4. 残り、4分






 それはまだ正午前、デグラン先遣隊とディウスの魔術師部隊が交戦を始める前の時刻のことだった。
 薄暗い部屋、中央に置かれた木製のテーブルに肘をつき、ラビットはぼんやりと考え事をしていた。小さなはめ込み式の丸窓から、白い雲が見える。彼女の前には書類が置いてあるが、しかしその書類は、まだ3分の1も埋まっていない。
 ラビットとは彼女の呼び名ではあるが、本名ではない。その名前を彼女は実は気に入っていなかったが、さりとて仕事で使う呼び名だ、文句を言うほどのことでもない。気の抜けた表情のまま、彼女は頬にかかったひと房の金の髪を、耳にかける。おろせば肩を超す長さの彼女の髪は、今は後頭部でまとめられている。もともと少し癖っ毛だし、髪が豊かなので膨らんでいるが、不格好ではない。むしろ魅力的だ。
 その部屋に、ラビットはひとりだった。古風な館の3階にある部屋。仕上げてしまいたい書類があるために、彼女はその薄暗い部屋で、ひとり書類仕事をしている。
 ただし、気分は乗っていなかった。彼女はいらだたしげにとんとんとペン先で紙を叩き、伸びをし、また書類を見つめ、そしてとうとう諦めてペンを机の上に投げ出した、そのときだった。
 突然、けたたましい音がなった。じりりりりりという金属のベル音。その音で、ラビットは脊髄反射的に椅子から立ち上がると、飛びつくようにして部屋の隅にある機械の受信機を左手でとった。その受信機を耳にあて、近くにあった鉛筆をひっつかみ、乱暴なほどの速度でなにやら記録していく。
 その部屋の隅にあったのは、魔信機という機械だった。離れたところからの魔力の信号を受け、それを単純な音に変換できる機械だ。短音と長音の単純な組合せで文字ができ、それらを組み合わせることで、離れたところから一方的だが意思疎通ができる。
 音がやがて終わり、ラビットは書きなぐったメモを眺めながら、胸から一冊の黒手帳を取り出した。ぱらぱらと頁をめくり、あるところで止めた。びっしりと黒い文字が並んだ暗号表だ。それと照合しながら魔信の内容を頭の中で確かめる。
(デグランの先遣隊の詳報か)
 魔信の内容は、ジュリアス=デグラン率いる先遣隊の人数、移動速度と到着予想時刻、それと先遣隊に助っ人魔術師が加わっているらしいとの情報だった。
「魔信発信者は……“ノワール”」
 その名前を思い出すのに、ラビットにはしばらくの時間が必要だった。やがてこの人物が正規の雇用ではなく外部の盗賊で、無償で情報提供に協力していることを思い出した。
 彼女は続けて頭の中で誤報の可能性を検討する。諜報は誤報厳禁の世界だが、だが現実として誤報は多い。彼女の肩書は情報官。明白な誤報は彼女の判断で却下することになっていた。短い思考と決断のあと、上司へと情報を報告するべく別の部屋へと彼女は足を向けた。一応報告すべし、と判断したのだ。彼女の軍靴が、分厚い木床を軽く叩く。うっすらと埃が舞う。
 ラビットのいる館は3階建てになっていた。やや古風なつくりなのは、建造年の問題でなく、注文主――すなわち、彼女のボス ――ディウスではなくその上の―― つまり雇い主の趣味の問題だった。レンガ積みの壁に白漆喰を塗り、また白い石材を接続している。邸内の廊下は、北向きに外に対して開かれており、壁はなく手すりだけになっている。部屋の扉を開ければすぐに外気に触れられるので、気持ちが良い。左手側に見える、建物のすぐ脇に植えられた南国風の植物は、ここの気候ではすぐに枯れてしまうかと思われたが、何かの品種改良がされているらしく、まだ元気におおぶりの緑の葉を茂らせている。
 建物の1階と地階は『倉庫』になっていて、2階は研究棟になっている。ディウスが半数を引き連れていったので、現在、10名ほどの同僚が2階で魔術研究を行っているはずだった。そして3階が事務所と、彼女の雇い主の研究と居住スペースになっている。
 ラビットは部屋を出て、空が見える渡り廊下を移動して雇い主の部屋へと向かっている。陰った石の廊下からはひんやりとした空気が伝わってきて、夏だけれども涼しい。

 雇い主――賢者ピエトリーニャ。七賢者のひとりである彼の名は、彼女だけでなく魔術師である者の多くにとって憧れの名前だった。生ける伝説。はばかりもなくそう呼ばれる存在が、彼女の雇い主だ。
 実は賢者という称号は政治的意味合いが強いものなのだが、ピエトリーニャは魔術理論と実践にすぐれ、いくつかの新魔術の発明に成功している。魔術師であれば彼の名を知らない者はなく、そして大きな尊敬すら集めているのだ。
 そのピエトリーニャに仕えているという事実は彼女を誇らしい気持ちにさせるとともに、心地良い緊張へと誘う。さきほどまでの弛緩はどこへやら、ラビットの動きは実に素早く、そして自信にあふれていた。
 目的の部屋の前まで来て、ラビットは分厚い木材で出来た扉を、大きく2度ノックする。ピエトリーニャはしばしば研究に没頭していてノックに気がつかないことがある。だから大きく音を立て、ノックを繰り返さなければならない。
 今回は、4回目のノックの前に入室許可の返事があった。ラビットは重い扉を開け、薄暗い部屋へと入る。埃っぽい部屋は、何に使うのかわからない研究道具と分厚い本で埋まっている。
 だがその中央に重厚な執務机があり、そしてだいたいいつもそこにピエトリーニャが居る。そして、今回もそうだった。ひとり分厚い研究所を何冊か開き、調べ物をしている。薄暗いせいで、表情などは良くわからない。
 失礼します、とラビットは重厚な机に近づくと、いましがたあがってきた諜報を報告した。本来ならば実行部隊の責任者であるディウスに知らせておけばいい程度の内容だが、今はその彼がいないので、雇い主に直接報告することになる。
 瑣末な報告なので簡単に済ませようと思っていたが、ラビットにとって予想外なことに、雇い主ピエトリーニャ=ノグゴロドは、彼女の報告の一部分に興味を示した。
「先遣騎士隊に……魔術師が加わっているか」
 雇い主賢者の低い声。威圧するでもなく、呟きのように淡々とした確認。ラビットはかしこまって答える。
「はい、そのような諜報が来ています。しかし加わっているのは2名で、1小隊にもなりません」
「詳報をもういちど」
「魔術師のひとりは女で、もうひとりが男。そして、このうち女の方がエマ=フロックハートかもしれないと……ええ、真偽のほどはわかりません、誤報の可能性が高いのでご報告は控えようと考えておりました。この他の情報は、今のところありません。続報あり次第、ご報告致します」
 そう言ってラビットが報告を終えようとしたとき、ピエトリーニャは意外にも手に持っていた革表紙の本を閉じた。ページの重みのせいで、わりと大きな音がした。
 雇い主の意図がつかめなくて、ラビットは不思議そうな表情を浮かべた。だがそんなことには構い無く、ピエトリーニャは立ちあがる。
「ディウス=スブッラは2番の隠し砦で、デグランの先遣騎士隊を迎撃予定だったな」
「は、はい」
 ディウスの出陣は、すでにピエトリーニャに報告していた。
「余も出向く。興味がわいた」
 言うや否やピエトリーニャは本を投げ出し、椅子から立ち上がった。長身のピエトリーニャは立ちあがると威圧感がある。ラビットが気圧されている間に、賢者はラビットの脇を通り過ぎ、部屋を悠々と横切っていく。賢者が何を思ったのか、常人にはかり知ることはできない。だがとにかく、ラビットは詳しい指示を仰ぐために、雇い主の賢者を追いかけなければならなかった。



                        ■□■



 黒縁眼鏡、黒のローブ、革の胸当て。戦場にそぐわないアッシアだったが、格好とは裏腹な真剣な態度で身をかがめ、味方をはげましながら岩影を伝う。同じ小隊の4人の騎士にも同じように馬を捨てさせ、敵魔術師がこもる隠し砦へと近づいていく。
 すぅっすぅっすぅっ。
 魔術の間隙を縫うようにして岩から岩へ、彼は物影から物影へと影のように小走りに伝っていく。

 魔術師のくせに、身軽に動く。
 そんな印象を同隊の騎士たちに与えながら、アッシアは先頭に立ち積極的に動いた。
 残り8分。
 急ぎ。早く。だが確実に。
 あせらずしかし大胆に。
 難しい。けれどそうでなければ守れない。
 仲間を。守らなければならない――。

 アッシアは無意識のうちに、胸のロケットを握りしめていた。

 その瞬間、近くにあった岩が、閃光とともに爆音を立てて半壊した。
「見つかったか!」
 慌てる小隊の騎士のひとりに、アッシアは冷静に声を投げる。まだだ。
「追撃がない。まだ、こちらの場所を正確に捉えてないんだ。今まで通りに進もう。けれど、さっきよりも身をかがめて」
 黒縁眼鏡の奥の薄茶の目には鬼気帯びるほどの真剣さ。アッシアは指示を済ませると、体を丸めて歩幅を小さく、しかし素早く進んでいく。あとに残された4人の小隊の騎士たちは、頷きあうと鎧を着た体を一層小さく丸め、アッシアのあとを追って岩影を伝うように進み始めた。

 アッシアは軽々と先頭をきりながら、ジークから譲り受けた、『それ』――。
 右手に握る、銀のロケットの感触を想っている。






「お渡ししておくものが――あります」
 しゃらり、とそれの鎖が音を立てる。
 それはほんの数分前、隊に戻る途中でのことだった。
 泣きぼくろの騎士ジークが取り出したものは、彫刻の入った銀のロケット。
 夏の陽が反射して、厳しいほどに眩しく弾けている。
「それは……?」
 どこか自分の罪を見透かされたようで。アッシアはぎくりとして足を止めた。
 記憶の中にある、焼け焦げた死体にからみつくペンダント型のロケット。半分溶解していたけれど、あれも銀で出来ていたとアッシアは思い出す。思いだしたくもない記憶ほど、細部まで覚えている。急速にのどが渇いて行くのは、焼けつくような暑さだけのせいではない。そしてこんなときのアッシアがいつもそうするように、知らず知らずのうちに右腕の火傷の痕を左手で押える。
 記憶の中にあるものと、今さしだされたものは、当然同じものではない。それがわかってはいても、自分の右腕を押さえる魔術師の不安は、くっきりと広がっていく。
「これは、ある人から受け取ったものです。そしてもしアッシア様、貴方に会うことがあるなら渡して欲しいと託されたものでもあります」
 魔術師の想いに気が付いているのかいないのか。しかし慈しむように、泣きぼくろの騎士は、両手でロケットを包む。銀の鎖がしゃらしゃらと小さな音を立てる。
「なんだい、それは……」
 問い掛けながら、声がかすれてしまうのを、アッシアは自覚する。喉が張り付くようだ。
「説明するよりも、見ていただいた方がきっと早いでしょう」
 そう言うなり、泣きぼくろの騎士は、ぱかりとロケットの蓋を外した。アッシアは思わず、その中身に引き付けられる。銀のロケットの中には、幸せそうな家族の肖像画が入っていた。若い父親と母親、そして幼い子供の三人が描かれている。
 黒縁眼鏡のつるをつかみながら、アッシアはロケットの中の肖像画に見入っていた。そして二歩、ロケットを掲げる泣きぼくろの騎士へと近づいた。
「覚えていらっしゃるでしょうか? 6年前に、アッシア様に会ったと本人は言っておりました。北王戦争の時分、パンドル西基地で……」
「ジャック……」
 かつての同僚の名前を、アッシアは呟く。パンドル西基地で働いていた際に、同じ部屋で起居していた。アッシアと同じく文吏で、少し頼りないけれど憎めない手合いの人間だった。当時、彼は、20代前半という年だったか。童顔だったので、それよりも若く――いや、幼くさえ見えたものだ。
 騎士は、説明を続ける。
「2年前に、視察である村を訪れたときに、彼――ジャック=ペントナート氏とたまたま出会ったのです。彼からアッシア様の話を聞いたときには、本当に驚きました。ジャック氏から当時のことを詳しく聞いて、彼の話す“アッシア”とは、アッシア様ご本人に間違いないと確信しました。それで、ジャック氏から、もし私がアッシア様に会うことがあれば、渡して欲しいと託されたのが、これです」
 ジークの無骨な手のひらに載っている銀にあるその顔は、確かにアッシアが知っているジャックだった。
「北王戦争後、ジャック氏は故郷に戻り、そこで結婚したそうです。家業の宿屋を継いで、生計を立てています。一男をもうけ、今では立派な父親です」
「父親……」
 あのジャックが。
 あまりにも似つかわしくなくて、アッシアは思わず、小さく笑みをこぼした。
 しかしロケットの中のジャックは、どこからどう見ても、立派な若い父親だ。気負いもせず柔らかな笑みを浮かべているだけなのに、どこか頼もしげに見える。
「ジャック氏は、アッシア様にとても感謝していました。もし、彼がアッシア様に出会わなければ――いえ、あのときアッシア様がパンドル西基地にいなければ、今の自分はなかったと」
「そんな、ことは……ないよ」
 呟いて、アッシアは再びロケットの中の若い夫妻に目を落とす。
「いいえ」強い調子で、ジークはアッシアの言葉を否定した。「その彼が、その年若い家族が今こうして平和に暮らすことができるのは、明らかにアッシア様のちからによるものです」
 力強い語気に驚いて、アッシアは思わず顔をあげ、眼前のジークを見た。泣きぼくろのすぐ上にある彼の目は、意志強く光り、真剣そのものだった。
「アッシア様。貴方はお優しい方です。殺めた敵のことを思って、心を痛めていらっしゃる。ですが、貴方には矛盾があります。敵を殺してしまったことを想うあまり、ご自分が救った味方を軽視しています」
「軽視だなんて、そんなことは、けっして……」
 反論するアッシアの言葉は弱々しい。それを遮って、ジークは続けた。
「貴方は理想主義者です」ぴしゃりと言い切られた言葉。「誰も死なず、誰も傷つかなければいいと思っている。でも、それは不可能なのです」
「な……何故?」
「何故か? それは私にもわかりません。ただわかるのは、世界はそのように優しくできていない。世界は常に不完全なのです。誰かの思った通りにすべてが運ぶ、そんな箱庭のような世界は、どこにもない。過去にもない。自然の世界を見ても、お伽話の中ですら、誰かが不幸な目に合い、傷つき、ときに死んでいる。理屈ではありません。それが事実で、現実なのです」
「理想を、目指してはいけないのか?」
 短く発せられたアッシアの言葉。問いかけられた泣きぼくろの騎士は、そこで一度言葉を切り、一瞬瞑目したあとに、小さく首をふった。
「もちろん、理想を目指すのは、大切なことです。……すみません、少し言葉が過ぎました。言いたかったのは、もう少し別のことなのです」
 そこで、泣きぼくろの騎士は、手のひらの中のロケットの蓋を閉じ、続けた。
「アッシア様は、遠くが見えすぎるあまり、近くを見落としているのです。敵も味方も同じ命で、その命を奪うことは罪でしょう。けれどその一方で、味方の命を守ったのであれば、それは功績なのです。敵の命を奪うことをアッシア様が罪だと考えるならば、それはそれでいいでしょう。ただ味方の命を守ることを、軽く考えて欲しくないのです」

 ――どうぞ。

 お受け取りくださいと差し出された、銀のロケット。
 アッシアはそれを右手で受け取った。
 胸につかえていた何かが、自分の中に染み入っていくような錯覚をこの魔術師は感じていた。諦観なのか安堵なのか、いろいろなものが入り混じったそんな感覚。

「自分が矛盾しているということは、どこかでわかっていたんだ……」
 アッシアは呟きながら、渡されたロケットの蓋を再び開ける。
 あの日あのとき、アッシアがパンドル西基地で戦わなければ、この幸せそうな家族に出会うことはなかった。けれど逆に、アッシアが戦ったことで、どこかの幸せな家族を壊してしまったのかもしれない。けれど、どれが正解で真実か、なんてわからない。少なくとも、神ではない、ただの人間にすぎないアッシアにはわからない。ただわかることは。
 戦わなければ、大切なものを守れない。
 それだけなのだ。
「僕は、同じ失敗を繰り返しているんだな……」
 無意識のうちに握りしめたロケットの感触が暖かい。
 初陣のときも、パンドル西基地でのときも。何のために戦っているのか、その答えも覚悟もなく戦った。奪った命の重さに驚き、守った命の大切さはわかっていなかった。自分の犯した罪の重さに子供のように慄いて、周りから差しのべられた手を振り払って逃げ出した。あれだけ求めていた救いの手は、すでに目の前にあったのだ。それを、見ようともしなかったのは、誰か。他でもない、アッシア自身だ。
 決して戦いを美化するわけでもない。命を奪うことを肯定するわけでもない。だがそれらに意味と価値があることをアッシアは感じている。
 彼は眼を閉じ、ぼんやりと想像する。

 純粋な善はないように、純粋な悪もない。光があれば、必ずどこかに影ができている。眩い価値とどす黒い罪とがないまぜになって、しかしその混じり合った状態で存在している。割り切れぬ複雑さを保ったまま、確かにそこにそれはある。
 だがひとは物事を割り切りたがる。単純であるほうが理解しやすい。受け入れやすい。複雑であるというだけで、そのものはひとを不安にさせる。しかし、理に適わないもの、割り切れないままに飲み込まなければ、真実にならないものもある。
 白と黒とが入り混じる、その混在点。戦いという殺し合いは、そこにある。さらに言えば、人間という存在自体がそこにあるのかもしれない――。

 アッシアが再び目を開けると、ジークはアッシアを見つめていた。泣きぼくろの上にある瞳が、わずかにだが、心配そうに歪んでいる。
 黒縁眼鏡の魔術師は、ひとつ頷いてみせた。そして、ロケットを握りしめたままの拳で、自分の胸をとんと叩く。もう大丈夫だというように。ロケットを握る掌が汗ばんでしまったのは、暑さのせいか、それともロケットの暖かみのせいか。
 そしてアッシアは、へらりと笑ってみせた。ちょっと困った風な笑顔。
「趣味、悪いよね」そういって黒縁眼鏡は続ける。「贈り物に、自分の家族の絵入りのロケットを選ぶなんてさ。もらったひとは扱いに困るよ。身に付けたらなんか変だし、かといって捨てられもしないし」
 そういえば、そうですね。
 吹きだすようにして、ジークも笑った。





 どかあん、という爆発音で、アッシアは我に返った。
 物思いにふけっていたことを自覚して、周囲の状況を確かめる。見れば、先を騎馬でいく友軍へ、敵の攻撃魔術が雨のように降り注いでいるところだった。馬を駆る突撃小隊は、魔術防壁を張りながら進んでいるが、攻撃に押されてまっすぐに進めていない。右へ右へと流されながら、部隊によっては反転して距離をおき、仕切り直しをしようとしている部隊もある。
 要は、先行の騎馬部隊は、敵が籠る砦に近づけていないのだ。
 アッシアは思わず頭をあげ、攻撃魔術が次々と放たれる隠し砦をみあげた。隠し砦は自然の岩山とそこにある洞窟を利用して作られていて、岩を削って作った窓が大きく開放されている。敵はそこから魔術を連発している……。
 隠し砦に人間が入っている以上、どこかに入口があるのだろう。しかし砦自体を隠しているのだから、入口も当然、木の枝か何かで隠しているはずだ。もっと大掛かりな隠し方かもしれない。それを、すぐに見つけられるのだろうか……。
 アッシアは自問する。そして味方を守る紅い枝の防御魔術が解けてしまう時間を、ふところから取り出した懐中時計で確かめる。
 残り、4分。