11. 窓の外の夜空







 ひう、すたん。間。ひう、すたん。
 ひとけのない訓練場。そこに、規則的に地味な音が響いている。
 機械のような、というとあまり良くないイメージが伴うが、実際のところ機械と同等の能力を手に入れられるのならば、お金をいくら払っても惜しくはないと彼は考えていた。それほど機械のような性能、たとえば正確さが欲しい。同じ動きを正確にトレースし繰り返せる、そんな正確さだ。もしその対価に寿命を要求されたとしても、彼は(もちろん要求される寿命の長さにもよるが)取引に応じるだろうし、むしろ悪魔とかどっかからでてきてくんねーかな、とかも考えていた。人間性なんて、土壇場では役に立たない。ないとそれはそれで困るが、あり過ぎたって困る種類のものだ。
 むろん、無償で何かをくれる天使のほうがよりありがたい。これは人間ならだれでもそう思うのが当たり前だ。まして天使が見目麗しい女性の姿であれば、なおさら嬉しい。
 しかし、現実にはそういったことはありえないので、シモン=モヤーナナはこうして地味に地味に反復訓練を繰り返している。そう、反復を繰り返す、という強調表現がちょうどいい。こうやって訓練がいつの間にか体の一部になり、そうやってようやくスキルが役に立つレベルにまで高まる。だいたいの技術の向上において、抜け道というものは存在しない。あるのは、同じ道を器用に速く走っていく奴と、遅くしか走れない奴だけだ。
 すい、と投げたナイフの一投。ひう、と空を切り裂くと、がすんと音を立てて、的の外枠にぶつかった。
 ありゃ、という表情を一瞬だけ浮かべたが、シモンは次のナイフを既に振りかぶり、投げた。今度は、的の中にすたんと入った。
「こう見えても結構シャイボーイなんだぜ、俺ってば。うしろに立たれると、気になって集中できんのだがな」
 ナイフを投げ終えた残心の姿勢で、彼は言った。
「それは失礼。しかし、声をかけるのもはばかられたので」
 そう言いながら、シモンの後ろ、訓練場を歩いて来る男。きちんと櫛跡のある黒髪、夏だというのにきっちりと止められた詰襟。いかにも謹直そうなその男は、ジーク=ギネットだった。
 デグラン家の本拠都市であるデーゲブルク。ここには騎士たちのための広大な訓練場があった。しかし夜ともなれば、ひとけも無くなる。居残っていたシモンと、ジークはそんな場所で相対していた。
「お前……見覚えがあるな。ウチの部隊のやつだろう」
「はい。ジーク=ギネットと申します」
 同じジュリアス直属の部隊にいると言っても、1000人を超す規模なので、隊員同士、名前をいちいちすべて把握しているわけではない。
 ジーク=ギネットね、と小さく呟き、がしがしと頭、顔と吹き出た汗を布で拭きながら、シモンは尋ねた。
「んで? なんの用だ?」
 ジークの方は得意の直立の姿勢から、淡々と言葉を連ねる。
「たいした用ではありません。が、ギルバート様を救ったのは、貴方だと伺いましたので、きちんとお礼を申し上げたいと思いまして」
 ギルバートとは、アッシアの偽名だ。
「ああ、あの魔術師の兄ちゃんの知り合いかい。あれは、あの兄ちゃん、たまたま運が良かっただけさ。俺のおかげってこともない」
 シモンは、ひらひらと手を振って軽く答える。
「本当、運の強いやつだよあいつは。どうやって生き残ったんだか」



                         □■□



 どうん。
 冗談みたいな大きな音がして、砦が燃え上がったとき。
 シモンと他の小隊員たちは、まだ砦の下に居た。敵の攻撃がいっときやみ、やれやれと思った途端の砦の炎上。派手に火がまき散らされ、砦の窓から炎が吹き出て、黒い煙をあげていた。
「うっお……なんだこれ、岩の砦の癖に、火の回りがやけにはええじゃねぇか」
 右手で目を覆うようにしながら、シモンは砦を見上げる。他の小隊員が、
「火薬か油か、あらかじめ仕込んでいたんだ。それぐらいしか、この火のまわりは説明がつかない」
「なんのためにそんなもの仕込んだんだ?」
「そりゃ、俺達に渡すぐらいだったら、徹底的に破壊してやろうって考えなんだろ? 砦にしろ情報にしろ兵糧にしろ、再利用されたらやっかいだからさ」
「じゃあ、この砦が落ちることを予想していたってことか?」
「予想ぐらいはするだろ。慎重な奴なら、そのための策も用意するさ」
「それより、あの魔術師と黒猫は大丈夫なのかな」
 その言葉に、皆はっとした表情になる。が、互いの意見をさぐるように、それぞれ顔を見合わせる。
「いや魔術師だから、あんな火事くらい切り抜ける魔術があるんじゃないか?」
「そういうものか? 普通だったら死んでしまいそうだが……」
 その場に立っていたものがそれぞれ自分の頭上のはるか上にある、砦の窓を見上げる。まるで巨大な蛇のように炎がうねっている。
「あれは……死ぬだろ」
 そうだな、とは誰も呟かなかったが、同意したかのような間。
「なにぼさっとしてんだ!」たまたまいた隣の小隊員のケツを蹴っ飛ばして、シモンがつばを飛ばす。「早く砦の入口見つけんだよ! 見つけてあの魔術師を助けるんだ! 早く探せ! 探索続行だ!」
 敵の攻撃をかわしながら、シモンたちは砦の入口をずっと探していたのだ。だがしかし、それがなかなか見つからなかった。もちろん、探索任務は騎士である彼らの本業ではないが、本業でなかったら何もできないということではない。
 そして、残った4人がその辺の岩場の捜索を再開したとき、がん、という衝撃音がした。
「おい。今、何か聞こえなかったか?」シモンが言う。
「シモンさんに、鉄板入りブーツで蹴られた音しか聞こえませんよ……痛っ!」
 皮肉で答えた小隊員のケツをもう一度蹴っ飛ばして、シモンは耳を澄ます。
 がん、ともう一度音がした。音を頼りに辺りを見回すと、砂地があった。そこから、土煙がほそぼそとあがっている。不思議に思って砂地に近づくと、また音がして、今度はより大きな砂煙があがった。
 ――なんだ?
 ――気をつけろ。
 そんなハンドシグナルをかわし、シモンを含めた小隊員たちは警戒の状態に入る。体を低くして、砂煙のあがる砂地へと近づく。
 がんっ。ひときわ大きな音がして、同時にぼふっとひとの背丈ほどの砂煙があがった。もくもくとあがる砂煙は風に流れて、そしてふらふらと現れたのは、黒い猫だった。
「おい、あの猫だぞ?」
 驚きの声をあげて、シモンは思わず黒猫へ駆け寄り、抱き上げた。近くで確認しても間違いない。先刻に砦に投げ入れた、黒猫ではないか。珍しい指輪を首輪にしているから、誤認しようがない。黒猫は、さすがに精魂尽きたようにぐったりとしている。自慢の毛並みも散々に乱れ、歩くこともままならないという深い疲労感が見るからにただよっていた。猫なのに。
「これ、扉じゃないか?」
 小隊員の誰かが言った。それは言われずともシモンにはわかっていた。黒猫を抱きあげるためにかけよったとき、そのあたりの地面だけ感触や音が違った。砂の下に隠れて、地下に続く鉄扉があるのだ。爆発の衝撃などだろうか。よく見れば鉄扉はゆがみねじれて、普通には開かない状態になっている。その歪みをさらに大きくした隙間から、この黒猫は這い出てきたようなのだ。
 この黒猫がどうにかして歪みを大きくしていたのが先ほどの音だ。体当たりでもしたのだろうか。まさか、黒猫が魔術を使えるなどとは、シモンは夢にも思わない。
 だがとにかく、シモンはすぐに次の行動に移った。
「よし、この扉、魔術で吹っ飛ばすぞ。みんな、手を貸してくれ」
 そして、小隊員たちは衝撃魔術で鉄扉をぶち破った。
 スマートとは言えない破壊口の奥に、暗い地下道がのぞいている。おそらくはこの地下道が砦の内部に繋がっているはずだ。光源魔術で奥を照らしてみるが、黒縁眼鏡の魔術師の姿は見当たらなかった。黒猫がいるのだから、近くにいるかと思ったが……。
「仕方ない。俺は行くぞ。お前たちはここで待ってろ。10分経っても何も合図がなければ、死んだと思ってくれ」
 黒猫の容体も見ていてくれと言い残すと、シモンは水を魔術で生み出し、頭からかぶる。水素を集めて水を生成する魔術も面倒なので――要は魔術の精度が悪くて十分な水を確保できなかったので、隊員から水筒をもらい、その水もかぶる。
 そして彼は暗い地下道へと突入した。地下道で敵の残党に出くわすかと思ったが、それもなかった。やがて地下道は終わり、上に昇る階段へと出た。シモンは迷わず階段を昇る。躊躇はない。
 そうやって、彼が砦内部にたどり着いた。
 わかっていたことではあるが、辺りは一面、火の海だった。自分が豚肉の燻製になったと錯覚してしまうくらい、煙と熱風がものすごい。自分が酒のつまみになってしまうなど、まっぴらだが。
(こりゃだめだ……敵も全滅みたいだが、あいつも……相討ちか?)
 頼りなさそうな黒縁眼鏡の魔術師の顔が目に浮かぶ。そして、外見に反した、覚悟ある強い意志をもった瞳が瞼の裏をちらつく。
(俺がこの砦の中に、アイツを投げいれたんだったな――責任は、あるな)
 防御魔術を張って火の中を突っ切れるかなとか算段を頭に思い描いていたときだった。

 ピエトリーニャ!!

 叫び声がした。あの黒縁眼鏡の声だ。
 生きているのか。そこに居るのか。
 そう思うのと、体が動くのは同時だった。シモンは良い兵士で、感情と思考と行動が一体になっている。行動は早いし、迷いがない。
 あとはあまり考えなかった。煙を吸い込まないように口をふさぎ、炎は突っ切った。とにかく、声のした方へと彼は駆けたのだった。
 そして、意識を失った黒縁眼鏡の魔術師を助け出し。シモンは自軍へと戻ったのだった。



                         □■□



「――あのときは、本当に駄目かと思いました」
 とっぷりと日が暮れた訓練場。きっちりと止められた詰襟に手をやりながら、勤直な騎士は呟く。
「そりゃそうさ。助けた本人だってそう思ったんだからな。あの火事のなかで生きているんだ、よっぽど運が強い奴だぜ、あいつは。普通は死んでる」
 的に刺さったナイフを引き抜きながら、シモンが応える。うち一本が深く突き刺さっていて、抜くときにすぽんと音がした。彼は続ける。
「俺たちが砦の入口を見つけたのだって完全に偶然さ。あの黒猫がいなきゃ、砂の下に隠れた扉なんて見つけられなかった」
 そうですか、ジークは答えた。


 あの砦炎上のあと、アッシアは、他の十人余りの傷病兵と一緒に、黒猫と一緒に本拠地であるデーゲブルクへと後送された。そして彼は黒猫と同じく、3日以上昏睡を続けた。
 ジーク本人は、アッシアの看護のために後送部隊に加わってデーゲブルクへと戻った。
 看護といっても看護兵でもないジークが特に何をするわけでもない。軍医の診立てによれば、多少の傷はあるものの、アッシアは極度の疲労で眠っているだけなので、命に別条はないとのことだった。他の傷ついた騎士たちの看護をしながら、弟を見守るかのように、昏睡を続けるアッシアをときどき見舞っていた。
 やがて、ジュリアスが戻り、老賢者の隠れ家が既に焼き払われており、老賢者本人もどこかへ行方をくらましてしまったことを知る。ジークの理解では、つまり、今回の遠征では、得るものがなかったということになる。チェスにたとえてみれば、敵の駒をいくつかとったものの、キングにはまんまと逃げられたということだ。
 だがそれはそれとして、今回の遠征では収穫もなかったが、大きな犠牲もなかった。ジークの旧い主君であるアッシアも生き残った。それでようやくジークは心から安心した。そして、次に、旧主君の命の恩人であるシモンに礼を言わなければならないことに気がついたのだった。





「なんにしろ、貴殿の活躍のおかげで、客人は命を取り留めました。礼を言わせてください。ありがとうございました」
 そう頭を下げる勤直な騎士に対して、礼を言われることはしちゃいないよ、とシモンは歩きながら言った。
「同じ隊の仲間を助けるのは当たり前のこと、役目のうちだ。今回はたまたま成功したが、助けられないことだってある。けれどその責め苦を負うのも役目のうちさ。そうだろう?」
 その通りだ、とジークは思う。そして、今までよく知らなかったシモンという騎士に親近感を持つ。常に自分の役割と責任を覚悟して、事に臨んでいなければ、今の言葉は出ない。よく失敗を他人の所為にする輩がいるが、この騎士は違う。自分の責任を遂行し背負う、自責の人なのだ。
 信頼できるひとだ、と思いながら、ジークは改めて礼を述べた。
 再び定位置に戻っていたシモンは、また一刀を投げたあとに、気にするな、と返事をしただけだった。
 潮時と判断したジークが、その場を立ち去ろうとしたそのとき、今度はシモンの方から声をかけた。
「なあ、ひとついいか?」ナイフ投げをしていた騎士は、今度は体ごと振り向いた。「なんで、あんたがあの客人魔術師のことで、礼を言うんだ?」
 しばらくの間をおいて、ジークは翻しかけていた踵を元に戻した。そして、シモンと正対する。
「私は、かの客人の世話を任されていましたので。あの客人を生かして戻すのは、広い意味で私の任務でもありますから」
 その答えに、シモンの方はどこか不満げだった。ふん、そうかい、と言ったきりで、ジークに背中を向けてしまった。そしてまた、黙々とナイフ投げの練習を始める。そして、失礼します、とジークが頭を下げ、立ち去ろうとした。そのときまた、シモンが、
「待てよ」
 その声に、ジークは歩を止めた。
 そしてその彼の背中に、次の声がぶつけられる。
「あの客人魔術師――あいつが、アッシア殿下なんだろう?」
 ジークは背を向けたまま、答えようとしない。しかし、足は止めたままだ。夏のぬたりとした夜の闇が、虫の声が、次の瞬間を待ちうけるかのように、存在感を持って漂っている。
「あの客人魔術師。飛びぬけた魔術戦闘のスキルで妙だと思っていたんだ。見た目があれだから、みな気が付いていないようだが、動きを間近で見れば――見る奴が見れば、ただ者じゃないとすぐにわかる。そう思ってみれば、突然やってきた割には、ジュリアス殿下と妙に親しげにしているし、ジュリアス殿下の入れ込みようも、ただの客人魔術師に対するものとも思えない。これは何かあると思っていたところに、お前だ」
 シモンはすでに手を止めて、じっとジークの背中に見入っている。わずかな挙動から、何かを読み取れるように。視線は外さないままに、シモンは投擲練習用のナイフを、脇へと置いた。かちゃりと小さな音が鳴る。
「元アッシア殿下の付き人で、失踪から数年が経ったあとも、有給休暇を使っては殿下の消息をたどる、犬のような忠誠心を持った男。そんな男が饗応役につけられる客人魔術師。ここまでたどりつけば、あの客人魔術師の正体なんて、誰にでも推測できる」
 シモンの投げた言葉のナイフは、見事、元殿下付きだった騎士ジークの胸に届いたのかどうか。
 小さく溜息をつくような間があり、元殿下付きだった騎士が振り返り、
「そこまでわかっていらっしゃるなら、否定をしますまい。そうです。あの方が、9年前に失踪された、アッシア殿下です」
 やはりそうか、と小さな驚きを、シモンは呟いた。そして、
「あの客人魔術師がアッシア殿下と知らせないようにしたのは、ジュリアス殿下のご指示か?」
 そうです、とジークが頷く。
 シモンはそうかと呟いて、
「まだ、公にすべきときではない、と判断されているということか……」
 再び、ジークは頷き、そして付け加える。
「さらに言うならば、勝手に気付く分には構わないと思われているのでしょう」
 なるほどな、とシモンは納得した。
 完全に隠したいのであれば、わざわざ元付き人のジークを対応役に据えないだろう。ジークを使うことで、ひょっとしてあれがアッシア殿下なのでは、と考える人間を少し作っておく。いわば、素地というか、空気を作っているのだ。突然、アッシア殿下が現れれば、動揺もあるだろう。それはつまり、上層部は、将来的にアッシア殿下を軍中に引き入れることを考えているということだ。いや、逆に言えば、すぐにアッシア殿下を軍中に引き入れられない理由があるということだ。たとえば、アッシア殿下本人がそれを望んでいないなど……。
「アッシア殿下は、デグラン家に戻ることを希望されているのか?」
 考えたそのまま、シモンはジークに尋ねた。
 ジークは、今度は首を横に振った。否定の合図。
「いまのところ、その気は無いようです」
「やっぱり、そうか」
 シモンは納得する。まあ、仮にアッシア殿下が野心的な人物で、それがもとでお家騒動が起こってもそれは困る。デグラン家は家族仲が割合といいので、仕える方も気が楽なのだ。
 ひととおりシモンの質問が終わったあとに、ジークは、ところで、と聞いた。ひとつ世間話を挟んで、立ち去る気だった。
「騎士でナイフ投げというのも、珍しいですね。何か特別な思い入れがあるのですか?」
 大事な話が終わったからだろう。シモンも気が緩んだ。ナイフが置いてあるところまで行き、そのうちの一本をもてあそびながら答える。
「本当は、近距離は魔術戦の距離だ。ところが、俺は魔術が得意じゃないからな。真正面からじゃ勝てん。何かの足しになればと思って、こうしてナイフ投げをしているのさ。
 魔術スキルが得意じゃない奴は、その差を何かで埋めようと必死になっているもんなんだよ」
 そしてまた、シモンは一刀を放った。回転する刃は、的の中心へと突き刺さる。
 ナイフを投げた騎士の背後で、ジークは驚きに息を飲んでいた。ナイフ投げの見事さもあったが、ジークには、驚くべき別の理由があった。
「ケルヴィン……」
「ん?」聞きなれない名前に、シモンは首だけで振り返った。「なんだ? 何か言ったか?」
 問い返されて、勤直なジークは自分が一瞬放心していたことを知る。過去に重なってしまった自分の意識を、現在へと急いで引き戻す。
「いえ、なんでもありません。ただ、昔」勤直な騎士の昔をなつかしむ目。「今、シモン殿がおっしゃったことと、まったく同じことを言った者がいたもので」

 そして、放心していた気恥かしさを隠すようにして、ジークはそそくさと別れを告げた。シモンもああと頷いて、今度は引きとめることはなかった。
 ジークはやや早足で廊下を歩きながら、ふと窓の外の夜空を見た。
 頬に当たる冷たい夜気。そして、眩しさに彼は眼を細める。

 晴れた星空には、9年前と同じ月がぽっかりと浮かんでいた。