3. 踊るポニーテイル





「ねぇ、あっちじゃないかな。行ってみようよ」
「ちょ、ちょっと、リーン」

 ザードリックの街道を、ふたりの少女が歩いている。先行するポニーテイルの少女が、困惑した顔の褐色の肌の少女の手を引いていた。
 ザードリックの街は、街道にある街だ。だから多くのひとが行き交うし、その皆がそれぞれに雑多な事情を抱えている。それが日常にあるささやかな事情だったり、重大な事情だったりもするのだろう。だから連れだって歩く組み合わせもいろいろあるのも当然で、その中でふたりの少女が誰かを探すふうにして急ぎ足で歩いていても、全然不思議ではない。毎日、ひとだけ変えて行われているいつも通りの風景のひとつ。
「それともこっちかな? いやいや、意外に向こうの線もあるか……」
 先行しながら、リーンと呼ばれたポニーテイルの少女は、くるくると行先を変える。いつも通りといいながら、ずいぶんと賑やかな風景なようだ。
 次々と変わる目的地。それに振り回されっぱなしの、不幸な役回りの褐色の肌の少女、ヴァルはたまらず聞いた。
「ねぇ、勢いで出てきちゃったけど、大丈夫? ほんとうにパット君の居場所がわかるの?」
「だーいじょうぶだって。なんていっても、幼馴染のお隣さんで、他人から双子みたいだなんて言われているくらいなんだから、離れていても居場所くらいわかるってもんなの」
「そのわりには、さっきからかなり迷ってない?!」
 ヴァルのかなり妥当な指摘だったが、そんなものにリーンは頓着しない。
 さすがというべきか、なんというか。
「あ、あれ! あっちだよ、今度は間違いない!」
「だから、どうしてそっちなの? 根拠はなに?!」
 悲鳴のように問いかけるヴァルをぐいぐいと引っ張って、リーンは進んでいく。進行方向には女の子が好みそうな小物雑貨屋があるようだが、それがパット少年と関わりがあるかは定かではない。
 先刻、宿での雑談の中で、先日見た白外套の女が小盗賊のノワールだと思いだしたリーンたちは、ひとりで情報を集めているパットの身を案じて、ザードリックの街へ彼を探しに出ることにしたのだった。もちろん言いだしたのはリーンだし、一緒に同行しているヴァルも納得しての行動というよりは、勢いに押し切られて、引きずられて出てきた。つまり、今みたいに。
「あ、大通りに出ちゃった」
 散々歩き回った果て、ぽつりと、リーンが立ち止まって言った。
「それで、今度はどっち?」
 最早どうでもいいのだろう、手団扇で襟に風を送りながら、ヴァルが聞いた。
「そうねぇ……あたしの勘では――」
 すーっと白い指を動かすリーン。日差しも結構強くなってきているので、あわせて動く影の色も濃い。
「あっち!」
 びしりと指さした先。そこには一騎の大柄な騎士がいた。
 黒馬にまたがる壮健な体格には、どこか見覚えがある。
「む?」
 指さされた方も、少女たちに見覚えがあったらしい。手綱をゆるゆる引いて、馬を止めた。


「これは珍しい顔に会ったな。あいつの生徒の……ヴァルヴァーラとリーンだったか? もうひとり、赤毛のあいつ……パットは一緒じゃないのか?」
 馬を少女たちの傍に寄せると、馬上から、大柄な騎士――ダグラス=デグランが問いかけた。威圧するわけではないが、自然、ふたりの少女を見下ろす格好になる。太陽を背にしているので、黒い大きな影がふたりの少女の上に落ちる。
「パット君は、今だけ別行動です」
 警戒しながら、答えたのはヴァルだった。リーンをかばうように前に出ている。褐色の肌の彼女は、アッシア教師を攻撃したこの男が嫌いだった。勘の良いものならば、声に嫌悪の色が出ているのを読み取ることができたかもしれない。けれど、感情を読み取っても真正面からそれに対応するかどうかはべつな話だ。安い好悪の感情にいちいちつき合うほどに、大柄な騎士の器は小さくない。
「今だけは別行動? ってことは、そのパットもこの街に来ているってことか」
 ダグラスの声には無防備な響きしかなかったが、それは言葉の裏を見た回答だった。ヴァルはほんの一瞬だけ虚を衝かれたような表情をしたが、なおも警戒を解かず、
「それよりも、ひとに尋ねるときは、馬から降りるぐらいしたらいかがですか? 礼儀を重んじるのが騎士なのでしょう?」
 年下の少女に皮肉を言われても怒りもせず、ダグラスは苦笑をひとつ漏らしただけで、素直に馬を降りた。
「気付かなかった。悪かったな」
 この騎士に対し、粗暴な印象を持っていただけに、柔和な対応と言葉が、褐色の肌の少女にとってとても意外だった。この少女はそれでも警戒を解いていなかったが、張りつめた彼女の表情は幾分か緩やかなものになった。
「それで、おまえたちはあのバ……アッシアについて来たのか? こんなところまで?」
 ダグラスのいうこんなところ、とは、はるばる遠いところまで来たものだという率直な感嘆だった。半ば呆れも入っていたが。
 ヴァルは、ほんの瞬間、頭を回転させた。たまたま会ったダグラス=デグランは、教師たちの行方について何かを知っていそうだ。それは言葉の端から感じられる。それで、教師たちについてきたふりをした方が情報を引き出せるだろうか。いや、それだと相手に逆に質問されてしまいそうだ。そうなれば嘘はすぐにばれてしまう――。
 結局、ヴァルはかたちだけとりつくろって、正直に事の次第を話すことにした。
「わたしたちは……観光でこの街に来ています。先生たちの動きとはまったく関係ありません。でも、アッシア先生とエマ先生がここに来ているとたまたま聞いたので、せっかくなら挨拶をしておきたいと思っていたところです。
 ダグラス様。もし先生たちの行方をご存知でしたら、教えていただけませんか?」
 ダグラスは話しかけてくる褐色の肌の少女――ヴァルから目をそらし、頬をふたつばかり掻いた。何かを考えるときの彼の癖だ。ダグラスは自分自身で嘘がうまくないのを自覚している。ごまかしが入らないように、知っていることだけをつなぎあわせてうまく説明するつもりだった。彼の兄ほどには、そのうまい説明とやらができるわけではないが。
「そのふたりがこの街に来ているというのは聞いている。だがしかし、今どこにいるかまでは、悪いが知らん」
 大柄な騎士は、とつとつと正直に語る。教師たちがどこにいるかは推測できるが、そんなことまで少女たちに喋ってやる義理もなかった。
「先生たちは、なんの目的でこの街に来ているのです?」質問を重ねるヴァル。
「なんだ、それも知らないのか?」
 逆に意外そうにダグラスは問い返した。この街に来ているという情報と一緒に、来た理由もわかりそうなものだ。
 ダグラスが感じたところをそのまま伝えると、褐色の肌の少女は、えっと、とくちごもった。突然、罪悪感にみまわれてしまったのだ。なにせ教師たちに会いたいという動機は薄弱なうえに不純だからだ。それなのにいちいち根掘り葉掘り聞こうとするのが、悪いことのように思えた。
「……それほど深い事情はないのですけど、その、ただ、ダグラス様が知っていたら教えてもらいたいというだけで……その、リーン?」
 助け舟を求めるように、ヴァルは後ろのポニーテイルの少女を振り返った。そもそもヴァルとしてはリーンに引きずられてここに来ているので、はっきりとした目的意識はなかったことを思い出した。
 助けを求められたポニーテイルの少女は、待ってましたとばかりに胸を張ってずいと前に出た。
「ダグラス様にとってはたいした理由じゃないと思われるかもしれません。けれど、旅行に行った先でたまたま知っているひとに会ったら、いろいろ知りたいと思うのが自然な気持ちじゃないですか。
 絶対に知り合い会わないようなところで、知っているひとに会ったらやっぱり嬉しいですよね? どーしてるかなー、とか気になっちゃいますよね? それで聞いたんです。ダグラス様が、ウチの先生たちのこと知っているみたいですし」
 確かに、教師たちの消息を知らなければいけない理由はないのだが、ただ知りたいのだと、あっけらかんとリーンは言い切った。
 子供がおもちゃが欲しいと泣けば、理屈がついていなくたって、周囲は手を貸す。泣くことで、それが欲しいことは少なくとも伝わるものだ。
「そういえば、この街から何かの討伐隊が出たんですよね。それと何か関係があるんですか?」
 頭の中に思い浮かんだことをリーンはそのまま繋げていく。
 すると、ダグラスは、鋭いな、と苦笑した。
「だが、俺の口からは、言えん。業務上だか契約上だか知らんが、秘密ということになっているからな。詳しく知りたきゃ、本人たちにでも聞いてくれ」
「でも、どこにいるかわからないと……」
「それは俺にもわからん。だが学院に戻れば、嫌でも顔を合わせるだろう。そのときに聞いてみたらどうだ」
 それは道理だった。とりあえず、アッシアたちが討伐隊に関わっていそうなことがわかったのだから、収穫はあった。それでいいか、と思いながらもでもやっぱり納得できずに、リーンは不服そうにしかめっつらをした。
「まあおまえたちにこれをやる。だから納得しろ」
 云いつつ、大柄な騎士は、がさがさと音をさせて茶色い紙袋を取り出した。それを、前の方にいたヴァルに渡す。
「これ……飴、ですか」
 まさに子供扱い。不満に感じながらも、ヴァルは袋の隙間からのぞく、いろとりどりの飴を見る。大柄で、ただそこにいるだけで威圧感のあるこの騎士に甘い飴とは、なんとも不似合いだとヴァルは思う。
「そうだ。甘いものは、どうも苦手でな」
「苦手なのに、どうして飴なんて買ったんですか?」
 それは、と意外にもそこで口ごもるダグラス。
 だが、答えぬままに、彼は大通りの向こうを指差した。
「向こうからやってくる赤毛は、パットじゃないのか?」
 え、とヴァルとリーンは後ろを振り返る。すると確かに、見憶えのある赤毛の少年が大通りを歩いていた。リーンが、おーいと手を振ると、大通りの群衆に注目されて、少年は確かに気恥ずかしそうに小さく手を振り返した。
 あれは間違いなくパット君だ、とヴァルは感じながらまた大柄な騎士を見遣る。
「わたしたちのこともそうですけど、よくパット君がわかりましたね。たった一回、会っただけなのに」
 驚いたような呆れたような、ヴァルのそんな言葉。
 大柄な騎士の方はそう言われていることに慣れているのか、愛想笑いもせずに言った。
「ひとの顔と名前を覚えるのは昔から得意でな。一度会ったらだいたい忘れない。仲間たち、部下たち、兵士たち。魔術師の知り合いは少ないからな、おまえたちは特徴があって覚えやすかった」
 はあ、とヴァルは感嘆のため息をつく。
 世間で名の鳴るダグラス=デグランの部下たちであれば、1,000を優に超える数だろう。
 ダグラスのことを粗暴なだけの人物だと思っていたが、どうやらそれだけではなさそうだと、彼女は思った。


「もー、心配したのよ? 勝手に出ていっちゃだめじゃない」
「いや、情報を取りに行くって断りを入れただろ」
「断りなんて入れたってだめよ。ちゃんと言ってくれないと」
「だから、外に行く前にちゃんとそれを伝えただろ? それを、断りを入れるというんだよ」
「印象薄いんだってば。そういう大事なことを伝えるときは、もっと大袈裟に身振り手振りに芝居がけて言ってくれないと、困るわ。鮮烈でいて長く残るようなものじゃないと」
「いったいどこのオペラ評論家だよ! 外に出ることを、歌ででもうたって伝えろっての?」
「あ、それ、いいねっ」
「いいねっ……じゃないよ!」
 パットとリーンは、ひととおりこのような会話を交わして――。それで、パットはふたりの少女と合流した。そこに、先ほど見た有名な大柄な騎士がいたので、内心驚きながら、騎士へぺこりと頭を下げる。まだパットの頭の中には、大通りを馬上悠々と進むついさっきのダグラスの姿が残っていた。
 ダグラスのほうは、おう、と鷹揚に応える。
「パット君、その頬の大きな絆創膏、どうしたの?」
 そして、こんな風にもっともあるべき第一声を放ったのは、ヴァルだった。赤毛の少年の頬のところに、顔の四分の一を覆う、大きな白い絆創膏が張られていたのだ。かなり目立っている。
「あー、そーそー。わたしもそれ、聞こうと思っていたんだよね。どしたの、それ」
 完全に便乗するかたちでリーンも聞いた。聞かれた赤毛の少年は、リーンの方をひとにらみしてから、
「ああ、これ、たいしたことじゃないよ。ちょっとぶつかってさ。それで、親切なひとが手当てしてくれたんだ。それが誰だと思う? ほら、朝に宿で会ったろ? あの白外套の人だよ」
 心配させないように多少の脚色は加えたが、おおむね事実の通りにパットは話した。白外套の女の仕事場に行ったこと。そこで手当てをしてもらったこと。お礼も兼ねて、仕事の一部を手伝ったこと。最新型の魔信機を扱ったことも話した。
「それで! 大丈夫だったの?」
 話が終わったあと、リーンが息せき切るようにして身を乗り出して尋ねた。
「大丈夫って……何がさ?」パットはポニーテイルの従妹の慌てようが理解できない。首をかしげる。「魔信を送り終わって、僕はこうして帰って来たんだけど……」
「言いたくもなるわよ! ほんとに色ボケなんだから! 教えてあげる、その白外套の女の正体!」
 リーンのほうはヒステリーさながら。今にも八つ当たりでつかみかからんばかりの勢いがある。ぶんぶんと振られる首に、ポニーテイルが踊る。
「ジャクリーヌだかジャムクリームだか知らないけど、そいつ! ノワールなのよ!」
「ノワール……?」
 重大なことのようだが、パットには、馴染みのない名前だ。理解できずにさらに首を傾げると、リーンはさらに声をあらげた。だけでなく、パットの襟を両手でつかみ、がくがくとゆすり始めた。
「もー覚えてないの! ノワールよノワール! わたしに鼻血を出させたノワール! ついでにそれをエキア先輩に見られたのよ、ノワール! 遺跡であった小盗賊よーッ!」
「ちょっ、落ちつ……く、苦しい……」
 リーン落ち着いて、とヴァルが声をかけるが、リーンが赤毛の少年のがくがくと揺らすたびに首は絞まっていく。少年が白眼をむき始めたので、リーンをひきはがそうとヴァルが慌てはじめたそのとき、大柄な騎士――ダグラス=デグランが、ゆっくりと言葉を発した。
 とりこんでいるところを悪いが。
 さすがに多くの人の上に立つ名門の出身。さほどの歳ではないはずなのに、人を動かす落ち着きと風格がある。ひと声発した瞬間に、その場がぴたりと収まった。
「その小盗賊の仕事場とやら。案内を頼めるか?」





                   ■□■




 ここにきてデグラン騎士隊の動きに変化があった。
 いくつかの部隊が、今まで盾にしていた紅い枝の傘の下から飛び出て、地面を蹴り立てながら隠し砦の方へと向かってくる。部隊は小さい。小隊の単位。小隊の数は2……3、4小隊。ざっと20人程度か。
「敵軍が動きました! 数部隊が突撃してきます!」
 岩をくり抜いた窓から魔術を放っていた魔術師が、まるで悲鳴のように報告の声をあげた。
「こちらも見えている。予想内の動きだ。近い順に落ち着いて迎撃しろ」
 10人ばかりの魔術師たちを指揮するディウス=スブッラは実に沈着だった。その冷水のような冷静さは、実戦経験のない魔術師の部下たちの動揺を効果的に抑えた。彼らはそれぞれが為すべきことを、焦ることなく開始した。つまり、迎撃を。

 ディウスは彼らの動きに満足して、頭の中で現在の状況を簡単にまとめる。
 今、彼の目の前に100騎ばかりのデグラン家軍がいる。率いる将はジュリアス=デグラン。デグラン家軍の目的は、賢者ピエトリーニャの捕縛だ。おそらく殺害も視野に入れている。
 眼前のデグラン家軍100騎はあくまでも前座で、本隊となる1,000騎が、賢者の隠れ家を目指し進行中であるとの情報が入っている。早ければ明日にもやってくる。賢者ピエトリーニャの補佐を務めるディウスとしては、当然防衛、撃退をしなければならない。
 しかし現実の問題として、ディウスには使える戦力が少ない。30名に満たない魔術師が彼のすべての戦力だ。いずれも精鋭だが、数の差を埋めるのは簡単ではないだろう。
 最も近い都市であるザードリックは、現在関所が閉鎖されているとの情報も入っている。直接にこの防衛戦には関係しないだろうが、デグラン家の神経が過敏側に振れていることの判断材料にしても良いだろう。
(明日到着するだろう1,000騎に正面から当たることはできない。撃退するには、込み入った罠が必要になるだろうな……)
 ディウスはそう再認識して、そしていくつかの具体的な罠を頭の中に思い描く。続けて、この状況で、一番にすべきことは何か、ということを考える。それは、今目の前にいる前座100騎を、できる限り自分たちの消耗を抑えて追い返すこと。

 ディウスは、自分の部下である魔術師たちを見遣る。彼らは持ち場から離れることなく、また焦ることなく、遠距離魔術を放ち続けている。
 彼らには、魔術の連発で疲弊しないように、一定の間隔をおきながら魔術を放つことが厳命されている。その間隔は、デグラン軍に動きがあった今でも変えていない。変えるような事態ではないとディウスが判断しているからだ。攻撃間隔を変える必要があるとディウスが判断すれば、そのときにはその指示が出ることになっている。いま、隠し砦の魔術師たちは、まるで何かの単純作業のように、淡々と魔術文様を描き、魔力を注ぎ、遠距離攻撃魔術を放っている。
 魔術を放てば、魔力と体力を消耗する。魔術は決して無限に使い続けることはできないがしかし、攻撃魔術を受ける敵方の精神の消耗はそれ以上だと、指揮官ディウスは確信している。だからこそ、重圧をかけるために紅い枝の防御壁への魔術攻撃をやめさせていない。一見無駄のようにみえて、無駄ではない。必要な事柄だ。
 平地での会戦であれば、魔術師と騎士との戦力差はそうないだろう。だが山岳地帯で騎兵の機動力を制限され、しかも騎士たちは砦のために接近するのもままならないのであれば、遠距離攻撃を得意とする魔術師の独壇場だ。これでは戦場というより狩り場に近い。
 攻撃か防御かと問われれば、今はディウス率いる隠し砦の魔術師たちが攻勢で、ジュリアス=デグラン率いるデグラン騎士隊が守勢だろう。本来の攻守が逆転してしまうほど、戦力の質に差がある。
(デグラン騎士隊が撤退しないのならば、打てる手は突撃ぐらいだろう。玉砕を覚悟し大人数で突撃するか、少数の精鋭を突撃させるか、それくらいの選択肢はあるが)
 デグラン騎士隊は少数の精鋭を突撃させる手に出た。少数といえども20人。自軍の倍の人数だ。だがしかし、離れたところからでも敵を打ち倒せる魔術があれば、怖い相手ではない。騎士は近づかれなければ怖くない。そして隠れ砦に籠る自分たちに、騎士たちは容易く接近することもできない。しかも自軍の魔術師は手練揃いだ。騎士の20人や100人ぐらいは正攻法で蹴散らせる。敵が1000人の軍隊であったならさすがに策が必要だろうが。
 呟くような思考を頭に描きながら、ディウスは岩の窓枠から手を離した。
 そして、彼自身も魔術文様を空中に描画した。天然の洞窟に手を加えただけのじめっとした暗い隠し砦が、文様の発光で照らしだされる。足場確保のために削られた岩、低い天井、コウモリのフンが掃除されたあとにまかれた白い砂。長期間立て篭もることは想定されていない、居住性が悪い隠し砦。
 岩に開けられたいくつかの覗き窓は、少々窮屈だが、ひとひとりが通れるくらいの大きさがある。魔術師たちはそこから身を乗り出すようにして、攻撃を行っている。
 ディウスもそのひとつから腕を出し、砂塵を蹴立てて向かってくる騎士たちを見据えた。この距離からでは点にしか見えないがしかし、近づいてくればそれは脅威になる。
 燐光の文様をまとう指揮官の指先が、先頭を駆けて来るデグラン騎士突撃隊へと向けられる。魔力の充填が済んだ文様は、かすかな高音を響かせている。
(魔術師だけでなく、投擲兵種全般にとって、向かってくる騎兵は格好の獲物だ。的が大きい)
 それが全速力であったとしても、直線的に向かってくる騎馬を狙い撃ちするのは、そう難しいことではない。まして上から見下ろす構図であれば、なおさらだ。
「炎のつるぎよ!」
 呪文が叫ばれると同時、ディウスの指先から、炎をまとった光線が放たれた。