌を軽く合わせ。
 そして、相変わらず無邪気に微笑みながらも、鋭い刃ようなきらめきを一瞬だけ瞳にともした。

「奇術師ピエトリーニャ。それが、我々の標的です」

 エマ教師のブラウンの瞳が大きく見開かれた。
 今ほどの言葉を胸の中で反芻しているのだろうか、しばらくの間を置いたあと、エマ教師は念を押すかのように、
「それは、あの7賢者のひとり、ピエトリーニャ=ノヴゴロドのことですか」
「そうです。そのピエトリーニャです」
 ジュリアスのその答えを聞き、エマ教師は何かをためらうように自分の膝元を見つめた。臙脂色のローブを端正に着こなし、絶妙な角度で綺麗に膝をそろえて、その上に彼女は両手を重ねている。
 高名なピエトリーニャの名前を出せば興味は引けると考えていたが、思った以上の反応をがあった。
 銀色の殿下は、そんなことを考えながら、エマ教師の様子を黙って見守っている。
 どこか愁えげな表情と、流れるような艶やかな樺色の髪。
 その姿は、何かの塑像のようでもあった。周囲に噴水でも添えたいと思わせるくらいの。
 そして、その塑像は、ほんのわずかな時間俯けていた顔を、ゆっくりとあげた。
 ブラウンの瞳には、決意を示す硬質な光があった。
 艶やかな髪を揺らし、その塑像は声を出す。
「もしよろしければ、ピエトリーニャの一件、私に、協力させてもらえませんか? ただ、その代わりに――」





「まさか、『紅の魔女』が自ら協力を申し出てくれるとは思わなかった」
 上機嫌で、ジュリアスが言った。それと同時にプラチナブロンドのみつあみを背中へと払った。銀糸の束は若魚が踊るように跳ね上がって、彼の背中へと姿を隠した。
 学院の裏庭の影は、先ほど濃くなっているようだった。日陰を通り抜けて吹く風は、幾分か涼やかになってきている。夜にもなれば、冷たくなる。
 そんなどうでも良いことを思いながら、向かって立つアッシアは、銀髪の殿下に問うた。
「けれど――いいのか? エマ教師の出した交換条件を飲んでも」
 ジュリアスは肩をすくめた。
「何の問題もない。我々が興味があるのは、ピエトリーニャの身柄だけだ。奴の研究成果のひとつやふたつ、いくらでもくれてやるさ」
 ピエトリーニャの逮捕に協力する見返りとして、エマ教師が提示した条件とは、ピエトリーニャの住処にあるはずの研究結果を譲り受ける許可だった。ジュリアスは、その条件を快諾し、エマ教師の参画が決まった。
(きっと、エマ教師は、その研究成果が、レイレンの猫化に結びついていると考えているはずだ)
 エマ教師の意図は、アッシアにとって明白だった。ピエトリーニャの非公開の研究成果が手に入る絶好の機会を、逃したくないという想いなのだろう。そして、ピエトリーニャの研究成果が手に入れば、レイレンの猫化についても有力な手がかりが得られるに違いなかった。
 そうアッシアは推察しながら、今まさに目の前に立つ銀髪の貴人には、別のことを聞いた。
 気になってはいたが、応接室では出さなかった話題。

 ところで――。
「ピエトリーニャ逮捕には騎士の一個中隊を使うと言っていたね」
「ああ」
「その規模の軍を動かすとなれば、費用もかかる。戦闘だって想定しているんだろう?」
「なんといっても7賢者が相手だ。こちらも相応の準備をしなければならんだろうさ。無事に済めば、それに越したことはないが」
 大捕り物だとジュリアスは笑ったが、アッシアは黒縁眼鏡の奥の目は静かだった。
「そして、ピエトリーニャの逮捕の罪名は――誘拐略取」
「年に一度くらいのペースで、付近の住民がひとり消える。捨て置けんだろう」
「けれど、かどかわしだけなら、人身売買の非合法組織の被害の方がずっと大きい」
 黒縁眼鏡の魔術師はそう畳み掛ける。
「――アッシア、何が言いたい?」
 声は平静で相変わらず微笑みを浮かべたままだったが、ジュリアスは腕を組み、話を聞く姿勢を作った。
 アッシアは、くいと黒縁眼鏡をあげて、銀髪の貴人を見据えた。
 ジュリアス=デグラン。もはや会うこともないと思っていた兄だったが、こうして久しぶりに会ってみると、それほど隔意なく話ができるものだとアッシアは思う。こういったところが、幼い頃にときを共有した意味なのかもしれない。
 ともあれ、アッシアは胸にあった疑問をそのままぶつけることにした。
「一個中隊を動かして七賢者を逮捕する労力と、それによる見返り。費用と成果が、まったく釣り合っていない。――ジュリアス。この件には、まだ裏があるんだろう?」