メモ帖ー’07

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2007/01/03 飛翔

 オジロワシの飛翔を見ることができた。以前から狙っていた河口の林に
今朝一羽がとまっている。車を止めてズームを構えるがとまっていた木に
はいない。川筋を見ると大型の鳥が悠然と上流に向かっていて慌てて数枚
撮る。

 姿が消えてしばらくすると、再び飛ぶ姿が視界に入ってきた。すぐに遠
く離れた川岸の上の枝にとまったのだが、いつの間にかもう一羽が同じ木
にやってきた、つがいなのだろう。
 とまった所を何枚も撮ったのだが遠くて、或いはピントあわせが甘くて
ものにならない。

 正月3日、悠然としたその飛翔を眺めただけでもよしとしよう。それと、
以前から気づいていたが、ここが彼らの縄張りとする場所のようだ、チャ
ンスはまだあるだろう。

 

2007/01/06 オジロワシ

 初日から出会ったオジロワシ。その後、少しずつ観察して行動が読めて
きた。基本は河口を餌場としているようで、とまる木(というか場所)は
幾つか固定していると思える。(この間、3カ所を確認)

 なかなか近づかせてくれない、車をある程度近づけると飛び立ってしま
うようだ。警戒心が強い。一番道路に近い場所は車が通過しても平然とし
ているのだが、止めるとすぐに飛び立っていく。

 

2007/01/08 めまぐるしく

 一昨日から大荒れの天気に大わらわ。6日昼頃からふりはじめた雪はす
ぐに雨に、やがてみぞれ、雪、雨。札幌からやってきた義弟の家族と夕飯
を食べながら、雨が多そうだと思っていた。

 心配した風は日高山脈の故か、山の向こうの浦河はひどい突風もあった
ようだが、こちらはさほどではなかった。

 翌朝(7日)起きて、呆然、雨に負けないくらい夜半に雪が降ったらし
い、真っ白な世界。しかも雨が降り続いている。
 最悪の雪かきに黙々と夫婦してカッパを着込んで外に出る。言うまでも
なく一掻きごとに水も滴る立派な大根おろし、へとへとの半日となった。

 

2007/01/11 長押(なげし)?

 今年は、早々から家のリフォームが始まる。大工は不思議な縁で当地に
は縁もない寺社、茶室を得意とする面白い人物になった。あちこちで寺の
造作をやってきた人で、なぜ我が家のような普通の住宅をやることになっ
たのかよく分からない。

 パソコンをやり始めたばかりだと話しているうちに、「ワープロで作っ
ていた資料があるのだが、パソコンに移したい」という。
 こちらの見込みよりだいぶ安い料金を言ってくれるので、サービスのつ
もりでなんとかしましょう、と言ってしまった。

 自分がワープロからPCへ移行した時を思い出して、当時のソフトを探
すとちゃんとある。セカンドマシンで簡単にエクセルシートに移行できた。
 本人は、スキャナーで読み取ってと考えていたらしく、持って行くと目
をぱちくりさせていた。それでも70近いという職人さんの意欲に、こち
らこそ驚かされた。腕は確かだという彼、和室に長押をつけましょうと言
い出した。

 

2007/01/14 不思議な色

 夕闇が迫る頃合い、時として紫ともピンクともつかない色に地平辺りが
染まることがある。
 いつかそれを撮りたいと思っていたのだが、先日の夕方に車を走らせて
カラマツ林を被う夕映えを狙って見た。

 ところで、いよいよ近間のスキー場がオープンとなり、昨夜妻と早速出
かけてみた。先日の雨交じりの降雪で硬い雪、もう少し雪が欲しいところ
だったがまずまずの初滑り。

 

2007/01/18 林を歩く

 望遠マクロに挑戦、林を歩き回ってみる。夏に咲き誇った花が枯れ尽く
した姿で雪に突き刺さるように、枯れ姿を見せている。
 雪と寒気に晒されて無機質に乾いたオオウバユリとシラネアオイの姿が
良く目につく。

 シラネアオイはさほど背の高い花ではないから、花が終わった夏から秋
には他の草に被われてほとんど目にすることもない。
 それがこの季節、あちこち、そこここに特徴ある硬い果実の殻をつけて
立っているのを見ると、これほどの数があったのかと感心するほどだ。

 中には、まだ種子が殻に残ったものもあって、単一に終わらない生命の
個性を思う。

 

2007/01/27 夕暮れの平原風景

 帯広まで走る、好天に恵まれて山脈中央部の稜線がきれいに見える日だ
った。思った通り、帰り道には暮れていく雪原とシルエットになった日高
山脈の稜線がきれいに眺められた。

 

2007/01/30 どこか違う

 久しぶりに降った雪でリセットされたはずの雪原を撮りに走った。10
センチ程度の降雪だが、新雪は純白に雪原を塗り替えている。

 しかし、どこかが違う。昨日降った雪が表面を覆い、白味はましている
のだが、ぺたっとした表面に違和感を覚えるのだった。

 そうなのだ、これが暖冬の一つの現れでもある。氷点に近い、つまり融
点に近い雪はさらさらと雪原を覆うのではなく、ぺたりと張りつくように
重なる。春の雪と同じといっていい。

 

2007/02/05 さらば

 異常な気候となった'07年1月は、オジロワシを眺めて過ぎていった。
 正月早々から撮り始めたこの鳥は、巨大な姿を窮屈そうにしてこの地に
いるようだ。樹上から辺りを睥睨し、飛び立てばゆったりした羽ばたきか
ら高く舞い上がる。

 先週の日曜日、久しぶりに狙って見たのだがいつも飛び立つ距離に車を
止めても逃げない。この飛翔する冬の使者もそろそろ見納め、追い回すの
も実は気が引けていた。今日を最後に今年の撮影はやめようと思いながら
車の中からありったけの枚数を撮る。

 今年、望遠でジャスピンできたのは結局一枚もない、レンズの能力か自
分の腕の未熟か、いい経験をさせてもらったものだ。

 

2007/02/08 暖冬と雪原

 季節の顔は単一な、例えば春夏秋冬を単純に繰り返す時の流れだと思う
時期もあった。
 年毎に違う季節が巡ると感じたのは、やはりカメラを振り回すようにな
ってからで、花々の咲く時期や雨の降り方などが少しずつ違うことに気づ
かされた。365日の彩られ方はその年々で違っているのだと。

 農家などは、まさしくそうした変化と共に生きているのだろうが、多く
の現代人はその年の個性を感じ取るだけの歴史を持たないように思える。
 今年のように数十年に一度、といえるような暖冬や少ない雪は多くの人
の話題になるのだが。

 

2007/02/14 大荒れ

 関東方面でも春一番が吹いたそうな・・・お天気情報を見て感心したの
だが、こちらはこれから大荒れになりそう。

 大雪のおそれが、といっていた通り、昼過ぎから降り始めた雪は夕食時
にはもう10センチを越え、明日朝まで40センチくらい降ると予想され
ている。

 うーむ、やはりこのまま春にはならないか、もともと年明けのどか雪と
いうのがこの辺りのパターンだから不思議ではない。

 

2007/02/16 雪後の晴天

 大雪の後、晴れ上がった朝に雪原を撮り歩く。深い青空に浮き上がる白
い山脈、強い日差しに輝く雪原、風は強いが光の満ちた明るい朝に気分も
誘われる。

 暖冬で雪も非常に少なかった1月は、みんながあれあれなんか変だと言
いながら過ぎた。
 そして先日の大雪。やっぱりな1度や2度はドンと来るものさ、という
話の展開でどこか安心しているようなニュアンスが漂う。それほどに今年
の冬は風変わり過ぎて、そこに住む人間の季節感を狂わせていたようだ。

 そうした人間の感性も面白いものだ。雪も寒さも決して歓迎すべきもの
ではない。それでいながらどこかで親しんでいる部分もあって生活の一部
になっている。

 禅の世界に「百丈野弧」という有名な公案がある。百丈という和尚の所
に狐になってしまった元僧侶が人の姿になって訪れ、問う。
 悟りを得れば因果には落ちないのか?と問われ、因果に落ちないと答え
た自分はたちまち狐に落とされ500生を繰り返している。あなたはなん
とお答えになられますか?と。
 百丈和尚の答えは、「不昧因果」(因果をくらまさず)であった。それ
を聞いて狐になった僧侶は悟りを得て成仏するという話(後段部分もある
が略)。

 悟りというものがどういうものかしらないが、現世に生きる以上は自分
の頭に浮かぶあらゆる善悪は自分の物というしかないだろう。
 自分の意志も無く生じてきた人間だから、すでに因果をまとった存在と
しか言いようが無い筈。

 同僚や知人達と雪かきの苦労を語らいながら−腰を痛めてしまったと、
情けない格好で歩いている者もいた−もしかして、こんな日々が不昧因果
か?などとあてずっぽうに考えるのだった。

 

2007/02/18 空の青

 大雪の後の晴天は、これほどに青い空かと思う朝だった。
 翌日は待ちかねたように朝からスキー場に走る。着色したような青空は
同じで、強くなった日差しのせいだろうと思い当たる。

 大雪といえる積雪もこの時期になると、あっという間に道路や家の周り
はなくなっていき、積み上げられた雪だけが残る。
 もちろんスキー場は息を吹き返したようにブッシュや石が隠れ快適な滑
りを楽しめた。しかし昼近くになると湿った空気に日高山脈も潤んだ様に
霞み、冬が遠ざかっていることを知る。

 

2007/02/20 リフォーム

 さて、いよいよリフォームも終わりそうという段階になってきた。以前
話題にした棟梁はさすがに工期を狂わせず、来週にも大工仕事は終わると
いう。

 大雪の後も暖冬というか高温が続き、道路や家の周りはすっかり雪融け
が進んでいる。先日もローカルニュースで北海道の某所では一月早くフク
ジュソウが咲き出したとか・・・

 

2007/02/25 スキー

 今週は名残のスキーと思い定めて、ナイターへ駆けつける。先週末に行
ったとき、日差しが強いために昼頃には雪質が悪くなってきた。これはナ
イターに限ると考えてのことだった。

 カメラも持ち込まず、ひたすら滑っていたのだが、後方から激突されて
転倒。いいことばかりじゃない、と思い知らされるような出来事だった。
 「すみません」と恐縮していたのは、若いアンチャン、喧嘩してもしょ
うがないので「ちゃんと前見て滑れよ」で許してやった。

 少し腰を打って、翌日首筋が痛くなったがひどいことにはならないです
んだ。

 

2007/02/27 雪融けーある一日

 気温も高く長閑な日が続いて、窓の外が明るくなった1日。カメラバッ
グを抱えて出勤、カメラを買いたいと言う同僚に見せて欲しいと頼まれた
のだった。

 これがいいタイミング、例のハウチワカエデに寄ってくる鳥をパチリパ
チリと撮ってみた。出てきた芽をしきりに啄んでいたのはウソ、枝に残っ
た雪が融けて雫を落としている。木の肌も強い日差しを受けて和らいでい
るように見える。

 

2007/03/04 春?

 暦だけではないと分かっていても、この時期に春と言うには早すぎるだ
ろ?・・・。目に触れて来るものも明らかに春めいて来た中でも、どこか
信じられない気分が残る。

 ふと目にしたネコヤナギにフキノトウも出ているかもしれないとふんで、
いつもの河原を歩き回る。まだ雪に被われたところが多いのだが、小川の
辺を歩き回るとやはりあった。僅かに地面の出ている水辺の斜面に一つ見
つける。

 

2007/03/10 紅白

 ネコヤナギが盛りのようにあちこちで姿を見せている。いつもの河原で
は、音立てて小川が流れ、薄くなった氷の下に魚影もひらめく。

 紅ネコを撮っていると、またクワークワーと頭上からハクチョウの声が。
今日はほぼその姿を捉えることができた。次々とハクチョウの群れが北を
指していく季節、フクジュソウの自生地はまだ雪に被われていた。

 

2007/03/26 引越し

 新居2階の居間からは南の窓に太平洋、西の窓に日高山脈が望める。い
かにもこの地らしい眺めで悪くない。

 

2007/03/31 雪融けの平原

 待ちかねていた撮影、今年は仕事が忙しいのと引っ越しその他諸々が重
なって、この時期に半月ほど撮影ができないでいた。
 ようやく落ち着いて、週末の今日は幸いなことに晴天の朝、早速いつも
の風景を撮りに走る。雪原はまさに消えようとする雪を残し春野へと変貌
していく様を露わに見せてくれていた。

 歩き回るといろいろなものを見ることができる。雪融けに水漬いた牧草
地にマガンの群れだろうか、百羽以上が羽を休めているところに出くわし
た。

 もう一つはフクジュソウ、春の始まりになんといっても撮っておきたい
花。まだ雪が残り、土も凍れている気配なのだが、日当たりの良い場所で
はちょうど花開いているのだった。

 

2007/04/01 定住と渡り

 渡る鳥、回遊する魚、旅という日々はどのようなものなのだろう?ふと、
そんな思いが浮かぶ。

 旅と言ってしまったが、かの芭蕉翁のそれとは全く別のものだ。鳥や魚
が南下し北上することは生活の一部としてなのだから。

 夢は枯野を、というのは人間の想念に過ぎなくて、畢竟人生とは旅のよ
うなものということになる。

 

2007/04/04 フクジュソウ

 先日フクジュソウを撮ってきたのだが、その翌日は春の大雪(10セン
チほど積雪)、すっかり雪に埋もれたことだろう。しかし、案ずることは
ない。昨年も2度にわたって半端ではない雪に見舞われたのだったが、数
日後には雪を割るように花を開かせていた。

 フクジュソウとフキノトウは当地では雪と離れがたい運命にあるようだ。
さらに一日おいて火曜日も終日雪だっった。市街地では暖まった道路です
ぐに融けていく雪も日陰になる場所では残るし、時には急に温度が下がる
こともある。

 そんな時期に咲いてくる花たちのたくましさが、断固として季節を巡ら
せるようにも思う。

 

2007/04/07 フキノトウ

 今日はまさに春の陽気で朝からフクジュソウ、フキノトウを求めて林に
入り込んでみた。地面に敷かれた枯葉や枯れ枝も日差しを受けて温もりを
感じさせてくる。

 小川は、すっかり氷が割れて流れも速く、そして水量も見違えるほどに
増えていた。この時期になると雪融けは加速し、1週間ともいえない。

 気がつくと、日当たりのいい草地にはぼこぼことフキノトウが顔を出し、
土の凍れも融けたことが分かる。

 

2007/04/15 春の大雪

 フクジュソウと雪は、やはり縁が深いらしい。
 金曜日の深夜から降り出した雪は、翌日もほぼ一日降り続き、旧居の最
後の片付けは雪の中だった。

 結局30pほども積もったろうか、除雪に入る道路はすぐに融けるのだ
が、野山はすっかりモノクロの世界に沈んだ。フクジュソウたちもまた深
い雪に埋もれたことだろう。

 

2007/04/21 雪後のフクジュソウ

 いよいよ春めいてきた季節。先週の大雪もほとんど消えて、例の林に入
ると葉を茂らせたフクジュソウの元気な姿が。
 本当は昨年のように雪割りフクジュソウの姿も撮りたかったのだが、雪
は完全に消えていた。すっぽりと雪に覆われた時間などなかったように、
葉をマントのように身にまとい成長した姿になっている。

 足下を見ると点々と白い花、アズマイチゲが咲き始めている。ほとんど
がまだ蕾だけれど、所々に開花しているものもある。先週の雪が完全に消
えたのはこの2、3日の間のことだろう。春の雪は春の雪、季節は紛れも
なく早春。

 

2007/04/23 アズマイチゲ

 フクジュソウに次いで咲いてきた。風に花びら(ガク片)を震わせてい
る所はいかにもか弱い印象を受けるが、その数は同じ林でフクジュソウを
上回る。

 とりたてて変わったところもない白花だが弾けるように飛び出した多数
のオシベが面白い。逞しい野生児のフクジュソウが春の長男、こちらがそ
の妹といった印象の林内だった。

 

2007/04/25 いただきもの

 先週のこと、町内で不幸な交通事故があって亡くなった人がいた。時々
私が通勤途中で話をしていた近所の花好きばあちゃんだった。

 葬儀が行われて1週間ちょっとたった頃、犬の散歩中にフクジュソウが
咲いているのに気づいて、ぶしつけながらその家にお邪魔した。
 息子さんに経緯を話し、フクジュソウを分けてもらえないかと頼んでみ
た。昨年、ばあちゃんにはいいよと言ってもらっていたのだが、息子さん
も快く承諾してくれた。

 我が家の庭で上手くついてくれるといいのだが、思いがけない形でフク
ジュソウがやってくることになったものだ。ご冥福を祈りつつ感謝・・・

 

2007/04/28 アズマイチゲ−2

 あれから1週間、風がひどく吹く日が続いたが連休に入った。朝から歩
いてみたが思ったほど花は咲いて来ていない。
 その中でアズマイチゲが盛りを迎えていた。オオバナノエンレイソウが
咲く林の続きに大きな群生を見せる一角がある。風の中、予想通り多くの
花が開いて来ている。
 
 一回り歩いてみたが、カタクリはまだここでは蕾まで、オオバナノエン
レイソウの早いものでも葉が巻いている状態。キバナノアマナはまだ姿が
見えなかった。

 

2007/05/03 ヒメイチゲ

 今年はアズマイチゲの開花を確認したその日に、ヒメイチゲの場所を確
認して同じように咲き始め、というところだった。この二つの花はほとん
ど同じ時期に咲くと考えて良さそうだ。
 同じ時期、3姉妹のエゾイチゲはまだ蕾も確認できなかった。

 枯れ草の間から花を出し、中には横になった枯れ草を超えられないよう
なものもいる小さな花。直行さんではないが、こんなか弱そうなのがまだ
寒いこの時期に大丈夫なのか?と言いたくなる。

 

2007/05/08 カタクリ

 連休中からちらほら見えていたカタクリ、後半に一気に開花して今年も
見事な群生を見せた。休みということもあって、花が開く昼頃にいってみ
ると数人の先客がいる。

 この群生も大分知られてきたのか、いろいろな人間が来るようになった。
中には袋一つごっそり掘っていく人間も居るとか。

 知ってか知らずか、カタクリは変わらず風に花びらをなびかせて躍るよ
うな姿を見せている。

 

2007/05/12 カラマツの花

 先日カラマツの新芽を撮っていて不思議なものを見つけた。調べてみる
と雌花で間違いないようだ。そうすると自分が今まで松ぼっくりになると
思っていたものは?と疑問が残っていた。

 あれから2週間後、自分が松ぼっくりの初期だと考えていた方が実は雄
花だったことがあっさり判明。可愛い緑色をしていたそれは茶に色あせ、
しぼんでしまった!

 

2007/05/15 エゾイチゲ

 エゾイチゲは、小さな花なのだがどこかきりっとした印象がある。今年
になって、それがどこから来るか分かった。
 花茎も含めて茎は細いのだが、硬くて芯が強そうな感じなのだ。アズマ
イチゲやヒメイチゲと違ってうなだれた所がない。

 

2007/05/20 雨の合間

 結果的に僅かな雨の合間だったが、エゾノリュウキンカを撮りたくて走
った日、カラマツとエゾイチゲの様子も見ようと寄ってみた。

 カラマツは先週とそう変わりない姿だったがきれいに水滴をつけた姿で
迎え、エゾイチゲはしょんぼりとうなだれているのだった。

 

2007/05/22 オオバナノエンレイソウ

 「アメフリボタン」と地元の人々が呼ぶことのあるオオバナノエンレイ
ソウは、町内のあちこちで見られるなじみ深い花といっていい。

 今年も例の林に蝶が舞うような姿を見せた、そして咲き始めには雨に打
たれている。この時期の雨は植物には恵の雨なのだろうが、「アメフリ」
の由来はそうした雨だろうか? 

 

2007/05/30 信濃にて

 ○ 五月雨が野仏洗う信濃かな
 ○ 蛙鳴く音に野仏の慈悲を聴く

 日常の中に、庶民のより所として簡素な石の地蔵さんがあったのだと思
う。磨いてもいない自然の石に刻まれた地蔵さんが喜怒哀楽の祈りを捧げ
る野の仏。

 

2007/06/03 シラネアオイ

 昨秋、自生の株から拝借してきて鉢に蒔いておいたシラネアオイの種が
発芽、見事に双葉を開いた。特別なことをしたわけではなく、鉢ごと土に
埋め、後は枯葉をかぶせてそのまま雪の下に置いておいた。

 我が家の庭には今年貰ってきたフクジュソウと以前からのクロユリがあ
って、シラネアオイもと夢が膨らむ。ただし、4年後の開花。

 

2007/06/08 ジリ

 海の霧が町を被い、夏めいてきた日ざしも隠されてしまう。地元の人間
がガスとかジリと呼ぶこの季節の風物詩は、寒流である親潮に洗われる地
の宿命といえる。

 近海の水温は高くても20℃を上回る程度。初夏の6月では15℃くら
いだから、太平洋の湿潤な空気が流れ込むと霧が発生する。

 この時期沿岸では春鮭鱒(けいそん)という北洋から回遊してくるシロ
ザケ(トキシラズ)とカラフトマスを獲る漁が行われていて、この海霧の
立ちこめた天気を「鱒日和(ますびより)」と言ったりもする。

 トキシラズは若い魚だから脂の乗りが良く、同じ種類でも秋の鮭とは比
較にならない美味さがある。一般に「時鮭」として流通しているのがこれ
だ。

 

2007/06/10 クロユリ

 今年も庭にクロユリが咲いた。家を取り壊し、植え変えをしたので心配
していたのだが、変わりない姿で安心。ここ数年増えてきていて、今年は
花を4つつけた株も出てきた。

 カラマツの花はどうやら結論が見えてきたように思う。観察を続けて3
週間、あの赤い色のついた部分が小さくなってきた。おそらくこの部分が
無くなり、その下に見えてきたグリーンの部分が松ぼっくりの笠になるの
だろう。

 

2007/06/12 今年のオオバナノエンレイソウ

 違和感を覚えたのは、盛りを過ぎようとしているシラネアオイを撮って
いるときだった。まだ林間をエンレイソウの白花が賑わせている。しかも、
その白花はほとんど終わりかけている筈なのにまだ元気な花が多かった。

 さらに遅く6月に入ってエゾノハナシノブが開花しても多くのオオバナ
ノエンレイソウが見られ、明らかに花期が長くなっていると分かる。

 春から夏にかけて、この林の主役は静かに交代していく。アズマイチゲ、
カタクリ、オオバナノエンレイソウ、シラネアオイというように時に重な
りながら季節を巡らせていくのだ。

 今年はシラネアオイの時期がオオバナノエンレイソウの花期にスッポリ
入ってしまった感がある、何らかの原因でオオバナノエンレイソウの後期
群が遅れたのだろうか?咲き始めは大体昨年と同じだったのだが。

 

2007/06/14 エゾノハナシノブ

 薄紫の柔らかな花びらが初夏の濃い緑に揺れる。暗い林の中でおとなし
目の花色は、全体に目立つという風ではない。むしろ宙に突き出している
大き目の葯の黄色が印象的な花だ。

 それでも今年は特に花の付きが良くて、ゆったりと大き目の株が揺れて
いる様子は静かな中にも確かな存在を感じさせる。

 昨年、一昨年と花の淋しい年が続いて今年、隔年というわけでもなく花
付きが良かったのはなぜだろう・・・気温、雨、日照など様々な要因の中
で現れるその時々の花。もちろん内在する要因も考えられる。

 毎年同じ花を撮っていて、どこまで繰り返す必要があるのかと思ったり
もするのだが、その時々を楽しむことも悪くは無いようだ。

 

2007/06/16 ノビネチドリ

 初めて見る花は、やはり新鮮な印象を受ける。ノビネチドリは以前から
目にしたいと思っていただけにひとしおだった。

 いつも行く林の脇にぽつんと立っていた一株は、ぱっと見た感じハクサ
ンチドリ?と思わせた。すぐにどこか違うという印象が続いて、近づくと
別の花だと確信できた。

 

2007/06/21 雨のスズラン

 雨上がりだったが盛りを迎えたスズランを撮りに行く。スズランはいつ
も撮影に苦労する。他の花のように外から構えて撮る気にはなれないのだ。

 草陰に咲いている小さな花は自分の世界を持っているようで、自分の撮
った画像はいつもそのイメージから外れた印象でがっかりする。

 初夏の瑞々しい緑に生じた小さな白花、それを取り巻く世界を撮りたい
と思う。

 

2007/06/25 エゾハルゼミ

 ベニバナイチヤクソウを撮っていると妙なものが茎についている。よく
見るとセミの抜け殻、空蝉だ。さらにその2日後、別の林で草の葉に止ま
って動かないご本尊に遭遇した。

 花を覚えるのが精一杯で、とても虫や樹木まではと思うから「春ゼミ」
としか意識していない、北海道にハルゼミは生息しないらしいから、多分
エゾハルゼミ。
 春ゼミといっても、このセミが盛んに鳴く頃は既に初夏といっていい。

 

2007/06/26 ベニバナイチヤクソウ

 今年はこの花も当りだった。知人の情報もあって、今まで見たことの無
い群生に出会うことができた。カラマツ林の中に何ヶ所か5メートルから
10メートル径の群生が見られ、さながらベニバナイチヤクソウの林のよ
うだった。

 これだけ見ることができるといろいろなことが分かってくる。この花も
日差しの関係なのか紅色の濃淡にかなりの差がある。この林に限っていう
と、林の縁に近く日当たりがいいと思われる地点の方が赤味の強い傾向だ
った。

 

2007/06/28 ラン科2種

 昨年見つけたサイハイランとコケイランが初夏の林に咲いている。歩き
回るうちにどちらも昨年までと別のところでも見つけることができた。

サイハイランは色も形も個性的だ。采配に似たことからの命名らしいが、
図鑑を眺めそのまま実物を見ても迷わないと思えるほどはっきりしている。

 

2007/07/08 ササバギンラン

 最近気になっている花の一つ。どうもこの花は繁殖力が弱いような気が
する。一箇所、適地と思える林を見つけて何年か通ったのだが、2年前に
伐採されてしまった。

 そこが伐採されてからは、数えるほどの株しか見つけられないでいる。
米粒のような小さな花がかすかに開く程度だから、元々受粉の機会は少な
い花だと思う(或いは完全に近い形の自家受粉か)。加えてカラマツがら
みのある程度日差しのある林内という制約もある。

 この花の場合、接するように二つ以上の株が並んでいるのを見たことが
無い。近くても隣の株とは30センチ程度は離れている。種子の散布がど
んな形で行われるのかも興味深い花だ。

 

2007/07/12 オオタカネイバラ

 以前から気になっていた花に「オオタカネバラ」があった。これは坂本
直行さんの著「私の草木漫筆」に出てくる。

 今年、とある農道を走っていて農地の脇にいくつものピンク色の花をつ
けている低木を見つけた。ハマナスのようだが、花が小振りで色がずっと
淡い。ハマナスの濃淡の範囲だとも言えるが、それにしては幾株かがあっ
て色が揃っている。

 これが直行さんの言う「オオタカネバラ」、手元の図鑑では「オオタカ
ネイバラ」ではないかと思うのだが・・・

 

2007/07/14 ハマナス

 九州地方は大雨に台風と続いているようだが、こちらは1週間近く肌寒
い日が続いている。今年は6月が暖かくて、今は夏も小休止といった感じ。

 まさかこのまま冷夏で終わることはないと思うのだが、7月に入って朝
晩ストーブを焚くこともしばしば。

 ハマナスが香った6月末から7月初めの晴天はなんだったのか?と思う
ほど夏を感じられない気候になってしまった。

 

2007/07/25 ハマフウロ

 先週辺りからハマフウロが咲き始めて、海岸の草原はハマナスの花とこ
のハマフウロで賑わっている。1週間ほど出かけていたのだが、出発前の
3連休には久々の夏空に二つの花がよく映えていた。

○薄紅の 風露透かして 夏の峰

 

2007/07/28 エゾカンゾウ

 今年はばたばたしていて、撮影と編集がどうもちぐはぐになっている。
エゾカンゾウは初夏の花なのだが、タイミングを外してしまった感じであ
まり撮れなかった。

 なにより残念だったのは、この花が当地でもっとも濃密に咲いていた柏
林が昨秋に伐採されてしまったこと。

 

2007/07/30 時機を逸す

 出かけたり、天候に恵まれなかったりで幾つか撮り損なった花がある。
その代わりに思いがけなく巡り会えた花もあるのだが、欲深い人間のこと、
撮れる筈の花を撮れなかったという思いが強い。

 花が変わりなく姿を見せるとしても、こちらの生活が平坦に流れるわけ
でもない。或いはこちらの生活が同じように流れても、花の現れが同じと
も限らない。

 

2007/08/05 エゾアジサイ

 楽古岳への登山道は夏に欠かせない撮影ポイントになる。とりわけエゾ
アジサイが咲き出すこの時期、深い緑にちりばめられた涼しげな色彩が、
照りつける夏の日差しを忘れさせてくれるようだ。

 時に熊のものとおぼしきフンがあったりするのだが、愛車のミニ4駆は
こうした道路に抜群の適性を見せる。

 

2007/08/07 クルマユリ

 台風が直撃しそうで週末の天気は思わしくなさそうだった。先週撮り始
めたクルマユリが気になる。

 クルマユリは、タカノハがデジカメを始めた頃にオオバナノエンレイソ
ウと違う意味で撮る楽しさを経験させてくれた花。
 まだ蕾だったこの花を初めて見たときから名を知るまでの時間が、新鮮
で楽しいものだった。図鑑を眺め、ネットを検索しながらこの花と向き合
うことができた。

 飾り気のない花だが、しなやかな細い茎と名前の由来である車葉が魅力
を加えて好きな花の一つ。

 

2007/08/09 コンブ採り

 台風や雨でしばらく採れないでいたコンブ、この朝は久しぶりの漁に浜
が賑わっていた。朝霧に霞む黄金道路沿いの海にコンブ舟が行き交い、思
い思いの場所でコンブと格闘している。

 コンブ漁は現代にあっても実に原始的な漁業で、舟でコンブの着生する
海面にいき、後は棹でコンブを絡めて舟に引き上げるという直接的な生身
での作業だ。

 知里幸恵の遺した、好きな一節を思い浮かべながら夏の海の風物詩を撮
ってきた。
「・・・夏の海には涼風泳ぐみどりの波、白い鴎の歌を友に木の葉のよう
な小舟を浮かべてひねもす魚を漁り、・・・」−アイヌ神謡集序文の一節

 

2007/08/20 猛暑

 盆に本州へ行き、図らずも記録的な猛暑を経験することになった。じっ
としていても汗が滲む暑さは北海道で経験することの無いものだ。

 地球温暖化の問題が一般化してきた最近は、異常気象といわれることが
すべてそこに結びつけられがちだ。仮説としてならそれも良かろうが、そ
こだけに帰結させてしまうのは早計だろうと思う。

 

2007/08/23 花とも言い難く

 昨年始めて撮影したオニノヤガラ、今年は随分な株数を見ることができ
た。クルマユリを捜し歩くうちに、花とも見えない無骨な姿が目に入って
くる。
 特殊な条件を求めて懸命に咲く花に申し訳ないのだが、花というよりは
枯れた何かの枝が突っ立っているという風情で、慣れるとユーモラスな感
じさえする。

 

2007/08/25 夏の逞しい花々

 確率がどんな数字であっても親と同数が生じなければその種族は滅びて
いく。生残の確率が1/1000だったら1000個以上の種子を作れば
いい、そのように意志した開花そして結実。

 

2007/08/28 秋風

 日高の山が見えることが多くなった。夜、涼しい風が吹き込むようにも
なった窓からは暗い海に浮かぶ漁火が見える。
 何時に無く暑さが続いているといっても地球の大きな動きは揺ぎ無い。
この星で繰り広げられる愛すべき人間の喜怒哀楽を鎮めるような風。

 

2007/08/31 ツリガネニンジン

 このところ最高気温で20度という涼しさが続く。アキアジの漁も始ま
ったようで、食卓にイクラが並ぶようにもなった。

 8月に入って姿を見せ始めたツリガネニンジンが盛りを迎えている。同
じ時期にヤマハギやキツリフネ、ヒメジオン、キンミズヒキなども咲いて
いて、この時期の草むらは一年でもっとも賑わいを見せる。

 

2007/09/02 秋の野

 丈高い草花が風に揺れてレンズ越しに覗く花が捕らえきれない。秋の花
は野分に耐える強靭な茎を持つためか簡単に手折れる花がないな、などと
考えながら待つ。

 春や夏の花々と比べると水分が少なく繊維質が多いのではないかと想像
しているのだが、そう単純なものでもないか。

 

2007/09/05 ヤマハギ

 小さな株から大きな株まで目にするヤマハギは、夏の終わりから秋にか
けて長く野にある。
 赤い小花は株の大きさに比べてごく小さいから、花自体が目立つという
こともない。ただ、緑の葉と赤い花が散らされた一群れの模様は洒落た図
柄に見えてくる。

 

2007/09/11 エゾトリカブト

 今年は数年前に驚異的な群生をみせた場所で、復活の気配が感じられる。
ある年を境に激減して3年ほど、流石に丈高い株が立ち上がるほどの勢い
はないが相当な株数が認められる。

 トリカブトは分類が難しいと図鑑にあり、エゾトリカブトと思いつつ最
近は自信がないから単にトリカブトということにしていた。
 今年、たまたまオオバナノエンレイソウが縁で当地をフィールドにして
いる北大の研究者に問い合わせてもらったところ、やはり当地で見られる
トリカブトは殆どが「エゾトリカブト」とのことだった。

 

2007/09/16 秋は足早に

 秋の入り口と思っていたのに、気がつくとエゾリンドウも咲き始めてい
る。夏の終わりから一気に当地の花々は足を早めて、本州の花時を追い越
しているようだ。

 

2007/09/19 ヤマハハコ

 雌雄異株の花とは聞いていたが、今年撮っていてなんとなく分かった。
というか、うかつにも初めて二つの花があることに気づいた。雌花と雄花
が混在する雌株と雄花だけの雄株があるという。

 ヤマハハコは地味な花だが白い総苞に当る部分の八重の連なりがきれい
だ。ただ、全体小さな花だから近づかないとそこまで見ない。ドライフラ
ワーにして間近に眺める方が、この花の良さを感じられるかもしれない。

 

2007/09/23 エゾリンドウ

 秋が深まり草葉の変色が目につき始める頃この花が姿を現す。中間色に
染められてくる風景の中で鮮やかな青がひときわ目につく。

 野生を感じさせる強い花色に、荒地にも姿を見せるこの花の強さを思う。
そしてその思いに重なるように、昨年盗掘された場所に若い何本かの株を
見て嬉しくなった。

 命を繋いでいくとはこういうことなのかと妙に感心する。少子化がいわ
れる現代の日本、古の武家の時代から人も血を伝えることに執着してきた
筈だったが、この移り変わりは何だろうと考えてしまう。

 

2007/09/24 今年の秋

 豆畑が黄色く色づきデントコーンの穂が揺れる。イタドリの葉が枯れて
木の葉も心なしかそのツヤを失ったように見える秋風景がいつものように
訪れた。

 しかし、今年はまだ秋の澄んだ空になっていない。どこか湿気を含んだ
ようですっきりとした透明感がないのだ。記録的な猛暑は北海道でも真夏
日の多さに反映したようだが、山脈がはっきり見えてこないこの空もそん
な現われの一つに思える。

 

2007/09/30 秋の花

 あくまでも自分の目から見た印象に過ぎないが、秋の花々は息の長いも
のが多いと思う。
 ヤマハハコやエゾトリカブトなどが遅くまで姿を見せる。もちろん同一
の株が何時までも咲くということではなく、遅くに咲き出す株があるとい
うことだ。

 先日も枯草の目立つ草むらにツリガネニンジンやナガボノシロワレモコ
ウ、オミナエシが咲いていて懐かしいような気分になった。

 そうはいっても、盛期から見ると随分種類も数も少なくなっている。花
々はその役目を終えて静かに去りつつある。

 

2007/10/02 ちょっと嬉しい

 夏頃、ある知り合いからオオバナノエンレイソウのバッジを作るのでい
い写真がないかと聞かれ、自分がイラスト化した画像を渡しておいた。

 その後、使わせてもらうことになりましたと言われていたのだが、先週
でき上がって幾つか持ってきてくれた。自分が作ったものがこうして形に
なるというのも嬉しいもので、なんてことのないバッジも愛着を感じる。

 

2007/10/06 花も終わり?

 連休初日は好天、朝から歩き回るが花の姿はすっかり淋しくなっている。
花に追われなくなるこの時期は何故か風景が懐かしく見えて、ヨイショと
地球が一回りした感じになる。

 春先の開花を待ちかねてあちこち花を追いかけた季節も終盤、まあ、半
周というところか。これから紅葉を迎え、長い冬を過ごして1周だ。

 巨大な星が運行するエネルギーは凄いものだ、溢れるような花々や木々
の営みをそっくり包んでこぼさない。

 

2007/10/10 「サイロ」という詩誌

 坂本直行さんの絵といえば、十勝地域の児童詩誌「サイロ」にも触れて
おかなければならない。子供たちが作った詩を掲載する月刊誌だ。

 帯広の有名菓子店−R亭創業者の小田豊四郎氏はなかなか興味深い人物
で、単なる経営者という枠をはみ出している印象がある。昭和30年代に
創刊された「サイロ」は、彼の発想と尽力によって十勝に根付き、今も続
いている。

 創刊当時からその表紙の絵を描いたのが直行さんで、小田氏直々の依頼
によるものだったという。昭和53年に直行さんが記したところによると、
「現在R亭が使っている花の包装紙『北海道の山野の木と草』をデザイン
したのはもう18年くらい前のことで・・・」とあるから、初期のものは
ちょうど「サイロ」刊行のころに描かれたことがわかる。
 
 直行さんは、「自然の美しさを、都会人に指摘されて気づくようなうか
つものであってはいけない」と記していた。今も多くの人の目を楽しませ
るR亭の包装紙はそんな直行さんの思いを実現して見せた一つなのかもし
れない。

 

2007/10/11 花々の絵

 開拓農家としての苦闘の末に、坂本直行さんは農家の生活に別れを告げ
る。それが昭和35年(1960)のことだから、ちょうど前述したサイ
ロ刊行の時期に重なる。

 つまり画業に専念することになった直行さんの最初の主な仕事が「サイ
ロ」の表紙絵だったようだ。そしてこの時期に「北海道の山野の木と草」
をデザインしたというのだから、サイロの表紙絵と後のR亭包装紙が同時
進行していたことになる。

 30年に及んだ農家としての生活、その合間に夥しいスケッチを描いて
いたことは、初期の著作「開墾の記」などの挿絵からも容易に推測できる。

 直行さんが改めてそれを描き出すことは、数十年に亘って見続け、描き
続けた花の姿を結晶させる作業だったに違いない。さりげなく包装紙の上
に踊る花々は、たまたま出会った一輪ではなく、時代も場所も違う無数の
花々を一つの姿に凝らしたものだと思う。

 

2007/10/17 開拓の母

 当地の郷土史を紐解く機会があって、ある女性にまつわる話に興味を惹
かれた。日高山脈に抱かれるように広がる原野の一角の開拓史にその女性
は登場する。

 明治33年、20歳に満たない年齢で嫁してきたのは原野を開拓しよう
という農場主の元だった。軍人の娘に育った彼女は、「・・・どこまでも
忍耐して苦難に打ち勝って・・・」と父親に言い渡されたという。
 道もない柏の原生林を2里、馬車に揺られて着いた農場の小屋は、「屋
根も囲いもキハダの皮で葺いて、板の間は柏の割板を敷いてあるだけ」と
いうありさまで、「若い私は形容のできない淋しさと言いますか、悲しさ
と言いますか、両3日は食事をすることさえできませんでした」と述懐す
る悲痛な想いから開拓生活が始まる。

 彼女は夫に先立たれた後も大農場を守って奮闘する。それと同時に小作
の子弟の教育にも心を配り、小部落の学校開設を実現した。更には正規の
教員が居つかないため自ら資格を取得して教師としても活躍したのだった。

 心打たれたのは、身体を壊して当地を去っていた彼女が、生前の遺言に
より数十年の時を経ながら農場のあった地に葬られていたことだった。そ
こは、里山の中腹にあって開拓期からその地域の人々が共同墓地としてい
た場所になる。 

 墓地の一番高いところに彼女の墓石があった。今では参る人もいない無
数の土饅頭が笹に埋もれていると関係者が言う。この地を離れて移転した
墓もあったようで、今は墓石といえば彼女の他は一基しかない。
 墓地というには淋しすぎる光景だが、開拓の母ともいうべき彼女がそこ
に在ることで、名もなく埋もれている仏達も慰められることだろう。

 

2007/10/22 紅葉と山の雪

 鮮やかな赤味を見せるカエデの類の紅葉もいいが、複雑な色彩を見せる
柏の紅葉が私には一番だ。
 今朝は、久しぶりに晴れた空に誘われて出勤前に走り回ってみる。寒い
と感じた朝だったが、ピリカヌプリから北の日高山脈は雪化粧をまとって
いた。

 山肌は遠目にも赤味がさして紅葉の盛りと知れるのだが、何より朝日を
浴びた沿道の柏葉が幾通りもの色に輝いて佳境にある秋へと誘う。
 緑、黄ばんだ緑、黄、橙、赤茶、茶、言葉にしたらそんなところだろう
か。無数の葉が幾通りかに色を変えて入り混じるこの時期は、実に豊かな
色彩を出現させ見飽きることがない。

 

2007/10/26 紅葉の只中

 山が燃えるように色づいて秋の空に映える、一年のほんの僅かな時間に
木々が見せる紅葉は、春から夏そして秋にかけて蓄えたものの豊かさを思
わせる。

 目に見えるものが総てではないが、無いものは現われない。秋の日に紅
葉の一枚が見せるきらめきは、例えば夏の雨に打たれた虫の骸から得た物
質由来のものかもしれない。

 週末は山道を走り回った。山肌を染める紅葉が撮りたいと思うのだが、
撮り方が分からない。あちこちに車を止めてしゃにむにシャッターを切っ
てみる。

 ぐるぐると山中の林道を走り、時には斜面をよじ登って山を眺める。里
山の紅葉・黄葉は巧まずして青空に複雑な模様を描き出し、なんとか捕ら
えようとするタカノハを笑っているようだ。

 

2007/10/28 足下の紅葉

 眺めたように撮れない恨みはあるものの、半日走り回っても人に会うこ
とのない林道だから盛りの紅葉は独り占めという気分だ。休日にこんな贅
沢を味わえるのも田舎暮らしの有り難さ。

 斜面をよじ登って向かいの山肌を撮っていた時だ。足下を眺めると一枚
の紅い葉が落ちている。何気なく拾い上げる積もりで手に取ろうとすると
思いがけなくも力強い手応えがある。
 よくよく見るとそれは落ち葉ではなく、竹串くらいの太さと長さを持っ
た幼木の葉なのだった。よしよし、何十年か後にこの山道を飾る木になる
のだなと記念撮影。

 

2007/11/04 カラマツ

 黄葉の初期はカラマツもちょっとした色模様を見せる。短い間だが緑が
抜けていく幾段階かを眺めるのも面白い。

 戦後の林業政策は、成長が早くまた用途(電柱や坑木など)も見込める
カラマツに集中したようだ。北海道の各地でその美林を見ることができる。

 十勝もその例外ではなく、明るい茶色に輝くカラマツの黄葉が整然と山
肌を覆い、防風林の列が金モールのように農地を縁取って平野を彩る。現
代においては、これもまた十勝の秋風景として欠かせないものになってい
る。

 

2007/11/07 紅葉の楽しさ

 カシワもカラマツも秋の色づきに見せる変化が面白いと思う。木によっ
て、また枝によって色づきの時期も違えば色合い自体も違うことさえある。
 
 隣の木と違うのはなぜか、下の枝と違うのはなぜなのか?風や日光の方
向、土壌の違いなど、科学的な説明がある程度はつくのだろう。しかし、
そこにその木々の歴史が加われば到底説明できる事柄ではなくなるように
思う。

 

2007/11/12 山の雪

 日曜日の昼頃から降り始めた雨は、月曜日の夜遅くまで降り続いた。青
森の大雨が報道されていたが、こちらも相当な量だ。

 そして雨上がりの今日、晴れ上がった空に一段と白さを増した日高山脈
が浮かび上がった。土曜日には里山近くまで白くなっていたが、さらに里
に近づいた感じだ。

 

2007/11/13 落ち葉に瞑想

 紅葉が過ぎてカシワやミズナラの多い林に行くとその林床に散り敷かれ
た落ち葉の豊かさに感嘆する。

 その敷き詰められ具合がまた素晴らしいのだ、きれいに全面に広がって
余すところなく地表を被っている。風の動き、葉の構造、地表のうねり、
そして木や立ち枯れた草の配置までも含めた様々なものが働いた結果だろ
う。

 風は気ままに吹くだけだ、木々は冬枯れの姿で立ちつくすだけ。
 葉は動かされたのか、動いたのか?

 動いたのだと考える。枯れたその身は風に吹かれて動くようになってい
る、風のある世界であれば・・・。

 

2007/11/17 種子

 凍結深度というのがあって、露地の場合に凍上する土の深さが当地では
約1メートルとされる。そんな寒冷な地にあって、枯れ葉の堆積とその上
に降り積もる雪が地表にある植物の種子などを守ることになる。

 落ち葉が足下に柔らかな感触を伝えてくる林の中で、シラネアオイの種
がこぼれそうになっていた。この花も風任せのようなところがあって、雪
の季節でも落ちきらないで果皮にぶら下がっているのを見ることがある。

 雪の上に落ちるとどうなるのだろう、雪融けに地に落ちて一年(半年)遅
れの発芽となるのだろうか?

 

2007/11/20 カラフトイバラの実

 夏に花を紹介したカラフトイバラ、少し疑問があって果実を観察しよう
と思っていた。この秋、私が目にしたそれは球形で、手元の図鑑などによ
るとカラフトイバラの特徴を示していた。

 実は直行さん(坂本直行 氏)は、この地の野バラをオオタカネ(イ)
バラとしている。植物の専門家が来て、これは「オオタカネバラだろう」
と言ったというのだ。

 素人のタカノハとしては、結論は急がないことにしよう。エゾトリカブ
トの例もある、まだまだ観察の機会があるのだから。

 

2007/11/19 パン屋さん

 この秋、田舎町に若いパン屋さんがやってきて開店以来大人気になって
いる。
 手作りパンだけに、売れたら売れるだけ作るというわけにいかず、当初
一月は、開店して30分以内で売り切れという状態だった。
 二月を経過した今こそ開店時間に行っても残っている品はあるが、望み
の品となると買えるかどうかわからない。

 そうなると今度は、なかなか買えないのが気に入らないという人間も居
る。最近は賞味期限などの偽装事件が相次いでいるというのに、面白いも
のだ。

 求めるだけ売ろうと思えば余るし、作っただけで済まそうとすれば不満
を生む。人間の欲望の間で何が行き来しているのだろう。

 

2007/11/26 キタキツネと

 一昨年、昨年と毎年キタキツネを撮るチャンスに恵まれた。チャンスと
いうのは、出会ったキツネの性格だ。

 先天的なものか後天的なものか知らないが、人に対して好奇心を示すキ
ツネとひたすら警戒心を持つキツネが居るようだ。一昨年であったキツネ
は、私が数百メートル移動した場所までついて来るほどの好奇心をみせた。

 先日であったキツネも警戒心露わというタイプではなかった。警戒しな
がらもこちらの様子を窺う気配に好奇心が滲む。
 あいにく300oズームは持ち合わせていなくて、70ミリまでだった
が何枚かは撮ることができた。

 

2007/12/02 霜

 シラネアオイの種を蒔いておくつもりで庭に行くと、既に鉢の土が凍っ
ている。やむをえず、一日車庫に入れて融かし、今日鉢に蒔いて庭に戻し
た。

 雪はまだ、数回舞った程度で根雪になっては居ないが、その分土の凍上
は進んだようだ。車を走らせると、枯れ草の残骸に霜が張りつき朝日に輝
いている。その向こうに霜で光る農地も凍上が進んでいるだろう。

 

2007/12/03 シシャモ

 魚を干すにも時期があるとしみじみ思う。天日で干すとなると自然条件
を見ることが欠かせない。日照、風、気温、そういったものがほぼ理想的
な組み合わせになる時期がある。 

 10月10日頃から始まる近海のシシャモ漁、その時期はまだ干すには
早い。虫が出なくなる11月中過ぎ頃から、ちょうど十勝晴れといわれる
晴天が多くなり、大陸の寒波による西から北方向の風が吹いてくる。

 ただ、機械乾燥が主流の現代にあっては、ひどく手間のかかる贅沢な造
りといえる方法だから、天日干しとなるととても商売にならないだろう。

「ああ−」「わ、わ、こら−」
 この時期食事したりお茶をしてると突然、妻が奇声を発して立ち上がる。
干したシシャモなどを狙ってカラスや野良ネコが来襲するのだ。
 今年は20から30尾くらいやられたようだ。古網をかけているのだが、
敵もさるもの、ちょっとした隙を狙って見事に戦果を上げていく。

 

2007/12/09 ハクチョウの渡り

 鳥の図鑑も買い、撮影ポイントを探そうとしてあちこちを歩き回ってい
た。時々風景を撮りに行っていた海岸の高台は、コゲラなどと出くわした
ことがあるので狙い目だった。
 
 長期戦を覚悟して気配のない林に耳を澄ませ、ゆっくりと歩き回ってみ
る。なかなか鳥の鳴き声が聞こえてこない、まだやってこないのか?
 あちこちを探っていると、頭上から鳥の声が聞こえてきた。しばらく木
の枝を探したが、はっと気づいた、これはハクチョウの声。

 見上げるとちょうど頭上を大きな群れが逆V字を描いて通過していく。
遠ざかる方向は西、日高山脈が太平洋に落ちかかる南端部を越えるようだ。
 
 それからほどなくして、今度は小さい群れが進行方向に縦一文字の編隊
で飛んでいった。方向は同じ、ウトナイ湖で羽を休め、さらに本州まで行
くのか?遠い彼らの旅路を想う。

 

200712/10 アカゲラ

 冬が入口で足踏みしているような時が続く。雪は舞うことはあっても根
雪にならず、乾燥した空気の中で寒気だけが山野にわだかまる感じだ。

 この冬は鳥も撮っていこうと思っているので、比較的近くの林道を選び
狭い道路に入ってみる。前に来たときにホオの木に小鳥がついていたのを
見た、そこへいってみると大型の鳥が来ている。

 車を停めてそのままカメラを向けてみる、何とか撮れそうな距離。ピン
トをあわせて確認すると頭と尻の辺りに赤い部分がある。おなじみのキツ
ツキだとすぐ分かる姿、思いがけない獲物に嬉しくなる。

 

2007/12/13 昼の楽しみ

 弁当を持って通勤し始めてから、時々カメラバッグを背負って行くこと
にした。窓辺のカエデの木にちょくちょく小鳥が来ているので昼食時に撮
ってやろうと考えたのだ。

 面白い偶然で、カメラを背負っていくと鳥が現れ、そうでない日は現れ
ないということが何日か続いた。
「ウーム、鳥もおっちゃんがカメラ持ってくるかどうか見ているのか?」
 お握りを囓りながら窓辺を眺め、鳥もメンコイと一人悦に入ってる近頃。

 

2007/12/16 雪の季節

 ようやくというか、とうとうというか雪景色になった。木曜日から降り
出した雪が時に雨となって硬く地面に張りつくような具合だ。

 朝、庭を眺めながらあるべきものが備わったような気分がして、妙なも
のだと思う。雪は待ち望むようなものでは決してない筈なのだが人間の心
理のおかしな部分。

 近頃は地球温暖化の問題で、あちこちの異常気象が待ってましたとばか
りに取り上げられるような気がするのは、タカノハだけ?人間というのは、
どこか怖いもの見たさというか、未知なるものに触れたいという潜在的な
欲求を持っているのかもしれない。

 

2007/12/21 夕景

 久しぶりに帯広まで走ることになって、すっかり雪に被われた十勝平野
を南北に走る。
 好天だった。帰りは期待通り日高山脈に日が落ちて、この季節特有の紫
がかった夕闇が木立の背後を彩り始める。

 落ちかかる太陽はちょうどペテガリ岳辺りにあって、山脈の中央部から
南部をオレンジに染めている。平野といっても細かな起伏があったり、防
風林が邪魔したりで思うようなシチュエーションを探すのは簡単にいかな
い。

 流れていく光景にも時折は心を残しながら、右折左折を繰り返していく。
いつも走る場所ではないから土地勘はゼロ、いい加減なものだが棒に当た
る犬も悪くないと思うのだ。

 

2007/12/27 柏林の夕暮れ

 柏林の佇まいはなんと言ってもこの地に残って欲しいと思うものの一つ
だ。夏の日差しにこんもりと生い茂る濃い緑葉、雪原に立ち寒気に晒す無
骨な幹と枝、独特の雰囲気を感じさせる柏林も最近は少なくなっているの
だが。

 

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