魚菜王国いわて

地元の食べ物を食べるということ(地産地消)

今日、帰港中に、仲間の船と無線で話した事ですが、相手の人が、珍しく良いことを言いました。
私が話の流れで、
「今、仲買人の中には、できるだけ地元船が水揚げしたものだけを取り扱いたい、という人が出てくるようになったよ。」
と言ったら、相手の人が
「できるだけ地元の魚を食べるようにするべきだ」
と。
この人は、社会のことをあまり考えることがなく、滅多にマトモなことをいう人じゃないないので、こっちがビックリ。
こんなこともあるんですよ(笑、失礼!)

原産地表示が厳しくなっている現在、消費者は、産地名を意識して、食料品を選択していると思いますが、この不景気で、安い外国産に手が出ているのではないでしょうか。
まあ、それはそれでいいでしょう。
複雑な流通と日本の高人件費のおかげ(?)で、産地名より価格破壊のほうが勝っている、と思うほかありません。

長い目、広い視野で考えるなら、余裕のある方は少しぐらい高くても、できるだけ地元の食べ物を食べてもらいたいものです。
世界的には、食糧自給は難しくなっていきます。
となると、地域の食糧は、できるだけその地域でなんとか自給していこう、という風潮が生まれてくるはずです。
特に日本の場合、いつまでも「金満」を盾に、食糧を輸入していけるとは限らないしょう。
そこでやはり、農業、漁業の重要性が増してきます。
しかし、ただ重要性だけを強調するのは意味がありません。
消費者運動の一端として、「地元の食べ物を食べるということ」を意識して、地道に地元の食糧生産を温かく見守っていくというのはどうでしょうか?
余裕のある方でいいですから、食べ物だけではなく、地元産を意識して。
(2002年10月1日)

加筆
「地元の食べ物を食べるということ」は「地産地消」のことであり、これを書いた当時、私はこの言葉を知りませんでした。
地産地消は、上記のように、「金満」日本を見込んで入ってくる食糧貿易と対立するものです。
単一的な食糧輸入は、地域の食の多様性を破壊するものです。
これは、すなわち、アグリビジネスの世界支配の餌食となり、今後起こりうる食糧不足に対応できません。
また、地産地消は、地域内の経済に対し、多大な寄与があり、今や地方の自立の重要なキーワードとなっています(一例として宮城県宮崎町)。

親愛なる読者からのメールで、「トレーサビリティ」という概念があることを最近知り、ますます「食」に対する消費者の関心が、食の安全性に向いていることがわかります。
この「トレーサビリティ」は、元々は、計測機器の精度や整合性を示す用語として使われてきましたが、「食」の場合、生産・流通履歴を意味します。
原産地表示の流れが行き着いたところが、トレーサビリティ、というところでしょうか。
トレーサビテリティシステムは、個々の食品にIDを割り当て、それをインターネットでアクセスし、履歴を確認できるものです(鶏卵ではすでに実用化されているかもしれません。たぶん)。
食の安全は、遠くからの輸入食物よりも、日本の産地食物のほうが、近くで確認できる分、確かなものです。
海外産よりも国内産のほうが、トラブルがあってもすぐに対処でき、消費者は安心して食べ物を購入できます。
トレーサビテリティは、地産地消にとって追い風になるかもしれません。
(2004年6月7日)



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