メモ帖ー’06

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2006/01/10 浸透性交雑

 正月の挨拶をしているときに、林業を専門にしているある後輩が自宅の
柏について、先日の話の続きをしていった。「本来の柏」と「ミズナラの
ような柏」があるという話をしたのだったが、改めて見ると、葉を落とし
た木とそうでない木があった、というのだ。

 柏は翌年の新芽が出来るまで枯れても古い葉を落とさないとされる樹木
なのだが、彼が柏として植えた木の中に、やはり柏らしい柏と、らしくな
い柏があったというわけだ。

 単純に考えると、彼が柏として入手した木の中にミズナラが混じって居
たと考えればそれまでなのだが、最近ネットで浸透性交雑という言葉に出
会った。モンゴリナラという樹種について、柏とミズナラの浸透性交雑に
よるものではないか?とあったのだ。

 浸透性交雑について検索していくと、必ずしも科学的に確立されたとは
言えないようだが、興味深い概念なのだ。まさしく「柏らしい柏」と、
「ミズナラのような柏」が在ることの解答であってもおかしくない。

 

2006/01/15 かんじき

 年末にかんじきを買い込んで来た。夏以降踏み込むことのない林を冬場
にも観察しようと思ったことと、風景を撮るときに少し雪上にポジション
を取りたいと思うことがあるからだった。

 本来、冬の林は木々が葉を落として見通しがいいから夏よりもずっと隅
々まで観察出来る筈。某ホームセンターで2千円足らずの買い物だが、使
ってみるとタカノハ程度には充分な代物、近間の林を歩いてみてもへたっ
たのはなまくらになった履き手の方だった。

 

2006/01/18 地方に在る

 地方で暮らすことにどんな意味があるのかと自問している。切実という
意識はないが、いつかはその答えといえるようなものに辿り着きたいと思
って居る。

 今年の大雪で、幾度も徒労の様な雪かきに追われる人々の様子が報道さ
れたのだが、高齢の住人の多いことに誰もが気づいただろう。地方では既
に65才以上の高齢者が25%を上回る町或いは村が続出している。  

 私のところもその一つだが、逆に現在の社会システムでそうした地方が
大きな役割を果たしている面も大きい。都市部の現役世代にしてみれば地
方に親を置くことによって現在の生活が確保されている筈だ。

 就労人口の極端な減少に苦しむ地方を、効率の悪い部分として片づける
ような風潮は間違っているだろう。ボランティアで老人家庭の雪かきを手
伝った人達は、本来その雪を片づけるべきなのは誰だと考えただろうか?

 

2006/01/22 襟裳岬

 最近行ったのがいつのことだったか分からないほどご無沙汰していた襟
裳岬、日高山脈を撮りながら心の片隅に宿題として在った岬に向かってみ
た。

 襟裳岬といえば断崖とそれに続く岩礁の場所で、もう一つの個性である
強い風を加えると、人に対して実に素っ気ない所と言えそうだ。絶景とは
言え、長く足をとどめる所ではない。日高山脈に続く巨大な岩の塊が太平
洋に突き出す地形は気象面、海況面で複雑な影響を与える筈で、周辺の特
異な現れは語り尽くせない。

 百人浜というすぐ近くの荒涼とした海岸から眺めると、突きだした陸と
呑み込もうとする海とが果てのない争闘をしていると思えてくる、人の入
り込む余地など無いかのように。

 

2006/01/30 スキー場

 立派なスキー場に行ってきたのだが、滑りながら「そういえば日高山脈
にはスキー場が無いな」という話になった。
 「あそこは手つかずにしておいた方がいい」年若い後輩がポツリとそう
言ってくれた。

 

2006/02/02 水族館

 ふと我が町の水族館のことを思いだした。昨年の営業で閉館と決まって
いるのだが、収容していた魚類、海獣類は居るだろう、一応確認して出か
けた。

 「兵どもが夢の跡」というわけでもない、変わらぬたたずまいで例年の
オフシーズンと変わらない。変わったのは人の方で私が馴染みになった飼
育員はもう誰も居ない。
 一日目はそれでも顔見知りの女性飼育員が親切に海獣館を見せてくれた。
二日目は見知らぬ飼育員が「ペンギンを撮らせて欲しい」という私に対し
て「どちら様ですか?」と当然の反応を示してきた。もちろん説明して快
く許して貰ったのだが、この施設の転変を思う出来事だった。

 開設以来約30年ほどの間に関わった人間の多くは、別のところで活躍
している。様々な人間模様が描かれた中で愚劣さは思い出したくもないが、
有能な飼育員でありながら不本意な思いでここを去っていった幾人かの情
熱が懐かしく思い出される。

 

2006/02/06 坂本直行さんの絵

 相当数の絵が所蔵されている町内の博物館に、直行さんの絵を見に行く。
自分で日高を撮り歩くようになって、もう一度日高山脈を描いた彼の絵が
見たいと思った。

 静かな部屋に展示されたそれらは、直行さんその人を直接に知る人など
から寄贈を受けたものが多く、必ずしも系統立った展示とは言えない。し
かし、研究者でもない私たちが彼の絵を分類する必要も無いだろう。

 直行さんは離農するという形で農地を離れ、決して裕福ではない画家と
しての生活を始める。そうした生活の中で近所の人々が農産物を分けたり
するとお礼だとして、自分の絵を贈るというようなこともあったらしい。
だから、地元や地元縁の人々で彼の絵を所有している人は少なくない。

 画作の中心だった日高山脈、当地から眺める日高山脈と草花の絵を見た
いと思ったのだが、海を描いた小品が目に留まった。それは「開墾の記」
と自分で歩き回った中でイメージしてきたある風景と一致するのだった。
小柏の林の向こうに海が見えるその風景は、私の中で懐かしいと感じられ
るものだった。

 

2006/02/23 雪融け

 まだ、2月というのにここ数日は暖かい日が続いている。ただでさえ雪
の少ない年だからみるみる積雪は縮小し始めて。もう昨年初めてフクジュ
ソウを見つけた3月半ばのような野の風景になっている。

 そして空の色が変わった。藍を含んだような青から水色と言えるような
明るい空が見える。寒冷の乾いた空気が雪融けと共に湿気を含み潤んだよ
うな空に山が霞んでくる。

 

2006/02/28 暖気

 2月も半ばを過ぎるとやはり気温が変わってくる。今年は特別雪が少な
いため視覚の上でも暖かいと感じるのかもしれない。

 だが、日脚が伸びて日没も一時間は遅くなった。朝日の高さが明らかに
変わって、私が出勤する時間、真冬には隣家の影に居た太陽が直接射し込
むようにもなった。

 ある日ふと気づく変化だが、一日また一日と宇宙に浮かぶ地球も休みな
い運動の中にあると分かる。

 

2006/03/10 フキノトウ

 思いがけずフキノトウを見つけた。枯れ枝を林立させている林の中にネ
コヤナギの白い絹毛を認めた日、それは待ち望んだ春の兆しでもあるのだ
が、河原に降り立った目にフキノトウも入ってきた。長い冬の後に最初に
現れてくる緑色である。

 雪の下にあって徐々に準備してきた芽吹きに、したたかな生命力を感じ
る。とはいえ、その芽吹きにもタイミングは必要なようで、頂こうと思っ
て採ってきた一個は雪の下から掘り出したのだが芯まで腐っていた。小川
の中に痛ましい姿を現したものもあって、やはりこの時期に芽吹くことの
難しさも感じる。

 

2006/03/24 春の雪

 淡雪といえるんだろうな、柔らかな感触で踏みながらすぐに融けていく
雪に思う。根雪がほぼ消えた時期に、約束があったかのように降ってくる
雪は暖まった道路や土の上でたちまちに消える。

 

2006/03/29 春の雪とフクジュソウ

 昨夜からの雨が朝から雪に変わり久しぶりの大雪になった。窓の外を眺
めると、もう20pほどにもなるだろうか?随分と降ったものだ。
 一昨日撮影してきたフクジュソウもこの雪の下になっているだろう、早
春に咲く花たちの宿命であるが痛ましい姿を想像してしまう。

 フクジュソウはその咲き始めから太陽熱を摂取することに全霊を傾ける
かのようだ。いつ寒さがぶり返すか分からない時期に、受粉し結実するた
めにそれが必要になる。

 外気温と花の中心部の温度で6℃の違いがあるという。向日性のその花
は、独特の光沢を持つ花びらが陽光を効率的に花の中心に集め、虫を呼び
種子を生長させる熱を蓄えるのだろう。

 

2006/04/03 再びの大雪

 この1週間の間に2度の大雪に見舞われた。これもまたいつにない年と
いえる。昨年は5月に入っての雪に驚かされたものだったが、今年は根雪
の消えた後に降ったその量の多さが驚きだった。

 一口に冬あるいは春といってもその巡り方は年々違っている。気象を決
定する要因は実に複雑なものだろうから、毎年同じ季節が巡ると考える方
がおかしいのだろう。

 

2006/04/08 フクジュソウ再び

 気を揉みながら居た1週間いや2週間、雪はまだ地表の殆どを覆って居
るが大分減ってきている。フクジュソウのその後を確認したくて林に行っ
てみた。見渡すと、日当たりの良いところは一部地面が現れてきているか
らフクジュソウの姿が見られるかもしれない。

 残っている雪はおよそ10pというところか、長靴で充分なまでになっ
ていた。フクジュソウが咲いていた辺りに慎重に歩を進めると、すぐに白
い雪に顔を出している3つの黄花が目に入ってきた。この場所はまだまだ
雪が深く辛うじて花だけ覗かせている状態のものが後3株ほど、残りの殆
どはまだ雪の下ということになる。

 もう1個所の群生個所に行ってみると、日当たりの良いそこにはすでに
多くの花が姿を見せていた。それらは降雪以前に開花していた花たちで、
2度に渡った30pの積雪に耐えて何事もなかったかのように花びらを開
いている。

 「大丈夫だろう」と思いつつも、気にかかっていたことが一遍に晴れた。
さすがに早春に咲く花、こうした異変に対する術を充分に持ち合わせてい
るのだな。おじさんの杞憂に終わった2週間のドラマは、人知れず幕を下
ろすこととなった。やれやれ・・・

 

2006/04/17 三度、春の雪

 2度の雪でも驚かされたのに、3度となると年配の人達もさすがに経験
がないようだ。先日の日曜日は朝から雪で結局20pの降雪を記録、再々
度の雪景色となった。ここに来ての3度の雪が一度でも1月に来ればスキ
ーを楽しむことが出来たに違いないと見当違いのことを考えながら降る雪
を眺めていた。

 一日前の土曜日には春の陽射しに農地が水蒸気をあげ、林を流れる小川
は雪融けの水を含んで音立てて流れていたのだった。そしていつもの林で
は、フクジュソウに続いてアズマイチゲの早い花の蕾が数本認められ、本
格的な春の開花を思わせていた。

 

2006/04/28 介護

 どこにでもある話だが、我が家も老人介護に直面することとなった。そ
れにつけても、ケアマネージャーなど介護スタッフの存在が有り難いもの
だと実感した。

 これから老人が増える社会で、要介護の数と介護する側の数が今までに
ないバランスになってくる。田舎町では特に顕著に現れて、私が思いつく
だけでも家族の介護を受けられない世帯が非常に多い。

 また、子供が同居する状況に在ったとしても、現役世代が介護に当たる
ことは非常にエネルギーを使うことで、家庭のみで実現することは不可能
といっていいだろう。我が家でもある一夜、公設の介護スタッフ5人を夜
間に3時間もの間振り回してしまった。

 ますます多くの家庭で直面するだろう介護の問題に、多くの人材と経済
的負担が必要とされることになる。家族の在り方も含め、劇的に変わらざ
るを得ない日本社会の将来を改めて思う。

 

2006/05/04 白いエンゴサク'06

 白いエゾエンゴサクがあった。野花を撮り始めてまもなくの頃、偶然に
見つけたその花は多くのことをタカノハにもたらしてくれた。
参照、(「メモ帖'04上」2004/04/27の項)

 ある若者の記憶に通じるその白花は、昨年誰かに採られて(株ごと)再
び見ることは出来ない。だが、その花があった場所で、タカノハは記憶に
とどめていた彼の兄弟と出会ったのだった。

 エゾエンゴサクやカタクリが咲き始めている早春の林で彼の兄弟と出会
い、語る時を得た偶然に驚く。あの白いエゾエンゴサクが、憎い演出をし
てくれたものだ。

 

2006/05/07 カタクリの花色

 連休はカタクリが盛りだった。林を埋め尽くす群生も見事だが、ひっそ
りと咲く姿も捨てがたい。大きく花弁を反り返らせた姿は躍動的で、青紫
色からピンク色の花色が早春の林に華やかな彩りを添える。

 この花が明るい陽射しを受けて軽やかに揺れる姿が好きなのだが、なか
なかその微妙な色が出せない。光を反射しあるいは透かせて、薄い花びら
は捕らえがたいほどの変化を見せるのだ。

 

2006/05/15 捜索

 山菜採りの高齢者が行方不明ということで、昨日早朝からの捜索活動に
加わった。行動範囲は在る程度特定できるので3個所に分かれて捜索を始
め、程なく発見の知らせが届いた。

 北海道ではこの時期になると、各地でこうした事故が起きているのだが、
身近なところで関わったのは初めてだった。自宅から歩いていけるほどの
距離に山菜が豊富なことが仇になっているとも言える。

 この方は健脚で、いつも山菜採りに歩いているそうで、この日は持病の
心臓発作に見舞われて倒れたらしい。単独行動は怖いし、行き先を家族に
は言っておくべきだろう。タカノハも似たような所を歩き回るから、改め
て肝に銘じようと思う。

 

2006/05/17 アングルファインダー

 カタクリを撮っていた時に白花を見つけたのだが、群生の中にあったそ
の花を撮るのにえらく苦労した。なにしろ一面カタクリが咲き乱れた中だ
から、足を踏み換えればすぐに幾つかの株を潰すことになってしまう。結
局不本意な距離、角度から数枚を撮ってやめざるを得なかった。

 この他にも連休には2日続けてダニを連れ帰ってマアの顰蹙を買ったり
したこともあり、文明の利器を導入することに決定。確かにどこにでも寝
転べるわけがないのだ。

 

2006/05/20 オオバナノエンレイソウ

 毎年この花を撮り続ける中で、自分の撮影技術が試されるという思いが
ある。同じ場所で同じ被写体を撮ることで、否応なく明らかになる違い。
 自分の意識が変わってきているのは分かるのだが、そうしたものが果し
てどれだけ画像に現れるのかといえば、心許ない限りだ。

 

2006/05/28 オオバナノエンレイソウ−2

 咲き始めてから、およそ2週間が経つ。その間に僅かだった緑が林床に
広がり、気がつくと遠望する視界の中に木々の若葉すら写し出される。林
全体の営みがこの半月ほどでしっかりと形を取って現れていることを感じ
る時だ。

 場所によっては回りの草丈がエンレイソウを上回るまでになっていると
ころも目立って来て、林は全体が一つの生き物のように膨張している。

 

2006/05/30 フクジュソウの種

 通勤途中の空き地にフクジュソウがあることに気づいて楽しみにしてい
たのだが、最初に開いた2本は開花した翌日に持ち去られて姿を消してい
た。数日後にその傍で開花した一本は何故か無事で、めでたく結実したよ
うだった。

 種子をいただこうと、毎日通勤の途中で膨らんで来る果実を眺めてタイ
ミングを図っていたある日のことだった。帰りに伸びた草をかき分けて見
ると、果実の殆どが落ちて真っ黒にアリがたかっている。

 むむ、なるほど。熟れた果実が茎から落ちると思っていたのだが、それ
以前にアリがパイナップルの実のように幾つもの種子が付いた果実を摘み
採っているのだった。慌てて残りを探ったタカノハが手にできたのは僅か
3個。

 オオバナノエンレイソウも果実はアリが運ぶらしい。ヤマソバと古い人
達が呼ぶそれも、同じように種子はゼリー状のもので包まれてアリを呼ぶ。

 

2006/06/05 シラネアオイ

 どこか捕らえどころのない花で、面白いといえば面白い。私の印象を言
えば、輪郭のボンヤリした花で穏やかさと柔らかさを感じさせる。

 輪郭のボンヤリした、というのは、おおらかな曲線と薄い柔らかな質感
を持った花びらが、ゆったりと生地を与えられた薄衣のようで、張りつめ
た感じを与えないからだ。

 

2006/06/15 雨のスズラン

 スズランはいつもの場所、雪融け後に初めて訪れる海岸の草原で撮って
きた。
 思った通り、まだ全開とはいかない時期で、白い花をつけたものがちら
ほら、という程度。雨あがりの草原で、濡れそぼったスズランと今年の初
対面。

 春の終わりからこの季節の瑞々しい草は、気持ちがいい。草のつゆで長
靴どころかズボンまで濡らして歩き回る、ここには初夏の花が幾つも姿を
見せるのだった。

 

2006/06/21 エゾ梅雨

 うーむ、エゾ梅雨という奴かな、ここのところサッパリ青空を見ない。
先週はずっと雨だったような気がするし、今週に入っても雨が落ちたりし
てパッとしない。

 昨日、小雨交じりの天気の中、気になるスズランを見に行ってきた。気
温も上がらず雨続きのせいで、スズランはまだ蕾を持ちながら傷みが来て
いる。

 ご近所さんの家に植えられているものはもう盛りを過ぎている時期で心
配になる。そうは言っても人間の都合で咲くわけじゃないからなー、かが
み込む鼻腔に、しかしスズランは香るのだった。

 

2006/06/23 スズラン2

 やはり雨、合間を縫って海岸の草原にスズランを撮りに行く。霧が風景
を包む朝、今年のスズランは雨にたたられ通しだった。

 6月前半の半月で当地の日照時間はわずか4.5時間だったそうだ。確
かに記憶にない天候で、オオバナノエンレイソウが盛りを過ぎた5月末か
らほとんど晴れ間を見なかったような気がする。

 実際この間に撮った花たちも水滴をまとった姿ばかりといってもいい。
特にスズランは咲き始めからほとんど晴間が無く、時折眺めに行くと上の
花がまだ蕾なのに先に開いた下の花はもう染みを浮かせている。

 人や花に個性があるように季節の巡りにも個性がある、そう思っておこ
う。

 

2006/07/01 晴れ間

 久しぶりに晴れた日、月も変わって気持ちも改まる。雨の6月は重苦し
い気分で過ごしたのだが、青空に誘われて気分も上々で外に出る。

 それにしても人間の感覚というものは不思議なものだ。何を引き金にし
てどこに意識を向けることになるのか分からない。ある時の重大事も別の
時には何でもない事であり、ある人物の重大事が別の人物には些細なこと
に過ぎない。

 

2006/07/10 チシマフウロ

 夏草の間に濃い青が混じっていて目を引く。6月から7月の野原に見え
る青花は野のアヤメかチシマフウロで、青味の違いで大体区別がつく。ど
ちらもこの時期のこの辺りではどこを走っても目につくから、逆に撮るの
がおろそかになるような気がする。

 一期一会という言葉を、若い頃は深く心に刻んで忘れないことだと思っ
ていた。今は思うのだ、それは忘れる為ではないかと。短い一生とはいえ
出会う事物・人物はあまりに多い、限られた時間の中でそのひとときを深
く経験する為に心を凝らせということではないだろうか?

 

2006/07/11 エゾノハナシノブ

 チシマフウロと同じ時期に山道や林の中に姿を見せる青花。大きく突き
出した鮮やかな黄色の葯と花びらの青との対照がきれいだ。

 咲き始めの6月に雨続きで花びらが開くのをなかなか見られ無かった今
年、かろうじてある一日ほぼ盛りの花を撮ることができた。

 この花が絶滅危惧U類に分類されているのは知らなかった、私が歩き回
る範囲には割合多い花なのだ。こんな花までもという気がするのだが、昨
年も私が撮った後に根こそぎ持ち去られたクルマユリの例もある。それが
人間のすることだと思わざるを得ない。

 

2006/07/18 ハマナスの海岸

 直行さんが入植していた農地からほど近くの海岸にハマナスが咲く。特
にこの場所でなくてもハマナスは見られるのだが、多くの株があるここは
真っ赤に熟れる実まで長く楽しませてくれる。

 ハマナスは、私の印象では虫がつきやすい花の筆頭で、なかなか美花に
お目にかかれない。先日、撮影していると、飛んできたコロンとしたハチ
(アブ?)が気持ち良さそうに花粉をあさっている。
 あさると言うより浴びている感じだから、相当あると思えるオシベもた
ちまち巨体に押し倒され、なぎ倒されて、葯がむしりとられた状態になっ
てしまうことが想像つく。

 

2006/07/19 PC更新

 懸案だったPCの更新に踏み切る。最近はRAW撮影の為に画像データ
が大きくなり、レタッチソフトの動きが極端に落ちていた。

 それにしても、PCの能力の向上は驚くばかりだ。私が使い始めた10
年前は、HDDは確か300メガバイトというサイズだったと思う。それ
が今回のマシンでは250ギガバイトだから約1000倍の大きさになっ
ている。

 各パーツやユニットも比較にならない高い能力を備えてきているから総
体で1000倍の能力を持ち合わせたといってもいいように思う。

 

2006/07/23 エゾアジサイ

 義母を連れ出してエゾアジサイを見に行く。小雨交じりだから撮影は無
理だろうと思いながらも開花の状態を見ておきたいと思ったのだ。

 先日話していた時に義母が山アジサイと言い出した。多分エゾアジサイ
のことを言うのだろうと思ったのだが、どうも話が噛み合わない。白い花
だと言うからノリウツギのことのようだと、ようやく理解する。

「じゃあ、明日見に行こう」先週飾り花がぽつぽつ見え出したエゾアジサ
イを見に義母を連れ出すことにしたのだった。

 

2006/07/30 クルマユリ

 クルマユリにはいろいろな思い入れがある。デジカメを持って野花を撮
り歩くようになった頃、訳も分からずに踏み込んだある林で出会った。
 夏の林は草花が生い茂り、厚手のシャツを着込んで歩き回ると汗だくに
なる。多くの花々が盛りを過ぎた真夏の林にはもう咲く花も無いのかと思
いながら歩く目にこの花の橙が見えたのだった。

 それ以来、夏の林で最後に撮るのがこの花と決まった。人気のない林の
奥でクルマユリを撮るのは、私にとって一つの区切りのような物。フクジ
ュソウに始まるタカノハの林探索は、盛夏のクルマユリで終わる。

 昨年、実はこの林には入り込まないで別のところで撮っていた。ところ
が路傍でこの花を撮った直後に、そこの株全部が掘り盗られてしまうこと
があって、人前で撮ることを避けようと思った。

 そんなこんなで、今年は再びこの林で撮るしかないのだと決めて入り込
んだ。最大の敵はスズメバチ、とにかく鬱蒼とした林で踏み跡もないとこ
ろだから見通しも効かない。その辺の藪に巣を作られていたらどうしよう
もないだろうと想像してしまう。

 ゆっくりと足を踏み入れていく、歩き回るうちに少しずつ明るい橙色の
花が目に入ってくる。やはりここにはまだある、結局10数株を確認して
撮影、蜂にも遭遇せずほっとして林を出る。

 

2006/07/31 エゾノシモツケソウ

 昨年気が付いた花だが、今年も撮りに行ってきた。下野の国のシモツケ
という木に似ている草本だからシモツケソウなのだそうだ。

 無数の小花をつけて、綿アメのような柔らかな印象で咲いている。淡い
ピンクと濃いピンクが同居してなかなかの美花だと思うが、路傍に咲くこ
の花に目をとめる人はあまりいないようだ。

 

2006/08/02 足を手に入れる

 花を撮り歩きながら、勝手が悪いと思うのが車だった。つい脇道に入り
込みたくなるから普通車を乗り回すのも気が引ける、図体は小さいほうが
いいと思っていた。

 我が家の車を買い替える時期が近づいてマア大臣にお伺いを立てたとこ
ろ、いいものがあればセカンドカーはそれでも良いとのご託宣。
 安い中古を気長に探すつもりでいたのだが、声を掛けてほどなく探して
もらえた。軽のジープタイプだから希望にぴったりの車だ。

 

2006/08/05 熊に遭遇

 動物園などで見たことはあるが、野生の熊に出くわしたのは初めてだ。
町内の無線放送で熊の目撃情報が伝えられていたが、自分が見かけるとは
思わなかった。

 エゾアジサイを撮り終えての帰り道、小さな山を人里へと下りきった辺
りで黒いものが車の前に飛び出してきた。そのままタカノハの進行方向へ
と疾走している。
 やむなく30メートルほど後を走ったのだが、なかなかに熊の足は速い。
100メートルほど突っ走り、道路脇の藪に消えていった。

 聞けば、今年は随分あちこちで目撃情報があるそうで、例年より一月ほ
ど早いのではないかという。6月の長雨と低温で、山の実りが良くないの
だろうか。

 

2006/08/08 フタリシズカ・・・閉鎖花

 今年はフタリシズカの花期を逃してしまったのだが、変わりに閉鎖花を
見ることができた。

 花の終わったフタリシズカの脇を通り過ぎようとして、ふと葉の脇から
横に伸びている妙な軸に気づいた、閉鎖花?足を止めて観察する。茎から
葉に添うように伸びたそれは、通常の花(開放花)とは明らかに違う。

 以前、フタリシズカの閉鎖花について考察した一文を読んだことがあり。
この花の興味深い生態として記憶していた。
 なぜ閉鎖花をつけるのかという問題は繁殖に関わってくる部分なのだが、
ある大学の研究者によるその考察の中で、開放花による果実と閉鎖花によ
る果実の散布効率が違うという実験結果が興味深かった。
 簡単にいうと、他殖型の開放花果実は親の近くに、自殖型の閉鎖花果実
は遠くに散布されるらしい。

 生物学者ではないタカノハの想像力だと、現状を維持しながら、なおそ
のテリトリーを広げようとするフタリシズカの意志を感じる。

 

2006/08/13 ハマフウロ

 チシマフウロが初夏に咲き、その後盛夏にかけてこのハマフウロが姿を
見せる。姿かたちは似ているが、色は大きく違うから別の花と分かる。

 エゾフウロの変種とされているこの花、手元の図鑑などを参考にハマフ
ウロと判断しているのだが、正直なところ確信は持てない。

 手元の図鑑によると、「全体に長毛が多い」「葉の切れ込みが深い」の
がエゾフウロとされ、「茎葉に短い毛がある」「ガク片は多くは長毛が無
い」「葉の切れ込みは浅い」のがハマフウロと記載されている。

 撮りながら、編集しながら「うーむ、ガクに毛がある、これはエゾフウ
ロか?」「いやいや、茎の毛は短毛だ、ハマフウロに近い」などと自問自
答が続く。

 素人に花の特定は難しい、図鑑の知識では長短、深浅という基準もあや
ふやなもので、結局のところこれこれで○○と判断したと示すしかない、
と思うのだ。

 

2006/08/15 エゾチドリ

 毎年気になる花で8月の声を聞くと見に行かないでは居られない。草原
に咲くものとばかり思っていたのだが、2度ほど山林内で見かけたことが
有り、よく分からない。

 ラン科ツレサギソウの仲間で、フタバツレサギソウという別名の通り割
りと大きな2枚の葉が根本に対生している。
 緑がかった白色の花で丈も高くないから目立たないのだが、良く眺める
と個性的な面白い花だと思う。クリオネのようだと表現した知人が居たが、
まさしくそんな形をしている。

 

2006/08/17 熊の話、その後

 先日、熊と遭遇という話題に触れたのだが、その後も当地では目撃情報
が続いたらしい。人家近くの道路や国道脇など相当数が人界に降りてきた
ようだ。一部はたまりかねて罠で捕獲したケースもあったとか。

 話を聞いているうちにちょっと背筋が寒くなる部分があった。日記にも
書いたクルマユリを撮った林、その林に続く何ヶ所かで目撃情報があった
らしい。

 この地は日高山脈と太平洋に挟まれたわずかな平野部で山と人里の距離
が短いためか、もともと熊の目撃談はよく耳にする。人里と山と海が接す
る場所だから、当然のように自然と人間の関係が剥き出しにされるところ
なのだ。

 

2006/08/20 秋の風

 まだまだと思いながら、咲き始めた秋の花に夏の後姿を見なくてはなら
ない季節になった。生き物のように膨張を続けた山野の緑はこれから急速
に瑞々しさを失い、徐々に収縮に向かうことになる。

 凝固、夏の間の営みで生産された物が次の年に向けて蓄えられる。季節
ごとに姿を変えて持続する彼らの変身した姿もまた楽しい。草の間にこぼ
れるスズランの赤い実なども見ることができる。
 そして何より当地ではダイナミックな風景が展開する季節なのだ。

 

2006/08/24 スズメバチ

 先日も草刈り中の人がスズメバチに刺されたという話を聞いた。暑い日
が続いて活動が活発になったらしい。町にも毎日のように蜂の巣駆除の要
望が来ているとか。

 空家にスズメバチが巣をかけたという話を聞いて見に行ってきた。頻繁
に出入りするハチ、巣作りに励むハチ、活発な様子が分かる。

 対処方法としては、やはり巣に近づかないことしかないようで、黒が狙
われるから白っぽい服とか、化粧品、整髪料も要注意などといった消極的
な策しかないようだ。

 アナフィラキーショックという一種のアレルギー症状は体質によるとの
ことだが、試してみるというわけにもいかない。林で仕事する人たちは注
射を持っていくとのことだが、あくまで緊急の処置で危険には変わりない
とのこと。

 

2006/08/28 ハチと蛾

 8月の長く続いた暑さのせいか、当地ではある蛾が大発生して話題にな
っている。雨が無く高温が続いて干ばつ気味らしいのだが、それが発生の
原因と見る向きもあるようだ。極端な気象は、やはり極端な現象を引き起
こすのだろうか?

 先週は、ハチに付きまとわれて閉口した。花を撮り歩く先々で地蜂(ク
ロスズメバチ)が出現するのだ。8月の初め頃までは、ハチが少ない年と
思っていたのだが、それ以後の半月ですっかり回復したようだ。

 

2006/09/02 トリカブト

 トリカブト独特の青花が道路脇に揺れる。幕末期に当地を探検した記録
の中に「山中薬草を産す」とあり、それがこの花ではないかと当地の郷土
史家が指摘している。

 それから時代が下った現代、漢方も勉強している友人の薬剤師が、その
道の先輩達が当地に来て採取した時のことを話してくれた。
 トリカブトは根を採取するのだが、母根は採らないで子根を使うように
するのだそうだ。友人いわく、絶やさないようにするためではないか?

 調べてみると附子(ブシ)という漢方薬は、その名の通り子根を使った
ものとある。母根を使った烏頭(うず)というものもあるが、一般に良く
知られているブシの方が主だったと判断していいだろう。

 友人が言うように、昔から漢方の世界では大切に扱ってきた結果という
ことだろうか?興味深い話だった。

 

2006/09/05 ハチ取り器

 ネットでスズメバチを検索しているうちにハチ取り器なるものの存在を
知った。単純に面白そうと思って眺めているうちにシンプルな造りが気に
入って、よし作ってみるべと決心。実に簡単でペットボトルに穴を3つ開
けるだけ、すぐに作業を終えて餌作りに。

 ここで一つ目の?日本酒1合、酢60cc、砂糖75グラムとある。
「随分高いんでない?・・・」

 ともかくマニュアルどおりに作成していよいよ設置。日陰がいいとなっ
ているので木の枝に吊るして成果を待つ。
 これが全然効果を見せないで2日、ハエが3匹空しく溺れているだけ。
すっかり忘れてしまっていた。

 さらに4日経った1週間後、思い出して見に行ってみると驚いたことに
スズメバチが泳ぎまわっているではないか!他に死に絶えたものも数匹。
結局1週間でスズメバチが4匹、ジバチ(黒スズメバチ)が1匹入った。

 それを眺めて決定的な?が湧き起こる。うーむ、こうしてスズメバチを
とって、なんの効果があるのだろう?ハチの絶対数を減らすことになるの
は理解できるのだが・・・

(これについては後日ある方からご教示いただいた。春から初夏、女王蜂
が巣作りを始める頃仕掛けて女王蜂を捕るのだそうだ。なるほど、納得)

 

2006/09/10 秋の野

 ヤマハハコ、ノコギリソウ、ツリガネニンジン、アキノキリンソウそし
てススキが目立つ草原。オカトラノオは花を落とし、ハマナスの実も赤く
熟れたものが目立っている。

 この沿線のクマ騒動でタカノハも自重していたのだが(びびって)1週
間ぶりで来てみるとすっかり風景は変わっていた。花のほかにも枯草が目
立ち、全体の色も秋特有の中間色が勢力を広げている。

 そんな中、夏の名残と感じさせるハマナスの花に心打たれるものがあっ
た。すでに大半が赤く実を色づかせている中で、その花は盛りの鮮やかな
色を見せて秋の野に在る。

 花から実へと変化(へんげ)していく生命の繋がりは秋にその本質を露
に見せるようだ。先にいくもの残るもの、それぞれに季節の巡りがあって、
交錯しまた前後する。

 

2006/09/12 キタノコギリソウ

 秋になったと思う頃、淡い赤味を帯びたこの花が立ち上がる。色の変化
も多く、ほとんど白といえるものから、赤味の強いピンクまである。
 一茎に多くの花をつけて直立する姿は、しなやかというより剛健な感じ
を受ける。たくましい体に、しかし愛らしい淡紅の小花をつけるこの花は、
朴訥な野の男が見せる精一杯の伊達姿、田舎芝居も悪くない。

 

2006/09/22 リンドウ

 リンドウの青が見え始めると周囲はすっかり枯葉色が広がっている。清
小納言が記したとおり「ものみなかれたるなかに」鮮やかな青を見せるの
がリンドウ。

 この花だけがというわけではないが、その存在感はこの季節を代表する
にふさわしいといっていい。枯れていく草花を見送る役目を負わされた、
例えて言えば決死の殿(しんがり)部隊の将。

 そんな風に大げさに考えることも無いのだが、この花にはそんなイメー
ジを持ってしまう。用心深く花を開き、けっして花芯部を剥き出しにする
ことが無い。

 この花の不思議の一つはバランスの悪さにある。高さが50から60セ
ンチくらいで収まるのならいいのだが、1メートルに達するものもある。
茎頂部に多くの花をつけるから直立するはずのリンドウがたいてい横に傾
いてしまう。

 自重で倒れてしまうほど伸びる必要があるのか?考えてみたのだが、や
はり繁殖のためなのかと思う。倒れることによって種子を散布する距離を
伸ばそうとしているのか?

 これは勿論タカノハの勝手な想像。実は写真を撮りながらあれこれ妄想
するのが楽しみの一つにもなっているのだ。自由に想像を膨らませながら
自分にとってのその花を形づくっていく。

 

2006/09/24 秋の野と山脈

 いよいよ秋の気配が本格的になって日高山脈が長大な稜線をくっきりと
見せ始めた。

 野を行くと硬い質の枯れ草がそのまま天をついて立ち、穂をほころばせ
始めたススキとともに無機質な気配を強めている。

 ヤマハハコ、ヒメジョオン、エゾゴマナなども咲いているのだが、瑞々
しい緑はもう枯れ草を覆うほどの勢いはない。しかし、その背景にお馴染
みの山々を見るとき、どこか懐かしい感じも甦る。

 

2006/09/28 エゾコゴメグサ

 どちらかというと秋の花は丈を伸ばすものが多い、と思い込んでいたの
だが、その一方でゲンノショウコやカタバミのように小さな花もある。

 このエゾコゴメグサもひどく小さな花で、肉眼では花の形も判別できな
いほどだった。「蝦夷小米草」ということらしいが、なるほど

 

2006/10/02 ナギナタコウジュ

 この花もちょうど盛りを迎えていた。図鑑の知識だけでそれとわかる個
性派で、名前の由来は説明されなくても分かる。

 芳香を持っているとあったので、少しちぎって嗅いでみると、なるほど
強く香ってくる。文献やネットで調べてみると薬草として用いられること
もあるようで、アイヌ民族も使っていたらしい。

 

2006/10/12 旅そして初冠雪

 先週は東京、今週は道内と旅行が相次いだ。先週の記録的な荒天による
時化は、浜の老人達もこんなの見たことがないと言うほどの凄まじさで、
秋鮭定置網と昆布船を壊滅的なまでに蹂躙していった。

 そして日高の山に清々しい冠雪も見られたこの時期、久しぶりに訪ねた
大雪山系の麓ではすでに紅葉が真っ盛りだった。

 

2006/10/16 タデ科の花

 昨年、ミゾソバとアキノウナギツカミを撮ることができて、今年の秋は
期するものがあったのだが、アキノウナギツカミは昨年の場所には全く姿
が見えなくなっていた。

 一方のミゾソバは、偶然に素晴らしい群生地を2カ所で見つけて大いに
期待していたのだが、花の終わった今タカノハの画像フォルダにはほとん
どその姿がない。日曜カメラマンのつらいところで、秋の撮影に追われタ
イミングを逃してしまったのだった。やや忙しい今年。

 

2006/10/21 いよいよ紅葉

 今週は本業が一番忙しいといえる時、これに10月頭からの旅行続きで、
カメラは埃をかぶりそうだった。

 久しぶりにカメラを積んで走り回ると、風景はすっかり紅葉の中、よう
やくのんびりできた週末に天気も味方してくれた。
 カエデ類が黄から赤に変わり始めていて、後数日で盛りになりそうな里
の紅葉。カシワやカラマツも微妙に色合いを変えていて深まる秋を感じる。

 撮るよりもあちこちの様子を眺めて回る方が主になったが、仕事という
か雑事を忘れて野の風景に没頭できた。
 秋はあちこちを歩き回って楽しい季節だ、何でもない木々の重なりが実
に多彩な色に変わり、春から見慣れている風景がまた違って見えてくる。

 

2006/10/23 スズランの秋

 久しぶりに海岸の草原にいってみる、ずっと気になっていたものを見つ
けにだ。ほとんど枯れた草をかき分けてのぞき込む、間に合ったようだ。
 スズランの赤い実がぽつんぽつんと枯れ草の合間に見えてくる。

 初夏にスズランと並ぶように白い花をつけていたマイヅルソウも赤い実
をつけていた。スズランに比べて深味のある赤だから違いは分かりやすい、
もちろん茎の形状も違うのだが。

 マイヅルソウの実はスズランとは別の変身を見せる。スズランは初期の
青い実から徐々に赤味を加えるようにして赤くなるが、こちらはいったん
ウズラの卵のように斑になり、その後に単色の赤に変わってくる。

 

2006/10/28 紅葉真っ盛り

 帯広を往復することになって、十勝平野を走ってきたのだが、輝く秋の
日差しに真っ盛りの紅葉が実にきれいだった。

 柏の葉は残った緑と紅葉初期の黄、そして濃い茶まで実に複雑な色模様
を見せてくれるし、カラマツも緑から黄へと変化する間の複雑な色合いで
連なっている。

 もちろん、白樺やカエデ類もそうした中に混じって燃え上がるような平
原風景が楽しめた。

 

2006/10/30 カエデ

 すべての木々が大なり小なり紅葉或いは黄葉の季節。自慢の職場のカエ
デもだいぶ赤味をましてきた。
 光を浴びた紅葉は、時に爛漫の春よりも華やかに見える。奥深く秘めた
一年の積み重ねが何かの拍子にこぼれ出るような味わいの深さ。

 

2006/11/01 柏の紅葉

 柏の紅葉はいつもその豊かな色彩を撮りきれないと思う。
 青々とした葉がやや黄色がかり、次につやのある赤味を帯びた茶になり、
最後に泥のような茶の枯葉に変わる。これらの色彩が入り交じっている時
期に明るい陽差しを浴びた柏林は何ともいえない輝きを見せる。

 

2006/11/05 キタキツネ

 ヒマになった週末あちこちをうろついているとキタキツネが路上で遊ん
でいて、車を止めても逃げない。この辺でうろうろしてると轢かれてしま
うと思い、降りていく。(この道路で良く轢かれている狐を見かけるのだ)
 その前に写真を撮ろうと何枚か撮っても、つかず離れずといった感じで
逃げていかない。仕方なく、追い立てて道路脇の林の方に追い込んで、道
路から遠ざけてやった。

 その翌日、追い込んだ林の中に荒れ地(地面が削られた跡)があって、
そこに消えたキツネがいるかもしれないと考えて行ってみた。
 むき出しの赤土が盛り上がったところに一頭、日向ぼっこをしているか
のように座り込んでいる。ちょうど望遠レンズを持っていたので取り替え
て撮影。
 そのうちにそこを降りて、何を思ったのか近くまでとことこやってきた
キツネ(前日のと同じかどうか分からない)、意味もなくうろついて消え
ていった。何だったのだろう・・・

 

2006/11/09 シラネアオイの種

 紅葉のさなかに、気になることがあってエンレイソウの咲く林へ。草刈
りをしていない保護区を探して回ると、あるある、狙っていた実がちょう
ど割れて、種子をこぼしそうになっている。

 シラネアオイ、これを手に入れて5年後に花を咲かせようかと、夢のよ
うなことを思いついたのだった。

 

2006/11/13 晩秋

 荒れ模様という天気予報に、週末はしっかり覚悟していたのだが、何故
かほとんど風は吹かなかった。えりも岬の向こう、日高方面では相当の風
だったようだが、山脈の影響だろうか、拍子抜けした気分だった。

 そうはいっても、寒さはすっかり本格的になって、今朝は前山も白くな
っていた。人も草花も雪に備えなくてはならない季節。

 

2006/11/15 冬支度

 シラネアオイの他にも、林にはいろいろな花が秋の姿を見せているのだ
った。残念ながらオオバナノエンレイソウはもう実を落として探し出すこ
とはできなかったが。

 思いがけず見つけた一つはサイハイラン、この夏に初めて出会った花だ
ったが、まだ撮影した日のことは記憶に新しく姿は変わっていてもすぐに
分かった。
 もう一つは昨シーズンの雪の中で見かけたエゾノハナシノブ。これも今
年初めて見かけた白花の場所を覚えていてすぐに探し出す。

 やがて一面を雪に被われるのだが、この時期の林は柏などの落ち葉が敷
き詰められ、こぼれた種子はその下で冬を過ごすことになる。本州より早
い秋の訪れは積雪対策でもある。

 

2006/11/20 夕景

 牧場の脇に立つ柏の防風林もこの時期にはほとんどの葉を落とし、宙に
伸ばした枝が面白いシルエットを見せる。

 あっという間に光を落としていく秋の夕暮れ、山に落ちていく陽を見な
がら同じ眺めが多分古い時代にもあったのだと感じている。
 とりわけ、この地で原生林の主要なものだったはずの柏の木々は、昔か
らこの節くれ立った無骨な枝を伸ばしていたのだろうと。

 

2006/11/23 ある一日

 久しぶりに晴れた休日、あちこちを歩き回る。何となく足の向いた先は
いつもの海岸の草原。なにもないと思っていたのだが、海と空とがある。

 何故か群れなして海面に居るカモメを撮っていると、オジロワシ?尾羽
が白い大型の鳥が海面付近から舞い上がってきた。慌ててレンズを向ける
が撮りきれず、しばらくしてファインダーに捕らえた鳥はトビだった。

 

2006/11/25 朝の景

 大荒れの一日が過ぎてからは、天気が続いた。本格的な冬を迎えようと
しているこの季節、十勝晴れといわれる晴天に雪をまとった山々がきれい
に姿を見せる。

 ピリカヌプリの優美な姿を求めて定点へ行くと、澄んだ空にお馴染みの
輪郭が浮かび上がっている。この日見た青空は、なるほどこれが直行さん
の言うインディゴブルーかと思えるのだった。

 

2006/11/27 落葉松の落葉

 その名の通り落葉していく落葉松。春から夏の間、柔らかな輝きを見せ
た落葉松の葉が、道路の脇に不思議な模様を描くように積もっている。

 落葉松は、芽吹き以来見せることの無かった黒々とした枝を宙に突き出
している。地上にあるものがある意味でむき出しの姿を見せるかのような
光景。

 

2006/11/29 落葉期の落陽

 紅葉の終わった木々は落葉し、むき出しの骨格のようになっている。落
陽に浮かび上がるそのシルエットはまさに冬枯れの姿。
 おじさんギャグを呟きながら晩秋の夕景を撮ってきた

 

2006/12/02 望遠ズーム

 少し前に、レンズを購入して試している。ウリは望遠マクロということ
だが、花の季節は終わっているのでマクロ撮影の機会も少ない。

 先週から目をつけていたツルウメモドキの実にチャレンジしてみた。花
の撮映で近づけない場合に威力を発揮するだろうと期待して買ったレンズ、
まずまずかな?

 

2006/12/04 雪

 初雪というわけではないが、今年初めて降り積もった雪が平地までを白
くした。5センチ程度の降雪だろうか、根雪というにはまだ早い、数日で
消える雪。
 久しぶりの雪景色に早速出かけてみたのだが、生憎山は雲がかかりきれ
いに見えない。

 いよいよ雪の季節、雪原の風景はもちろんだが、今年は雪そのものを撮
ってみたいと思っている。雪の結晶、いつも考えてはいるのだが、あまり
の敷居の高さに取り付くこともできないという印象で数年足踏みしている、
 今年は糸口だけでも掴みたい・・・

 

2006/12/11 雪の朝

 すっかり冬モードに突入、2週続けて雪が降り冷え込みも本格的になっ
てきた。
 早朝、山の方は曇っていて狙えそうもないが、木々の雪景色をと思い家
を出る。はっきりした朝焼けを見せるわけではなかったが、海に差してく
る雲間の陽は力なく水面を照らし、この季節らしい。

 幾つかの林を目指して走るのだが、時々は全く轍の見えない道路もあり、
新雪を踏む楽しさも味わえる。所々で車を止めて、木肌に雪を張りつかせ
た冬の木立を撮っていく。

 愛車も泥縄式だが、昨日タイヤ交換をしてあった。ボロ車もヒーターは
いかれていないようで車内も暖まり、これなら冬も使えるだろうと快適な
ドライブ。

 

2006/12/16 柏の古木

 いつも走り回る道筋にある柏の古木が、冬枯れた木々混じってその独特
な姿を表している。魁偉な、といいたくなる節くれ立った、いかにも性の
悪そうな木である故に人間に放っておかれたと思える。

 この木のある場所は、直行さんの入植地にほど近い海岸の小山の麓。ス
ケッチをしたと思える場所だけに、或いは彼が目にすることもあったかも
しれないと想像してみる。

 

2006/12/18 冬の海

 暮れかけた海は、冬の力ない日差しに白々と輝く。まだ岩場に飛沫が凍
り付くような状態ではないが、岩場に佇むカモメの姿も寒々としている。

 こうして海岸(黄金道路)を歩くと、カモメを初め多くの生き物が海を
生活の場にしていることに改めて気づく。知らないことがいかに多いか。
これまで見てきたもの、意識に上ったことが、この狭い地においてさえも
ほんの僅かな部分でしかないと知る。

 岩場にぽつんと佇むカモメのほうが、自分よりよほど思慮深いのではあ
るまいかと思う'06初冬の海。

 

2006/12/23 残照

 平野を走るうちに日暮れてきた。久しぶりに帯広まで走った帰り。柏の
木々の間から眺める夕照に何とも言えない感慨が湧いて来て思わず車を止
めた。

 山は見えなかったが、たれ込めた雲の隙間から射す残照が雪明かりの平
野に悠遠のアクセントを添える。まだ葉をたっぷりと残した若い柏の木々
が私の手の届くところに在って、漂い出す意識を留めてくれるようだ。

 

2006/12/26 カモ

 最近、カモにはまりそうだと思っている。のんびり泳ぎ回る姿が見える
300oのズームで何とか撮れそうだ。
 名前が分からないのだが、町の資料とネットの検索で在る程度分かるか
もしれないと思っている。

 最初に分かったのはシノリガモ、黄金道路沿いの海岸によく見られる。
このカモは、暗い波間では白模様しか分からなかったのだが、港で撮って
きた画像で色が良く分かった。

 シノリは「辰」の上に「口」或いは「日」を入れる漢字らしいが、意味
は不明(「口」だと夜明けの意味のようだ)。

 

2006/12/29 変貌する風景

 台風並みの低気圧が通過、大荒れになるでしょう・・・おお、こりゃ大
変だと不安な一夜を過ごしたのだった。
 あにはからんや、さほどのこともなかったのだが、驚いたのは根雪にな
るだろうと思っていた雪が跡形もなく消え失せた翌朝だった。

 凍りついていた道路も雨に打たれてきれいになっているし、昼頃走った
林間の道路もすっかり雪が無くなっている。道路どころか林間にも白いも
のがないのだ、倒錯してしまう季節感。

 時にこんなこともある。記憶を辿ると、確か正月過ぎまでタイヤ交換し
なかった年もあった。大きな動きの中で、いろいろな顔を見せる自然、昔
の人間にはとらえどころのない現象だったことだろう。

 

2006/12/30 ドラミング

 記憶にない10連休となった休暇初日、早起きして海に向かった。明け
てくる空と海の色を撮り、そのまま山に向かう。雲があって思ったほどで
はなかったが、久しぶりに山脈を撮ることができた。

 意外な収穫は山を撮っているときの背後の林。木を叩くような音がしき
りに起こり背後がなんかうるさい。振り向くと小さな鳥が無数に木々を駆
け回っている。

 この時、崖によじ登っていたのだが、ズームレンズを持っていない。山
を撮り終えていったん車に戻り、再び崖に登って鳥も撮ってきた(多分コ
ゲラ)。いい運動。

 

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