前号に報告が載っていないことに象徴されるように、昨年6月22日、新任の教務所長が『森』事務所を訪れ現状と今後について話して以来、約束していた話し合いが持たれることなく今日まできています。年明けから、今年度内の話し合い再開を要求してきた結果、なんとか3月28日に実施することが決まりました。空白を埋めて、今後の展望を開けるかどうかは課題ですが、まずは現状を確認し今後の活動方針を立てたいと考えています。
比較的最近になって『森』ニュースを読むようになった人や、HPのバックナンバーで事件の存在を初めて知った人から、「一体、どんな事件?」という疑問が寄せられます。そこで、簡単にこれまでの経過(起きたこと)を整理しておきたいと思います。
1994年7月8日、札幌の浄土真宗本願寺派(西本願寺)札幌別院・1階ホールの壁に落書きが発見されました。天井近い高い所に<エッタは殺せ/エタのU>と、教区内の僧侶名を挙げての差別落書きでした(1回目)。
7月17日には、同じホール内の放送備品の入った小部屋に<ヤツハ アカイエッタヤ/エッタハエッタダケデ/ムレテイレ>と書かれ、<ヤツ>から長い直線が引かれた先にはUと、同じ僧侶名が書かれていました(2回目)。
9月15日、私たちは札幌を訪れていた"部落解放同盟広島県連・アイヌ交流団"とともに、札幌別院の落書き現場を視察しました。
3回目の落書きは、同年9月中旬〜10月初旬に書かれたものと推測されています(発見は翌年3月31日)。それは同院本堂から上階にある門主の居室(として用意されている)への階段踊り場の壁に<ザマアミヤガレ/エッタノU/シネ><エッタハ/アイヌイカノ/カスヤ>というもので、明らかに私たちの訪問を知っている人(々)によるものでした。
翌1995年8月、『森』は『民族教育研修会』を開き、「被差別部落民とアイヌに対する差別行為を放置することはできない」という結論のもとに、教団と教区宛に文書を発信しました。要点は、@ 落書きで名指しされた当人、被差別部落民、アイヌに対する謝罪を求める。A 教団、教区の今事件に関わる見解と今後の行動について明らかにすることを求める。というものです。教区、教団からは「回答は、差別事件対応委員会で協議の上でまとめる」旨の返信がありました。
同年12月、『森』と北海道教区との第1回「話し合い」がもたれ、教区としての「回答書」を『森』に提出することが確認されました。以後1999年3月に第5回「回答書」を受けた私たちが、その内容を諒とするまでに、4回の書き直しと11回の「話し合い」が行なわれることになります。
この間、教務所長の交代や委員会(基幹運動推進委員会)メンバーの交代が繰り返され、問題を持続的に検証、議論することが困難な状況が続きました。やっと議論が噛み合うようになったのは、事件発生から5年、『森』との話し合いが始まって4年が過ぎた99年になってからのことです。
しかもこの間、そしてそれ以後にも、教区内では新たな差別事件が次々に起きてきました。
1996年11月 名指しされた僧侶の家族への「差別ハガキ」
<ドエッタUのムスメモ/エッタカ/エタヤアイヌガ/カテルト/オモッテルノカ/シズメ/バカタレ>
1999年6月 門主による道内巡教中、上川南組組長(当時)による「差別発言」
「北海道は植民地みたいなもので、エッタも来たし、一旗揚げようとする者もきた」
2000年4月 教務所長宛「差別ハガキ」
<「憂慮」 アイヌとエッタに支配されている現状を憂えます。 我々は何よりもご法義を大切にします。
一、ご法義を忘れた基幹運動に反対します。
一、左翼イデオロギーにまみれた基幹運動を糾し正常化を求めます。
一、煩悩がある限り消えることのない差別にふりまわされず門信徒会運動の回復を要請します。
教区を憂える会有志一同>
2000年5月 上川南組青年僧侶宛「差別ハガキ」
<ご本山に楯突く不らちなクサレアイヌども。
そいつらを講師にして全国大会を企てるふざけた団体、青僧協。蔭で操るドエッタU。
お前も組で孤立したくないのなら でない道をえらびなさい。
愛山護法の懇念>
2003年4月 前年度教区会議長宛「差別ハガキ」
<グッハハハ 愉快じゃのう 教区会をおちてめでたい限りじゃ
のぼせ上がってるから哀れなことになるんじゃ エッタとつるんで動き回ったおまえに未来はないのじゃ
エッタヤローもきさまも てってい的に追いつめてやるぜ アバヨ>
2003年4月 教務所長宛「差別ハガキ」
<お願いします 教区から共産主義者を一掃してください
エッタどものさべつ 差別の騒ぎにはうんざりです
大事な時期です Uみたいなエタヤロウに出入りをさせてはなりません
所長の英断に期待します>
2003年5月 名指しされた僧侶の寺院・地下駐車場壁面に赤いスプレーで「差別落書き」
<ココハケガレタ エッタ寺>
教区・教団の抱える問題は、何ひとつ解決してはいません。新たな10年が始まったと思わなければならないでしょう。
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