2 世界は狭いのかもしれない





 黒縁眼鏡のアッシアがその封筒に気がついたのは、夜も更け始めた時刻だった。
 書斎と化している執務室の机の上、いくつか届いた郵便物の中に、分厚く膨らんだ白い封筒を見つけた。夕方、授業から戻るときに郵便受けから持ってきたものだが、宛先も中身も確認していなかった。アッシアに届く郵便は、広告だけの購買を誘うような手紙も多い。だから頻繁に手紙を確認する習慣を持たないアッシアが、届いてからしばらくの間、その手紙に気がつかなかったとしてもまったく不思議ではなかった。むしろ、この手紙に気がつくのが常時に比べれば早い方だった幸運を、喜ぶべきなのかも知れない。
 秋の夜、暖房はまだつけていない。山から来る強い風が窓にあたり、窓はかたかたと、ときにがたがたと揺れている。ときおり笛のような高い音を出す隙間風が、部屋を寒々しくしていた。灯りの使い方にも理由があるだろう、アッシアは書物を読む机周辺しか魔術灯で照らしていない。部屋全体は照らさず暗いので、陰鬱な寒々しさは強調されていた。
 体を暖めるために、暖かいお茶をすすりながら机の上にあった書類を選り分けていたときに、アッシアはその手紙を手に取った。
 その手紙の差出人は少なくとも封筒には書いていなかった。だがしかし、封をする裏の蝋印は、デグラン家の紋章だった。
 いったいなんだろう。
 黒縁眼鏡を持ちあげて、見慣れた紋章をまじまじと見たあと、アッシアは素朴な疑問をそのまま行動に移す。蝋の封印を取って、手紙を開く。出てきたのは、一通の報告書だった。さらに封筒を探ると、さらに一片の紙片が出てきた。
 “ピエトリーニャの居館の焼け跡を探索した結果を連絡する。”
 そっけなくそう一言走り書きされた紙には、デグラン家次期当主のジュリアス=デグランの名が入っていた。報告書は、居館の焼け跡を探索した報告書の写しだった。
 ほんの半月ほど前、夏季休暇を使い、アッシアはベルファルトにあるというピエトリーニャの隠れ家を訪れた。いや実際にはそこにたどりつく前に敵の妨害に会って、アッシア本人はそこでちから尽きてしまったのだが、彼が手助けしていたデグラン家の探索隊は無事にピエトリーニャの隠れ家へとたどり着いた。しかし、相手に先手を打たれ、探索隊が現地に到着したころには、一切の建物は焼き払われていた。だから、ピエトリーニャの情報を求めてわざわざ外国まで行ったアッシアたちだったが、収穫なく手ぶらで戻ってきた。そういうことがあったのだ。
 だが焼け跡から何か見つかるかも知れない、よしんば見つからないとしても一応は調べておくべきだろうという消極的な理由に従い、その後デグラン家から調査隊が出て、現地の調査を行ったのだ。その結果報告を、一応、アッシアに伝えておくというのが、今回送られてきた報告書の趣旨なのだろう。
 であれば、同じくデグラン家の探索隊の手助けをしたエマ教師のところにもこの報告書が届いているな、と思いながら、アッシアはその報告書を机の中央へと持ってくる。お茶は、脇へとどけた。
 報告書に目を落とす前、アッシアはひとつの懸念を思い出す。
 瞼の裏に、ひとりの男が浮かぶ。
 ピエトリーニャを名乗る長髪長身の男。
 老賢者の隠れ家の探索隊に同行した際、途上の隠し砦で出会った男のことだ。
 砦が陥落する直前、朦朧とする意識で、アッシアは長髪長身の男と出会った。
 その男は、以前にミティアの遺跡で出会った、旦那と呼ばれる男と同じ人物だった。しかもその人物は、レイレン=デインと同じ姿をしている謎の人物だったのだ。その謎の人物が、自分のことをピエトリーニャと名乗った……。
 今にして思い返してみると、あれは果たして現実だったのだろうかという思いが、アッシアには強い。深いダメージを受け、燃え盛る砦の中で今にも死ぬかという状況で、夢と現実の区別がつかなくなってしまっていても、まったく不思議ではない。
 それに、あれが現実であれば、あの燃え盛る砦から、あの男はどうやって脱出したというのだろうか。そういう謎もある。
 だからむしろ、あれは夢だったのだと思う気持ちが、アッシアにはある。いや、そう思いたい気持ちがある。夢だとすれば、何も不思議なことはないからだ。そう思えればどれほどに楽か。
 だがしかし、あれが夢だったするには、記憶には現実味がありすぎる。何よりもアッシアの直感は、あの謎の男がピエトリーニャだということを、是であると言っていた。
 そんな風に、アッシアは迷い続けていた。それだから、黒猫にもエマ教師にも、砦での出来事をまだ告げていなかった。消極的な男なのだ、と彼はそう自分のことを捉えている。
 だがしかし、こんな重要そうな事実を、どのように相談したものだろうか。探して求めている人物が、もうひとりの探し人と同じ姿をしているなんて。
 もっと詳細が明らかになってから話をしないと、相手をかえって混乱させるだけなのではないか。しかしでも、こんな重要そうな話をまったくしないのも問題だろう。けれど、その肝心の重要な話自体が、夢か現実か判然としないのだ……。
 そんな風に、話すか話すまいか、話すとしたらどのように話すかと、どうどう巡りの考えを続けて今になってしまっているのが、アッシアの現実だった。そして今のところ、アッシアは沈黙を選び続けているというわけだ。しかも仕事もそれなりに忙しい。その忙しさにかまけて、何も話をしていないという現実もある。
 それではすまないだろうことは良くわかっているのだが、迷いながら別の仕事に追われると、あっという間に一日が終わってしまう。毎日がそんな繰り返しだ。
 つくづく自分が情けないと溜息。

 そして、ここでいつまでも考えていても仕方がないと、そこで気持ちを切り替えて、アッシアは、送られてきた報告書に視線を落とした。

 探索した調査隊は、随分と丁寧に焼け跡を調査したらしい。もともとの館がどのような構造で、どこにどのように火を放って焼き払ったかなどが詳細に検討してある。しかしそれらはたいして価値のある情報ではない。
 ぱらぱらと報告書を流し読みしながら、アッシアはひとつの箇所が気になって目を止めた。館には地下室があった、という箇所だ。
 地下室か――。
 大事なものはわかりにくいところに隠しておくものだ。ひょっとしたら、ピエトリーニャの研究に関わる大事なものがあったのかもしれないと期待して読み進めたが、その期待はまったくの期待外れだった。
 地下室内も炎熱魔術で念入りに焼き払われ、ひどく炭化した状態で、何も見つからなかったのだそうだ。確かに大事なものはあったのだろうが、その痕跡は綺麗に消されている。当たり前と言えば当たり前だ。わざわざ館を焼き払って、大事な情報を残すような失態はおかさないだろう。
 地下室は大きなもので、焼け跡を計測すると、1辺40ヘートほどのサイズだという。地下室内はいくつかの区域で仕切られ、また普通の入口の他に、大きな荷物を搬入できる取り入れ口がついていたと報告書にあるので、何かの倉庫だったのだろう。
 生活資材だけでなく、実験資材、機具などが混じり合って保管されていたのだろうと、アッシアは想像して、また報告書をめくる。
 館の隅には、ゴミ捨て場もあったらしい。そこで人間が生活しているならば、当然のことだが。ゴミ捨て場のゴミは多くは一度焼却され、燃え残ったものがそこに捨てられていた。燃えカスから推測するに、多くは生ゴミのような生活ゴミが大半だったというが、ひとつ目を引いたのは、多くの靴の燃え残りだという。
(くつ?)
 アッシアは首をかしげる。燃えにくいブーツなどの燃え残りがゴミ捨て場に捨てられており、正確に数えたわけではないが、目算で100足ほどの靴が捨てられていたという。単にスタッフへの支給品を買い過ぎたのかもしれないが――。
 報告書は、丹念に焼け跡を探索したが、ピエトリーニャの次の行方に関わるような手掛かりを見つけることはできなかったと結ばれている。そこには、担当者の疲労と任務への不満がにじんでいるように見えた。それはそうだろう。報告書に最後まで目を通したアッシアは、ご苦労様ですと呟いて、手で支えていた報告書を机の上に置いた。そして椅子にもたれ、カーテンの隙間からのぞく、窓の外へと視線を向ける。夜の闇の中、強い風に木々が揺れるのが見える。
(地下室。靴。ねぇ……うーん)
 探索結果からは、何も得られなかった。少なくとも、ピエトリーニャの行方はわからない。だがしかし、いくつかの情報にひっかかりを感じて、アッシアは思索にふける。手がかりが少なすぎるので、思索というよりは、想像といってしまっても良いかも知れない。
 だが、アッシアは考えずにはいられなかった。
 軽くだがしかしまとわりつくように、謎と手がかりが同時もアッシアの傍にあるのを感じていた。
 その夜は、一晩中ずっと、風が強かった。



                              □■□



 パット=コーンウェルは、軽薄だとときどき周囲から言われる。友人から、家族から、そしてもちろん生まれたときからずっと一緒にいる従妹から。そんなとき、彼はほとんど反論しない。その通りかも知れないと彼自身で思うからだ。そして軽薄は年齢のせいではなく、ひょっとしたら彼本来の性質から生まれているのかも知れない、ともときどき思う。新しいことが未知のことが気になって、次から次へと興味の対象を移してしまう。古いものが大事じゃないなんてひとつも思っていないけれど、気がついたら新しいものに注意が集中している。それがモノでも、女の子でも。そういうことをしていると問題になることもあるから、問題にならないように努力するけれども、新しいものへの興味は止め難い。
 秋の陽がこぼれるひだまり。がさり、とパットは持っていた新聞の頁をめくった。
 年の割に大人びたところがある、とパットはときどき指摘されることもある。それはこんな風に新聞を読んだりするからなのだろう。けれど、外界の情報を得るには、新聞しかない。どこでいつどんなことが起こっているのか。新しいことを単純に知りたいと思うから、同級生は見向きもしない新聞という読み物を、パットはめくる。彼にとっては、軽薄さと大人は裏表の構造だ。
「そんなの読んで、おもしろいの?」
 と良く聞かれる。今みたいにだ。答えは面白い。いつものように。
「おもしろいよ」
 顔もあげず、パットは答えた。そしてその記事を読み終わったところで顔をあげ、目の前の風景をしばらく眺めた。
 秋の世界は赤と黄色。色づいた木々が、世界を暖色に染め上げているかのようだ。学院の隅にある教室棟の廊下に腰を下ろせる石造りのベンチが置いてあり、そこからは、周囲の山が良く見える。目の前に広がっているのが森と山と湖しかないから、この学院が陸の孤島と呼ばれる理由が良くわかる。きぃーきぃーとどこかで鳥が鳴いているのが聞こえる。湖で魚でも取っているのだろうか。
「この学院にいると、外の世界とのつながりが断たれちゃうから、逆に外の世界で起こっていることが気になるんだろうね。だから、新聞も、けっこうおもしろいよ」
 そう説明を付け加えたパットだったが、
「あ、ごめん、聞いてなかった。なに?」
 まったく甲斐のない答が質問者から返ってきた。
 ポニーテイルの質問者は悪気のない笑みを浮かべている。その隣で、褐色の肌の少女が口に手を当ててくすくすと笑っている。リーンとヴァルだ。午後のクラスのひとつが担当教員の都合でキャンセルになり時間が空いたので、3人でこうして時間をつぶしているのだ。
「いや別に――ほら」先ほどの言葉を言いなおす代わりに、パットは興味深いと感じた記事を開いて見せた。「ここ。見てみろよ」

 言われて、ポニーテイルのリーンは身を乗り出し、目を細めて記事を見る。彼女は、若干、近視なのだ。
「んーと、『エレ=ノア研究所長、賢者秒読み』……?」
「そう、北王戦争の英雄、エレ=ノアが、もうすぐ賢者になるかもしれないって話だよ」
「へー、すごいね」
 棒読みの賞讃。きっと事態を理解していないだろう従妹に、説明を追加するパット。
「賢者って何だか知っているか? 偉大な魔術師に贈られる地位というか、称号だよ。誰もがなれるというわけじゃないし、加えて、ひとりの権力者が生み出せるものでもない。ひとつの国で認められるだけじゃ駄目。周りの国でも認めてもらわないと、正式に賢者とは名乗れない」
 ふーん、と生返事のリーンに、隣にいたヴァルが説明を追加する。
「賢者を名乗るには、いくつもの国に認めてもらわないといけないのよ――それだけでも、どれだけ大変なことか、わかるでしょう?」
「ほら、授業で習っただろう。西方5カ国――リーティア、アーンバル、ダーダリン、ミティア、ベルファルトのうち、4カ国が国家として認めないと、賢者にはなれないんだよ。
 ちなみに、うちの学院長、セドゥルス翁は、7賢者のひとりに数えられているけど、あのひとは5カ国すべてに承認されて賢者になったんだ。その異能と業績が認められてね。なんでも、各国の天気を変えてまわったとかなんとか」
 セドゥルス翁とは、セドゥルス魔術学院の創立者であり、現学院長でもある。
 パットとヴァル、両方からの説明を聞いて、リーンはふんふんと頷く。そして言う。
「わたしたちの校長先生って、実はすごいひとなんだ」
 そうよ、すごいひとなの、と一緒に頷くヴァル。どことなく、リーンとヴァルの間にはほわほわとした空気が漂っている。このふたり、根は似ているのかもしれない。
 校長じゃなくて学院長だとか、賢者がすごいなんて当たり前じゃないかという指摘は飲み込んで、パットは説明を続ける。
「それで記事の話の続きだけれど――、実は、エレ=ノアはずいぶん前からアーンバル王国から賢者として推薦されていたんだ。けれど今回、新たに2カ国、ダーダリン公国とリーティア王国が、エレ=ノアを賢者として承認したというのがこの記事だよ」
「へー、それは、3つの国がエレ=ノアさんを賢者って認めたってこと? それじゃあ、あともう一息なんじゃない?」
 両の手を石のベンチおきながら、リーンが答える。そうだよ、とパットは頷く。説明が通じて、少し嬉しい。
「あとひとつの国が認めれば、エレ=ノアは晴れて賢者になる。今は、賢者と呼ばれる魔術師は七人しかいなくて、七賢者と呼ばれていただろ? でも、今度エレ=ノアが賢者として承認されれば、賢者はもうひとり増えて八人になる。だから、今度からは八賢者になるんだ」
 なるほどねぇ、と頷くリーン。そして、
「ところで、エレ=ノアさんって、たしか、エマ教師のお姉さんだよね?」
「血のつながりはないけどね。そうよ」ヴァルが頷く。リーンは、へぇ、と感嘆の声を放ち、
「知り合いの知り合いが偉くなるって、きっと良いことよね。それが新聞に載るってのも、なんかすごいし。エマ先生はこのことで何か言っていなかったの?」
 そうね、とヴァルはしばらく虚空を見つめ、
「エマ先生は特に何もおっしゃっていなかったけど……、でも以前、エレ=ノアさんのことを、お姉さんとして尊敬しているし、愛してもいると言われていたから。きっと、この記事を知ったら、エマ先生も喜ぶと思うわ」
「そうだよね、知り合いにこんなことがあったら、すごく嬉しいもんね!」

 ひとしきりエレ=ノア女史の話をして、話題が変わる。
「そう言えば、校長先生ってあまり見ないね。おんなじ建物っていうか敷地の中にいるのにさ。有名人が近くにいるのにあまり見られないってもったいないよね」リーンが言う。
 リーンの言う校長先生とは、先ほどから話が出ている賢者セドゥルスのことだ。もちろん魔術師であれば皆が知っている有名人だ。
「もったいないって、なにが?」ヴァルが言う。
 赤毛を指先でいじりながら、パットは、
「セドゥルス翁も、もういい歳だからね。部屋にこもってあまり動かないらしいよ。寒い日は神経痛がひどいらしい」
「ふーん。でも入学式のとき初めてみたときは、びっくりしたな。いかにも魔術師っていうか、絵本に出てくる魔法使いみたいな感じで。白くて長い髭に、昔風の裾のすごく長いローブで。引き摺って歩くくらい、長い裾だったよね。あれ、お洗濯が大変そう」
 喋りながら、リーンがローブの裾を引き摺る真似をしてみせると、ヴァルは笑い、
「でも背も高いし、年齢の割には、というと失礼かもしれないけれど、がっちりとした体格なんだよ」
「え、そうだったっけ? ヴァルはそんなに近くで校長先生を見たの?」
 驚いて振り向いた拍子に、ポニーテイルが揺れる。ヴァルはつるりとした褐色の手で口元を軽く押さえて、また笑う。そして、遠くで見てもわかるよ、と言った。

「そういえば、もうすぐ学院祭だなぁ」
 また話題が変わる。
 会話を振りながら離脱するという適当な技を使って、パットは、リーンとヴァルが雑談を続けるのをただ聞いていることにした。
 パットは外界へと視線を投げる。視界には相変わらず森と山と湖が広がっている。湖はけっこう大きく、セドゥルス学院の上水をまかなってもいる。

「今年はね、わたしたちのウィーズ教室、学院祭で何もやる予定はないんだ」
 退屈なのか、リーンはすでにベンチから立ちあがっていた。柱に斜めにぶら下がるようにしながら、話を続けている。揺れるポニーテイルを、座ったままのヴァルは見上げるような格好だ。紫がかった瞳を、木漏れ日の照り返しに細めて、そうなんだ、と意外そうな声でヴァルは言った。
「リーンは、こういう催しものは好きそうだと思っていたけどな。私のフロックハート教室は、演劇をやる予定よ」
「そうなの? ヴァルも出るの? 何の役?」
 意外にも話題に勢いよく食いついたポニーテイルの少女に、ヴァルは、
「え、うん……。出るけど……、役は、その……まだ秘密」
「すごいね、絶対見にいくから!」
「でも、リーザさんは出ないのよ」
「リーザさん?」
 突然出てきた人名に、リーンは首をかしげる。合わせて動くポニーテイルを目で追いながら、ヴァルは説明する。
「リーザさんは、うちの教室のクラスリーダーだよ。ちょっと有名なんだけど、知らないかな?」
 いつの間にか、リーンの傾げられていた首が元に戻り、ポニーテイルと並行になっていた。思い出したらしく、ぽむ、と手のひらを拳で叩いた。
「ああ、あのリーザさんね。今年の夏、フィールドワークの途中でも会ったよ。いろいろと噂も聞くし。ちょっと気の強そうな人でしょ?」
 そうそう、そのリーザさん、とヴァルは頷く。
「リーザさんは、当日は、模擬試合に出る予定になっているの。だから演劇には参加できないの」ヴァルはそこで、両手を合わせた。「それで、レクシアさんがその模擬試合の相手なんだって聞いているけど」
「え、レクシアさんってうちの教室の?」リーンは眼を丸くする。「そうなの? 初めて聞いたよ」

 意外なところで知り合いの名前は出てくるものだ、と会話を耳の端で聞いていたパットは、遠くの湖を眺めながら思う。エレ=ノア賢者候補のことといい、セドゥルス翁のことといい、レクシア女史のことといい。世界は、本当は狭いのかもしれない、などと思う彼なのであった。