福良キリスト教会

牧師の書斎から

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12月27日 神の言葉

 「このようなわけで、私たちは絶えず神に感謝しています。
なぜなら、わたしたちから神の言葉をきいたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。」(テサロニケ 2:13)


 毎週、週報と説教を、お祈りくださる教友、30名ほどにお送りしている。藤原恵子姉妹は、福良教会ご出身で、現在姫路の五軒邸教会において、教会の奏楽者として忠実に主に仕えておられる。姉妹は、お送りする説教に対して時々コメントをお寄せくださる。13日の「光は暗闇の中に輝く」に対して、次のような思いを寄せてくださった。ご本人の承諾をいただいて、この欄に掲載した。
 福良教会の週報に用いて頂けるのは、恥ずかしいなというも思いもありますが、うれしいです。感謝します。

 「人は、自分の中に闇を抱えています。知らない間に(あるいは、知っていた)たくさんの人を、友を、自分を傷つけています。でも、私達信仰者は、礼拝に招かれて立ち帰る時と場所を与えられて感謝です。週の初めに、聖書を読み、賛美し、祈り、御言葉の取り次ぎを頂いて、命のことばに、立ち帰ることを繰り返し許され、弱いままのこんな取るに足りない者が何とか生かされています。感謝です。
 13日の礼拝後に、教会コンサートを行います。教会外の3グループが演奏して下さいます。初めて教会に足を運んで下さる方ゃクリスマス・コンサートのこの日にだけ毎年(今年で3年目になります)来て下さる方がたくさん教会に来られます(100名ほどの出席者が与えられます)。コンサート後に行う短い礼拝で、神様の愛が、言葉として、命の光として、人々の上にはじめからあることが知らされます。礼拝に与る者1人1人の心にクリスマスの光が届きますよう祈って、準備させていただいてきました。人が行うことですから、準備の時に、良かれと思って出された意見が食い違うなどいろいろありましたが、違いも主が与えて下さるもの。主が整えて下さっていよいよ本番。主のお守りと臨在を頂いて良い時が持たれますよう祈っています。」

 今週も母教会を覚えてくださり、ありがとうございます。
(文責・五島)

12月13日 家族

さて、イエスのところに母と兄弟たちが来たが群衆のために近づくことができなかった。そこで、イエスに、『母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます』との知らせがあった。するとイエスは『私の母、私の兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちの事である』と、お答えになった。(ルカ8:19-21)

 クリスマスの燭火礼拝には、色々な思い出がある。
 会堂のない東京池袋のカルバリ教会では、燭火礼拝は、区民センターのホールを借りて行われていた。
 燭火礼拝では、はじめはろうそくを使っていたが、ろうそくの火が床に落ちることを心配して、のちにペンライトを使うようになった。向かいにある小さなマンションの一室が事務所となっていて、今は亡き一姉妹が、プログラムと共に、ペンライトの乾電池を一つずつチェックしながら、今年は、あの兄弟、あの姉妹は、見えるだろうかと、気を配ってくださった。貧しいけれども、互いに信仰の家族の兄弟姉妹として、祈りあい、支えあっていた懐かしい風景である。師走の池袋は、賑やかであるが、当時会員は50人弱、東京都だけでなく、神奈川、千葉、茨城など各地に散らされていた。カルバリ教会を家族として愛しておられた何人かの兄弟姉妹たちが、懸命に教会を守っておられた。この姉妹たちの祈りとご奉仕がなければ、教会はとっくの昔になくなっていたであろう。
 この姉妹は、戦争で怪我をされて、御不自由な体であったが、古い会員の事情をよくご存じで、牧師以上に、教会員一人ひとりを思いやって、集会に案内し、教会の雑務お助けくださった。ご自身は、生涯独身であったが、若い会員の家庭にいつも連絡をとり、久しぶりに、礼拝にお見えになられると、ご自分の子供か孫のようにお喜びになった。ペンライトと共に、遠い日の多忙な燭火礼拝の準備をされていた姉妹の面影が懐かしく思い出される。きっと、今は天において、大好きなイエス様と教会員と共に賛美をしておられるであろう。
 福良教会では、昨年からイブの夜、牧師館の書斎で、燭火礼拝が行われている。今年もキャンドルの光と共に新しい思い出が加えられるであろう。あなたも是非、ご参加ください。
(五島)

12月6日 バランス

 「しかし、『あなたには信仰があり、私には行いがある』という人がいるかもしれません。行いのないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、私は行いによって、自分の信仰を見せてあげましょう。」(ヤコブ2:18)

 先日、大変低音の美しい男優が、室内で転んで額を打ち亡くなったとの報道がありました。たぶんご本人も、こんなに突然亡くなろうとは、思っておられなかったでしょう。
 私たち夫婦も、よくバランスを失って転ぶことが多くなりました。カーペットの端に足を取られたり、自転車に乗っている時にも、よくバランスを失います。
 教会で、私の体の心配をしてくださる兄弟がおられて、「先生は、足をしっかり伸ばして、歩いていないから、バランスをとって、足を踏ん張れないんですよ」と、御忠告くださる。日頃の鍛錬ができていない証拠だというのです。
 足の踏ん張りがきかないのは、老人だけかと思っていたら、先日のNHK杯フィギュアースケート選手権大会で、今まで二回も金メダルをとっている女子の第一人者が、思いもかけない転倒をして、優勝を逃しました。やはり、バランスを崩したのは、踏ん張りがきかなかったからだと、自己の演技を反省していました。
 ルターは、ヤコブ書を『藁(わら)の書』と言いました。彼は『信仰のみ』を主張した人です。ヤコブ書もよく読めば、信仰を軽んじているのではありません。信仰は、『行い』を伴ってこそ、人を本当に生かすものだと、言っているのです。私たちの信仰生活にも、バランスが必要です。足を地につけて、しっかりと、歩みましょう。
(五島)

11月29日 喪中につき

 「ヨセフは自分の侍医たちに、父の亡骸に薬を塗り、防腐処置をするように命じた。そのために40日を費やした。この処置をするには、それだけの日数が必要であった。エジプト人は70日の間喪に服した。」(創世記50:2、3)

 年末が近づくと、かつてお元気であった方々が召されて、ご家族から、年末年始のお断りのお知らせが届きます。ご高齢ではあっても、かつて、お元気であった日のお姿を思い起こして、ご家族にとられては、寂しいクリスマス、お正月であろうと、推察します。
 創世記には、父ヤコブの死を悼んで、ヨセフがエジプト流の防腐措置をして、70日間喪に服したと、記されています。服喪の習慣は、古くから、どの民にもあったようです。もちろん仏教では、更に古くからそのような習慣があるのでしょう。その間人は故人を偲ぶだけではなくて、自分たちも遠からず、そのように、過去の人になってゆくのだと、考えながら、残された日々を、いかに過ごすべきか、深く考える時が与えられるのでしょう。
 キリスト者は、主が許して下さる限り、精一杯、主を賛美して歩んでゆくことはもちろん、やがて、天において、主と愛する人々とお会いする復活の日を望んで過ごすことができます。
 本日からアドベントに入りました。教会の礼拝堂には、最初のキャンドルが、灯されました。キリストのご再臨の日、自らの新しい生が始まることを、待ち望みながら、クリスマスまでの日々を元気に、明るくすごしてまいりましょう。
(五島)

11月22日 感謝を献げる

 「主の中の主に感謝せよ。慈しみはとこしえに」(詩編 136:3)

 都心部でも、淡路でもスーパーの野菜が高騰しているという。幸いなことに、牧師館の冷蔵庫は、今、旬の野菜でいっぱいである。ご自宅で栽培されたものを、信徒の兄姉がお持ち寄りくださるからである。名産の玉ねぎはもちろん、レタス、人参、ピーマン、枝豆、大根、ポテト、サツマイモ、きゅうり、なすびと、何でもあります。
 次週は、収穫感謝祭の礼拝である。礼拝後、新米の栗ご飯に、野菜いっぱいの関東焚きをたいて礼拝出席者でいただくことになっている。
 今年は、勤労感謝祭が重なる。年をとっても、健康が与えられ、おいしいおでんをおなかいっぱいいただける。これ以上の恵みはほかにありません。もちろん、デザートにいただくフルーツも、ミカン、柿、なし、りんごと潤沢です。
  そして、礼拝では、愛する兄弟姉妹と共に主の聖餐にあずかることができます。ひとりでいただくご馳走よりも、兄弟たちと一緒に味わう愛餐は、何と幸いでしょう。

 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、何という喜び。かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り、衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り、ヘルモンにおく露のようにシオンの山々に滴り落ちる。」(詩編133:1-3)

 注がれる神様の恵みと憐みを、共にいっぱいいただきましょう。
(五島)

11月15日 魂の充電

 「”霊”の火を消してはいけません。預言を軽んじてはいけません。すべてを吟味して、良いものを大事にしなさい。あらゆる悪いものから遠ざかりなさい。」(テサロニケ第一 5:19-22)

 かんじんなときに、バッテリーが切れて、携帯電話が使えなかったり、車が動かなかったりして、弱ったことはありませんか。私も充電を忘れて、電話をかけられずに、困ったことが何度もあります。
 ちょっとした油断で、小さな電気を消し忘れたために、翌朝車がスタートしなくて、仕事にでかけられなかったこともありました。
 信仰生活においては、神様との関係をいつも大切にしてゆくことが大事です。ですからパウロは、

 「いつも喜んでいなさい」「絶えず祈りなさい」「どんなことにも感謝しなさい」(テサロニケ第一 5:16-18)

と、警告しています。
 人間関係でも、

 「互いに平和に過ごしなさい。」「すべての人に対して忍耐強くしなさい」「誰も、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。」「お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うようにつとめなさい。」(テサロニケ第一 5:12以下)

 常に、誰に対しても、愛をもって接するように、キリストの愛の充電が必要です。
(五島)

11月8日 道の宗教

 「私は、彼らが『分派』と呼んでいるこの道に従って、先祖の神を礼拝し、また、律法に即したことと預言者の書に書いてあることを、 ことごとく信じています。」(使徒言行録 24:14)

 ユダヤ教の分派と見られていた初期のキリスト教は、「」と呼ばれ、キリスト者たちは「神の道」、「主の道」と、自分たちの 信じるところを異邦人の中で証ししていました。もちろん、これは、 イエス様が最後の晩餐で「私がどこへ行くのか、その道をあなた方は知っている。」と弟子たちに告げられたとき、 トマスが「主よ、どこへ行かれるのか、私たちにはわかりません。どうしてその道を知ることができるでしょうか。」と答えたとき、 主が「わたしはであり、真理であり、命である。私を通らなければ、だれも父のもとにゆくことができない。」(ヨハネ 14:4-6)とお答えになられたことに 基づいています。すなわち「主の道」とは、父なる神様のところに帰ってゆく「」です。
 私には、この「」という言葉は、亡き母が人生の「道」を外れた我が子のために、彼の甦生を願って、連れて行った当時故郷清水市で急成長していた「人の道教団」(後のPL教団)を想起させます。兄は一時、この宗教のおかげで、見事に立ち直ったのです。しかし、残念ながら、「人の道」は、道徳、律法で、彼の人生そのものを救うことができませんでした。生ける真の神様に結ばれなかったからです。 私たちは、弱く、不完全な者ですが、自ら十字架の道を通って、復活され、父のもとに帰られたキリストという真の「道」を通って、永遠の命を天より与えられるのです。 PL教団は、その後、本部を大阪府富田林市に移し、私立高校や病院を建設して、いまも「人生は芸術である」と言った教祖の言葉通り、美しい花火を打ち上げています。同じ町で生まれたキリスト教会は、今も「神の道」を伝えて、地の塩、世の光となろうと伝道をしていますが、未だに小さな群のままです。神様がなさろうとしていることは、人には分かりません。
(五島)

11月1日 クリスマス・キャロル

 「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(マタイ2:11)

 今年のクリスマスの礼拝で合唱するのは、第ニ編の52番「我らは来たりぬ」である。この曲はクリスマスになると、日曜学校のページェントで、子供たちが、古くから愛唱してきたキャロルの一曲である。占星術の学者が三人とは書かれてはいないが、ささげられた品物が黄金、没薬、乳香の三つであるために、三人の博士とされてきた。作詞、作曲は19世紀末の米国の聖公会の司祭ジョン・ホプキンズである。原題は「三人の東洋の王たち」で、古い童話に基づいて作られたといわれている。マタイでは、星に導かれたマギたちが、メシアの生まれたベツレヘムの馬屋を探しあてたとなっている。キャロルは、ヨーロッパでは、祝祭の祝いの列で、歌われる祝歌の通称であるが、子供たちは、衣装を着て、キャロルを歌いながら町や村を練り歩く、伝統的な行事である。屋内でクリスマスの祝会をするのも良いが、寒い夜の街をキリストのご降誕の喜びを告げ知らせて歩くのも楽しいものである。いつの日か、福良教会も、クリスマスイブの夜、さびれた福良の町に喜びの賛美の歌声を響かせてキャロリングができたらと、祈っています。

 「私たちはこの地上に永続する都を持っておらず、来るべき都を探し求めているのです。だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。」(ヘブライ人への手紙13:14、15)

 賛美の実を心躍らせて主に献げる喜びのシーズン(感謝祭からクリスマス)が今年もやってきます。楽しみですね。
(五島)

10月25日 歯磨き

 「以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。」(エフェソ4:22−24)

 今度で、何人目の歯科医の世話になるのだろう。どこに行っても、「せっかくご両親から良い歯をもらったのですから、大事にしなさい」と、言われてきました。今回も近くの歯医者さんに診てもらうと、歯の磨き方が悪くて,歯垢がたまっている、とのご指摘でした。いつも恥ずかしい思いをするが、なかなかうまく磨けません。しかし、今朝は「今日は、どこも汚れていません。出血も一切ありません。上手に磨けています」と、衛生士のお褒めの言葉をいただきました。
 歯垢が歯石化するまでには、かなり長い間、歯磨きが正しくされていなかったことになります。しかし、これは、別に怠け者の証しではありません。歯磨きの仕方に問題があるからです。そこで、歯科医よりも衛生士の出番となって、どこの歯科医院でも、歯磨きの仕方を指導されることなります。歯ブラシの持ち方や、歯や歯茎との角度が極めて難しいのです。今回今までと違って一つの点が指摘され、それを実行して何とか、合格点をいただいたのです。それは、歯茎の一番付け根をしっかり磨くということ。電動ブラシで磨くと歯の表面はきれいになります。しかし、歯茎は手で微妙に角度を変えながら磨かないといけない。そこで気づいたことがあります。
 人間の罪も目に見えるところだけでなくて、根本の処置が必要であるという点です。確かに人は対人関係や、見える行動で罪を犯します。しかし、罪は神様との関係そのものを正していただかないと、本当の解決にはなりません。ジョン・ウエスレーの言う「全き愛」も聖化も、そのことを言っているのです。人間は死ぬまで、神様に根本治療をしていただくことが、必要のようです。礼拝を大切に。
(五島)

10月18日 聖歌隊

 「キリストの言葉があなた方の内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して、心から神をほめたたえなさい。」(コロサイ3:16)

 福良教会には聖歌隊はありません。昨年初めてクリスマスの讃美歌を有志で歌うことができました。最初は遠慮されていた高齢者も参加してくださり、とても素敵な賛美がなされ、好評(?)でした。
 今年も、礼拝後、練習が始まりました。誰もがご存知の讃美歌2曲を選びました。
 パウロとシラスが牢獄で鎖につながれていながら、一晩中主を賛美していた(使徒16:25)ように、我々も、どんな悲しみやつらい試練の中でも、神様に祈ることと、賛美をささげることはできます。
 大勢の大聖歌隊の合唱も、小さな群れの賛美も神様は喜んでくださいます。もう、まともな声が出なくなった私も参加させていただけるようにテナーのパートの練習をしています。さあ、今年はどんな聖歌隊ができるでしょうか。

「神よ、私の心は確かです。私は賛美の歌を歌います。『私の誉れよ,目覚めよ、竪琴よ、琴よ、わたしは曙(あけぼの)をよびさまそう。」(詩編108;1−3)

 クリスマスの礼拝まであと1月半。互いにがんばりましょう。
(五島)

10月11日 整理

 整理が苦手な人は多いようです。わたしもその一人です。たまに机の上を整理、整頓すると、大事なものをなくして、弱ります。
 家人曰く、「だからいつもキチンと、整理するように、注意しているのに、聞かないから。」
 個人のものでも税金や保険などの通知を失うと、とても困りますが、教会に来た書類を不用意に捨てたり、保管した場所を忘れると、後で大変です。
 その点、使徒言行録の著者ルカは、膨大な資料を実にていねいに整理しています。

 「テオフィロ様、わたしは先に第一巻(ルカによる福音書)を著わして、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天にあげられた日までのすべてのことについて書き記しました。」(使徒言行録1:1−2)

 使徒言行録は、その同じ著者が、初代の教会の誕生から、使徒パウロの宣教の終わりまでの膨大な資料をまとめたものです。
 もしルカのような歴史家が今生きていてくれれば、日本の教会史、まして福良教会118年史など簡単に整理して残すでしょう。元気な間、できる限り、教会の残された資料だけでも整理したいと願っています。

  「兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。盗人が夜やってくるように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。」(テサロニケ第一5:1−2)

 どんなに整理の上手な人も自分の人生を整理することは難しいものです。大抵の人は未整理のままに生涯を終えることになります。だからこそ、いつ主の召しがあっても良いように,今という時を大切に生きなければなりません。
(五島)

10月4日 鍛錬

 「わが子よ、主の諭(さと)しを拒むな。主の懲(こ)らしめを避けるな。かわいい息子を懲らしめるように、主は愛する者を懲らしめられる.」(箴言3:11−12)

 昨日持たれた運動会のために保育園の子らが毎日特訓を受けてきました。年少の子供たちが十分に実力を発揮するためには、先生方のご労苦は並大抵ではありません。叱ったり、おだてたり。しかし、幼い子供たちは、先生方の忠告をだれもが素直に、愛情と受け止めることができるのでしょうか。
 幼い頃の自分を思い返すと、父や母の忠告や懲らしめさえも、自分は憎まれているとしか、思われませんでした(弟と比較して)。ヘブライ人への手紙では、「懲らしめ」を「鍛錬」と、訳されています。とても興味があります。

 「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである。」(ヘブライ12:5−6)

 更にヘブライ書では、この鍛錬をキリストのご受難と対比して、次のように述べています。

 「あなた方が、気力を失い疲れ果ててしまわないように、ご自分に対する罪人たちのこのような反抗を忍耐された方のことを、よく考えなさい。」(ヘブライ12:3)

 人はひがみ根性と嫉妬心の強い者ですね。キリストのご愛によって、いつも自由にされて、明るく、感謝して歩みたいと思います。
(五島)

9月27日 神の家族の遺影

   「私は良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊も私を知っている。それは父が私を知っておられ、私が父を知っているのと同じである。私は羊のために命を捨てる。」(ヨハネによる福音書10:14-15)

 本年の合同追悼礼拝も終わりました。講壇の上にかざられた遺影も81となりました。私にとっては直接存じあげない方々ばかりですが、お一人、お一人の写真を見ていますと、不思議に、家族をみているような思いになります。恐らく教会員の皆さんにとっては、更に懐かしい信仰のご家族ばかりでしょう。
 教会はキリストによって『神の家族』とされたところです。福良教会の召天者名簿には、最初に教会に仕えた牧師の名が記されています。先生方は、文字どおり、牧者であって、羊である会員一人ひとりをよく知っておられたはずです。血のつながりのある両親よりも深く、信徒の心の内まで知って、いつも執り成しの祈りを捧げていてくださったのです。
 しかし、子どもたちが親の心を知らないように、羊飼いである神様の御思いを、私たちは知らないどころか、知ろうともしません。せめて、神様が私たちの救いのために、最愛の独り子を賜り、十字架の御苦しみを御子に負わせてくださったことだけでも忘れない者でありたいと思います。私たちは天上においても永遠にキリストによって家族なのですから。
(五島)

9月13日 衣替え

「主イエス・キリストを身にまといなさい」(ローマ13:14)

 アリゾナでは、一年中ほとんど同じ服装で生活することができましたが、温暖な福良でも、衣替えが欠かせません。湿度が大変高いからでしょう。
 パウロは、キリスト者を、イエス・キリストという新しい人を身にまとった人間と言っています。ただ、洗礼を受けて、新たにされたはずなのに、私たちの中身はなかなか変わっていません。

 「以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身につけ、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。」(エフェソ4:22〜24)

 古い自己(人)を、毎日脱ぎ捨て、御言葉をいただいてキリストという新しい人を着るのです。キリストが古い人を造り変えてくださいます。クリスチャンは毎日神様に魂の洗濯をしていただけます。
(五島)

9月6日 見えない真の神を畏れる

 「主が御声を発せられると、天の大水はどよめく。地の果てから雨雲を湧き上がらせ稲妻を放って雨を降らせ、風を倉から送りだされる。」(エレミヤ10:13)

 福良は、関西地方や、四国に台風が来ても、大雨が降っても、その被害の及ぶことの少ない地だと思っていました。しかし、先日の雷雨は,凄まじいものでした。びっくりしました。
 預言者エレミヤは、創造者である神様を神とせず偶像を神として崇める者に対する神様の裁きのしるしとして、自然の猛威を告げました。天変地異は正義を行うことを忘れている現在の日本人に対する天からの警告かもわかりません。毎週礼拝で御言葉を学ぶ私たちも、天変地異を単なる自然の変化としてではなくて、目には見えませんが、創造者である神様からのご警告として、受け止めるべきかも知れません。
 自然災害の少ない福良に住んでいることは、やはり神様の憐みの中にあることを、深く覚えてゆきたいと思います。

 「目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行いなさい。(コリント第一16:13−14)

 どうか、恵みになれないように、目覚めて生きてゆきましょう。平和は、当然のことではなくて、与えられた特権だからです。
(五島)

8月30日 感謝の恵み

 「もういいところは一つもない。月曜日は眼医者で三原、火曜日と金曜日は歯医者。金曜の午後は、県病。病院だけは年中無休じゃ」

 自分と同年代の男性が、待合室でしきりにボヤいています。確かに、この一、二年、病院と毎日飲む薬は増すばかりです。しかし、そのおかげで、日本人の平均寿命は年々伸びています。口では「めんどうくさい」とか、「大変だ」といいながら、病院も薬局も繁盛するばかりです。人はやっぱり早く死にたくはないし、不健康で生きるよりも、少しでも、元気でいたいと願っているのです。
 医療費は世界中のどこよりも廉価(れんか)。
 「先生。検査の結果、伝染病は一つもありませんでした。いつでも退院できるし、礼拝にも出席できます。感謝です。」

 今年90歳になる姉妹の明るい、お元気な声に励まされました。本当に、人は与えられているものに、感謝できるか、不平を言って生きるかしかありません。
 今日も杖も、車椅子も使わずに歩くことができる恵みをかみしめて一日を過ごしたいですね。
(五島)

 「いつも、あらゆることについて、私たちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。」(エフェソ5:20)

8月23日 はまり役

『各々主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召された時の身分のままで歩みなさい。これはすべての教会で私が命じていることです。』(コリント第一7:17)

 時々過去の名作映画が、テレビに登場する。もうとっくの昔に亡くなったはずの俳優が出てきて、さすがと思われるような演技をして、驚かされる。実際には演技者としては、あまり優れているとは言えないのに、この人を置いて、他にこの役のできる人はないだろうと思われる俳優がいる。
 皆さんがよくご存じの笠智衆氏である。小津安二郎監督の映画では、初老の父親役として都会に住む子供たちとの心の距離を極めて自然に演じる。日本のどこにでもいる昭和の父の姿である。小津映画の中のはまり役です。
 教会でも、キリスト者になったからと言って、日本人をやめることはできません。自分の墓のある人は、家の墓も大事に守ってゆけばよいのです。福良にきて、特にその問題で悩んでおられる方が信徒の中にも、今求道しておられる人にも多いことを知りました。日本人は何と家族を重んじ、家に受け継がれてきたものを大事にしているかを、教えられています。問題は、そこで、キリストの福音が自分と隣人の関係の中でどう位置付けられるかです。

 「兄弟たち、各々召された時の身分のまま、神の前にとどまっていなさい。」(コリント第一7:24)

 あなたにはあなたでなければできない「はまり役」があるのです。
(五島)

8月16日 便利は不便?

「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのために、この世に来た。真理に属する人は皆、私の声を聞く。』(ヨハネ18:37)

 この20年の間に、コンピューターの進歩は著しく、めまぐるしく変わっています。真理は一つなのに、媒体となる機械が進歩して、それでなくても機械に弱い私たちには便利さが増すよりも、変化の複雑さに振り回されています。さっき確かに書いた文章がすでに変わって、他に伝達されているのです。よほど注意をしないと、自分の意図しなかった内容にいつの間にか変化していることが、しばしばあります。便利になればなるほど我々は不便になるという皮肉なことが起こっています。

 「『言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今あなた方には理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。』」(ヨハネによる福音書16:12−13)

 けれどもすべての真理に至る道は、ただイエス様の御声を聴けば、そして、教会が、一致して聖霊を求めて祈ってゆけば、示されます。聖霊こそ天と地を結ぶ無料のインターネットです。
(五島)

8月9日 墓、家、キリスト

「天使は婦人たちに言った。『恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのであろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。』」(マタイによる福音書28:5)

 静岡市、清水区の浄土真宗梅蔭寺(清水次郎長の墓で有名)にあるわが家の墓掃除は、毎年お盆の前の、子供たちの努めでした。しかし、私には憂鬱(ゆううつ)でした。家の墓が余りにもみすぼらしかったからです。母の死後も、父には墓を建て直す余裕がなく、周りの多くの墓が新しくされる中で、石碑もなく、土台のみでした。苔の生えたみすぼらしい墓は、家そのもののようでした。皮肉なことに、墓の再建は、父の死後、弟が実現したのです。牧師の私は、家の墓にあまり関心がなく、大阪の教会の墓に父の名を残してもらっていました。教会の墓は、会堂よりも立派に建てられました。弟はキリスト者でありながら、中堅の企業の代表であったためにね葬儀も仏式ですませ、周囲に自慢できるような立派な墓を建てたのです。日本人にとって、墓は先祖と家そのものですから、墓を大事にします。然し、墓には遺骨はあっても、亡き人はおりません。終わりの日に至るまで、キリストと共に天において、主の来臨を待つのです。
 今年も、教会ではこの季節、霊園の清掃が行われます。普段は礼拝に見えないご親族も墓参に見えます。岡の原霊園には、懐かしい方々のご遺骨が埋葬されています。どうか、天に召された方々の終わりの日の復活を信じて、私たちもその日に備えましょう。今教会独自の会堂のない福良教会にとっては、岡の原霊園こそ、キリストと最後にお会いし、愛する兄弟姉妹と永遠に共に住む天の家への門だからです。
(五島)

8月2日 平和はどこに

「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5:9−11)

 空襲のあった1945年3月の夜、長靴を何度も履きなおして、農道を走りました。5歳の男の子にはB29から投下される焼夷弾の下を、ただ逃げるだけで、精一杯。とにかく恐ろしいという記憶しか残っていません。でも、シリアでもイラクでも爆弾が落ちてくるときの子供たちや、女性の思いや恐怖は、あの日本の田舎での私の恐ろしい経験と同じではないでしょうか。あれから70年、今も同じ悲劇が世界の各地でくりかえされいます。

 今、あの時、私たちに爆弾を投下した国を本当に同盟国と信じて、憲法まで改正して大丈夫でしょうか。それで平和は保証されるのでしょうか。人類はまず十字架のキリストのもとにへりくだって、悔い改めないと平和を実現することはできません。

 「実にキリストは私たちの平和であります。二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り壊し」(エフェソ2:14)

 と、パウロは申します。聖書の神様は人間の歴史を導く平和の神様です。
(五島)

7月26日 神の言葉はつながれていない

「この福音のために私は苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。然し、神の言葉はつながれていません。」(テモテへの第二の手紙2:9)

「先生は、おいくつですか。まあ、お若いですね。私は91歳になりました。」
 電話の向こうから聞こえる姉妹の声は、とても生き生きとしています。いつも台風になると水に浸かるので、お見舞いのつもりで、電話をしたのですが、日中は誰も電話に出ません。もしやと心配して、夕方電話すると、お嫁さんが、「義母はまだ元気に近所の手伝いにでかけています」とのこと、まもなく懐かしい姉妹からお電話がありました。かつて、東京から三重松阪の集会に出かけると、ご一家で、家庭集会にお迎えくださいました。でも、神様のお守りで、朝夕御言葉を学び、お祈りが出来ます。感謝です。」たとえ一人になっても、主は愛するものを、見捨てられることはありません。かつて、千葉の家の庭には、姉妹からいただいた、植木が何本も育っていました。それはまるで信仰による姉妹の愛の象徴のようでした。
 時代は変わり、互いに住む所は異なっても、信仰者は祈りと御言葉によって何時も結ばれています。我らの交わりを阻むものは何もありません。なぜなら、我らは天で結ばれているからです。祈りはインターネットよりも確実で速く、御言葉はメールよりも深く心の奥深くに刻まれるからです。
(五島)

7月19日 予期せぬストップ

 「本日のサンフランシスコ行きのユナイテッド航空○○便はサンフランシスコの天候悪化のために2時間余り遅れます。」
 朝7時にツーソンの空港に来て出発を待っていたのに、寝耳に水のアナウンスです。
 この結果、サンフランシスコから関空に行く飛行機には乗り遅れ、約7時間後に、大阪ではなくて、羽田行きの便にまわされて、一晩羽田のホテルに宿泊、翌朝8時の関空への便でようやく、帰ってくることができました。人生には眞に予期せぬことが起こります。

「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを精霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。」(使徒言行録16:6)

 神様は、時に、どうして、こんなことが起こるのだろうかと、思われるような、ことをなさって、私たちを当惑させられます。でもそれは無駄ではありません。必ずさらに大きな信仰の飛躍のための通過すべき課程なのです。神様の訓練を喜んで受ける者となりましょう。
(五島)


5月11日から7月12日まで、本項はお休みです。

5月10日 創立記念日の礼拝講師紹介

福良キリスト教会は、この6月創立118年を迎えます。「わらじばきの伝道者河邊貞吉」先生が伝道を開始されて既に、120年近い教会の歴史を刻んできました。
 今回は、記念礼拝に、日本フリーメソジスト神戸ひよどり台教会牧師大嶋博通先生を説教者としてお招きしました。先生より簡単なプロファイルをお送りいただいていますので、そのままご紹介します。
 (大嶋博通先生のプロフィール)
  1947年 牧師家庭の次男として岡山に誕生
  1969年 大阪キリスト教学院 神学科卒業
  1969年〜1974年 南米ブラジル日系人伝道
  1975年〜1984年 (株)学生援護会(営業部)勤務
  1984年 現在の地で開拓伝道を開始
  1986年 明石上ノ丸教会ひよどり台伝道所開所
  1991年 日本フリーメソジスト神戸ひよどり台教会創立
  1996年 新会堂完成(献堂式挙行)
  2011年 教会創立20周年を記念現在に至る。
  家族 妻多根子 長女恵里香(ローマ在住) 長男信幸(須磨在住) 孫5人
  趣味 オカリナ演奏
  座右の銘 「人は変化しながら死の間際まで成長する存在である」
(P.トウルニエ)
*7日は、礼拝後、愛餐会を開きます。其の席で教会学校のご経験をお話くださいます。期待してご友人、ご家族と共にご出席ください。
(五島)

5月3日 紙一重

 3ヵ月分の給料を会計が前倒しでご用意くださった。旅行の準備のためである。しかし、油断して使わないために、献金だけは、きちんと、献金袋に入れて、次週の礼拝でお献げしようと、書斎の机の上の一番目立つところに置いて就寝した。(そう思っていた。)ところが、翌朝目覚めて其の場所を見ると、B5の用紙一枚しかないのです。普段は机の上が雑多で、どこに何を置いたのか自分でもすぐには見つけられないほど散らばっている机がその朝に限って、きれいに整理整頓されているのです。それなのに、かんじんの献金袋が「ない」のです。「どこかに移した?」と聞くと、例のごとく「大目玉」である。二人で可能性のあるところを全て探してみたが、『ない!!』もちろん、ゴミ箱は、昨日の生ごみの袋までひっくり返して3度も調べた。それでも、見つからない。気を取り直して、もう一度机の上から調べようということになった。奥さんの三つのバッグも調べなおしてもらったが、どこにもありません。念のため、きれいに整頓されている机の上をもう一度点検すると、たった一枚のB5の用紙一枚。何と、何とその用紙一枚の下に献金袋がじっとしていたのです。「ああ。あった。これで帰れる」と、大喜び。『もう大事な書類の上に何かを置く悪い癖を直してください』と、何度も念を押されて一件落着。それにしても、福音書や新約聖書の中には、忘れ物の話や事件は見当たりません。イエス様はもちろん、キリストの弟子たちは、忘れ物をしなかったのでしょうか?いいや、恐らくそれに近い失敗、紙一重の失敗は余りに多くて、書ききれなかったのかもしれませんね。聖書記者は心やさしいから、きっと偉い先生の名誉を傷つけたくなかったのかも知れません。
(五島)

4月26日 洗脳

 牧師館で生活していると、様々な人たちの訪問を受けます。こちらからは決して訪ねることはない方が来られて当惑することもあります。

 昨日は、『神戸から来たNGOのものです』とのご挨拶で、何枚かの世界平和に関するプリントをいかにも国連の人権擁護機関から派遣された人たちのような慇懃(いんぎん)な態度で渡されました。実に立派な服装で言葉遣いも丁重なのです。『先生は月曜日で今日は昨日のお疲れが出ていらっしゃるでしょうから、お邪魔しません。どうぞ私たちの指導者の書いた書物をお読みください。』と、一冊の立派な装丁の書を置いていかれました。(定価 1800円)

 そのお行儀の良い態度に恐縮して書物を開くと、偉大なる指導者文鮮明氏の自叙伝でした。私が統一教会の信徒と会ったのはこれが最初です。普通であればすぐにそんな書物はゴミ箱に捨ててしまうのですが、その婦人があまりにも楚々(そそ)としておられたので、さっと目を通しました。もしこれが噂の集団結婚や高価な壷や品物を売り歩く人々の指導者だと気づかなければ、きっと私もどこかに連れて行かれたかも知れないと、思ったことでした。洗脳とは、このようにして、人の心の隙間に入り込むのだなと感心したり、恐ろしくなったりしました。教会は秘密結社ではありません。主の日に、聖書の真理を正面から、誰に対しても礼拝において明らかにするのです。

「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。だから、あなた方が暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳に囁いたことは、屋根の上で言い広められる。」(ルカ 12:2、3)
(五島)

4月19日 頑固と従順

 両親は1ヶ月アリゾナにいて、先週日本に帰りました。二人とも三倍ぐらい頑固になっていました。(???)
 懐かしい日本から訪問されたご両親の様子を、友人はこう、メールでお知らせくださいました。思わず吹き出してしまいました。私たちも、きっと子供たちに会うたびに、同じようにあきれられているのかも知れません。
 信仰者は、与えられた信仰の土台に堅く立ってゆかねばなりません。こと信仰に関する限り、頑固なぐらいで丁度よいのです。けれども、神様の御心に対しては、いつも心をかたくなにしないで、従順でありたいものです。 失敗だらけのアブラハムを、ユダヤ人が、「信仰の父」と呼んで尊ぶのは、彼が、神様のご命令に対して、従順だったからです。神様も彼の従順をお喜びになりました。
 しかし、従順であるということは、何も悩まないということではありません。彼がイサクを献げた時は、恐れとおののきで、一杯だったはずです。使徒パウロも、
 『わたしは、何と惨めな人間なのでしょう.死に定められたこの体からだれがわたしを救ってくれるでしょうか。』(ローマの信徒への手紙7:24)
 と、素直に自分の弱さと惨めさを告白しています。人は信仰を与えられても,生涯行き詰まったり、悩みながら生きてゆかねばなりません。でもそういう私たちを、イエス様は誰よりもよくご存知です。
 主は、「罪は犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたお方」(ヘブライ4:15)だからです。さあ、迷わず、「恵みの御座に近づいて」祈り求めましょう。人に対しては謙虚に、神様に対しては、多少図々しい位でよいのです。こんなことをお願いしたらなどと遠慮はご無用。もし祈りが間違っていればかなえられませんから。
(五島)

4月12日 黄水仙

 谷間を漂う雲のように
 一人さまよい歩いていると
 思いもかけずひと群れの
 黄金に輝く水仙に出会った。
   湖のかたわら 木々の根元に
 風に揺られて踊る花々。

 ウィリアム・ワズワースの黄水仙の詩は詩人が雲のように、原野をさまよっていて丘を越えた時、湖の岸辺で、視界に突然入ってきた黄水仙の大群生との出会いの喜びを詩ったものです。英語で私が暗誦している数少ない詩の一つです。これは中二のとき、英語の授業で全員が覚えさせられたものです。福良に来て、南あわじ市の市花が水仙と知って、とても嬉しかったのもそのためです。今淡路島の水仙は、大変よく手入れがなされていて、野生ではありませんが、ワズワースの時代には、イギリスでは野生の花だったのでしょう。丁度今頃のことでした。

『野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。』(マタイによる福音書 6:28-30)

 と、イエス様がガリラヤの丘の上で弟子たちに話された野の花でした。詩人はイングランドの丘で黄色い水仙が見渡す限り眼下に広がる光景に出会った時、神様の創造の御業をほめたたえずにはおれなかったのでしょう。イエス様は、根本的に楽天的なお方ですね。イースターおめでとうございます。(五島)

3月22日 良い人生の締めくくり

 日本人の男子の平均寿命まで、私にはまだ10年はありますが、長寿であれば幸いとは思いません。祈祷会でアブラハムの生涯を学んでいます。彼の人生は実に波乱万丈でしたが、終わりは次のように平安でした。

   「アブラハムの生涯は175年であった。アブラハムは長寿を全うして息を引きとり、満ち足りて死に、先祖の列に加えられた。」(創世記25:7−8)

 新共同訳では、その死が平安であったことが強調されています。現在87歳の渡辺和子シスター(ノートルダム清心女学院理事長)は、膠原病(こうげんびょう)の治療薬の副作用で、胸椎(きょうつい)の8番目と9番目が潰(つぶ)れて、身長は14センチも低くなられましたが、

 『これまで持っていたものを失う。それは悲しいことです。しかし失ったものばかり嘆いていても、前に進みません。ふがいない自分としっかり向き合い、そして仲良く生きてゆく』「置かれた場所で咲きなさい。」から)

 という味わい深い言葉を記しています。
 また、「老いることがこんなに美しいとは知らなかった。老いることは、・・しだれ柳のように自然に頭のさがること」という坂村真民(さかむらしんみん)の80歳の詩の一節を引用しています。これから互いに学ぶことは、まだまだありますね。感謝です。  (五島)

*瀬戸内寂聴『死に支度』も仏教的な老いの哲学を知る上で、とても興味があります。図書館で一度読んでください。

3月15日 週報ボックス

 福良教会の週報を入れるボックスは年代物です。先日N兄にお手伝いいただいて、週報ケースの名前をあいうえお順に張り替えていただきました。かつては100名近くあったほとんどの氏名を取り除いて整理すると、今回の総会で、教会員として名簿に記載されている会員はわずか十数名となりました。教会を愛して信徒の名を一人一人呼び、お祈りしながら、毎週週報を入れておられた先生方がご覧になられたら、きっと寂しく思われるでしょう。
 もちろん氏名が取り除かれた方々の中には、天に召された兄姉、結婚や就職で福良を離れた兄姉、他教会に転出された方もおられます。いずれにしても、今後この週報ボックスからご自分の手で、週報を取り出されることはもうないのです。
 この際、もう少し使い勝手の良い、プラスチックの市販の引き出しに代えようという提案をしましたが、古い手垢のついた木のケースを愛する方々は立て向きを横向きに変えて使ったらというご意見でした。確かに経済的にも、その方が良いのです。とにかく皆さんにとって、この古いケースは、そこに書かれたいた会員の名前は一人一人の思い出につながって愛着が深いのです。  しかし、現在週報ケースを用いておられるのは、現実に毎週礼拝に出席されておられる兄弟姉妹です。 ですから、

  「新しいぶどう酒は、新しい皮袋に入れるものなのだ。」(マタイ9:17)

 との主のお言葉のように、新しくなったケースには、常に生きて礼拝に集われる新しい名前が記されていって欲しいものです。

 「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」(マルコ12:27)

   とも、主は言われました。どうか、週報ケースに新しい氏名が、いっぱい記されてケースが新しい方々の名前で不足する日がきますように。(五島)

3月8日 夢は現実逃避か

 睡眠が足りないと、よく夢を見ます。フロイドが言うように、気にかかっていることが、意識下に蓄積され、夢の中に現れるのかも知れません。例えば、用意したはずの説教の原稿がなくて講壇の上で頭が真っ白になったり、高校の卒業に必要な単位が足りなくて、大弱りしたりする夢を何度も見るのです。これは現実にそれがあるのではなくて、実は他に大きな心配事を抱えていることから逃避するために起こる人間の不安な心理なのだそうです。皆さんにはそんなことはありませんか。
 しかし、夢ではなくて、現実にしなくてはならないことを忘れることもしばしばあります。先週の聖餐式でも最後の感謝の祈りを忘れていて、注意をしていただいて初めて気づきました。これはアルツハイマーの初期症状なのでしょうか。そんなとき、私は、そうではないことを確認するために、過去において覚えにくかったグループのメンバーの名前や、俳優の名前を何人かあげて正しく言えるかどうかチェックをします。もちろん、英語やギリシャ語の単語を思い出すこともあります。つい先ほど、長い間忘れていたSMAPのリーダーの仲居正広さんの名前を久しぶりに思い出しました。今日はどうやら幸先がよいようです。でも、気にかかっているかつての教会員の顔と名前がどうしても出てきません。SMAP等よりもその方がずっと大事なのに。
 それにしても、ルカは福音書の中でも、使徒言行録の中でも、幻や天使を多用します。そういう描写は、たいてい、人の思いや計画を超えた危機的な局面でなされています。例えば、受胎告知や、パウロの回心、マケドニア人の叫びと伝道の開始などです。もし、私たちがみる夢にそのような大切な天からのメッセージが込められているなら、老人の夜の時間も楽しみが増えますね。ヨセフは『夢見る人』と言われました。
 私自身は、余り、現実離れしたことや幻の類(たぐい)を信じない方ですが、読者の皆さんはいかがですか?夢や幻よりも、現実をしっかりと見つめて、正しい判断をするためにも、神様の御言葉を毎日しっかりと聞いて歩んでまいりましょう。(五島)

3月1日 ウミネコか、くじゃくか

 人の思い込みは、ユーモアになります。牧師館に住んで、最初に気づいたのは、朝早くから聞こえてくる奇妙な鳥の鳴き声でした。我々は海に近くて、まるで猫のような鳴き声に、『ああ、ウミネコだ』と決め付けていました。とにかく、仮にも美しいとは言えない、物悲しい泣き声なのです。海猫はかもめ科の鳥ですが、誰もかもめをウミネコと間違えません。
 『ああ、あれは、近所で飼われている孔雀ですよ』と教えられたのはもう秋も深まってからでした。冬の間は、ピタッとその鳴き声は止んでいましたが、一週間前に久しぶりにあのわびしい鳴き声が聞こえてきました。
 もしかしたら、海猫の声は、もっと美しく、可愛らしいのかも知れません。ユーチューブで調べると、決して孔雀ほどひどい声ではありません。ただ、その数が多いので、騒がしいだけです。とにかく、あの声からは美しい羽を大きく広げた孔雀(くじゃく)の姿は想像も出来ませんでした。将来福良の地を離れても、朝、晩、あの声が耳について、離れないでしょう。 それにしても、人間の思い込みとは、恐ろしいものです。これが、人を判断する基準となったら、とんでもないことになりますが、結構私たちは、「あの人だったら、こういうことをするはずだ」とか「あの人はああいう人だから、こんな風に考えているに違いない」と決めつけていないでしょうか。
 今礼拝で学んでいる使徒言行録でも、同じキリスト者であっても、ユダヤ人であるペトロは、外国人と一緒に食事をすることを、迷いました。ユダヤ人が持っていた「けがれ」という観念に縛られていたのです。イスラム教徒やヒンズー教徒に対する偏見や差別、異なった民族、宗教に対する誤解も同じです。イエス様は『真理は、人を自由にする』と言われました。ペトロも、聖霊によって、異邦人への偏見から解放されました。うみねこさんもくじゃくさんも私たちの思い込みの犠牲です。少なくとも、民族や宗教、学歴、職業などで人を差別するような愚かさからは自由でありたいですね。(五島)

2月15日 地震

 先週金曜日の朝、四国を震源地とする地震があった。保育園の事務室にいた私はその揺れに気づかなかった。さすがに福良の方々は敏感に反応して、子供たちを直ちに運動場に誘導して、待機させた。愛妻の所在と台所の石油ストーブをまず心配した牧師とは大違いである。
 ちょうどその前日、創世記の19章を学んで、神様の忠告を聞かずに、後ろを振り返って、塩の柱になったロトの妻の不信仰を学んだばかりであった。ロトの妻は一体何が気になり、心残りだったのであろうか。子供たちのことか、貴重品か、家畜であったろうか。住まいや衣料品だったのであろうか。現在の我々であれば、預金通帳かしら、現金?それとも、愛する人の形見かしら?
 イエス様も、福音を伝える前に「先ず家族にいとまごいをさせてください」と願った弟子に、

 「鋤(すき)に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」(ルカ9:62)

   と、警告されました。主の弟子となることは何と厳しいことであろうと、私たちは考えます。しかし、これはイエス様が弟子たちに、弟子となる覚悟を教えたものとは違います。主は
「先ず、神の国とその義とを求めなさい。そうすれば、すべての物が添えて与えられる。」(マタイ6:33−34)と、約束されました。

 「神の国」を支配しているのは律法ではなく福音です。私たちのために命を捨てて下さったイエス様のお約束の言葉です。
 神様のご愛を信じて生き続けましょう。地震への備えは、少しも不信仰ではありません。津波が来たら、山に逃げましょう。後ろを振り返らずに。(五島)

2月8日 写真

 私の書斎には、両親と家内の母の写真が、額に入れて飾られている。両親から見張られていると思ったことはないが、家内の母の写真は背中のあたりから、いつも自分の生き方をじっと見つめられているようで、肩が張る。召されてもうすぐ20年になるのに、今でも、怖い存在である。
 彼女は、我々の結婚には反対だった。一つには、民族的な理由。家内は日本人の養女だが、戦時中抗日の勇士であった義母は、韓国人として厳しく教育、日本人との結婚は、娘でなくても、誰でも反対だった。第二は、まだ一人前の伝道者になる前に、結婚を申し込んだ男が、軟弱で、気に入らなかった。大体北鮮系の男性は皆大きくて、たくましい。声も、もちろんでかい。私は、たよりなかったのだ。だから、召されるまで、本心は気にいらなかったであろう。
 ところが、親ばかとはよく言ったもので、我々が結婚すると、早速私に、韓国語のレッスンを開始した。毎朝、旧約聖書をハングルで声を出して読ませるのだ。大体語学の才能のない我が家の家系である.全く上達せずに、義母は天に召された。韓国語については、とっくにあきらめていたが、私の説教については、期待して、いつも祈ってくださった。だから、大胆で、分かりやすい、福音的な説教者になるように、今でも私の説教の準備を見守っている。私の説教は、彼女の願いに反して相変わらず理屈っぽくて、弱々しいけれども、私はこの額を書斎から移そうとは思わない。怖いけれども、彼女の祈りは本物だからだ。皆さんには、そういう祈りの人がおられますか。又、あなたは、召された後、子供たちや、孫たちにどう思われるでしょうか。何がなくても〇〇は、祈りの人であったと思われるでしょうか。(五島)

2月1日 祈り−神様への叫び

 今朝も保育園から、年少の子供の「お母さん!」と云うけたたましい叫び声が聞こえてきます。もう慣れっこの保母さんは、泣き止むまで叫ばせています。

 「その時、あなたたちが私を呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。わたしを尋ね求めるならば見出し、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしに出会うであろう。」(エレミヤ29:12−14)

 W.ブルッゲマン著「叫び声は神に届いた」を読みました。
旧約聖書のアブラハムからヨブまで12人の信仰者たちの生き様を彼らの祈りの姿勢によってまとめた好著です。著者は彼らの祈りをなりふりかまわない神様への「叫び」と、表現しました。イエス様も「神の国」に入る者は幼子のようにならねばならないと、言われました。私は長い間「幼子のように」とは、子供の素直さを言っているのだと、考えていました。しかし、幼子は、欲しいものは手に入れるまで求めます。大人から見ると少しお行儀が悪くても、見苦しくてもかまいません。「お母さん」と叫び続ける園児のように、願いが聞き届けられるまで、叫び続ける自分勝手な存在です。だから、旧約聖書の信仰者の祈りをブルッゲマンは、「叫び」と解釈したのです。愛する者の救いのために、教会の成長のために、駄々っ子のように、ひたむきな叫び声をあげて祈る教会でありたいと思います。神様に対して、こんなことを祈ることは失礼かしら、などというようなことは何一つありません。むしろ、祈らないことが、父なる神様を悲しませるのです。(五島)

1月25日 メッキははげる

 日本でも、アメリカでも携帯電話は大変役に立ちます。しかし、未だに十分使いこなせません。カーナビもパソコンも、カメラも、そうです。できる人にとっては、『何であんなことがわからないのか』と、不思議なようです。 ですから、同じことを何度も質問することになります。『聞くは一時の恥、聞かざるは、一生の恥』の諺の通り、何度でも分かるまで聞くほうが良いと知っている からです。それは若い日の失敗の故です。
 米国で生活を始めてしばらくして、電話で百科事典の宣伝電話を受けました。当時は、今より英語がわかっているつもりで、返事をしました。しばらくすると、50冊余りの百科事典が届いて、驚いたり、後悔したりしましたが後のまつり、わずかな給料の中から、毎月多額の返済をする羽目になりました。その結果豪華な装丁の百科事典は、ただ装飾品のように、長い間、狭い書棚を占領していました。
恥ずかしなから50年近くたつのに、当時の知ったかぶりと、早とちりは、未だになおっていません。
 先日、尊敬する鍋谷堯爾先生の書かれた、イザヤ書注解が完成して、入手しました。ヘブライ語も十分に読めない者にとって、先生が生涯をかけられた書物を学問的に批評することはできませんが、教えられたことがありました。それは、聖書を学ぶ人は、既に常識のように考えられていることがらでも本当にそうなのかと、どこまでも謙虚に追求せねばならないということでした。たとえ、日本語であっても、神様の言葉は、自分で納得できるまで、祈りつつ、分かるまで 求める姿勢が大切だということです。メッキはすぐにはげます。(五島)
  「求めなさい。そうすれば,与えられる。」(マタイ7:7)

1月18日 ぎっくりごし

 毎年一年に一度は必ず、ぎっくり腰で苦しんできました。歩くことはもちろん、ひどい時は、椅子に腰掛けることもできない程です。必ず、引越しや旅行で手のいる時に、ちょっとした油断から始まります。一度起こったら、マッサージも、湿布薬も効きません。本当のなまけ者になって、痛みの過ぎ去るのをじっと横になって待つしかありません。幸いにも、昨年の引越し時にも起こらず、最近は油断していました。今回は今のところ、危険信号程度ですんでいます。
 私の現在の体調を整えていてくださる介護士の兄弟によれば、先ず大事なことは歩くことだそうです。そう言えば、アメリカでは毎朝ジムに通い、ストレッチを欠かしませんでした。そうでない日は、近くの川べりの歩道を必ず数キロは歩いていました。福良では、寒さもあって最近余り歩いていません。歩かないと、てき面に血圧も上がります。書斎の椅子に座り、一日中パソコンとにらめっこは、健康には最悪だそうです。

 『だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。また、足の不自由な人が踏み外すことなく、むしろ癒されるように、自分の足でまっすぐな道を歩きなさい。」(ヘブライ人への手紙12:12−13)

 明日から、たとえどんなに風が吹いても、寒くても、歩きます。ぎっくり腰など吹き飛ばします。今朝は、早速大雨でしたが、武装して、ビン、缶のごみ捨てを実行しました。何となく腰の痛みが遠のいた気がします。皆さん、「考える人」より「歩く人」になりましょう。(五島)

1月11日 告別式余話

 「先生、元旦には、主人は家に帰って、子供たちや孫たちと、大変楽しい時を持ちました。私は元旦礼拝を失礼しましたが、4日の礼拝には伺います。」との古井姉のお元気な電話をいただいたのに、その同じ日に、良男兄は、救急車で病院に運ばれて天に召されたのです。今までも急な葬儀は何度か経験してきましたが、お正月早々ということは初めてのことでした。
 それにしても、これまでは、召された方が信徒であれ、未信者であれ、何らかの関係のある方でした。しかし、今回は、たった二度病院でお会いした兄弟で、そのお顔すら思い浮かばないのです。いくら聖書を語るとはいえ、御言葉と故人を結びつけることが全く出来ないのです。とても弱りました。
 前夜式の朝がきても、告別式の朝になっても、説教が皆目できません。こんなことを書いたら、ご高齢の兄姉は、「私のときは、そんなんで、大丈夫かしら」と心配になられるでしょうね。
 ご心配ご無用。皆さんとはすでに少なくとも、半年礼拝でお会いしていますから・・・大丈夫。
 語らなくてもよいことまで話すかもしれませんよ。
 でも、則恵先生の略歴紹介で、古井兄の人となりが、とてもはっきりと浮かび上がりました。お蔭様で、私は、ただ、イエス様の御言葉をとりつぐだけで、御用を果たすことができました。
 古井良男兄ありがとう。あなたの死は、説教とは本来牧師が自分の主観や意見を述べるのではなくて、神様のお言葉に心の耳を傾けることだということを教えてくださいました。(五島勝)

1月4日 聖書は面白い

 「先生、あの聖句はどこにあったのでしょう」という問いをどこに行ってもよく受けます。牧師は聖書のプロだから、聖書のどこに何が書いてあるのかを知っていて当然だと、思われているのでしょう。「あ、ちょっと忘れましたから、後ほど、お知らせします。」などと冷や汗をかきます。聖書を調べまくるのですが、発見できないのです。「あ。先生、もうわかりましたので、結構です」などと言われて、無知の恥かしい重圧からやっと解放されることが何度あったことでしょう。福良教会の皆さんは、もともと私にそんな期待をもってはおられないでしょうが、どうぞ、手柔らかに。でも、聖書は本当に読んで面白い書です。なまじの小説や、読み物などよりもはるかに発見と興味の詰まった宝庫です。ですから、あなたが聖書を、本棚の上にしまっておくのは、本当にもったいないのです。 昨年から始まった「聖書の学びと祈りの交わり」では、今創世記 13章まで進んでいます。今年から、木曜日の昼にも集会があります。
 今年も「アブラハム物語」を続いて読んでゆきます。
 ユダヤ人にとって 「アブラハム 」は彼らの信仰の手本ともいうべき偉大な人物です。しかし、アブラハムは、約束の地、カナンに入った直後から、自分の不信仰と弱さをさらけ出してしまいます。自分の命を守るために、奥さんのサライをエジプトの王に差し出したり、年をとってゆくのに、子供を与えられず、子孫が神様の祝福にあずかるとの約束をいただきながらそれが実現せず、不信仰に陥るのです。聖書は確かに信仰の勇者や優等生についても記していますが、実はどんなに立派な信仰者にも落第生的な要素があって、むしろ、彼らの失敗や不信仰との戦いの中でこそ、神様の憐れみと恵みが鮮やかに現れ出ます。ヤコブ然り、モーセも、エリヤも皆優等生ではなかったのです。
 聖書をもっと、身近に、自分に語りかけられている言葉として聞いてゆきたいと思います。木曜日の祈祷会でお待ちしています。(五島)


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