着地ねこってなに

着地ねこは紙で作ったねこで、ねこと同じようにどんな姿勢ではなしても足からおりてくる。型紙から作った着地ねこがなぜ足を下にして着地できるのかを研究する。
最初着地ねこを見たときは、パラシュートを連想し、空気の抵抗になる足を上にして落ちてくるのではないかと思った。実際作った着地ねこを投げるとちゃんと足を下にして降りてくる。板倉は着地ねこが足を下にして落ちてくる理由を簡単に説明している。板倉の研究を出発点に着地ねこが足を下にして降りる理由を考える。

関連資料

参考とした情報

  • 板倉聖宣:「ものづくりハンドブック 2」、1990、(株)仮説社、P237-241
    同書によればオリジナルは山名正夫さんの「紙の運動」(科学朝日1972.1)だそうです。

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問題の整理

板倉の説明

着地ねこは空気の中を落ちていくので、空気から力を受ける。力(板倉は抵抗と表現している)の受け方から胴体と足との役割を板倉は次のように整理してる。
  • 胴体だけでは紙一枚が安定して落ちないことから分かるように安定して落ちない
  • 足があるために重心が足のほうによる(足が下になりやすい)
  • 足が抵抗になって落ちる速度を遅くしている
  • 胴体を小さくすると姿勢が安定しない。胴体に働く抵抗も一定の働きをしている
着地ねこが足が下になるように回転する理由は、胴体に働く空気の抵抗力と重心に働く重力を考えて次のように説明している。
  • 胴体に働く抵抗はかなり複雑だが、胴体の中心より上の部分に上向きに働く
  • 重力は重心に働き、重心は胴体の中心より足に寄った位置にある
  • 抵抗と重力との作用点が異なるので回転力を生む
  • 回転力は足が上にあっても下にあっても足を下に向けるように働くため着地ねこは常に足を下に向ける力が働いていることになる。(右図は板倉の本から書き写したもの)
着地ねこの回転

着地ねこの動きと問題点の整理

足を上にしてはなした着地ねこの動きをよく観察すると、多くの場合短時間です早く回転して足を下に向けそのまま落ちていく。右の写真は通常のビデオカメラで撮影したコマを3コマ(1/10秒)置きにねこの部分だけ切り出して合成したもの。
下の写真は同じビデオから着地ねこをフィールドごとに抽出したもので(1コマ=1/60秒)着地ねこをはなしてから回転が終了するまでを示している。少し大きな画像
足を上にしてはなした着地ねこを回転させる力について
  • 胴が垂直から少しだけ傾いている回転の初期
  • 胴がほぼ横向きになっている回転の中期
  • 足が下(胴が上)向きの着地姿勢

  • これらは、着地ねこの横回転の力学に関するが、頭を上にしたり下にしてはなした場合にも確率は少し悪くなるがやはり足から着地する。そこで

  • 頭を下にしてはなす
場合を加え、4つのケースについて検討する。
着地ねこの連続写真
着地ねこの回転

着地ねこの回転と安定性の力学的な検討

着地ねこの回転軸

自由落下する着地ねこは重心を中心に回転する。上の写真の回転軸は胴体の平面内で足に平行な軸である。この軸をX軸として残りのY軸、Z軸を左図のように定義する。
上記の1.〜4.のうち1.〜3.はX軸周りの回転であり、4.はZ軸周りあるいはY軸周りの回転を考えることになる。

着地ねこに働く空気の力

落下中の着地ねこの姿勢変化を考えるのであるから、重心の回りのモーメント(回転させる力)の発生を考えればいい。重力は重心に働くから、重心の回りのモーメントには関係せず、モーメントは落下中に着地ねこにあたる気流の作用で発生する。正確には静止した空気の中を動いているわけだが着地ねこから見ると空気が流れていることになる。
気流がおよぼす力により着地ねこが足を気流に向けることを確認するには、着地ねこを糸でぶら下げて気流の中に置けばいい。図のようにほぼ重心位置に糸を止めれる。扇風機を弱にして少し遠くに着地ねこをぶら下げると、必ず足が扇風機のほうを向く。
扇風機が無くてもいい。このときは糸を手で横に引いてやる。落下の動きを横の動きに変えたわけである。動かし始めるとくるっと回転して足を動く方向に向ける。
着地ねこでは、胴と足が直角になっているため気流からは異なった力を受ける。また、2つの部品がつながっているため、胴と足とがそれぞれ単独に気流に置かれた場合と同じにはならない。しかし、考え方を整理するためにまず胴と足とが単独で気流に置かれた場合に気流から受ける力を考え、次に両者が連結した時の影響を考えることにする。

1 胴が垂直から少しだけ傾いている回転の初期

足を上にして離された着地ねこの胴が垂直からわずかにずれる状態を考える。このような状態は、着地ねこの対称性が不完全な場合におこるし、完全に対象な状態で落下を開始したとしても、足にあたる気流が剥離して作る渦が対称にならないことから、胴が縁直面からわずかに傾く状態は必ずおこると考えてよい。
足にあたる気流は左右の足にほぼ同じ力を及ぼす。したがってこの段階では胴に働く気流の力が回転力を生む。
胴は、わずか傾いた板に気流があたっている状態でありこれは飛行機の翼と同じ状態である。傾きが小さい翼の場合、翼の揚力は前縁から翼弦の1/4の位置に働くとみなせる。したがって揚力は胴体を重心の周りに翼が傾いた方向に回転させようとするモーメントを生む。
傾いた方向に回転するので傾きは更に大きくなる。傾きが大きくなると迎角が大きくなり揚力が増え回転が継続する。

1→2 胴がほぼ横向きにるまでの回転

胴と足とが独立して気流の中にあると考えてみる。胴も足も気流が直接端部にあたるため、(2)→(3)の場合とくらべてこのような仮定が粗い近似を与えていると考えられる。
着地ねこが回転していくにつれて、胴に働く揚力と抗力とが増加する。45°回転した状態の胴にはほぼ同じ大きさの揚力と抗力とが働く。力が働く場所は回転角の増加により1/4D(0°)から1/2D(90°)の方向に動く。
足にあたる気流は同じように揚力と抗力とを発生する。左右の足に同じように力が働くとすると、回転角が0°から90°まで動く間に、それぞれの足で力の働く位置は中点から下側の端から1/4の位置まで動く。したがって2つの合力の働く位置は両足の中心から下側の足の中点まで移動する。
すなわち、胴が水平になるまでは胴に働くモーメントは回転を続ける向きに、足に働くモーメントは回転を止める向きに働く。回転が継続するためには足に働くモーメントが胴に働くモーメントより小さくなければならない。
胴の大きさにくらべて足を極端に大きくした場合着地ねこがうまく回転しないのはこのように足にかかる回転モーメントが胴にかかる回転モーメントより大きくなるためと説明できる。

2 胴がほぼ横向きになっている回転の中期

丁度90°回転した位置である。この位置では胴の中心に働く抗力が大きく、足に働く揚力は小さい。
ねこの胴体が丁度真横(回転角90°)になっているときは、足には力が働かず胴にだけ抗力によるモーメントが働く。このモーメントは更に回転を継続していく方向である。

2→3 ほぼ横向きから足が下の姿勢になるまでの回転

ここでも一応胴と足とが独立して気流の中にあると考えてみる。ただし、回転が進むにつれて胴にあたる気流は足の影響を受けるようになるため、胴に働く力が小さくなりかつ力が働く位置が、独立して気流の中にある場合と異なってくると想定され、胴に働く力を合理的に予測するのは困難である。
着地ねこが90°から更に回転していくにつれて、胴に働く揚力と抗力とは減少し、力が働く場所は回転角の増加により1/2D(90°)から3/4D(180°)と足の方向に動く。
足にあたる気流は同じように揚力と抗力とを発生し、2つの足に働く力の合力の働く位置は回転角が90°から180°まで動く間に下側の足の中点から両足の中心まで移動する。この間に足に働く力は回転を助ける方向であり、90°から180°の間で0から一旦増加し最高値になった後0に戻る。90°のときは力が0、180°のときは力の作用点が重心をとおるためモーメントが0になる。
90°から図の135°まで回転する間は、胴に働く力も足に働く力も回転を助ける方向になっている。
図の135°から更に回転すると胴の多くの部分が足の下流に入るため胴に働く力が小さくなる。力の作用点が重心に近づくこととあいまって、回転に対する胴の寄与は小さくなる。足に働くモーメントは回転を継続させる方向に働くが次第に小さくなり、180度で0になる。

3 足が下の姿勢を保つ力

足が下の姿勢を保つためには、足が下で水平からやや傾いたとき水平に戻すようなモーメントが働く必要がある。このようなモーメントがどのように発生するかについて考える。
回転が行き過ぎて180°をわずかに超えた状態を想定する。
足にあたる気流はほとんどが抗力であるが、2つの足に働く力の合力が働く位置は必ず下側の足に来る。また、傾きが大きいほど足の中心から離れ、そのためモーメント(回転力)も大きくなる。すなわち、足にあたる気流は、常に足を水平になるように働いている。
気流は足にあたった後、胴にあたる。そのため正確な推定は困難であるが、足の影響が無いと仮定すると、力の作用点は概ね胴の上端から3/4Dの位置になる。これは、着地ねこの重心に近く、もし、図に示したように重心より下に来た場合には、モーメントはさらに傾かせる方向に働く。
しかし、胴に働く揚力は、足に働く抗力(+揚力)とくらべて小さく、作用点も重心に近いため胴に働くモーメントも足に働くモーメントより小さい。「足が下」の姿勢を保つ力は足に働く気流の力といえよう。

4 頭が下(上)の姿勢ではなしたとき

着地ねこの胴と足が完全に平坦で、足と胴とが垂直な姿勢ではなされると、胴と足とには揚力が発生せず、したがって回転しないで真直ぐ落ちることになる。これは一枚の紙を垂直にして落とす場合と同じだが、実際にやってみるとほとんどの場合紙は真直ぐ落ちない。
実際の着地ねこががどのように動くかは1の場合と同様に、ごくわずか傾いた着地ねこに働く力を考えて検討する。
はなすときあるいは落下の途中で足が垂直からわずかに傾いた状態を想定する。
足にあたる気流は、揚力を発生するがその作用点は概ね足の下端から1/4の位置である。この揚力はZ軸の周りに右回転させ、更に傾きを増やすようなモーメントを発生する。着地ねこはZ軸回りに回転して足を下に向ける。
最初の傾きが図と逆の場合には、左回転のモーメントが発生し、足が上に向くことになる。足が上向きになると1で示したようにX軸周りの回転をして足を下に向ける。
胴が垂直から傾いた場合は、着地ねこはY軸回りに回転する。胴が水平になると3の状態になりX軸回りに回転して足を下に向けることになる。

つけたし

足の形の効果

上に述べた検討のなかで、「足にあたる気流の力が足を水平に保つ」ことをしめした。足は一枚の板として取り扱っているため、この説明が正しいのだったら、一枚の紙でも安定した姿勢で降りるのではないかと思う人がいるのではないか?。
実際自分も一瞬そう思って、いやそうでない、上の議論は着地ねこが概ね真直ぐ降下することを前提に気流を考えている。一枚の紙だったら真直ぐに降りないで横滑りする。横滑りをすると安定には降りない、と思い直した。着地ねこの場合には胴体が横滑りを防ぐ役割をしているため足が十分な安定作用を発揮できるのではないか。
そういえば、足が櫛歯になっているのも何か効果があるのかもと考えて簡単な実験をしてみた。実験したのは下の図のように同じ大きさで一枚の紙、櫛歯状に一部を切り落としたもの、短い胴をつけたものの3種類である。
一枚の紙を水平に持ってはなすと不規則な動きをしてうまく降りてくれない。
櫛歯にすると、水平にしてはなすと少しゆれながらほぼ真直ぐに降下する。
足の巾の1/5ぐらいの高さの背びれをつけてやるとほとんど真直ぐに安定して降下した。
足が一枚板でなく櫛歯になっていることも着地姿勢制御に効果がある。櫛歯の形は図のような互い違いでなく、左右同じ位置の場合でも効果はほとんど同じだった。
残念ながらこれ以上の解析はまだ手が着いていない。まだまだ探究することが多そうだ。

初版:2007.5.7