この世は美しく、山々は若かった。
そのかみつ世のナルゴスロンドに、
強き王たちの滅びるまでは、
ゴンドリンが西の海をこえて去るまでは、
デュリンのころこの世は美しかった。
王は、彫り飾った玉座に在(いま)した。
石の広間広間には数多い柱が立ち、
黄金の天井に銀の床、
扉には魔力あるルーン文字が書かれた。
日の光、また星明り、月明かりがさし、
水晶を切りなしたランプをともして、
雲にくもらず、夜の闇にかげらず、
美しく明るく、たえず輝いていた。
槌は鉄床をうち、
のみは刻み、文字を彫った。
刃は鍛えられ、柄は巻かれた。
鉱夫は彫掘り、石工は建てた。
緑柱石(ベリル)に真珠、淡いオパールは綴られ、
金属は魚燐に似た鎖かたびらに編まれた。
円楯に胴甲、戦斧に剣、
かがやく槍もあまた貯えられた。
そのかみデュリンの民は倦むを知らず、
山の下には楽の音がめざめた。
竪琴ひきはひき、歌うたいは歌った。
出入りの門には喇叭(ラッパ)が鳴った。
この世は黒ずみ、山々は老いた。
炉の火はつめたい灰に化した。
竪琴は鳴らず、槌音は止んだ。
デュリンの広間には、暗黒が住まう。
カザド・デュムなるこのモリアの、
王の墓には影が横たう。
(指輪物語 2、旅の仲間(下) p194-196、J.R.R.トールキン著、瀬田貞二訳、
評論社、昭和47年版)
*カザド・デュム : | ”モリア”とも呼ばれる、古のドワーフが作り上げた山の下の大洞窟であり、宮殿。大山脈(霧降り山脈)を横に貫いて作られた。非常に価値のある鉱石(ミスリル銀)の鉱脈でもあり、ドワーフに富をもたらした。
指輪物語で、ガンダルフが霧降り山脈を越えるために用いた。この頃には、完全な廃墟となっていた。 |
デュリン : | ドワーフの祖先、父祖(始祖)。 |
ナルゴスロンド、
ゴンドリン : |
共に上古の地名。中つ国に築かれた、上のエルフ(西方から来たエルフ)の都。第一期、モルゴス(冥王)との戦乱で滅亡。
(指輪物語は第三期の物語です。) |
*ギムリの言葉をもっと聞きたい方は、こちらをどうぞ。