【兵田二郎(ひょうだじろう)のホームページ   Jiro Hyoda's Homepage】



Kazou Shiraga

白髪一雄 画伯のページ





The abstract artist Kazuo Shiraga is the well-known artist in the world.
We cannot tell abstract artist without him.
He is only one of Japanese artist whose 2 sheets of works are kept
in the Pompidou art museum in France.
A lot of his works are published for the Japanese students.
Since 1983 I have been studying under Kazuo Siraga.




The following are the page for Japanese.





                     
{ 風景画へ  For Paysage } ---------------  { 人物画へ  For Person }  ---------------  { 花・静物画へ  For Flower・Still life } 




                                             2007年12月


日本の抽象画家を語るのにこの方を除いては語れないと言われているほど


著名な画家です。 フランスのポンピドー美術館に日本人として2枚収蔵


されているのはこの作家だけです。


また、日本の中学生向け並びに高校生向けの


日本の全ての教科書、資料集などに世界の有名画家と並ん

で日本の抽象画家として
掲載されています。


☆ 白髪一雄画伯の絵画は、2015年ヨーロッパのオークションで
一枚5億数千万円で落札されております。 ☆


 兵田二郎


今は亡き白髪一雄先生に捧げます。





思い出の超現代三番叟


この作品の制作に当たっては、それまでの白髪一雄先生の作成された超現代三番叟(原作)が

度重なる地方会場での展示のために、痛みが目立ってきました。

そのため、兵庫県立美術館は超現代三番叟の貸し出しを中止しました。



超現代三番叟は白髪一雄先生の代表作の一つでもあり、世界中から貸し出しの要請が来ています。

そのため、白髪一雄先生のご依頼によりまして、私がこの作品を複製することになりました。



私は、絵の親友である川崎常雄さんの協力を得、私の自宅で作成しました。

作品はとても大きく、手の先からもう一方の手の先まで10メートルはあろうというものでした。



私と川崎常雄氏は、白髪一雄先生と共に兵庫県立美術館に行き、

当館の学芸部の方に(もう一つの三番叟を作成したい旨を述べ、)

原作のサイズを計らせて頂きました。


超現代三番叟は厳重な3重の扉の奥にほかの貴重な収蔵品と共に置かれていました。

原作の超現代三番叟は、とても痛んでいて、腕の骨になる竹が折れていました。

この竹は後ほど新しいものに取り替えました。

川崎さんとは衣服のサイズを計り裁断し、それをミシンで縫うといったものでした。

竹を切り、電動かんなと電動のサンダーであらかた磨き上げ、細かいところは手でペーパー仕上げをしました。


私は兵庫県立美術館より借り出した超現代三番叟の面を借り出して複製の制作に取りかかりました。

ここからは全て私一人の作業です。一人でじっくりと腰を据えて制作に取りかかりました。


白髪一雄画伯の作られた大切な面(兵庫県立美術館酒造品)を自宅に持って帰って作成する際にもし落として壊したり、

汚したりしないかととても気を遣いました。

紙粘土で汚れた手で触ることが出来ないので何度も女房に面の角度を変えて貰いました。

女房は面倒がらずに喜んで手伝いをしてくれました。


鼻と帽子は、白髪先生が持ってこられた太い和紙を丸め、木工用ボンドで作成しました。

なかなかサイズが合わず(鼻の穴にぴったり入り、しかも長さが同じもの)、

何度も作り直しました。 面に付ける紺の紐は白髪先生が京都の専門店から取り寄せた高価なものです。


赤い色は、数本の吹きつけのラッカー缶を買い、その内からもっとも原作に近いものを選びました。

原作の赤色は微妙に黄色っぽかった(バーミリオン系)のですが、その色のラッカーはもうありませんでした。


白髪先生は、私の塗ったこの色の方が自分のイメージに合っていると言ってくださいました。

・・・・・・本当に優しい先生です。



一番苦労をしたのは、赤い面です。白髪先生が作られたとおり、白い紙粘土で作成しました。

白い色と赤い色の作品は色だけでものすごく印象が違うのです。

その上、紙粘土は乾くとサイズが縮むのです。


しかも、白髪先生の制作された原作の面はとても表情豊かで、

私が何度作成してもその表情がでませんでした。



それは、幼稚園の運動会で自分の子供とよく似た他人の子供を見るようなものです。

走ってきて近くでよく見ると自分の子供ではない。どこか違うと感じるあれと同じです。



私は、なにもせず一週間原作の面を見続けました。

面の持つ個性を感じるよう努めました。

自分で原作の面の持つ個性などを感じられるようになって、

紙粘土で面を作成しはじめました。

面をよく知るとなおさら似なくなってしまっていました。

 
私は、白髪一雄先生に私では無理ですと言って断ろうかと思いました。

挫折。断念。残念。


しかし、一つ疑問が沸いてきました。

大きな体は私のところで作成しなければならないとしても、面は白髪一雄先生が作られても良いのではないか。

私はよくよく考えました。


白髪一雄先生は、面を私に預け、作って欲しいと依頼された。

白髪一雄先生はずっと私の絵をご覧になって、私の事をよくご存じの上、依頼されたのではないか。

自分の得意はなんだ。そうだ、人物を描くことだ。

やっと私は気づきました。



従来の私の面の作り方は、面のサイズを細かく計って、その通りのものを作ると言ったものでした。

私が作った面は乾けば縮んで小さくなり、その上、赤い色を塗れば別物になってしまいます。

何度作成しても満足のいくものは出来ませんでした。



しかし、人物を描くときにモデルさんの顔のサイズを計って正確に描こうとしても描けない。

ましてや、個性やモデルの生きる力などを描くことは出来ない。



面を作るのではなく、絵を描くのだと思いました。

私は、面のサイズを計ることをやめ、絵を描くときのように自分の力を信じ、本能に任せて作成しました。

すると、ドンドン似てくるではありませんか。

それどころか、私の感じた面の表情、個性、力まででてきました。

それは、赤く色づけても変わるものではありませんでした。

完成した作品は友人の生田氏が撮影してくれました。



出来上がった面と原作の面を二つ並べて白髪先生に見ていただきました。

白髪先生はとても喜ばれて、よくこれだけのものが出来たなと誉めてくださいました。



そして、兵庫県立美術館の学芸部の方に原作の面を返すときに新しい面を並べて見せ、

「兵田君が紙粘土を練ってこんな良い面を作ってくれたんです」と言ってくださいました。


私は、先生の超現代三番叟の面一つを作成することにより、計り知れない勉強をしました。

今までの自分の絵画に対する考え方が全く変わりました。


白髪先生が仰いました「この作品は原作白髪一雄制作兵田二郎で行きたい」。

私は先生と名前が連なることなど恐れ多いと断りました。

しかし、先生は「白髪一雄の作品は世界に何千とあるが、誰かと共同して作成したのはこの作品だけや。

原作白髪一雄、制作兵田二郎で世に送り出した方が返って値打ちが出る場合がある。だからそうさせて貰いたい。」

と仰っしゃいました。私は喜んで承諾しました。


この作品は、超現代三番叟(原作白髪一雄 制作兵田二郎)の名前で現在ヨーロッパの国々を巡っていると思います。


いつかどこかで私の作成した白髪一雄画伯の「超現代三番叟」に会いたいと思います。


先生、ありがとうございました。

先生がおられなくなって本当に悲しいです。

今は亡き白髪一雄先生に哀悼の意を表し、心から感謝を捧げます。





追伸

やっと会えました。この作品に。

しかし、自分が想像していた立派な作品とはかけ離れた哀れな姿で展示されていました。

背丈も低く、羽も短く、白髪先生と制作した迫力のある立派な作品とはかけ離れていました。

それは、元東京画廊の経営者が展示のための小さくしたとのこと。

何のために兵庫県立美術館に行きサイズまで詳細に測ったか分かりません。

このような作品が白髪一雄作として全国を巡っていると聞き、これでは白髪一雄先生の名を汚すと思い、

この発表をすることにより複写の「超現代三番叟」を世間から葬り去ろうと考えました。


「超現代三番叟」は兵庫県立美術館でしか見ることができません。

ほかで見かけるものは偽物ですのでご注意ください。

下記をご参照ください。
                                      

                                 兵田二郎 記

面表 面裏


生田氏撮影





白髪一雄先生の思いで


白髪先生の作品の制作

白髪先生がドイツで行われる具体展に出展される作品を厚生年金の生徒10人ほどが集まって作りました。

場所は当家の空き地。

一週間ほど前に私が5メートルほどの丸太を10本ほど仕入れて、最初に白のペンキを塗り、乾いてから

その上に赤いペンキを塗り、穴を開けて準備をしていた。


下見に来られた先生は、丸太が少し大きすぎて不満のようだったが、「ドイツの会場が

広いのでかえって見栄えがした」と後で先生に伺いホッとした。



制作     当日厚生年金の生徒たちが集まってきて白髪先生を待った。

先生を迎えに駅まで行った事を覚えています。先生が到着されていざ制作へ。


丸太を10本丸めて吊す。この作業は階段に滑車を取り付け、みんなで引っ張った。

丸太の足下を広げて丁度インディアンの小屋のように立てるのだ。

丸太の小屋は200〜300kgもあろうかと思われた。

その中に入って順番にまさかりで丸太を切りまくる。

そんな作品だ。


最後の調整は私の役目だ。

調子よく切っていると不意に白髪先生がストップをかけられた。

私は、先生に「どうしてここで止めるのですか」と聞きました。

先生は、「これ以上着ると残なくなるんや」と仰った。


私は、その意味が分からず、ずっと心に残っていました。

ある時にふっと気がつきました。


先生はいつも仰ってました。

「絵には止めどころがある。それを知っているのは世界に10人の

天才だけだ。自分にもわからない。しかし、これだけは言える。

止めどころをすぎた絵はその価値を失う。止めどころの手前で止めた絵は

少なくとも新鮮さが残る。」


私は、この言葉を思い出して、次のように考えました。

思う存分に切ってしまえば、切る人が中で死に絶えたということで、

少し残しておいたと言うことは中の人が生きて脱出出来たと言うことではないか、

それが新鮮だと言うことだろう。

実際白髪先生の仰った事はこのような単純な事ではないと思う。

先生の「残なくなる」と仰った言葉の意味を考えるのも楽しいことだ。


兵田二郎

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白髪一雄展
Kazuo SHIRAGA

2009'7'18-2009'9'6
〈以下 兵田二郎ホームページの記事〉


白髪一雄展(Kazuo SHIRAGA)
尼崎市総合文化センター  7月18日〜9月6日

以前からずっと会いたかった私が制作した作品。
会場に展示されていると聞き、いても立ってもいられなかった。

私は喜びに胸を奮わせて、その作品と対面しました。
しかし、私の作品ではない超現代三番叟がそこに置いてありました。

M氏が来られて、あのときの作品だと聞かされたとき、私は自分の目を疑いました。

あの迫力に満ちた以前の作品は見る影もなく、とてもみすぼらしくなってしまっていました。

展示がしやすいように、作品の管理者(M氏)が作品の背丈を低く、
腕も短くし、赤い着衣の寸法までも勝手に小さくしたとのこと。
また、着衣が袴の中に入らねばならないのに袴の上に垂らしていました。

わたしは、尼崎総合文化センターの責任者のU氏に着衣の着せ方のことを言いました。
U氏は、管理しているM氏に聞いて欲しいと言われました。

私は、M氏に尋ねました
M氏は、展覧会ごとに着衣を袴から出したり入れたり交代にしていると言われました。

私がしてきした翌日生田氏に確認して貰いましたが、上着を出したままだったそうです。


私がこの2003年超現代三番叟を作成し、私の自宅で白髪一雄画伯にお見せしたとき
白髪一雄画伯はご自分で超現代三番叟の作品の上着を袴の中に入れながら、
これを出したらワシの作品ではなくなるんやと言われました。

今までの画集ではこの作品は全て袴の中に入っています。

上着を袴の中に入れることにより、快活さと動きが出るのです。
上着を袴の上にだらりとさせるのはだらしなさを感じさせます。

白髪一雄画伯の意向は動きを出すことにあると思うのです。
どの画集を見ても、全て上着は袴の中に入っています。

作品の肖像権・著作権は所有者でなく、あくまで白髪一雄画伯の親族にあります。
勝手に作品に手を加え、それを白髪一雄画伯作として発表する事は許されません。

M氏は、白髪一雄画伯の了解を取ったと言っておられるが、私は
ずっと白髪一雄画伯のお手伝いをしていましたがそんな話は
白髪一雄画伯から一度も聞いたことがなかったのです。
その上その様な展示方法について了解されるはずがありません。



以前

私は、兵庫県立美術館に白髪一雄画伯と親友の川崎常雄さんと3人で行き、
超現代三番叟の原作の詳細な寸法を測り、2003年度の作品を原作の通りに作成しました。
原作と違えない様に制作するのは、白髪一雄画伯の意向でした。

また、私は、貴重な顔の部分の面も一ヶ月美術館から借り受けました。
白髪一雄画伯と一緒に原作の面を兵庫県立美術館に返しに行ったとき、
白髪一雄画伯は、私が作った新しい面と二つを持って行き、二つの面を机に並べて、
「兵田くんが紙粘土を練ってこんな良い面を作ってくれたんです」と
兵庫県立美術館の当時の学芸部長さんに、嬉しそうに言って下さいました。

白髪一雄画伯も作品できばえを喜ばれ、
これは、「原作白髪一雄」 「制作兵田二郎」で発表すると言われました。

私は、高名な白髪一雄画伯と連名などとはおそれ多いことと辞退しましたが、
白髪一雄画伯は、「ワシの作品は世界に何千とあるが、誰かと共同で何かしたと言う作品は
これ一点だけや、すまんけどあんたの名前をかして欲しい。また、その方が作品の
値打ちが出ることもある。」と言われました。

私は白髪一雄画伯の意向に従い了承しました。



私が作成した超現代三番叟2003年度作品は、今回発行の画集にも掲載されていますが、
伸び伸びとした迫力のあるものです。

この会場に置かれているものは、面と帽子と鼻は私の制作した元のままで、
所有者のM氏が赤い着物などのサイズを小さくし新たに作成したのなのです。
(兵庫県立美術館の原作と比較すればすぐに分かることです。)

そのために白髪一雄画伯の作品の持つ迫力が全く失われてしまっています。

2003年にヨーロッパで展示された作品とは全く違ったものになっています。


そのことすら分からずに勝手に作品に手を付け、白髪一雄画伯作として展示すること自体
白髪一雄画伯の名誉を非常に傷つけるものです。




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公共機関がその様な作品を「白髪一雄画伯作」と欺いて

入場料を取ることはあってはならない事なのです。



私は、7月19日に尼崎市総合文化センターの所長さん宛に
展示方法の訂正の依頼の手紙を送りました。

皆様も超現代三番叟の上着が袴の中に入っているかいないか
気を付けてください。

白髪一雄画伯の作品は、動きを出すために上着を袴の中に入れているのです。


兵田二郎(ひょうだじろう)






追伸)

私の意見を採用して、尼崎総合文化センター殿は超現代三番叟2003年の

展示方法を変更して、上着を袴の中に入れてくださったようです。

後は、オリジナルのサイズになおしていただくことと、

所有者について(現在M氏の所有となっている)の正当性も気になります。

この作品をヨーロッパに運ぶ際に、白髪一雄画伯は、画商のM氏が車を回して引き取りに

行くから、M氏に作品を渡して欲しいと頼まれ、その通りにM氏に渡しました。


白髪一雄画伯が亡くなった後、M氏の所有となっていたのでした。


白髪一雄画伯とM氏との間に正式な売買が行われたのかどうか。

また、展示に際して、他の白髪一雄画伯の作品には、美術館の所蔵。個人所蔵(個人名は無し)。

となっていましたが、この作品だけはM氏の所有となっていました。

この作品を他の作品と同じく、「個人所蔵」と出来なかったのかと不思議でなりません。



なぜこの作品だけM氏の名前を入れる必要があったのでしょう。


白髪一雄画伯が亡くなられた今、白髪一雄画伯にお伺いすることも

出来なくなった今どうすることも出来ないのでしょうか。



私は、このように変わり果ててしまった三番叟(2003年制作)を

そのままに展示するよりはむしろ、私が真実を述べて、葬り去った方が

白髪一雄画伯の名誉を守ることになると信じています。




兵庫県立美術館では本物の超現代三番叟の貸し出しを停止しています。

本美術館以外で三番叟を見られたとき、これは決して

白髪一雄画伯の作品とは思わないでください。


M氏が勝手に手を入れ、ダメにしてしまったものです。

白髪一雄画伯の作品はこのようなこのようなものではありません。




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私は、今まで白髪一雄先生に戴いた手紙、葉書類を全て保管しています。

これらは、私の白髪一雄先生との思い出の大切な宝物だからです。

当然この超現代三番叟2003年の作品に関する白髪一雄先生との

打ち合わせや、連絡事項なども入っています。

この作品に対する白髪一雄先生のお気持ちがよく分かります。


それだけに私はこの作品を大切にしたいのです。




2009’7’27



兵田二郎(ひょうだじろう)


 
   











                     
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2 私が20数年間師事した白髪一雄画伯のぺーじです。
白髪一雄画伯が2008’4’8に亡くなられました。

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