10. 試技





「敬具。……っと、これでいいかな」
 アッシア教師の私室。アッシアは、署名をしたあとペン先を紙から離し、インクで汚さないように慎重に書き上げたばかりの手紙を読み返した。黒縁眼鏡の奥、彼の薄茶色の目が素早く往復運動を繰り返す。誤字や脱字、読んでみて意味がわかりにくいところがないかを確認すると、インクが乾くまでの時間が惜しいのか、彼はばさばさと手紙を振りはじめた。風にあてて、ちょっとでも乾く時間を短縮しようというののだろう。
 その単純作業の間、彼は思い出に耽るかのように遠い目をした。
 手紙を書くというのは不思議な作業だ。相手が傍にいないのにまるで傍にいるように感じ、時が戻ったわけでもないのに、昔に戻ったかのように錯覚する。すべては幻想に過ぎないのだが、手紙を書こうと思いをめぐらす作業が、そのささやな幻想にひたる許可をくれる。

 ばさばさ。
 ばさばさ。
 ばさばさ。

(サカルノ先生。タリス若奥様。ドネッド君。懐かしいな……)
(……。)
(…………。)
(………………。)


 ほんの少し作業つもりが、放心からアッシアが戻ってくるのに、しばらくの時間を要した。
 ばさばさと手紙を振る手を止め、
「ああっと、いけない。もうこんな時間だ! 試合が始まる!」
 机の上においてあった懐中時計の針の位置を見て、アッシアは思わず声をあげた。夢中になると周囲が見えなくなる性質のこの男は、似たようなことをしばしばやらかす。ただの集中、というよりも没頭、耽溺するほどの集中力は学者としては美徳と言えるが、ひとりの大人としてはなんとも頼りない。
 試合というのは、もちろん学院祭の目玉である、セドゥルス学院長とアーンバル王国の賢者候補で客人のエレ=ノアとの魔術模擬試合だ。
 とにかく、彼はわたわたと手紙を入れる封筒を準備し、それに封をすると、ローブの懐に入れた。あとで学院郵便を使って送るつもりだった。



 机の上も片付けずに部屋を出て、誰もいない廊下の外に出た。
 教師の私室が集まる棟には人がいない。教師連中も、今回の模擬試合――試技を皆で見に行っている。もちろん、審判などのお役目の者もいるが、無役のものも争うようにして試技を
見に行ってしまった。娯楽のない場所にいるとどうしても物見高くなってしまうのは、仕方のないことだ。
 いや。
 誰もいない、と思っていたのはアッシアの思い込みだった。廊下には、ひとり女性がいた。渡り廊下の向こう、どうも学院祭を見物に来た一般人らしかった。一般人だと思ったのは、その女性が魔術師のローブを着ていないからだった。きちんとしたコルセットの入ったモスグリーンのドレス。広いつばの帽子にはヴェールがついていて、顔まではわからない。身なりからそれなりの地位をもった婦人だと思われた。
 アッシアはその婦人の方へ向かって歩いていった。深い意図はなく、ただ、彼の行き先がたまたま同じ方向だったというそれだけの理由だ。モスグリーンのドレスの女性を、警戒するような理由も特になかった。ただ、婦人がどこか困っているように見えたので、彼は声をかけた。

「どうか、されましたか?」
 モスグリーンのドレスの婦人は、恥ずかしそうに俯いた。というか、そうアッシアには見えた。
 俯いたために、近づいても婦人の表情はうかがえない。
 が、上品そうな声がする。 
「ええ。ある試合の見物に来たのですが、学院のなかですっかり迷ってしまって。試技場というのはどちらなのでしょう」
「えっと、それでは、ご案内しましょうか? ちょうど僕も、試技場へ向かうところでしたから」アッシアは申し出た。
 それはご親切にどうも。すみませんが、お願い致します――。婦人が品のある声で答えた時も、彼女は俯いたまま、けして顔をあげようとせず、むしろ逃げるかのように視線をそらし
た。その動きが、どうもおかしいと、アッシアが思い至った、そのときだった。
 アッシアは、背後から何者かに、口と鼻を布のようなものでふさがれた。

「!!」

 反射的に布を外そうとしたアッシアだったが、がっちりとしたちから強い腕に阻まれ、外せない。背後から突然現れた、正体不明の人物ともみ合う。
(しまった、薬品……)
 アッシアが鼻に刺激を感じたときには遅かった。布に麻酔系の薬品が染み込ませてあるようだった。不覚にも少しだが吸い込んでしまった。
 すぐに意識が朦朧とし、体のちからが抜ける。即効性のある劇薬だった。視界に映る、モスグリーンの婦人の姿がぼやける。

 突然すぎた。
 抵抗する時間もない。
 思考をする間すらない。
 アッシアの、自分の膝を床に落としたその音が、やけに大きく響いた気がした。

 
「なにも……のだ……」
 その言葉を最後に、アッシア教師の視界は暗転し、彼は、昏倒した。







                  ■□■







『遠路はるばるお越しの紳士淑女の皆々様! 大っっ変、長らくお待たせ致しました!』






 窓がふさがれ、そして照明を落とされ、薄暗くなった試技場に、拡張音声が響く。
 観客たちははざわめきを静め、次に何が起こるのか、息を詰めて待っている。
 中央にある、試技場を取り囲む、鳥籠のような魔術防壁が、うすぼんやりとした光を放っている。
 音声は続く。


『魔術師と呼ばれる人間はこれあまた、しかし賢者と呼ばれる魔術師はこの世界にほんのひと握り。
 そう、皆様もよくご存じのように西方大陸1000年の歴史で、7人しかおりません。我々が生きるこの時代にはわずかに2人。
 しかしこれでも賢者が多い恵まれた時代、そう巷で言われています』





「あら、この声、トニー・ドニーじゃない。久しぶりに聞いたわ」ストローで飲み物を口に含みながら、レクシア女史が呟いた。
「ゆうめいな、かたですかー?」そう聞いたのは、隣に座るヴェーヌ少女だった。
 会場は暗くてお互い表情はよくわからないが、顔をどちらにむけているくらいはわかる。
「有名っていうか。そうね、こういうアナウンスが好きな名物男子生徒がいるわけよ。たしか、5号生じゃなかったかしら。エキア、あなたと同じ学年よね?」
 ヴェーヌ少女を挟んで隣に座っているエキアに、女史は言葉を投げかけた。
 問いかけられたエキアは、首肯した。まあ、頷き程度は、判別できるぐらいの会場の薄暗さということだ。
 会場には低いベース音がずっと拍を刻んで響いている。背景音楽なのだろう。





『そのうちのひとりが、セドゥルス=テヘラン。皆様にはもはや説明の要はないでしょう。
 すべての魔術師の上に立つ頂点のひとりであり、魔術を志すものの憧れ。
 賢者という称号がどれだけ魔術師にとって、また世間一般にとっても特別なものかわかります。

 ……そしてその一方で、ひとりの英雄が、このたび、あらたに賢者に推薦されました。
 魔術師の頂に、またひとり登ろうという女性がおります。
 名を、エレ=ノア。賢者候補。そういう肩書きで呼ばれています。
 今はまだ、候補。しかし、彼女が賢者と呼ばれるようになることはほぼ確実と言われております。
 いまはまさに、賢者が新たに生まれる瞬間。そして、同じ時代に賢者が3人、ならび立つことになります。
 それは歴史の分水嶺と言ってもいいのではないでしょうか。
 いや、わたくしはそう信じております。新賢者が登場することで、新しい歴史の幕があがると!』


 そしてどうやら、進行役の熱気は早くもひとつの絶頂に達するようだ。
 独特の巻き舌を交えて、強い語調が続いていく。

『そして! あらたな時代の胎動を感じ取るかのように、先んじて、ここセドゥルス学院にて、
 驚愕すべきことといっても良いでしょう、現賢者と賢者候補との試合が実現致しました!
 
 現賢者と賢者候補の試合は、まさにっ、嘘誇張なく前代未聞、未開の境地。
 世界最高の魔術と魔力と技術とがぶつかりあう!
 受け継がれる賢者の系譜。秘せられた頂にある世界を体感せよ!
 刮目せよッ! 諸君! 諸君らは、歴史の証人――だッッ!』






 ドンっ、と試技場の中央で金色の火花があがる。

 同時、流れていた音楽が、ギターの激しい演奏に切り替わる。
 狂気に委ねられたのかと思うほどに激しく刻まれるその鼓動に重ねて、幾つもの緑、青、赤の発光球体が、光の尾を引きながら、試技場中を飛び回る。
 その光の球は、いつの間にか会場を漂っていたスモークを切り裂き、カラフルな軌跡を描く。
 おおー、と観客からの自然などよめきが湧き起こった。
 そして、試技場でドンッと再び吹き出すような火花があがる。
 続けて、16名のきらびやかな衣装に身を包んだ男女が試技場に乱れ入る。
 無秩序かと思ったそれだったが、演出のひとつだったようで、彼ら彼女ら自然と整然とした斜め格子の陣形を作り、
 音楽に合わせてステップを踏み、激しいダンスを踊る。
 高音が駆けるたび、彼女らの衣装の裾が翻り、それを空飛ぶ光の球がまるで閃光のように照らし出す。
 低音が刻まれると、彼らの力強いステップが地を叩き、地面から吹き出す火花が光と影の対照を生む。

 思考ではなく刺激、精神ではなく現実。
 酒もないのに、人を酔わせるような空間。
 そして、空中を漂っていたいろとりどりの光球が加速し、いくつかの光球が組みとなり。
 まるで編隊飛行でもするように優雅な弧を縦横に描きながら、光球はスモークを吹き出した。
 虹色の紙に泡の紐でもはりめぐらせたような光景を重ねて。
 合わせて音楽とダンスがより速く激しく高まっていき。
 そしてひとつの光球が、ぱあんと音を立てて弾ける。
 空間をスモークを出しながら飛行していた光球は順々に、そして連続して弾けて。
 最後に数十個の光の球がまとめて弾け――音楽が終わると同時、ごぉんと爆発音を会場に響かせた。




 余韻がただようなか、観客席から、まばらな拍手が飛び、それが呼び水となって大きな拍手の渦を生んだ。
 歓声と拍手に答えながら、ダンサー役の生徒(生徒なのだ)たちは試技場から退場していく。
 二階観客席の最前列、顔を寄せ合って、女性教師が会話をしている。
「学院祭だと思ってあなどっていましたけれど、なかなかどうして、工夫した演出ですね」
 胸の前で自身の細い指をからめながら、シアルはこそりと隣の女性教師に話かける。
「ほんとに。どきどきしますね」
 話しかけられたエマも、言葉少なだ。







 再び薄暗さを取り戻した会場に、一条の光線が射し、試技場の出入り口のひとつを指し示す。
 会場に、魔術で拡張された声がまた響く。


『若い頃から世界を放浪、ほぼ独学で魔術を学び、しかし魔術師の頂点へと上り詰めた男。
 16年前に我らがセドゥルス学院を創立し、現在は学院長を務めております。
 偉大なる魔術師の教育者、老いたとはいえその魔術は今も健在……!
 ”雲の賢者”、セドゥルス=テヘラン の入場――ですッ!』


 会場を花火を駆けまわり、巨大な文字、セドゥルスの名を浮かび上がらせる。
 観客から歓声があがるなか、出入り口からセドゥルス翁が入場してきた。
 紺、いや濃紫のローブをまとっている。
 齢64に至りながらも、堂々たる体躯は健在。背中をしゃんと伸ばし、白い顎鬚を撫でつけながら歩く。
 沸き起こる拍手と歓声をよそに、まっすぐに試技場に入った。
 いつの間にか試技場の上部に魔術光源が集まり、試技場の中央のみを明るく照らしている。 



 観客のどよめきは収まるところを知らないが、実況のほうも相当に熱があがってきているようだった。拡張音声でしか聞いていないのに、まるで唾しぶきがかかってきそうな臨場感が
ある。
 音楽も変わり、今度は一定の律動の、しかし激しいドラムの音。

『先の戦争で活躍を認められ、英雄と呼ばれる若き才媛。
 母国アーンバル王国では魔術研究所所長という顕職にあり、
 このたび、次の賢者として各国から推薦されています。
 炎系魔術を得意とし、防御不可魔術を放つという逸話もあります。
 今回の試合で我々はそれを目撃することができるのでしょうか?
 ”炎の女神” エレ=ノア 、入ゥ場――!』



 新たな光条が出現し、セドゥルス翁が入ってきたのとは逆の出入り口を照らす。
 そこから、エレ=ノアが入場してきた。
 少し遅れて会場を花火が飛び、紅く巨大な”エレ=ノア”の文字を作った。
 エレ=ノアは、アーンバル王国の士官服を身にまとっていた。ただし、特注品なのだろう、色は白。
 ゆっくりと歩き、ときおり立ち止まって、手を振って観客の声援に応えている。
 そのアピールに、観客席がより一層沸き立つ。
 堂々とした、余裕のある態度。
 これからの試合への緊張などみじんにも感じさせない優雅さがあった。
 そしてエレ=ノアも試技場の中央にたどり着き、セドゥルス翁と向かい合う。

 彼らはにらみ合う――わけではなく、両者ともに歩みよると、友好的な握手を交わした。
 おおお、と観客席からどよめきがあがった。


『なお、この試合、主審はファッジ=ウェッブ教師長、副審はカルノ=サロニキ教師、同じくリーザ=マカート生徒にて行われます』






 試技場の中央付近に集まっていた3人の審判たちは、観客に向かってそれぞれ一礼した。そして、選手たちと目礼を交わし、それぞれが所定の位置につく。
 特に主審は、開始を宣言すべく、試合当事者の間に立った。
 それぞれが短く言葉を交わし、当事者たちは軽く頷く。

 主審はゆっくりと右手を高く上げた。
 独特の緊張感が試技場を包み、誰もが声を殺し、その瞬間を待っている。


 ……。


 始めっ!
 音声拡張魔術を使ったわけでもないのに、主審のその声はよく響いた。
 主審の右手が振り下ろされると同時、ふたりの当事者はまるで毬のように弾け、後方へ跳んだ。






                  ■□■





 魔術を使った模擬戦闘訓練――魔術試技では、まず両者が距離を取るのが初手の基本である。魔術の応酬をするには距離が必要だからということで、セオリー中のセオリー、当たり前の行動であるが、それが魔術師の頂上に立つふたりの行動だと、何か新鮮さがある。エレ=ノアはバックステップで移動、セドゥルス翁は年齢のため軽快な動きを苦手とするのか、短距離跳躍の魔術も使って距離をとった。両者の間には、15歩ほどの距離ができた。その距離を保ちながら、両者円を描くように移動する。
 そのままにらみ合うかと思われたが、先手を取ったのはエレ=ノアだった。
 円の6分の1ほどの弧を描いたとき、エレ=ノアは魔術文様を描画した。

 おおお、と観客席から声があがる。
 エレ=ノアの魔術文様はほとんど白色だったが、ところどころ橙色がゆらめいている。
 それがまるで身に纏いし炎のようで、幻想的で、文様自体が魔術の効果であるかのように錯覚しそうだった。
 彼女は、余裕のある笑みを浮かべたまま、片手を突きだし、魔術を放つ。まるで小手調べだとでもいうように。
「断罪の火球よ!」
 大人が両腕を広げても受け止めきれないほどの大きさの火の球がセドゥルス翁へと向かう。
 対するセドゥルス翁は、ほ、という声とともに、防御魔術を出現させた。柔らかな魔術の網が、火球を受け止め――るかに思われたが、
 火球の勢いは止まらない。
 接触する防御網が火花を散らしながら変形し、
 火球がセドゥルス翁に到達するか、
 というとき。
 突然、ばんという音とともに火球が跳ね上がり。
 そして試技場の天井を覆う防壁に激突し、爆散した。
 火球が弾けたときの轟音が会場にこだまのように響き、そして余韻のように火の粉が、ちらちらと試技場の中央へと降り注ぐ。
 両者とも、表情に変化はない。ただ足は止めずに、一定の距離感をもって次の呼吸をはかっているようだった。
 試技者たちの間に、赤い火の粉がまるで雪のように漂う。

 観客のほうは、今の応酬が理解できるものが少ないのか、とまどいのようなどよめきが広がっている。




                      ◆◇◆



「”いなし”た」
「え?」
 エマの呟きを、シアルが聞き返した。あんな防ぎ方があるのね、とエマは呟いて、口早に、
「学院長の防御網は、エリー姉さんの猛牛みたいな火球の軌道をずらして威力を落とすと同時に、速度を落とした。そして学院長は、速度を落としたことで得た一瞬の間に、上方へと吹き上げる瞬間的な豪風魔術で、火球を打ち上げて防いだ」
「あの短い時間で魔術を2発も?」驚きというよりも、物理現象を確認するような声で、シアル。
「学院長の魔術速度は異名がつくほど驚異だと聞くけれど……、反撃よ」




                         ◆◇◆




 セドゥルス翁は右手を正面に掲げ、魔術文様を浮かび上がらせた。文様の色は灰色。ただ、文様が、掲げた右手を中心に、まるで渦でも巻くように変形している。
「ほっ」
 どうやらそれが呪文らしい。目に見えるほど激しい圧縮された豪風が、バリスタで打ち出された巨大矢のようにエレ=ノアを襲う。
 当然、エレ=ノアは防御魔術を行使する。炎の女神、あるいは炎戮のふたつ名にふさわしい、燃えるような文様を描き。
「隔ての壁よ」
 壁、というより巨大な石筍が連なっているような、白色の防御魔術。
 城壁のように幅があり、かつ厚みがある。
 この城壁に、風大矢が轟音を立ててぶつかった。
 魔術同士がぶつかった余波の空気の震動は、観客席にまで届くほどだった。

 だがしかし、防御魔術たる異形石筍はびくともしない。彼女の白色の防御は、まさに堅固な砦のようだった。
 炎戮の彼女が一瞬だけ余裕の笑みを深めた。

 しかしそれは、長くは続かなかった。

 風大矢に続けて、稲妻の刃が白い城壁に突き刺さり、さらに無数のかまいたちが弾けた。最後に熱衝撃派が襲ったとき、城壁の中央を貫いた。エレ=ノアは間一髪で防御魔術の後ろから飛び出て、熱衝撃波を回避せざるを得なかった。
 セドゥルス翁はそこで攻撃魔術の手を緩めた。炎戮の彼女と視線が絡み合う。
 エレ=ノアの舌打ちが聞こえたかもしれない。
 両者、魔術文様を描きながら、距離を保って移動する。




                            ◆◇◆




 観客から、どよめきがあがる。
「速いなんてもんじゃないわね、反則だわ」レクシア女史の発言。分析をしているのか、額に指を当てて、「学院長の魔術発動。4発、切れ目なく続いたわ」
「よんはつの魔術、ですかー」
「学院長の魔術は、シームレスに続くから『連鎖魔術』と呼ぶ人がいると聞いたことがあるけど……」とレクシア。話をしながらも、視線は試技者たちに釘付けだった。
「連鎖なんて表現は、可愛すぎるわね」 




                          ◆◇◆




「ほっ、ほっ、ほっ」
 微妙に角度を変えて出現した三枚の魔術の盾が、炎戮の彼女が放った豪火魔術の軌道をあさっての方向へと変える。
「ほいっ」
 学院長が何かのついでに付け足したような呪文が、光の槍を現出させ。さらに槍は相手に向かって勢い良く飛び出す。
「巻き取れ」
 炎戮エレ=ノアの防御魔術。飛来した槍を魔術の網でからめ捕り、硬質な音とともに地面に叩き落とした。
 だがそのときはもう、追撃の稲妻が彼女を襲っていた。彼女は右手を突き出し。
「審判の炎剣!」
 炎のような文様を描き、魔術を行使する。放たれた光熱波が、稲妻をたやすく蹴散らす。光熱波はさらに加速し直進したが、学院長の防御魔術、現出した2枚の防御盾に、綺麗に阻ま
れた。魔術と魔術がぶつかり、爆発音が響く。
 しかし、その残響も終わらぬ間に、学院長が放った光の刃が、右回りで炎戮の彼女を襲う。
 エレ=ノアは迎え撃つように分厚い光の塊の防御魔術を現出させる。まるで巨岩のような大きさ。光の刃がその防御魔術にぶつかるかというそのとき、白と橙の文様が彼女の右手にきらめき。そして彼女が呪文をつぶやきかがんだ刹那、光の巨岩が、凹型に変形した。
 同時、右から回り込んでいた光の刃と、いつの間にか逆方向の左から回り込んでいた風の矢が、凹型の左右にぶつかり、弾けた。
 学院長は光の刃の魔術を右回りで放ちそちらに注意をひきつけながら、逆方向から風の矢の魔術を回り込ませていたのだ。しかし炎戮の彼女はそれを看破し、ひとつの防御魔術を凹形に変形させて、右と左、2方向からの攻撃に対応したのだった。
 さらにエレ=ノアは光巨岩の防御魔術をもう一度変形させる。今度は、凸型へと。ほぼ同じ時宜に、学院長の放った直進する光熱波が、光の巨岩にぶつかった。
 これで、3方向からの攻撃をすべて完全に防いだことになる。
 まるで剣戟を打ち合わせているかのような速さであるいは律動で、魔術が打ち合わせられ、激しい音を響かせる。
 だがしかし、双方被弾はしていない。どちらかが一方的な場面になることもない。まさに伯仲の試技。






「けれど、傾向は見えてきましたね」
 唇に指を当て、しかし視線は試技から逸らさぬまま、シアル。
「ええ」息も自由につけぬという様子で、エマ。
 彼女たちがいる観客席。周囲の観客からは溜息や歓声が絶え間なく続いている。
「魔術の手数なら学院長。一発の威力ならエレ=ノアさん」シアルが呟く。「しかし、学院長には、まだ余裕がありそうですが……」

 会話の間でも、魔術が打ち合わされる音が続く。
 硬質な音。破壊音。爆裂の音。
 注がれる魔力が奏でる高音。扇のように広げられる文様。指元で切り替えられる魔術。
 まるでそれは、上質な剣舞のように。

「それはエリー姉さんも同じ」
 炎戮のエレ=ノアを指して、エマは彼女をエリー姉さんと呼ぶ。
「威力は、まだあがります」