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よもやま昔話 ひろこちゃんのぼうけん 目次
第1話 幼なじみ まだふつうの家にはカラーテレビがなく、車を運転できない大人がたくさんいたころのお話です。 その日、ひろこちゃんは2歳の誕生日を迎えました。 ちょうど一年前の初めての誕生日には、大きな布の人形を買ってもらいました。ひろこちゃんは「たんこちゃん」と名付けて、かわいがっていました(誕生日にもらったから、誕子ちゃんです)。でも、かわいがりすぎて、ご飯やおやつを食べさせようとしましたから、たんこちゃんの口のまわりにはカビが生えてしまいました。 おかあさんはキューピーの売り場にひろこちゃんを連れて行きました。表面がつるりとしたキューピーなら、ご飯を食べさせても、口のまわりを拭いておけばだいじょうぶです。 そのフロアーに足を踏み入れたとたん、ひろこちゃんの目にその子の姿が飛びこんできました。売り場に山積みにされたたくさんのキューピーの中で、たった一つの人形が浮かび上がって見えました。新しい友達になるのはこの子だと、ひろこちゃんにはすぐ分かりました。 おかあさんはひろこちゃんが一つのキューピーを抱いたまま離さないので、それが気に入ったのだと言うことが分かりました。 その子の背中には小さい穴があって、お腹を押さえると背中の穴に埋め込まれた笛がキュッ、キュッと音をたてました。そこから、名前は「きゅっこ」に決まりました。 きゅっこちゃんと出会ったときのことが、ひろこちゃんが覚えている中で、日付まではっきりしている一番古い記憶です。 きゅっこちゃんは今もひろこちゃんの部屋に同居しています。 ある年の夏か秋ごろのことです。ひろこちゃんは夜中に目を覚ましました。目の前に、幌のついたみごとな乳母車がぼうっと浮かんで見えました。 ひろこちゃんはあまり物をねだらない子どもでした。欲しい物をもらうのは誕生日かクリスマスと決まっていました。誕生日はもう過ぎていましたから、次のクリスマスはこれをサンタクロースに頼もう、とひろこちゃんは心に決めました(そして、また寝たのだと思います)。 さて、クリスマスが近づいたころ、ひろこちゃんは決めたとおりに、乳母車のおもちゃが欲しいとおかあさんに伝えました。 おとうさんはサンタクロースに電話をかけてみました。 ひろこちゃんはおとうさんがサンタクロースと電話で話したということを、おかあさんに教えてもらいました。 さて、クリスマスの朝になりました。ひろこちゃんが目を覚ますと、乳母車のおもちゃが置いてありました。 この手押し車には、結局ひろこちゃんの妹が乗ることになりました。赤ちゃんをちょっと座らせておくとき、便利だったのです。 さて、今回は冒険らしい冒険のお話です。 当時ひろこちゃんが住んでいた街(防府市)には、桑の山という低い山があります。 大きい組になったひろこちゃんは、レオちゃん(ジャングル大帝)の絵がポケットに描かれたリュックサックを背負って、幼稚園のみんなと遠足に出かけました。 無事にてっぺんに登り、お弁当を食べて、さて、帰るときのことです。 ひろこちゃんは適当な方向に下り始めました。 ひろこちゃんは元の広場に戻ることにしました。 ありがたいことに、よそのクラスの一行が遅れて上から下りてきました。知らない先生に知らない子どもたちです。 先生にちゃんと説明したのでしょうか。黙って立っていたのでしょうか。聞かれてうなずくだけうなずいたのでしょうか。 麓に下りると、同じクラスの人たちが整列してひろこちゃんを待っていました。ひろこちゃんは何もなかったかのように、その列に加わりました。 家に帰ってから、ひろこちゃんは「崖にぶら下がっていた」(ちょっと大げさ)ときのことを思い浮かべました。あのときはあれが現実だったのに、今はここにこうしているんだな、と(そういう意味のことを、幼児のことばで)ふりかえって感慨深く考えました。 小学校の3年生か4年生のころのことです。 ところで、ひろこちゃんが小学生になった当時は「交通戦争」などということばも使われるようになり、小学生の死亡事故がかなりありました。子どもたちは「ボールが転がっていっても、追いかけて飛び出してはいけません」と小さいころから何度も言い聞かせてもらいました。ひろこちゃんもそのことはよく知っていました。ひろこちゃんは慎重で臆病で神経質な子どもでしたから、自分から危ないことをすることは、先ずありませんでした。 けれども、ボールのたとえ話は飽きるほど聞いていても、「飛んでいった画用紙を追いかけては危ないですよ」という話は一度も聞いていませんでした。もちろん、ボールが画用紙になったからといって追いかけてもいいのだと勘違いするほど、ばかな小学生はいないでしょう。でも、とっさのときに「画用紙を追いかけて飛び出してはいけないのだ」ということが体に染みついてませんでした。 とつぜん強い風が吹き、ゆるやかに画用紙を持っていたひろこちゃんの手から、画用紙を奪い取りました。あわてて、ひろこちゃんが画用紙を拾おうとしたとき、さらに風が吹いて、画用紙を車道の方に追いやりました。 ひろこちゃんは画用紙を追いかけて車道に踏み出しました。風が吹いて、画用紙はころころと転がっていきました。ひろこちゃんは必死で追いました。追いかけているのは「画用紙」ではありません。描きかけの絵なのです。作品なのです。一つしかない取り返しの付かないものなのです。 どんどん踏み出して、車道の真ん中まで絵を追いかけていきました。危ないことをしている、だめだ、という感覚が頭の隅にありました。歩道の方から友達がひろこちゃんの名前を呼んでいるのが分かりました。けれども、それを遠いことのように聞きながら、ひろこちゃんは画用紙だけを見て腰を屈めて追い続けました。 すぐそばを何台もの車が通りすぎていきます。ボールを追いかけて真っ直ぐに走る子どもならまだしも、風に舞う画用紙を追いかけて不規則に走る子どもは、ドライバーにとってどんなにか迷惑で恐ろしかったことでしょう。(あのとき安全運転をしてくださった皆さん、有り難うございます。ごめんなさい) 気がついたときにはひろこちゃんは反対側の歩道に立っていました。そして、手には画用紙をつかんでいました。 (つづく) |
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